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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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260/336

260.〇三〇六二〇偵察作戦 カゴの力量

二二〇三年六月二十一日 一〇〇一 OSK下層部 大型エレベーター籠内


「撃ち方止め。」

鹿賀山の一声でアサルトライフルの斉射はピタリと止まった。

白い閃光で染まっていた籠は、仄暗い世界へと一瞬で戻った。

籠の中央には、幽鬼の様に佇む人影があった。全身は黒く焼け焦げ、煙がうっすらと幾条も上がっている。

焦げているのは表面の獣毛だけであり、表皮は軽い火傷で済んでいるようだった。相も変わらず、頑丈な表皮だった。

これが普通の月人であれば、消し炭となり勝負は決まっていたはずだ。

しかし、鉄狼は立っている。深く、ゆったりとした呼吸をしていることが、分厚い胸板の隆起で分かる。

装甲車に撥ねられ、高圧電流を受け、アサルトライフルの光弾を浴び続けた結果、変わり果てた姿を晒していた。

しかし、そこに佇む気配は敗者のものではない。勝負を捨てていない。

まだ、己が絶対強者であると思っているのだ。

鉄狼は、拳を強く握りしめ、正面に対し咆哮する。

「ウォォォォ。」

低く重たい咆哮が籠内に反響した。

閉じていた目をカッと見開いた。白目の部分は真っ赤に染まり赤目となり闘志を湛えていた。

赤目になっているのは、小和泉に両目を叩かれた衝撃で毛細血管が破裂した為だろう。

鉄狼は、首をゆっくりと回し、何かを探す。


小和泉と視線が交差した瞬間、鉄狼は真っ直ぐに床を滑るように跳躍した。狙いは小和泉のみ。鉄狼を追い込んだ元凶だ。全ての怒りをぶつけにかかる。

鉄狼の真正直なパンチを小和泉は床へ倒れるように姿勢を一気に低くして避ける。小和泉の背中を凄まじい風圧とともに鉄狼のパンチが空振りをする。

小和泉は、床と顔面が接触する直前で右足を踏ん張り、十手を横薙ぎに振り抜いた。狙いは敵の足首。俊敏性を奪うのだ。

小和泉の素早い上下の動きに鉄狼の目は追いつかなかった。小和泉が消えた様に見えた。

続いて、左足の激痛と同時にバランスを崩され、床へ俯けに無様に倒された。受け身をとる余裕すら無かった。

だが、鉄狼は痛みで敵が居る場所を知った。即座に身を起こし、小和泉へ剛腕を振るう。

だが、それは中途半端な結果に終わった。先にカゴの左回し蹴りが鉄狼の首を刈ったのだ。

視野狭窄に陥っていた鉄狼は、カゴの存在を見逃していた。

背後から鈍器で殴られたような衝撃に意識が飛びかけ、崩れ落ちかける。

そこへ小和泉の十手が鉄狼の喉を突いた。鉄狼は前へ振りだしていた右掌で十手を受け止める。

パキッと乾いた枝が折れる音がした。流石に直径一センチ程しかない十手の先端を掌で受けるのは無理があった。全ての荷重がその一点に圧し掛かり、鉄狼の掌の骨を折った。

これで鉄狼はまともに右手の拳を握ることはできないだろう。握ろうとすれば、激痛が押し寄せることは必至だ。

小和泉が作った隙にカゴは銃剣を鉄狼の耳へと真っ直ぐに振り下ろした。これが決まれば、鉄狼は即死だ。

微かな風圧を耳にした鉄狼は床を転がり、二人から距離を取って躱した。カゴの銃剣は床に弾かれ、乾いた音を響かせた。

一度、カゴの存在を知覚してしまえば、背後の不意打ちを避けることは造作もないことであった。


小和泉は逃げた鉄狼との間合いを即座に詰める。

鉄狼が体勢を崩していることは間違いない。その好機を逃すことを許さない。一歩踏み込み、下段右回し蹴りを放つ。狙いは鉄狼の右膝。

小和泉の戦術は、単純明快だった。徹底的に右足を狙い、壊し、機動性を失くすことだ。

致命傷を狙いに行く必要は無い。今回はカゴとの連携だ。敵の機動性を奪えば、交互に攻撃を加えることが可能になる。いわゆる『餅つき』を狙っているのだ。

小和泉の下段右回し蹴りは、狙い通りに鉄狼の膝側面に綺麗に入った。プツプツと繊維が千切れる音が小和泉の耳に届く。膝関節の破壊まではいかなくとも、周囲の筋肉が切断された様だ。

鉄狼が打撃と断裂に痛みに堪える為か、歯を食いしばる。

小和泉の足を鉄狼は、握り潰そうと左手を伸ばし、小和泉の複合装甲に手が触れそうになった。

だが、その手は床へと強烈な蹴りで叩き落された。

カゴが放った踵落としだった。

踵落としは、蹴り技としては錺流では見せ技とされ、重要視されていない。

高く足を振り上げる見え見えの初期動作。

振り上げたエネルギーを頂点で停止させることにより零にする無駄。

最高点から頭部や肩部への距離の短さによる威力の低さ。

そして、間合いの狭さ。

敵が足を高く上げた瞬間にベアハッグをかけてしまえば、両手と片足を締め上げられ、片足だけで立つ案山子同然となる。

例え、足が振り下ろされたところで威力がのる前に止められ、蹴りにすらならない。

極端な話、タックルをされただけで踵落としは成立しない。上段回し蹴りの方が早く、威力があり、間合いが広く使い勝手が良かった。

急所に当たれば、KOを簡単にできると言う武道家もいるが、急所に当たるのであれば他の技でもKOは確実に取れる。ゆえに急所と呼ばれているのだ。議論の価値すら無い。

その急所に当てるということが、踵落としでは熟練の技と敵との技術差が必要だった。

当てるだけであれば、正拳突きが最も早く簡単にできる技だ。達人の正拳突きは、初動を見ることすらできない。


しかし、錺流でも有る条件下では、踵落としが部類の威力を発揮することは認めていた。

敵が地面などの低い位置にあること。

敵の死角にいること。

敵が反撃できない速度にて技が放てること。

敵に密着していること。

その条件が、全て今、整っていた。


地面で絡み合う小和泉と鉄狼。

小和泉に意識が向く鉄狼。

周囲に邪魔者は居ない。

そして、すぐ目の前に鉄狼は転がっている。


カゴの右足は、高々と真っ直ぐに天へ振り抜かれ、一気に鉄狼の左掌へ振り下ろされた。

小和泉に触れそうになっていた鉄狼の左掌にカゴの踵が喰い込み、床へと叩きつけられた。

踵の硬い戦闘長靴と複合セラミックス製の硬い床に鉄狼の掌は挟まれる。高さ二メートル近い蹴りの運動エネルギーとカゴ自身の体重が乗った重い一撃だった。それを固い床が受け止め、衝撃を逃さない。その力は、鉄狼の掌の一点に集約した。

ドスンという重低音が籠内に響き渡り、揺れた。

鉄狼の左掌は無残にも手指が衝撃で千切れ、凹み、筋肉が破裂した。

動脈は裂け、勢いよく赤い血が吹き出し、カゴの戦闘長靴を汚していく。

鉄狼は、あまりもの痛みに大口を開け、新鮮な空気を吸おうと震えた。

逃げる、下がる、仕切り直すなどの考えは浮かばない。

猛烈な痛みは、神経を伝わり、強烈な電気信号となって脳を灼いたのだ。声にならぬ叫びが、口を眼を大きく開かせた。

カゴは止まらない。動き続ける。敵に主導権を与えない。

鉄狼の掌を踏みにじる様に左回し蹴りを放った。かろうじて繋がっていた骨が、ばらけていき、掌の原形を失う。

その蹴りは、鉄狼の痛みに叫ぶ、大きく開いた口の中に叩き込まれた。

戦闘長靴は安全靴と同様に爪先を保護する先芯が仕込まれている。そんな硬い物が口の中に蹴り込まれたのだ。放心状態であった鉄狼は、何の防御も無く文字通り蹴りを喰らった。

立派な四本の犬歯が折れ、周囲に飛び散り、鉄狼は床へと蹴り倒された。

カゴの左回し蹴りは計算されたものだった。力の向きが床へと向く様に、腰を捻じり、上から下へと蹴り込んだのだ。ゆえにその流れに沿って、鉄狼は床へと叩きつけられる。

つまり、蹴られる衝撃だけでなく、後頭部を床に叩きつけられる衝撃まで一度の蹴りで味わうことになった。

鉄狼は無防備のまま床へと叩きつけられ、身体が跳ねる。脳に前後の凄まじい揺さぶりがかかる。

脳も激しく細かく頭蓋骨の中を移動し叩きつけられた。

鉄狼の顎が外れ、有り得ない方向に曲がった口から泡が吹き出し、目が痙攣を起こす。脳震盪の症状だろうか。

カゴは不安定な立ち位置を嫌い、口から足を抜き半歩下がって床にしっかりと立った。

「ほい、おしまい。」

間髪入れず、小和泉は大きく開いたままの鉄狼の口へ十手を力一杯、真っ直ぐに突き込んだ。

十手は口蓋を破り、脳へと達し、豪快に掻き回した。この様にされて、命を保てる高等生物はいない。鉄狼の身体から力が抜ける。痙攣も動脈からの大出血も治まる。生命活動が停止したのだ。

心臓が停止すれば、動脈から血が迸る事は無い。緩やかに流れ出るだけだ。

決着がついたのだ。

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[良い点] おもしろかったです [一言] カゴ君 すごい格闘戦をみせてくれました やりますねえ
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