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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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258/336

258.〇三〇六二〇偵察作戦 小隊と鉄狼の戦い

二二〇三年六月二十一日 〇九四九 OSK下層部 大型エレベーター籠内


予測していなかった鉄狼との遭遇に、鹿賀山の頭脳は最適解を求めていた。

それを導き出すには、更なる情報が必要であった。

「小和泉、状況報告しろ。」

情報を求める苛立ちが、口から出てしまった。だが、本人はその事に気づいていない。

「他の敵影は見えないよ。ちなみに鉄狼は、8312の装甲車の右後部ね。僕は籠の中央だよ。」

小和泉は鹿賀山の強い口調から疲労していることを感じ取っていた。

―仕方ないよね。真面目だから。指揮官としての責務なんて、適当に流せばいいのに。まあ、それができないのが、鹿賀山の良い所だよね。今頃、副官さんが上手くしているよね。―

などと、一人納得していた。

鹿賀山は、小和泉の報告を聞きながら、乗り込んだ装甲車の情報端末を操作する。

小和泉のヘルメットに内蔵されているカメラの映像を表示させた。正面に筋骨隆々な狼男が映った。

通常の狼男より二回り大きい。歴戦を潜り抜けて来たらしく、身体のあちらこちらに熱傷、切創、裂創、刺創、銃創などの古傷があった。日本軍兵士と戦い、傷を負いつつも生き延びてきたのだろう。

裏を返すとそれだけ多くの味方を殺された証でもある。

鹿賀山の腹の底より重く昏い感情が沸々と湧き出してくる。

「生まれたてではない。古参の鉄狼か。運が悪い。撤退の目途が立ちそうだったのだが。」

鹿賀山は思わず声に出してしまう。いつもならば、士気が下がる様なことは口に出さないのだが、疲労が溜まってきているのだろうか。それとも怒りが思考能力を鈍らせているのだろうか。

「愛、舞。探査結果は出たかしら。」

東條寺は鹿賀山が求めるであろう情報を先に愛と舞に調査させていた。伊達に副官を長く務めてはいない。鹿賀山の思考を先読みする能力を持っている。小和泉の予想通りであった。

知能派として優秀な兵士であるのだが、普段から小和泉のオモチャにされ、威厳は皆無であった。

「音波探査、鉄狼を確認。ホール外より足音多数捕捉。急速接近中。」

「温度探査、鉄狼以外の体温確認できず。ホール及び籠内は自軍のみです。」

愛と舞が即座に探査結果を報告する。

東條寺は、他の分隊からの探査結果も同時に集めていた。他の隊も探査結果は同じであった。

つまり、収集した情報が高確率で正しいと判断されるものだった。

東條寺は収集情報を基に作戦を考える。

―少佐は疲労がピークかしら。いつもの精彩さを感じられない。となると、私が草案を作って承認を貰うべきよね。―

東條寺は情報端末を忙しく操作し、831小隊が生き残る為の、小和泉を助ける為の作戦を組み上げていく。

「少佐。作戦の承認をお願いします。」

東條寺は組み上げた戦術案を戦術ネットワークへ上げた。鹿賀山が承認すれば、小隊全員に共有される。

「作戦案、私が承認。そうだったな。分かった。すぐに確認する。」

少し弛んでいた思考が引き締まる。鹿賀山の目に力が戻る。疲労は取れていないが、一時的に普段の思考能力が戻った。

東條寺の作戦案に目を通すと即断した。

「承認する。作戦開始。」

「了解。」

東條寺の作戦は、831小隊全員に共有された。


戦術ネットワークの情報が更新された。小和泉のヘルメットのシールドにエレベーターの籠を中心に俯瞰した簡易地図が表示され、そこへ小和泉、鉄狼、装甲車四台の位置が上書きされた。

さらにその地図に赤い矢印が四本引かれ、終点で四角い箱が表示された。籠の四隅に装甲車を移動させる指示だった。

「831小隊は、全車エレベーターに乗れ。指定地点に装甲車を移動。鉄狼は轢け。小和泉は自分で避けろ。全車、順次発進。」

「え、本気なの。うわあ、こっちは格闘中なのに装甲車を避けるの。無茶を言うなあ。」

戦術ネットワークに指示された通り、一番遠くの8314分隊の装甲車から全力バックでエレベーターへ突入してくる。鉄狼をあわよくば轢き殺そうという殺意が形になっていた。

気のせいかもしれないが、殺意は小和泉にも向いているような気がする。

戦術ネットワークの指示は、装甲車を隅に停めやすい様に籠の中を対角線上に横切る形だった。

つまり籠の中心を通る。必然的に小和泉を轢く道筋となる。迫る鉄狼と装甲車を気に掛ける必要があった。

鉄狼は、小和泉の事情を鑑みない。凶悪な牙が並んだ口を大きく開け、小和泉の喉笛に喰らいつこうとする。

「ああ、これは死ぬよ。味方に殺されちゃうよ。誰かな。これを考えたのは、っと。」

鉄狼の噛み付きを下からアサルトライフルの銃床を打ち上げて、力任せに口を閉ざす。そこへ蛇喰の装甲車がドンドン迫る。

鉄狼は背後へ飛んで逃げるが、小和泉は鉄狼を追い、前へ踏み込み、銃床を臍へ全力で叩きこんだ。小和泉は追い打ちをかけようとするが鉄狼に銃床をしっかりと握られた。

こちらの動きを予測していた様だ。ただの狼男であれば、次の一手で致命傷なり、重傷を与えることが可能だったが、鉄狼には通じない。修羅場を潜った数は伊達では無いのだろう。

小和泉の危機は、去っていなかった。まもなく蛇喰の装甲車が小和泉を轢く。

小和泉はアサルトライフルをしっかりと握り、鉄狼の股下を滑り抜ける。アサルトライフルが支えとなり、細やかな動きで鉄狼の背後へ抜けた。

アサルトライフルと小和泉を繋ぐ吊り紐は、力任せに引き千切る。

鉄狼に吊り紐を手繰り寄せられたりすれば、何をされるか分からない。

―これから起こることに巻き込まれたくないからね。―

小和泉は、鉄狼の股を潜り抜けると同時に体を丸め、両手に力を入れ、背筋を伸ばした。

それは見事な倒立だった。さらに両手に力を籠め、倒立したまま飛び上がった。

鉄狼は小和泉を見失ったのか、左右を確認している。振り向く素振りは見せない。

小和泉の膝が鉄狼の首と同じ高さに上がったところで、左足を鉄狼の首に巻き付け、右足を自分の左足首に絡め、さらに強く、きつく首を締め付けていく。

まるで鉄狼が小和泉を肩車しているかの様な体勢となった。小和泉の左足は鉄狼の頚動脈をギリギリと絞めていく。

小和泉は分かっている。頚動脈絞めは、脳への酸素を遮断し失神させる業だ。つまり、意識が落ちるまで少々時間がかかる。この間に鉄狼の強烈な握力などにより足を潰される可能性があった。

ゆえに落とすことは期待できない。鉄狼よりも装甲車に轢かれる方が先になりそうだった。

小和泉は、両拳で鉄狼の両目を瞼の上から力一杯叩いた。目潰しだ。

一時的に視力を奪うだけであれば、眼球破壊をする必要は無い。瞼の上から強い衝撃を与えるだけで、しばらくの時間、目は見えなくなる。上手くすれば、眼球破裂や眼底骨折も狙える危険な技だ。気軽に人に試してよい技では無い。だが、今は己の生死を賭けた戦いだ。お行儀の良いことは言えない。普段はお行儀が良いかと聞かれれば困るのだが。

ちなみに敵の目に指を突っ込む達人は、ほぼ居ない。指を眼窩に差し入れた時に敵の頭の動きにより、指関節と逆方向に力がかかり、脱臼や骨折をする可能性があるからだ。

眼窩に突き入れるとすれば、相手が動けない状態か、本人に嗜虐趣味がある場合だろう。

しかし、小和泉には拷問でもないのに、さっさと殺してしまう相手の眼球をわざわざ潰す意味が理解できなかった。


小和泉は鉄狼の肩に立ち上がり、力を籠めて後方へと飛んだ。

目が見えぬ鉄狼は、平衡感覚を失い、前へとたたらを踏む。そこは、最初に小和泉が立っていた場所だった。エレベーターの入口から装甲車が凄まじい勢いで突っ込む。

籠内に全身を震わせる肉とセラミックスが衝突する重低音が響く。だが、ブレーキ音は聞こえない。逆にモーターの小さな加速音が小和泉の耳に届いた。

装甲車はさらに加速し、壁へと激突する。

鉄狼は装甲車に撥ねられ、そのまま壁へと押し潰されたように見えた。

「衝撃で頭がくらくらしますね。複合装甲の衝撃吸収を越えましたか。ですが、やりました。私が鉄狼を始末しましたよ。小和泉大尉、ご苦労でしたね。」

粘つく様に蛇喰が小隊無線で語り掛ける。

「ちゃんと死体を確認したのかな。」

小和泉は警戒を解いていなかった。右手には、十手がいつの間にか握られていた。アサルトライフルは鉄狼とともに何処かにいってしまったからだ。

見た目は自然体で立っているが、いつでもどの様な状況に対応できる心構えであった。

「確認するまでも無いでしょう。確実に押し潰しましたよ。何せ、装甲車と壁が隙間無く貼りついているのですから。これで生きているわけがないではありませんか。」

「今の言葉でよく分かったよ。鉄狼は生きているね。高圧電流を流した方がいいよ。」

「無駄な電力は不要でしょう。死体に追い打ちをかけてどうするのですか。」

「はあ。鉄狼が挟まっていたら、装甲車と壁が接触するわけないと思うな。死体の分、隙間ができると思うよ。試しに高圧電流を流して見たら。どこかに貼りついているのを炙り出してくれると思うよ。」

「いいでしょう。そこまで言うのなら、高圧電流を流しましょう。何も出てこないと思いますが。電流を流しなさい。」

最後の台詞と同時に装甲車から盛大な火花が飛んだ。場所は装甲車の屋根だった。

火花は、装甲車の屋根から籠の中央へと転がり落ちた。全身から薄い煙を上げながら、それは立ち上がった。鉄狼だった。

毛皮の表面がうっすらと焦げているが、毛根までは焼けていなかった。防御力は落ちていないだろう。他に怪我らしきものは見当たらない。装甲車の衝突に耐え、壁に挟まれる前に屋根に逃げ込んでいた様だ。

だが、両目は硬く閉じていた。視力は回復していない様だ。どうやら屋根の上で視力の回復を静かに待っていた様だ。

「ほらね。いたでしょ。」

小和泉の独白が無線に響いた。その声に誰も反応できなかった。

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