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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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256/336

256.〇三〇六二〇偵察作戦 訓練の成果

二二〇三年六月二十一日 〇九二九 OSK下層部 エレベーターホール隔壁


アサルトライフルのガンカメラでホール内部を見ることは可能だった。しかし、隔壁は分厚く、その裏に何が潜んでいるかまでは確認できなかった。

入口近辺には団子状に重なり合った月人が、手榴弾の爆発により四肢や内臓を撒き散らしていた。

動く者はいない。

ホール中央の団子状に重なり合った月人は、光弾に下半身を焼かれていた。だが、上半身が無傷な者が多く、悲鳴の鳴き声とその場から逃れようと床を這おうとする者達が居た。

正確な数は重なり合っており確認できなかった。伏兵がいると考えるべきだろう。

「突入。」

鹿賀山の声は乾いていた。

親友でもあり、戦友でもあり、恋人でもある小和泉を死地に行かせるのだ。感情を押し殺し、命じるしかない。

「了解。8312分隊、突入するよ。」

小和泉の声は楽しそうだった。死線を潜る時は興奮するのだ。だが、己が死ぬとは微塵も考えていない。鉄狼がいなければ問題は無い。いれば楽しくなるだけだ。

銃撃戦の時に鉄狼を探していたが、確認はできなかった。確認できないだけで存在しないとは断言できない。いつも小和泉には鉄狼との対戦を望む気持ちがあった。

小和泉は身体を横に向け、左手側から隔壁の隙間に潜り始める。複合装甲の前後の幅ギリギリである。

隔壁に複合装甲を擦りそうになりながら、ゆっくりと隔壁内を横歩きに進む。左手にはコンバットナイフを握っている。無いよりはマシにしか考えていない。

小和泉は、一メートル近い厚みの隔壁をすり抜け、左手が隔壁を抜ける地点で足を止めた。

コンバットナイフの刀身だけをホール内に差し入れる。

攻撃は来ない。敵がいないのか、攻撃を我慢しているのか分からない。

―刀身に鏡を付けとくべきだったかな。そうすれば、死角を確認できたかな。―

複合セラミックス製のコンバットナイフは灰褐色をしており、光を反射しない。ゆえに鏡として使用することは不可能だった。

―でも、鏡を貼り付けたら反射して隠密性が無くなるよね。うん、この案は却下。やっぱり、ガンカメラって便利だよね。さてと覚悟を決めていきますか。―

「ホール内に入るよ。後よろしく。」

「すぐに参ります。」

「援護がんばる。」

「お守り致します。」

小和泉の状況説明に桔梗、鈴蘭、カゴの順番に答えた。


小和泉は錺流の息吹を用い、全身に新鮮な酸素を大量に送り込む。通常よりわずかではあるが、筋肉の動きが良くなり、反射神経も上がる。

この様な細かな所で生死の分かれ目となることがある。死傷確率が下がるのであれば、何でも取り入れる。

小和泉は、ホール内に左足を踏み入れた。攻撃は来ない。ヘルメットのシールドに映されている前面映像と背面映像に注意を配る。今は頭部が隔壁内にある為、隔壁の断面しかどちらも表示していない。

小和泉は躊躇うこと無く身体をホール内に進めていく。下手に足を止める方が攻撃された場合に対処することができない。攻撃をされても隔壁を素早く抜けることが最優先だ。小和泉が隔壁を抜ければ、桔梗達がすぐに合流できるのだ。

隔壁から半身が出た時、ホール内の映像がシールドに映し出された。背面カメラが、兎女が長剣を振り下ろすのを捉えた。頭をかち割る為に攻撃を我慢していた様だ。

「九久多知。」

小和泉の力強い声に複合装甲「九久多知」の背中が即座に動き出す。

背面にある制御機構を保護する様に囲っている防護壁が昆虫の足の様に六本に枝分かれし、兎女の長剣を受け止めた。

その姿は、背中にトンボの足が生えたかの様だった。その足は義手となっていた。多関節機構により様々な角度に曲がり、先端は鋭く尖り、刺し貫くことが可能であった。

さらに先端は三つに分かれ、指の様な動きまで再現することが可能であった。

丁度、四本の義手が長剣を前腕部で受け止め、二本の義手が長剣を三本指で握りしめていた。

「おお、怖い怖い。習熟訓練を真面目に受けていて良かったよ。」


複合装甲「九久多知」の習熟訓練中、口頭入力やシールドに表示させた動作盤を視線入力することは、戦闘中や高速機動中には無理であった。

停止中であっても、口頭による指示は操縦者との考えと動作の誤差が大きかった。高速機動になれば更に誤差は広がり、装備者の命に関わる事態になることが目に見えた。

視線入力は、ヘルメットのシールドに表示された制御盤へ視線を何度も繰り返し送り続けなければならず、動作開始までに幾重もの工程を踏み、ようやく作動するという代物であった。

また、敵から目を離すという欠点を小和泉は嫌った。

つまり、この二つの方法は、実戦では使い物にならないということだ。

促成種と同じ様に額に情報端子を埋め込み、脳と複合装甲を直結させる案もあった。

促成種と違い、成熟しきった脳に情報端子を接続させることは危険なことであった。

成功例は無い。もしも成功例があれば、小和泉の脳は、松木開発室室長と主治医の多智に思うがままに掻き回されていたことだろう。

そこで更に考え方を踏み込み、脳波入力という形が取られた。

期待する行動を実行させる為に、脳波を幾度も幾度も繰り返し読み取らせた。

一動作毎に脳波を覚えさせる気が遠くなる地味な作業であった。

考えられる状況に合わせ、動作を行い、その時に生じる脳波を記憶させる。人間の思考にはムラがあり、一つの脳波を記録するだけでは足りず数十の脳波を記録した。その中央値を導き出し、脳波と動作の連結を行っていった。

コツコツと積み上げてきた地道な作業と長い時間が実を結んだのだ。

まだ、可動率は百パーセントではない。失敗していた可能性の方が高かったかもしれなかった。九久多知は、実証試験中と言っても差し支えが無かった。


小和泉と兎女は、なんとも奇妙な体勢で力比べを行っている。

小和泉は兎女に背を向けたまま隔壁から抜け出た。

即座にカゴが隔壁の隙間から飛び出す。手に握るはコンバットナイフ。隔壁内は狭くアサルトライフルを構えられないからだ。

カゴは、手にしたコンバットナイフを両手でしっかり保持し、兎女の右側面へ体当たりをする。

小和泉を兎女の攻撃から解放する為だ。己の身はかえりみない。長剣がカゴの身体を貫いても気にしない。小和泉を護ることが最優先なのだ。

カゴのナイフは、毛皮の隙間を通り抜け、筋肉を切り裂いていく。が、心臓まで届かない。刀身が短かった。

次いで、カゴの全身にコンクリートと衝突するような衝撃が来た。兎女がカゴの体当たりに耐えようとしたのだ。

全身の骨が軋み、全身打撲に似た痛みが走る。だが、カゴの突撃は弛まない。更に地面を強く蹴り、ナイフへ荷重をかけていく。その勢いに呑まれた兎女は、ついに長剣を手放し、カゴと絡み合うように地面へ激突した。

ホール内に肉をまな板に叩きつけるような音が響く。

兎女の横腹にコンバットナイフを突き立てたまま、カゴは下半身に覆いかぶさり両足を封じた。

兎女の右拳がカゴの顔面へ襲い掛かる。それを桔梗が全身で受け止める様に右手を抱き抱える。

それを剥そうと兎女の左手が桔梗へと伸びる。鈴蘭が左手に飛びかかり上から全体重をかけ、床へ押し付けた。

奇しくも兎女の四肢の自由を三人がかりで奪い、床に押し倒す形となった。流石の兎女でも促成種三人の力には対抗できない。頭を左右に激しく振り、脱出を試みるが三人の羽交い絞めはビクともしなかった。

小和泉は兎女の頭部に回り見下ろした。展開していた背中の義手は収納され、本来の複合装甲制御機構の防御壁に戻っていた。

「やあやあ。良い不意討ちだったね。ギリギリまで我慢したのは褒めてあげるよ。でもこちらが一枚上手だったかな。」

小和泉は暴れる兎女の額を右足で踏み付け、固定し、その顔を覗き込む。

兎女の表情を人間に読むことは難しい。だが、怒りと恐怖に囚われていることは何となくだが感じ取れた。

「君じゃあ、僕を満足させられないよ。バイバイ。」

小和泉は右足に体重をかけていく。兎女の頭蓋骨からビキバキという音が鳴り始める。小和泉は更に体重を乗せていく。装備重量二百キロが兎女の額に集中していく。

大きく乾いた音が鳴った瞬間、小和泉の右足は兎女の頭にめり込んだ。

額の骨を割り、脳を踏み抜いた。兎女は全身を小刻みに痙攣させ、口から大量の泡を吹き、息絶えた。

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