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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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255/336

255.〇三〇六二〇偵察作戦 隔壁の攻防

二二〇三年六月二十一日 〇九一九 OSK下層部 エレベーターホール隔壁


「各分隊、損害報告。」

「8312、損害無し。」

「8313、損害無し。」

「8314、損害無し。」

鹿賀山の問いに対し、小和泉、オウジャ、蛇喰の順に答える。

遭遇戦で損害が無かったのは、運が良かっただけだ。一人、二人、死傷してもおかしくなかった。

先手を取れたことが生存競争に勝つことに繋がった。運が良かっただけなのだ。

いつの頃から831小隊の数字をもじって破砕小隊と呼ばれていた。全ての障害を破砕していく小隊。その二つ名は伊達では無かった。

小和泉達は、二つ名の通り、月人小隊を破砕し、遭遇戦を無事に切り抜けた。だが、作戦は続いている。誰も勝利の余韻などに浸らない。淡々とするべきことを進めていく。

次の目標地点であるエレベーターホールの隔壁周辺には月人の姿は見当たらなかった。

―全ての月人が地雷原へ向かったのだろうか。いや、内部に残留している可能性がある。―

鹿賀山は楽天的観測を止め、気を引き締め直す。

「各種探査はどうか。」

「音響探査、反応無し。ホール内は壁が厚く、各種探査では確認不能。」

「温度探査、反応無し。ホール内不明。」

「目視探査、確認できず。以下同じ。」

鹿賀山の確認に東條寺、愛、舞が答えていく。

他の分隊が、損害確認を済ませている間、三人は周囲の状況を警戒していた。

「やはりホール内は分からぬか。近づくしかないな。では、前進する。」

鹿賀山の命令で831小隊は、進軍を再開した。


小和泉率いる8312分隊は、静かにエレベーターホールの隔壁へと取り付いた。

鹿賀山達は、少し離れた路地に身を潜めている。いつでも小和泉達を援護できる体勢にある。

小和泉は、隔壁の人一人が通れる隙間へとアサルトライフルを静かに差し込む。

先端に取り付けられたガンカメラが、網膜モニターに内部を映し出した。

小和泉はゆっくりとアサルトライフルの視点を変え、状況の把握に努める。戦術ネットワークを介し、この映像は小隊で共有されていた。

一番目立つ装甲車四台は健在だった。この装甲車の上で月人達が飛び跳ねている。

破壊するつもりは無い様だ。戦利品として勝利を誇っているかのように見えた。

エレベーターは、小和泉達が使ってきた大型エレベーターのみ扉が開き、他は閉じている。

扉が開いているのは、装甲車を扉に引っ掛け、閉じない様にした為だ。

左右にある非常階段の隔壁は開いたままだ。装甲車が頭から突っ込み、塞いでいる状況のままだ。

天井や壁には機甲蟲の姿は見えない。どうやら、エレベーターホールに屯している月人が現在の障害の様だった。

小和泉は、敵の数を数えていく。

ホールの中央に固まり、談笑の様なことをしている集団が五匹。

装甲車の上で飛び跳ねている月人が装甲車一台につき各二匹。つまり、四台×二匹=八匹。

合計十三匹の月人。一個小隊だ。この数であれば、優位に勝つことができる。

「この隔壁の隙間は一匹しか通れないね。全員で一斉射撃するかい。」

小隊無線へ小和泉が囁く。耳の良い兎女がいる。ヘルメットによる防音効果があるとはいえ、敵の目の前で普通の声を出す気にはなれない。

「いいだろう。8312から8314はホール内へ攻撃。8311は周辺警戒にあたる。総員準備。」

『了解。』

鹿賀山の指示に従い、小隊は隔壁と近づき隙間の左右に分かれる。

8311だけが隔壁に背を向け、周囲へ警戒の目を飛ばす。

「準備完了だよ。」

十一丁のアサルトライフルが、隔壁の隙間より月人の集団へ照準を合わせる。狙う敵は、分隊毎に既に定めていた。中央集団を撃破した後、孤軍を撃破する。

「撃ち方用意。撃て。」

鹿賀山の撃ての声と同時に十一人が引き金を引く。光弾が中央に屯する月人へ豪雨の様に降り注ぎ、ホール内を煌々と照らす。

月人の毛皮に初弾は弾かれ、有効弾がなかなかでなかった。しかし、飽和攻撃は月人の毛皮を焼き始めると一気に敵を蹂躙し始める。

不意を突かれた月人は、痛みに驚き、攻撃元を見た。その時点で鎧となる毛皮の表面は焼かれ、皮膚が露出し始めていた。

怒りに我を忘れ、走りだそうとするが既に光弾は筋肉を焼き始めた。一気に体の自由度が失われる。操り人形の様なぎこちなさで月人は一歩を踏み出した。

小和泉達の銃撃は、意図的に下半身へと集中していた。足を潰す作戦だった。

前に走れなければ、距離を縮められることは無い。

横に飛べなければ、射線が逃れる術は無い。

足を奪えば、ただの標的になり下がる。

小和泉達は、表情を変えず淡々と撃ち続ける。月人の下半身は、上半身を支えることがなくなり、前後左右へとバラバラに崩れ始めた。そうすると足を踏ん張り耐えていた月人も巻き込まれ、仲間に押し倒されていく。将棋倒しの発生だ。

地面に倒してしまえば、脅威度は一気に下がる。

投擲攻撃以外の手段をもたない月人は、接近しなければ無害に等しい。遠距離からの射撃で無力化が可能になった。


小和泉達の照準は、次を狙う。装甲車の上で舞っていた月人達だ。

奴らは、装甲車から飛び降り、射線から逃れるように円形のホールの壁に沿って、左右より駆け寄ってきていた。

小和泉達は、二手に分かれ、銃撃を浴びせかける。

さすがに動いている月人には、簡単に下半身へ直撃しない。月人の側を掠めていく光弾の方が多い。

小和泉達は、当たらないのであれば、当たる方法に切り替える。

表面積の大きい上半身に照準を合わせ、撃つ。だが、顔をと胸を守る様に両手の前腕を正面に構え、駆けてくる。たくましい前腕部の毛皮が光弾を弾き、有効打は出ない。

それでも射撃を止める者はいない。出入口に取り付かれる前に一匹でも多く減らしたいのだ。

だが、八匹の月人は途中で倒れることも無く、人一人がようやく通れる隙間へ殺到した。だが、走る勢いは残っており、隔壁に体当たりする形になった。さらに後続が止まれず、仲間へ体当たりを加える有り様だった。一匹の狼男が隔壁の隙間に挟まり、身動きが取れなくなった。

「撃ち方止め。突け。」

鹿賀山の命令に応じ、隙間の前で団子状態になった月人達へ銃剣を突き入れる。何度も何度も突き入れる。

隙間に引っ掛かった狼男は全身を銃剣により串刺しにされる。数十か所から血が流れ、黒い毛皮に濁った赤が混じり、足許に血だまりを作っていく。

すでに狼男は、身動き一つしない。後続に押され、されるがままに隙間へとドンドンと挟まっていく。

鹿賀山は手榴弾を取り出し、素早く狼男の足の間からホール内へ転がす。

「退避。二、一、今。」

ホール内から低く腹に響く爆発音が生じる。だが、爆風は外には漏れない。隙間に挟まった狼男が防壁になった。

小和泉が同じ様に手榴弾を転がす。

「動くな。二、一、おまけ。」

続いて、腹に響く爆発音が続いた。

「小和泉大尉、止めを。8313内部探査。8311周辺探査。8312、8314は周辺警戒。」

『了解。』

小和泉はアサルトライフルで狼男の右目を狙い、引き金を絞る。三発の光弾が発射された。

光弾は眼球を蒸発させ、脳を焦がし、伽藍堂となった眼窩から髄液が零れ落ちてくる。そこへ銃剣を突き上げ、捻じり、掻き回し、引き抜く。脳は原形を留めていないことだろう。

確実に止めはさせた。

数十か所も銃剣で刺され、脳を破壊された状態で死なない生物は存在しない。

小和泉が止めを刺さなくとも事切れていた可能性は高い。だが、思い込みは損害を生み出す。確実に仕留めなければならない。

「8313、報告。」

「音響探査、悲鳴、叫喚音、擦過音多数。歩行音確認できず。」

「温度探査、入り口付近、団子一。中央に団子一。以上。」

「目視不能。」

「8311、報告。」

「音響探査、音源なし。」

「温度探査、変化なし。」

「目視探査、異常無し。」

鹿賀山の命令は滞りなく実行され、部下達が報告を上げた。

「今の報告に意見具申ある者は述べよ。」

その報告は、ホール内に戦闘可能な月人は確認できず、周辺より援軍が接近している可能性は低いという様に捉えることができた。

だが、思い込みや勘違いを鹿賀山は許さない。念の為、他の者の意見も確認をする。

「増援が来る前にホールに入ろうよ。死んだふりしている奴がいるだろうけどね。」

軽い調子で小和泉は話す。

「危険はありますが、それが良いでしょう。ここよりはホール内の方が安全でしょうから。」

粘りつく様な声で蛇喰は、小和泉に同調した。

「他はどうか。」

鹿賀山は小隊を見回すが反応は無かった。二人と同意見と言うことだろう。

「クジ一等兵とカワズ二等兵は左右から死体を蹴り入れろ。8312は、内部に突入。橋頭堡を確保。その後、全隊突入する。準備始め。」

クジとカワズは、隙間に挟まった死体を蹴り入れる位置へと立った。その二人の間に小和泉、カゴ、鈴蘭、桔梗の順に並ぶ。8311だけが周辺警戒を続け、他の者は隙間へ銃口を向ける。

分隊長である小和泉が戦闘に立つには理由があった。狭い隙間を抜けるのに複合装甲では時間がかかる。しかし、隔壁裏からの不意打ちや正面からの打撃に複合装甲であれば、一、二撃であれば確実に耐えることが可能だ。

促成種のプロテクターでは、保護されていない箇所に攻撃を受ければ、死に繋がることがある。

また、小和泉さえ通り抜けてしまえば、複合装甲を装備していない桔梗達は、隙間を速やかに通り抜け、戦力化できる。ゆえに、この並びでの突入となった。

「準備完了。」

小和泉が報告を上げた。

あとは、鹿賀山の号令を待つだけとなった。

ホール内に何が待つのか。何も無いのか。誰にもわからない。緊張感が831小隊内で高まっていく。

―まだかな。わくわくするよね。―

小和泉だけが一人、他の者と違う感情を抱いていた。

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