254.〇三〇六二〇偵察作戦 鹿賀山の願いと小和泉の願い
二二〇三年六月二十一日 〇九一一 OSK下層部 エレベーターホール付近
月人はガス爆発とワイヤートラップにかかり、数を大きく減らした。
が、それらは、月人の士気を挫くどころか、怒りをさらに煽った。
月人の第三集団が、同胞の死体を踏み付け、乗り越え始めていた。低い唸り声をあげ、目は真っ直ぐに小和泉達を見据え、強烈な殺意を送り込んでくる。
まだ距離は十分離れている。射撃戦の継続は可能だ。
「全軍撤退。」
しかし、鹿賀山は撤退命令を出した。
このまま銃撃戦を挑んだところで数の暴力に押され、磨り潰されることは明白だからだ。
作戦会議時に選定していた通路へと駆け込んで行く。
やや遠回りになるが、エレベーターホールへの迂回通路だ。
小和泉を先頭にその通路を駆け抜けていく。行く手に敵影は見えない。だが、油断はしない。
皆、月人や機甲蟲を警戒しつつ走る。
背後で爆発音が連続した。小和泉は、ヘルメットのシールドに表示される背面カメラの映像を確認した。
小和泉達を追いかける多くの月人達の足が吹き飛ばされていた。
壁際を走っていた月人は、小粒のセラミック弾に全身を潰されていた。
原因は床に撒かれた対人地雷と壁際に設置された指向性散弾地雷だった。
平常心を失った月人は、仲間の屍を踏み越え、小和泉達が散布した地雷原へと侵入した結果であった。
地雷を踏んだ月人は、足を吹き飛ばされ、その場に崩れ落ちた。
突然、目の前で吹き飛ばされる仲間に驚き足を止めた。しかし、状況を理解していない後続は突撃を止めない。
それに押された前列は、更に地雷原の中央へと足を踏み出し、吹き飛ばされた。
壁際に退避しようとした月人は指向性散弾地雷にかかり、全身にセラミック球を叩き込まれた。
月人は不毛な行進を繰り返す。事情を知らない後続が止まらないからだ。確実に地雷は、月人達へ重傷を負わせ続けた。
頑丈な毛皮に包まれているが、毛が生える方向は下向きに生えている為、地雷の爆風や破片は確実に毛の隙間から入り込み、下半身へ重傷を負わせた。
「現時点で全地雷の爆発を確認。敵の損害不明。追撃は停止の模様。」
東條寺が報告を上げる。ヘルメットのシールドに表示させていた地雷の標識が全て消失したのだ。
「予定通りだ。敵の追撃が止まった。ホールへ急げ。」
『了解。』
鹿賀山の声に焦りが少し混じる。作戦は計画通りに進行している。敵をエレベーターホール前から引き剥がし、手薄になったところをホール内に突入する作戦だった。
ただ一つの懸念事項があった。
それが現実にならぬことを鹿賀山は願い、小和泉はそれが現実になることを願っていた。
小和泉達が最後の交差点を右に曲がれば、エレベーターホールまで直線二百メートルの地点だ。目的地は近い。大きく迂回してきた甲斐も有り、敵との遭遇は無かった。
しかし、ここまでが順調すぎたのだ。鹿賀山の願いは消え去り、小和泉の願いが叶えられた。
交差点を曲がったところで小和泉達と黒や灰色の物体と鉢合わせをした。
月人との遭遇戦。階層中に轟く爆発音をさせているのだ。音源に敵が集まるのは当然のことだ。
その敵との邂逅を鹿賀山は避けたかった。敵との接触に避けることに失敗したことに唇を軽く噛んだ。甘い考えは通用しなかった。
―よし。―
一方で小和泉の口角は大きく上がった。
小和泉は無造作にアサルトライフルに着剣している銃剣を狼男の顎下へ素早く突き刺した。瞬時に毛並みと筋肉のつき方を読み取り、刃先が体内へスムースに吸い込まれていく。長い刃先は口腔を貫き、脳へと達する。
小和泉は軽く脳を銃剣でかき混ぜると狼男から銃剣を蹴り抜いた。狼男は何事が起きたか理解することなく、仰向けに倒れていった。
カゴは小和泉に遅れることなく、別の狼男の左目にコンバットナイフを突き立て捻る。眼窩から血が溢れだし、狼男がギャンという甲高い悲鳴を上げた。しかし、悲鳴は一瞬。カゴの左肘が下から口を打ち上げ、強制的に口を閉じらせた。両手を狼男から離し、肩からぶら下がるアサルトライフルを掴むと狼男の臍へと銃口を捻じ込んだ。腹を掻き回される痛みに狼男は身体を痙攣させる。
カゴは躊躇いなく引き鉄を絞る。ライフルから連射される光弾が狼男の内臓を焼いていく。狼男は光弾が発射される度に小さく幾度幾度も体を震わせ、ついに動かなくなった。
カゴが無造作にアサルトライフルを臍から抜くと煙が上がり、同時に口からも煙が吐き出された。
寄りかかる様に倒れる狼男をカゴは無造作に床へと叩きつけた。
間髪入れず、小和泉とカゴは同時に回し蹴りを兎女へと繰り出した。
小和泉とカゴの間に鈴蘭が居た。
その鈴蘭は兎女の上段からの剣戟をアサルトライフルで受け止め、力比べをしていたのだ。
その膠着状態を解くべく、小和泉とカゴが両側から兎女を前後から挟むように回し蹴りを放ったのだ。小和泉の右回し蹴りは鈴蘭の頭上を通り抜け、兎女の喉仏へ、カゴの右回し蹴りは兎女の延髄を捉えた。
兎女の首は前後からの凶悪な圧力に挟まれた。気管はひしゃげ、頸椎がズレ、中に走る神経が切断された。兎女は白目をむくとその場に座り込むにように息絶えた。
小和泉とカゴは次の兎女へアサルトライフルと構え、一歩踏み出そうとした。
「撃ちます。」
桔梗の声で三人はその場で止まる。長剣を振り下ろそうとしていた兎女の顔面へアサルトライフルの銃撃が叩き込まれた。視界を塞がれた兎女の長剣は空を切った。
鈴蘭は射線を塞がぬ様に膝撃ちの姿勢となり、兎女へ銃撃を加え始める。
みるみる毛皮が焼かれ、筋肉と骨を破壊し、兎女の動きは止まった。焼け焦げた死体が一つできた。剣を振った勢いが残っていたのか、回転する様に床に沈んだ。
この間、約二分。突発的接触にもかかわらず、小和泉達8312分隊は、接敵した敵の前衛を戸惑うことなく屠った。それが当たり前、いや最初から定められていた様な動きであった。
鹿賀山達が合力する暇も隙も無かった。
敵即断。
鹿賀山達は、狂犬とそれが従える部下の恐ろしさを改めて思い知らされた。
さすがの蛇喰も状況を把握するだけで精一杯であり、憎まれ口を叩く余裕も無かった。
8312分隊の格闘戦能力は、日本軍随一であり、最高なのだろう。
だが、呆けている暇は無い。敵はまだ中衛と後衛に八匹残っていた。
「射撃戦用意。」
鹿賀山は命令を下す。遭遇戦は時間との勝負だ。敵が体勢を整える前に有利に事を進めねばならない。
前衛の8312はしゃがみ、後列からの射線をあけた。
中衛の8311と8313は左右に分かれた。
後衛の8314はその場に留まる。
そして、全員の射線が通った瞬間、
「撃て。」
鹿賀山の低い声が命じた。
全員が引き金を絞る。お互いが手を伸ばせ触れ合えるような近距離での射撃戦。
一方的に小和泉達は光弾を月人に叩き込んでいく。
光弾の嵐を省みず、接近する敵は小和泉かカゴが足払いを掛け、床に叩きつける。己の身は絶対に起こさない。射線に身体を晒すことになるからだ。
兎女の大きく開いた股へ光弾を叩き込む。ここには肛門と生殖腔がある。そこは防御力が無い。普段は立っている為、狙うことはほぼできないが、寝かせてしまえば話は違う。目の前に弱点があるのだ。狙わぬ道理は無い。小和泉は寝かした兎女の肛門と生殖腔へ光弾を容赦なく叩きこむ。
兎女は今まで感じたことがない痛みにのたうち回り、徐々に力が抜けていき、静かになった。
月人の中衛を撃破したことにより、後衛への攻撃へと進む。
未だに敵は不意の遭遇に立ち直っていなかった。
小和泉は狼男へ足払いを掛け、地面に引き倒す。今度は急所である肛門が見えなかった。だが問題無い。コンバットナイフを抜くと狼男の臍へと深々と突き刺す。そして抉る。右へ左へとナイフをグリグリと回す。
狼男は激痛に泣き叫び、痛みを誤魔化すためか四肢を床へ力一杯に打ちつけた。
今まで感じた事が無い熱くキリキリとする痛みを味わっていることだろう。それは反撃する意志すら奪う痛み。ナイフは内臓を破壊するだけでなく、大動脈も切断する。
もっとこの時間を楽しみたいが、今はそれを許される状況では無い。小和泉は刃先を心臓方向へ向ける。
横隔膜を貫き、心臓へと刃先を潜らせる。力強い鼓動がナイフを通じて小和泉の手に伝わる。
「はい、お休み。」
心臓を大きくナイフで抉る。激しい鼓動は、急激に鼓動を乱し、弱まり、静かになった。
周囲の月人は鹿賀山達が斃し、遭遇戦は終了した。
―楽しいなあ。やっぱり命の奪い合いは良いよね。生きているって実感が凄いよ。この手に治まる命の生殺与奪の権利。ああ堪らないよ。最高だよ。さあさあ、もっと僕を滾らせておくれ。―
複合装甲の中で小和泉は恍惚の笑顔を浮かべ、己の分身を固く屹立させていた。




