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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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253/336

253.〇三〇六二〇偵察作戦 先任軍曹の実力

二二〇三年六月二十一日 〇八五九 OSK下層部 エレベーターホール前


「作戦開始、三十秒前です。各隊、気を引き締めて下さい。」

小隊無線に東條寺のやや硬い声が響く。緊張しているのだろう。戦力差は大きく、全滅する可能性は高い。

小和泉はモニターに表示されている時計を確認した。08:59:32。作戦は九時に開始だ。ようやく、この暇で退屈な待機が終わり、小和泉にとっての楽しい祭りが始まる。

「5、4、3、2、1、今。」

東條寺の秒読み完了と同時に小和泉達8312分隊はアサルトライフルの引き金を絞った。

小和泉が発射した光弾は、狙い通り一番標的の狼男の右の眼窩に吸い込まれていく。

光弾は眼球を蒸発させ、水蒸気をあげる。狼男は右目を押さえ痛みに咆哮を上げる。

未だに立っているということは、脳まで光弾が達しなかった証拠だ。即座に大きく開けた口へ追撃を加える。

狼男の目を押さえていた両手が、だらりと力が抜け、地面へと垂れた。そのままゆっくりと跪き、地面へと俯けに倒れた。光弾は口腔内を貫通し延髄まで届いたようだ。

―はい、一番。処理完了。―

たった三百メートルの距離である。奇襲であれば、動かぬ的に対し、狙撃の才能がある桔梗でなくとも外すことはない。

偶然ではあるが、8132分隊四人の攻撃目標は重ならなかった。

それぞれに狙いやすい。または通しやすい射線があり、それを優先した結果だった。標的が重なったところで排除の確実性が増すだけで問題は無い。

実際に小和泉が目標とした一番を排除するのに二撃必要だった。


敵は、突然の攻撃に慌てふためき、無秩序に周囲を見渡し始める。攻撃元を探そうと必死だ。

だが、指揮できる獣が四匹も突如排除され、指揮系統は乱れていた。

射点を特定されていない今は、追撃する好機だ。

「続けて撃て。」

小和泉は六番標的に照準を合わせる。六番は、浮足立った部下を抑えようと盛んに叫んでいた。

指揮官で間違いないだろう。

大きく開けた口は、格好の的だ。弱点が晒されている。ガンカメラの照準を口腔に合わせ、三点射する。

三点射では、こちらの位置が目立つかもしれない。だが、そろそろこちらの位置を把握されてもおかしくない。確実性を取り、隠密性の単射より確実性の三点射を選択したのだ。

三発の光弾は、狙い通り六番の口腔に吸い込まれ、頭部を吹き飛ばし、周囲に脳漿と頭蓋骨を撒き散らした。

二射目からは、鈴蘭とカゴも三点射で力を削いでいた。小和泉と同じ考えの様だ。

桔梗だけは、単射で確実に急所を撃ち抜き、標的を無力化していた。技術力の差が垣間見えた。

残りの標的は三匹。四番、七番、九番が残っている。だが、こちらを指差す月人の数が増えてきた。射点を特定された様だ。

「全員立射。射撃自由。後方へ離脱開始。目標排除後、最速で撤収。」

『了解。』

小和泉は伏射姿勢から立ち上がり、後ずさりながら四番目標を三点射で撃つ。さすがにこちらの位置も判明したことにより、光弾を弾く分厚い毛皮がある腕で急所を守っている。

光弾は、ことごとく弾かれ、軽傷すら負わせられない。ほんのり毛皮の表面を焦がす程度だ。

だが、桔梗達は七番と九番を撃ち倒していた。桔梗の七番への精密射撃と鈴蘭とカゴの九番への飽和射撃が効果を表した。

月人の獰猛性がむき出しとなり、腹から吐き出す咆哮と口から大量に涎を溢れさせ、狂気とともに小和泉達へ暴力の奔流を向ける。こちらを発見した月人が駆け寄る。

小和泉達は、アサルトライフルの連射で対応するが毛皮に阻まれ、突進を止められない。予想通りだ。だが、暴力の奔流に巻まれる必要は無い。

「四番目標は残したが、撤収するよ。分かっていると思うけど火気厳禁ね。」

小和泉達は、踵を返し、鹿賀山達の元へと走り出した。

「錬太郎様が、敵の撃破に失敗されるなんて珍しいですね。」

「隊長。いかがわしい事、考えてたの。」

「宗家、寝不足でございましょうか。」

桔梗、鈴蘭、カゴは、月人が背後に迫る緊迫した状況にもかかわらず軽口を叩く。

小和泉の影響だろうか。生死が支配する戦場にもかかわらず、この三人も理性のタガが緩んでいるのかもしれない。

「深い理由は無いよ。僕って射撃が好きじゃないんだよね。手応えと言うか、実感と言うか。ねっ。無いでしょう。」

「そうでした。射撃はお得意では無かったですね。」

「期待した私が馬鹿。」

「宗家は、格闘戦の達人でありますから。」

「何か、冷たいなぁ。僕、泣いちゃうよ。」

などと月人共の強烈な殺意を背後から浴びつつ、白い靄に満たされた通路を駆け抜けると同時に小和泉達は大きく跳躍した。

複合装甲「九久多知」の増力装置が稼働し、五メートル程軽く通路を飛ぶ。さらに二歩だけ助走し跳躍を続ける。次は十五メートル程通路を飛んだ。

「伏せろ。」

小隊無線に鹿賀山の命令が飛ぶ。即座に、小和泉達四人は床を滑る様に転がり、うつ伏せになる。

「撃て。」

鹿賀山の命令により、小和泉達の頭上を数十条の光弾が続々と通り過ぎ、月人の群れへと襲い掛かる。白い靄に着弾した瞬間、世界は真っ白な閃光と轟音に包まれた。

先程までの夜間照明が嘘の様に眩く世界を照らし出す。即座にヘルメットのバイザーが黒く染まり、目を閃光から防御する。

続いて全身を震わす重低音がこの階層を包み込み、小和泉達の頭上を衝撃波が駆け抜けていった。


「8312。直線にて全力疾走。回避運動不可。」

さらに鹿賀山の命令が下る。

小和泉達は伏せの姿勢から即座に立ち上がり、鹿賀山達の元へ全力で走り始める。

命令通り、直線で走る。敵の投石等を警戒しての回避行動はとらない。

小和泉達が走る隙間を鹿賀山達が放つ光弾が次々とすり抜けていく。

月人への追い打ちと牽制射だ。

回避運動を取れば、味方の射線を塞ぎ、追い打ちをかけられないからため真っ直ぐに走る。しかし、当たらないと理解していても正面から飛んでくる銃撃の中を走るのは、常人であれば冷や汗ものだろう。

走り続ける間、小和泉を掠めるように光弾が幾つかすり抜けていく。発射元は蛇喰だった。

―やれやれ。困った奴だよね。当たらないと分かっている弾に僕が怖がるわけないのに。無駄なことを。―

蛇喰の拙い嫌がらせなど歯牙にもかけない。

―あらら。僕が最後尾になっちゃたか。やっぱりね。―

自然種と促成種の力の差が明確に出た。自然種は複合装甲を纏って、ようやく元の運動能力の三倍に増幅されるが、促成種は自然種の五倍の運動能力を素体のままで持っている。

ゆえに促成種は、重りとなる複合装甲は纏わず、簡易プロテクターのみを要所に装備する。

これにより複合装甲を大量生産する必要がなくなり、資源の節約に繋がっていた。

桔梗達は、小和泉を置いてみるみる加速し、鹿賀山達の元へと合流した。

―たしかに全力疾走って命令だったけど、置いてかなくても良いよね。僕ちゃん寂しい。―

と心にもないことを思う。

「8312反転。撃て。」

小和泉が到着していないにもかかわらず、鹿賀山はさらに命令を下す。

桔梗達はこちらにアサルトライフルを構え、射撃を開始する。

光弾の雨の密度が更に増す。

―うわお。容赦ないな。―

当たらないと分かっているが、弾幕の中を走るのは、良い気分では無い。

そんな光の弾雨の中、小和泉は遅れて鹿賀山達の中に滑り込んだ。

小和泉も即座に反転し、アサルトライフルを構え、連射を始めた。


イワクラムが気化したガスに吹き飛ばされた月人の四肢や内臓が壁や通路に撒き散らされた中、月人の第二集団が駆け寄って来ていた。

月人の目は血走り、怒りの感情に身を任せていた。仲間を殺され、強い殺意を溢れさせていた。

周囲が何も見えていない。小和泉達を力づくで捻り潰すことしか考えていない。

死屍累々のガス地帯を抜けた先頭集団が前触れもなく、前のめりに転倒していく。さらに後続も転倒した月人に引っ掛かり転倒する。まるで将棋倒しの様だ。

足が止まった敵へ銃撃を集中させる。光弾を弾いていた毛皮は焦げ、燃え、皮膚を露出させ、筋肉を焼き、骨を砕き始めた。

周囲に血と肉が焼ける香ばしい薫りが漂うが、浄化フィルターを通して呼吸する小和泉達には、その匂いは届かない。

団子状態になった月人を上から順番に銃撃で殺していく。下敷きになった月人は、上に乗っている死体が邪魔になり、すぐには団子から抜け出せない。死体の重量で圧死してくれば簡単なのだが、月人の頑強さはそれを楽々と耐える。

その隙をついて、次々と月人を無力化していく。

仕掛けは単純だった。床にワイヤーを張り、足を引っかけさせただけだ。

月人が冷静であれば、その仕掛けを見逃さなかっただろう。だが、目の前で仲間を爆殺され、頭に血が上った月人の目には、小和泉達しか映らなかった。

先頭がワイヤーに転ばされ、転んだ月人に後続が足を取られ、さらに転ぶ。単純な罠であるが、最高の成果を生み出した。

先任軍曹であるオウジャの提案は、経験に裏打ちされたものであった。

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