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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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252/336

252.〇三〇六二〇偵察作戦 古参兵を狙え

二二〇三年六月二十一日 〇八二九 OSK下層部 第三特殊武器防護隊司令部 玄関


記録庫での調査を終えた831小隊は、戦闘準備を整え、司令部の玄関まで戻っていた。

あとは、何としてでもKYTへ帰還するだけだ。ここで野垂れ死ぬつもりは一切無い。

小和泉は、窓から外部を窺う。無論、敵に気付かれる様な無様なことはしない。

同じ様に外を窺う桔梗達も気配を殺している。鹿賀山達は、建物内からの襲撃に備え、廊下や階段に対し警戒を行っていた。

外は、朝の時間のはずだったが、照明は暗く、夜と同じだった。

この地下都市は、時間による調光はされていないようだ。調光機能が故障しているのだろうか。それとも単なる節電だろうか。

「桔梗。」

「温度探査に反応無し。」

「鈴蘭。」

「音響探査、異常無し。」

「カゴ。」

「目視探査。異常無し。」

小和泉が名前を呼ぶだけで、求める返事が即座に上がる。8312分隊は、小和泉の手足と同様に動く。探査は、機械だけには頼らない。必ず人による目視探査も行う。嫌な予感は、機械では計れないのだ。

「まず、僕だけ出るよ。」

小和泉は司令部の玄関扉を少し開け、静かに素早く道路の影へと潜む。

攻撃は無かった。敵の接近どころか気配も無い。

小和泉は手信号で部下を招き寄せる。桔梗達三人も静かに小和泉の元へ集い闇に潜んだ。

他の分隊のことは鹿賀山に任せておけば良い。小和泉の役目は斥候であり、斬り込み役だ。帰還の為の道を切り開くのだ。

道路には影が多く、小和泉の黒体塗装は効果を発揮した。影に潜めば視認することはほぼ不可能だった。

ゆえに分隊長でありながら、先陣を切って街中をエレベーターホールに向かって戻る。

ホールには装甲車が残されている。これを確保しなければ、長蛇水路を遡行することができない。

まずは、装甲車の回収が最優先だった。

敵の気配も襲撃もなく順調に進む831小隊だったが、残り三百メートルの処で歩みを止めた。


小和泉は、交差点の影からエレベーターホールを視認した。

隔壁は、行きと同じく人一人分の隙間だけを開けたまま停止していた。

行きと大きく違ったのは、その場に毛玉共が数十匹たむろしていることだった。

隔壁を守るため、団子状に固まる月人の集団だった。

隔壁の向こう側、つまりエレベーターホール内はここから確認はできない。その中に敵が居ないとは言い切れない。逆に居ない方がおかしい。

敵はホール内にも居ると想定するべきだ。もっとも分厚い隔壁の為、温度探査や音響探査ができないため、正確な状況を知る術は無い。

視認範囲内で一個中隊六十四匹以上は確実にいた。

こちらは一個小隊十五名。戦力差は四倍以上。真正面から戦闘を仕掛けるのは自殺行為だ。

「さてと、敵は一個中隊。こちらは一個小隊。正面から突撃って言わないよね。」

小和泉は交差点から離れ、鹿賀山へと話しかけた。ちなみに鹿賀山の元に蛇喰と井守の代行であるオウジャ軍曹も集まっていた。どうやら鹿賀山は、士官会議を行うつもりの様だ。

「当たり前だ。私が猪型の士官ではないことを知っているだろうに。」

「てへへ。念の為だよ。」

「さて、第一目的は、隔壁前の月人を突破し、ホール内の装甲車に乗り込むことだ。隔壁内にも敵は多数いることは明白だ。皆の意見を聞こうか。」

鹿賀山は集合した、東條寺、小和泉、桔梗、蛇喰、オウジャの順に顔を一人一人見ていく。

「月人など恐れるに足りませんね。とでも私が言うと思ったのですか。

罠にかけるだけです。この辺りにでも地雷をバラ撒き、銃撃で月人を呼び寄せ、地雷原の餌食にすれば良いでしょう。

真正面から攻めるなど、愚の骨頂ですね。」

蛇喰は得意満面に語る。特に目新しい作戦では無いのだが。

「では、補足します。一斉攻撃前に狙撃を行い、敵の主力を接近前に減らすべきです。」

「はあ。当たり前ですね。わざわざ言葉に出す必要は無いでしょう。共通認識だと思っておりましたが。」

東條寺の補足に蛇喰は粘りつく様なため息をついた。

「思い込みや意識の齟齬が無い様にするのが作戦会議です。思うことはハッキリ言うべきです。」

「心に余裕が無いとは悲しいですね。それでは物事を冷静に見られませんよ。」

東條寺と蛇喰が睨みあう。

「どちらが正しいも間違いも無い。無用な時間を取らせるな。桔梗准尉はどうか。」

空気を変える為、鹿賀山は沈黙を保つ桔梗に意見具申を促した。

「地雷原の他にイワクラム散布地帯を設置しては如何でしょうか。

全ての動力源となっているイワクラムのダイス加工された物から中身を取り出し、空気中に散布します。可燃性が高く、焼夷剤として用いることが可能です。敵がその地点に侵入次第、銃撃により点火します。これにより月人への被害を強いることが可能だと思われます。実際に洞窟戦では何度も使用しています。」

「ふむ。悪くないか。オウジャ軍曹はどうか。」

「そうっすね。手軽にワイヤーを足元に張るのはどうですか。敵の転倒と足止めが容易ですしね。そこを狙い撃ちすれば効果抜群でしょう。」

鹿賀山は、三人の意見を聞くと腕を組み、考え始めた。小和泉に意見を求めるつもりは無い様だ。

小和泉も意見を述べるつもりは無かった。

―さて、頼むよ。楽しませておくれよ。―

面白ければ、それで良いからだ。

鹿賀山が考え始めるとすぐに小和泉と8312分隊は、交差点へ静かに戻ろうとした。敵の動きを監視する為だ。

「小和泉、待て。作戦を発表する。すぐに取りかかるぞ。」

「了解。」

鹿賀山の考える時間は短かった。即断即決に近いだろう。敵地でグズグズする様な愚か者では無い。

鹿賀山の指示に従い、831小隊は敵を迎え撃つ準備を進めた。


二二〇三年六月二十一日 〇八五五 OSK下層部 エレベーターホール前


ホールから二番目の交差点から右に曲がった六百メートル地点に鹿賀山達8311・8313・8314分隊は待機していた。その通路の幅は、やや狭めの二車線道路であり、道路脇は小和泉達より背の高い壁で覆われ、脇道が見当たらなかった。あまりにも小和泉達に都合の良い地点であった。

小和泉率いる8312分隊はホール手前の二番目の交差点の闇に潜み、地面に伏射姿勢で待機していた。月人までの相対距離は三百メートル。肉眼でも月人の顔が良く分かる。狼男の耳元まで開く凶悪な顎。些細な音を聞き逃さない兎女の耳。

それらがはっきりと視認できる。敵に気付かれれば、数秒で距離を詰められてしまうだろう。

戦力比に大きく差がある敵を迎え撃つには、この地点しかなかったのだ。この地点の危険性は十分理解していた。普段の戦闘であれば、ここまで敵に近い場所まで進出しない。

安全距離を考慮し、もっと後ろへ下がる。しかし、生き延びることを考えるとこの場所と鹿賀山が待機する通路がどうしても重要だった。


小和泉達は、兎女の聴覚に捕らわれることの無いように、慎重に静かに動く。複合装甲やプロテクターが地面を擦らぬ様に慎重にうつ伏せになっていた。

アサルトライフルに装備されている二脚を広げ、ガンカメラを適切な望遠値に合わせ、月人の急所である眼球もしくは口腔内に照準を定める。臍や脇も急所であるが、今回は照準を合わせることができない。月人が重なり合い、射線が通らないのだ。

狙う月人は、毛皮が大きく汚れている個体だった。風呂に入る習慣が無い月人は、毛皮が汚れている程、長く生きてきた個体である。

つまり、幾戦もの戦場を潜り抜け、生き抜いてきた古参兵である。

人間の戦い方を熟知している手強い相手である。そして、戦友達を屠ってきた仇でもある。

と言っても小和泉はその様な理由で熱くなったりはしない。

井守や蛇喰であれば、少しばかりは熱くなったかもしれない。

―古参兵を先に片付けないと僕のかわいい子達が怪我したら嫌だからね。優先、優先。―

単純に自己都合であった。

―目立つ古参兵は、ひのふのみのよ。四匹か。狼男が三匹と兎女が一匹か。中堅がそこそこいるね。外には、鉄狼は居ないね。ホール内に居るのかなっと。―

小和泉は、ヘルメットのバイザーに表示されている月人を優先順にバイザーの外側のタッチパネルをタッチしていく。

タッチする度に一番、二番、三番と表示が足されていく。最後は十一番だった。

分隊の戦術ネットワークに情報を共有化する。

「はい、じゃあ、みんな。優先順位付けたから順番によろしくね。十一番迄を処理したら即撤退。雑魚は後回しだから、鹿賀山のところまですぐに戻るよ。」

『了解。』

小和泉の指示に誰も疑問も抱かず、確認を行わない。細かいことを聞いても無駄と理解しているからだ。小和泉は直感で動く指揮官だ。説明を求めても答えられないのだ。

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