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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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247/336

247.〇三〇六二〇偵察作戦 大休止

二二〇三年六月二十一日 〇一〇六 OSK下層部 第三特殊武器防護隊司令部 記録庫


小和泉が、記録庫の扉を押し開けると巨大な蝶番から金属を擦り合わせる軋み音が廊下に鳴り響いた。小和泉は、即座に扉を押すのを止める。

831小隊全員がアサルトライフルを構え直し、四方八方を警戒する。今の音が警報代わりになったかもしれないからだ。

全員沈黙。皆が聞き耳を立てる。だが、集音マイクは空調音しか拾わない。

敵が来るのか来ないのか。何とも言えない緊張状態が続く。

しかし、月人の足音や機甲蟲の駆動音は聞こえない。聴音、温度探査に変化は無い。

数分が経過し、数人のため息が小隊無線に流れた。

どうやら、敵を呼び寄せることにはならなかった様だ。

小和泉は改めて記録庫の扉を慎重に押し開ける。軋み音は、今度は出なかった。少し動かしたことによって埃が取れ、滑りが良くなった様だ。

8312分隊は記録庫へ静かに霧の様に侵入し展開する。四方八方を素早く索敵し、安全を確認する。

目視、温度探査等に何の反応も無い。

「異常無し。」

「異常無し。」

「異常無し。」

部下からの報告と小和泉自身の判断に食い違いは無かった。

「異常無し。鹿賀山、問題無いよ。」

「全隊入れ。」

鹿賀山の指示で記録庫に全員が侵入する。

「8311は入口を閉じ、守備に就け。他の隊は奥の各本棚の通路を索敵せよ。」

『了解。』

本棚の通路一本に一人が担当する。小和泉達は本棚に身を隠しつつ通路をガンカメラで確認する。

天井近くまである本棚の通路は真っ直ぐに奥へと伸びている。途中途中で本棚が途切れ、隣の通路に繋がっている様だ。ここから確認する限り、敵は確認できない。

小和泉達は通路へと中腰の姿勢で侵入した。被弾面積を小さくするためだ。

―ここで敵と接触すれば行動が制限されるなあ。横には逃げられない。前か後ろに動くだけ。機甲蟲が射撃したら危険だよね。ドキドキだね。―

だが、そんな心地よい緊張感もすぐに終わった。突き当りに行きついたのだ。側方を見れば、他の者達も何事もなく辿り着いている。

「8312、異常無し。」

「8313、異常無し。」

「8314、異常無し。」

各分隊長が書架の索敵終了を鹿賀山へ告げる。

「よし。入口まで戻れ。」

『了解。』


記録庫の索敵は完了した。敵は居ない。

記録庫は、火気、湿気の対策がなされ、窓も無く、出入口は一ヶ所だけだった。

恐らく、扉同様に壁も耐火性のある素材で構成されているのだろう。つまり、頑丈であるということだ。

出入口の扉は閉じられ、8311分隊によって読書台を積み上げ応急防壁を構築していた。

これで簡単に外から開くことはできないだろう。

この記録庫は籠城に最適だった。出入口は、分厚い鋼鉄製の扉一つのみ。窓は無い。

ここさえ封じれば、敵の奇襲を恐れることは無い。これで一息つけるだろう。

昨日の九時半からの作戦開始から十数時間にわたる緊張状態から解放され、ようやく周囲の状況に心を向ける余裕が生まれた。今までは記号として見てきた光景に様々な感想や意見が付加されていく。

戦闘中では、机があれば盾にできるか、武器になるかの判断しか下さない。不要な情報は敢えて削る。しかし、心が平常時になってしまえば、物の見方は大きく変わる。

どの様なデザインだろうか。使い心地は良いのだろうか。自分の好みに合っているだろうか。などと戦闘に不要な事を思い浮かべる。

そんな状況になって、兵士達は記録庫の施設と膨大な資料に改めて圧倒された。

これだけの大量の紙の本を見たことが無いからだ。

天井を見れば、照明は無色透明のガラス細工を寄せ集めた藤の花に似た造りだった。それが幾つも天井から吊り下がっている。シャンデリヤと呼ばれる物だ。読書に最適な様に光は分散し、目に優しい柔らかな光が部屋を照らす。

床には毛足の長い灰色の絨毯が敷き詰められ、足音と空間の雑音を吸音している。

そして、読書台や椅子は木製だった。KYTに木製の家具は存在しない。

耐火性が無いことと、素材自体が貴重だからだ。天然木など、この世界にまだ存在しているのだろうか。

兵士達は好奇心を抑えられず、手袋を脱ぎ、それぞれに施された簡易的な彫刻にも初めて触れる。指先に伝わる木材の温かみと彫刻の柔らかな凹凸が、小和泉達の触覚に生まれて初めての感覚を与える。

「背中がぞわぞわする。」

「何か落ち着くな。」

「こころが安らぐ。」

「これ。いいな。」

「あたたかい。」

口々に所感を漏らす。

この様な贅沢と無駄が施された家具など見たことは無い。

無論、記録映像により、その様な物があることは知識として知っている。

KYTにある物は、基本的に複合セラミックス製品だ。耐火性と耐久性などの実用性を重視し、量産性を阻害する飾りといった物は施されない。

ここは小和泉達が知らない世界だった。初めて体感と知覚する無駄と余裕に鹿賀山達は圧倒された。


だが、小和泉とカゴは平常運転だった。圧倒もされず、他の者が気を取られている為、代わりに周辺警戒を続けていた。面倒だったが。

小和泉達が圧倒されないのは、単純に興味が無いからだ。興味が無い物に心を奪われることは無い。

どの様な名画を見せられても、興味がなければ心は動かない。特に抽象画に一目で心を震わされる人間は少ないだろう。あれを理解するには、作品の背景や作者の生き様などを知っている必要があると士官学校で習った。

ゆえに武術に全てを捧げた小和泉と戦闘力に全てを捧げたカゴの心を動かすには、この程度では衝撃が足りなかった。


ようやく鹿賀山は我に返った。小隊指揮を放棄してしまった。いつもの鹿賀山であれば考えられないことだ。慌てて命令を下す。

「分隊毎に大休止を取る。まずは。」

「8311から休憩よろしく。」

鹿賀山の台詞を小和泉が横から掻っ攫う。

「小隊長が一番に休んでどうする。」

「鹿賀山はね、疲労が溜まり過ぎだよ。判断能力が落ちていることに気が付いているかい。一度自分の顔を鏡で見た方がいいよ。」

その言葉に鹿賀山はヘルメットを脱ぎ、情報端末のカメラを起動させ、自分の顔を映す。

そこには無精ひげが生え、目の下に隈を作った疲れ切った男の顔が映っていた。

普段よりも十歳ほど老けたかの様だ。

「なるほど。小和泉の言う通りか。どうやら小休止も満足に出来ていなかった様だ。

では、8314から逆順に歩哨を立て、8311を最後とする。8314以外は大休止に入れ。」

まざまざと疲れ切った自分の顔を見せられれば、反論する意志は霧散する。小和泉の言う通りに休むしかないだろう。ここで我を通して、判断ミスを起こし、小隊を全滅させるわけにはいかない。それにこの記録庫であれば、大休止をとるには問題無いだろう。


当直以外の兵士達は、久しぶりに装備を解いた。酸素濃度や放射線量等は測定済みだ。埃が飛散しているのは仕方がないが、ここは清浄な空気に満たされていた。

自然種は複合装甲から抜け出し、促成種は急所と関節を覆うプロテクターを外す。

窮屈だった身体に一気に新鮮な血が巡る。同時に張りつめていた緊張が解け、疲労が一気に全身に圧し掛かる。

長時間狭い装甲車に押し込まれ、周囲に気を張り巡らし続けていたのだ。疲れていない方がおかしい。

皆、アサルトライフルを抱きしめるように床に座り込み、読書台にもたれかかる。限界が来たのだろう。

さすがに埃が積もった床に寝転がる猛者はいなかった。小和泉も皆と同じ様に九久多知から抜け出し、アサルトライフルを抱きしめて読書台にもたれ掛り、目を閉じる。銃剣は外し、手元に置いておく。着剣したままだと寝返りをした時に怪我をする可能性がある。

すぐに複数の寝息が記録庫の空間を満たしていった。


「やれやれ、この程度で疲れるとは日本軍の兵士としてはまだまだですね。とりあえず、食事の許可を出します。無論、哨戒任務を疎かにしないように。」

蛇喰は歩哨の担当時間だった。8314分隊は、完全装備で出入口を見張っている。

「蛇喰隊長。我々はあまり動いていませんぜ。鹿賀山少佐の8311は情報戦、小和泉大尉の8312は工作活動、オウジャ軍曹の8313は定員割れで休めてません。仕方ねえんじゃありませんか。」

蛇喰の副長であるクチナワ軍曹が珍しく蛇喰へ反論を唱えた。

「関係ありませんね。我々は小隊長の命令を完全に遂行いたしました。それでも余力があると言うことは、私の分隊運用能力が素晴らしいということです。」

「へえへえ、わかりました。では部下共に戦闘糧食を喰わせます。火気厳禁ですな。」

「無論です。可燃物が有る場所で火気を使うなど論外です。」

「了解です。野郎ども、隊長の許可が出た。戦闘糧食を喰って良し。火は使うな。後、オムツの交換も忘れるな。」

「やっと飯か。」

「し尿パック、もうすぐ満杯になるとこだったぜ。間に合った。」

「相変わらず、下品な方々ですね。まあ、私の指揮に完璧に合わせているので、この程度は、目をつぶりましょう。」

「蛇喰隊長は何味がいいっすか。」

「では、ブリ大根風味をお願いしましょうか。」

「はあ、どうぞ。」

クチナワは、戦闘糧食不人気度三本指に入るブリ大根風味を手渡す。それを蛇喰は封を解き、美味そうに食べる。栄養とカロリーの粉末を固めて味付けしたパサパサの固まりは、みるみる減っていく。

―何でうちの隊長は、こんな不味いのを選ぶんだ。わっかんねえ。まあ、不良在庫がはけて俺らは助かるけど。―

クチナワは、蛇喰の好みに呆れつつ、王道のメープル味を堪能するのであった。

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