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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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246/336

246.〇三〇六二〇偵察作戦 過去の遺物

二二〇三年六月二十一日 〇〇二八 OSK下層部 中央交通塔 エレベーターホール


831小隊の面々は、隔壁の狭い隙間をすり抜けた。

複合装甲の胸と背が擦れる。

あと少し狭ければ、複合装甲を破棄するか、複合装甲を装備していない促成種のみの決死隊を送りこむ羽目になっただろう。

鹿賀山はちっぽけな幸運に感謝した。小和泉ならば、躊躇いなく九久多知を脱ぎ捨てたに違いない。小和泉は装備への執着心が無い。手元にある物だけで戦うだろう。

隔壁をすり抜けると、KYTで見慣れた日本軍総司令部に似た建物群が並んでいた。基本構造の規格は、KYTとOSKも共通規格の様だった。

三階建てのビルが幾つも規則的に建ち並ぶ。恐らく、建物の一つ一つが各業務を割り当てられていたのだろう。だが、階層の天井照明に照らされるだけで、ビルから明かりは漏れてこない。機能していないのだろうか。

隔壁の向こう側にも埃が堆積し、何かが通った跡が見当たらない。

そんな中、正面の大通りを前衛8312、中衛8313、司令8311、後衛8314の順に静かに慎重に歩みを進め始めた。

油断はできない。埃が溜まっていようとも、駅の連絡口では蠍型機甲蟲は節電状態で待機していた。つまり、機甲蟲が居ない保障は無い。埃の中で休眠しているのかもしれない。

存在するかどうかわからぬものに気を配るのは、神経をすり減らす。

831小隊の歩みはどうしても遅くなった。

前衛である8312分隊が歩みを止めた。その動きに他の三分隊も即座に追随する。

何も言わなくとも全員が周辺警戒を厳にする。

状況に変化があったから、小和泉達は歩みを止めたのだ。

「前方、二百。正面、三階建てビル、明かりを確認。数、ひと。敵影確認できず。

これより接近を試みる。」

小隊無線で小和泉は明かり発見の報を入れた。

「分かった。こちらも確認している。8312のみ接近。他の隊は、この場より8312を支援。

小和泉、無茶はするな。いいな。」

「了解、了解。」

鹿賀山のイラつき、切迫した声を小和泉は明るく返す。

―鹿賀山の奴、疲れてきているなあ。感情を小隊無線で出す様なことはしなかったのにね。やっぱり、昇進するのは面倒そうだなあ。今の身分が丁度いいや。小隊長なんて柄じゃないよね。―

小和泉は普段通り、落ち着き払っていた。理由は単純明快であった。

いざとなれば、全てを捨てれば良い。己の身一つならば、どうとでもなる。KYTへ帰還することも可能だろう。

だが、桔梗、鈴蘭、東條寺をここで捨てるのは惜しい。小和泉のお気に入りのオモチャだが、所詮はオモチャ。替えが効く。

一から小和泉好みに仕込み直すのは手間だが、己の命を最優先する。それが錺流武術の担い手に仕込まれた思考、いや洗脳と言える。

それを仕込んだのは、姉弟子である二社谷だ。いつでも全てを切り捨てる無慈悲さを小和泉の本能に刻み込んでいた。ゆえに、小和泉に余裕はある。全てを切り捨てる程、追い詰められていないからだ。

鹿賀山の命令に従っているのは、友人だからだ。ただ、それだけだ。

時折、暴走するのは、錺流の破壊衝動が表面にあらわれるためだ。


大通りの突き当りに目的の建物はあった。窓の数が極端に少なく、柱の数が多い。この周辺にある建物より堅固そうであった。どうやら、一段階重要な施設の様だ。

その正面玄関の柱に下向き照明が一つだけ点灯していた。照らしている物は長方形の薄い物体だった。

近付く前に周辺を再警戒する。

敵影らしきものは確認できない。慎重に突き当りの建物に近づく。

明かりに照らされる長方形の薄い物体は、鋼板製の看板であった。

<陸上自衛隊 陸上総隊 第三特殊武器防護隊司令部>

小和泉は、自身の記憶から該当する単語を検索するが何も思い出さなかった。

「陸上自衛隊 陸上総隊 第三特殊武器防護隊司令部って書いてあるけど、誰か知っているかな。」

小和泉は小隊無線に声を出して看板を読んだ。

分からないことは、知っている者に聞けば良い。無い知識で考えるのは、時間の無駄だ。

しかし、聞き慣れない単語に皆が戸惑う。勉強家である鹿賀山、東條寺、桔梗の記憶にもなかった。

「特殊武器防護隊とは、核・生物・化学兵器対応の部隊ですね。

今は日本軍には陸軍しか存在しませんが、昔は、陸海空宙の四軍が存在しました。その中で陸軍を担当したのが、陸上自衛隊です。今の日本軍の原形となった組織ですね。ま、一般常識ですね。御存じないとは嘆かわしい。」

そこへ予想外の人物の声が小隊無線に流れた。蛇喰だ。相変わらず、人の心を逆撫でする様な粘り付く声で説明をする。

「ということは、ここが目的地で間違いないんだよね。」

小和泉は、蛇喰の説明が続きそうだった為、話に割り込む。知りたいことだけを確認できればよい。

「そのようですね。しかし、私が士官学校の論文で発表した日本軍の起源を読んでいれば、すぐに分かったでしょうに。怠慢は困りますね。同期の論文は、全て目を通すべきです。無論、私は同期の論文に全て目を通しております。」

この様な状況でも己の優秀さを誇示しようとするのが、蛇喰の悪い癖だった。

「鹿賀山少佐は、最前線における兵士への精神的負荷の考察。小和泉大尉は、格闘術要綱でしたね。」

自慢げに蛇喰は、小和泉と鹿賀山の士官学校時代に提出した論文の表題を語る。

「蛇喰少尉、作戦中だ。そこまでだ。」

「了解。では後日にでも。後日があれば良いのですが。フフフ。」

鹿賀山が話を無理やり切り上げさせた。

―蛇喰の奴、結構余裕があるね。無駄口を叩けるとは意外だなあ。しかし、学生の合っているか、間違っているかも分からない論文に目を通すなんて暇なんだね。その時間を楽しいことに使えば良いのに。―

と小和泉は思いつつも声には出さない。絡まれるのが面倒なので、蛇喰の性格に呆れるだけであった。


小和泉は、建物の正面出入口と思しき観音扉を少し開ける。隙間にアサルトライフルを差し込み、中の様子をガンカメラで確認を行う。網膜モニターには広々としたロビーが映し出された。やはり、床に埃が溜まり、誰かが歩いた後は無い。

照明も無く、窓から入る階層天井の照明の明かりだけが内部を照らす。中の造りは、KYTの総司令部によく似ていた。恐らく同じ時期、同じ組織によって建築された物だろう。

KYTの日本軍も源流は陸上自衛隊という組織なのだろう。

―しかし、自衛隊ってどういう意味かな。軍ではなく、隊って何。意味が分からないよね。

言葉遊びに付き合っても仕方ないか。そういう考え事は鹿賀山に任せよう。―

小和泉は、あらかじめ打ち合わせしていた地下にある記録庫を目指すことにする。記録庫ならば、この都市に関する資料がたくさんあるだろう。

観音扉をすり抜け、素早くロビーにある受付の台に身を隠し、素早く周囲を検索する。天井に監視カメラが幾つか確認できたが、動いているかどうかは分からない。そこまで気を回しても仕方がないだろう。

安全と判断し、桔梗達を手信号で呼び寄せる。

桔梗達三人は、音を立てることなく小和泉の元に集い、周辺警戒にあたる。

静かだ。ヘルメットに装備されている集音マイクに特別な反応は無い。空調機が動く小さな駆動音だけを拾っている。

「ロビー、異常無し。」

「了解。小隊前進。」

鹿賀山の号令とともに幽霊の様に831小隊の面々がロビーに侵入し、長椅子や書記台等に各々が身を隠す。


小和泉は831小隊の配置完了と同時に行動を起こした。

ヘルメットのモニターに表示されている館内地図を頼りに階段を使い地下へと降りていく。

「ねえねえ。何で地下都市に地下室があるのかな。意味ないよね。誰か分かる。」

小和泉は何気なく疑問を分隊無線で口にした。

「確かに不思議ですね。下層の天井を突き抜ける構造になるのでしょうか。」

「床が厚い可能性も有り。でも、意味不明。」

桔梗、鈴蘭も知らない様だ。カゴは沈黙を保っている。そう言う知識は、持ち合わせていないからだ。

地下には窓が無いため、外からの明かりは無く、照明も無く、闇が広がっていた。

暗視装置を起動させた。ヘルメットのシールドは昼間の様に明るくなり、周囲の光景を遅延なく表示する。時折、ノイズが走るのが暗視装置の欠陥だが、さして実用性には問題無い。

廊下にあるいくつもの扉を無視し、小和泉達は迷うことなく目的地に着いた。

ここまで全く敵の気配どころか人間の気配も無い。死体の一つも落ちていない。あまりにも不自然だ。だが、検証できる様な情報は一切無い。今は作戦第一だ。

片開きの扉には、記録庫の銘板が貼られていた。愛と舞が解析した情報通りであった。

記録庫の扉は、鋼鉄製の頑丈な扉だった。扉枠も通常の物より数倍広く、こちらも鋼鉄製だった。

耐火扉になっているのだろう。

「8312、記録庫前到着。これより突入する。」

「待て。小隊が行くまで待機だ。」

「はいはい。了解。待機する。」

―今日の鹿賀山は慎重だな。いつもは僕に任せて、偵察させてくれるのにね。余程、戦力を分断させるのが嫌なのかな。どうも調子が狂うなあ。先に行っちゃおうかな。―

という誘惑に耐え、鹿賀山達の到着を大人しく待った。


すぐに鹿賀山達が合流し、記録庫の扉を中心に左右に膝撃ち姿勢で展開する。

―これって、鍵かかっているよね。―

と思いつつ、小和泉はドアノブを回した。久しぶりに回された為か、少しばかりの抵抗があるもののドアノブは回る。鍵はかかっていなかった。

小和泉はゆっくりと扉を少しだけ開け、先程と同じ様にガンカメラを中に差し入れる。

受付が見え、幾つもの読書台と椅子が整然と並んでいる。その奥に珍しい物を発見した。本棚だ。この時代、書類はほぼ電子化され、紙に残す習慣は無い。メモを取る手軽さから紙は普通に流通しているが、情報端末に手書きができる時代に紙の書籍を残す習慣は既に無くなっている。

例外はある。机上演習を行う為の巨大な地図や最前線で照明になり敵に発見される恐れがある場合は、紙に依存する。

ゆえに本棚が数十本にわたり、並んでいる光景を小和泉は初めて見るのであった。

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