表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

244/336

244.〇三〇六二〇偵察作戦 滞留からの脱却

二二〇三年六月二十日 二一四〇 OSK上層部 中央交通塔 エレベーターホール


小和泉達は、月人を扉に引っ掛けて開放状態を保ち、次のエレベーターへと移動することを繰り返す。

全てのエレベーターで封鎖作業を完了させ、エレベーターからの敵の増援を防ぐことに成功した。

続いて、入口右側の非常階段を装甲車で塞ぐ。すでに蛇喰の装甲車が入口左側を塞いでいた。

ホール中央でにらみを利かせるのは鹿賀山の装甲車だった。

これで一時的に急場しのぎの簡易的要塞が出来上がった。

「8312、小休止をとれ。」

「8312、了解。」

貰えるものを断る必要は無い。小和泉は嬉々として命令を受諾した。

「各自、水を飲め。装備確認後、仮眠せよ。警戒は僕がするね。」

『了解。』

小和泉は、複合装甲に装着された水筒を外して、水を舐める。久しぶりに取る水分は、すぐに口の中に広がり吸収されていく。一口、二口と少しずつ水の量を増やしていく。

一気に水を飲んでも喉の渇きは癒せない。渇きを癒すには、少しずつ飲む方が良い。

桔梗達も小和泉の真似をする様に飲んでいる。今後、補給はいつできるか分からない。水、食料は貴重品となったのだ。

―桔梗のコーヒーを楽しむことも我慢した方が良いかな。―

と考えている内に分隊無線に可愛い寝息が聞こえてきた。疲労が溜まっていたのだろう。

桔梗と鈴蘭は、すぐに寝入ってしまった。カゴは目をつぶっているだけの様だ。恐らく、カゴは小和泉と同じく疲れていない。二人にとって、戦闘は呼吸と同じなのだ。呼吸は、無意識でも睡眠時でも止まらない。

小和泉は、拷問に等しい修練により習得し、カゴは遺伝子操作によって、心も体も作られた戦いの申し子だった。


時折、崩れる月人の死体の肉壁。その隙間から這入る月人を鹿賀山達が掃射し、斃し、隙間を埋める。

それを何度も繰り返す。小康状態と言ってよいだろう。戦いには波がある。今は引き潮であると判断したのであろう。

そうでなければ、鹿賀山が小休止の命令を下す訳が無かった。

8312の小休止は終わり、8314、8313、8311と順番に小休止を取った。

この間、散発的ではあったが月人の攻勢は止まず、完全に気を休めることはできなかった。恐らく、月人もそれが狙いなのだろう。

その様な状況だからこそ、戦友を信じ、ほんの少しでも睡眠を取らなければならない。

疲労と英気の回復に努めるのだ。

援軍は、いつ来るか分からない。恐らく来ないと思った方が良いのであろう。

これからの長丁場、次に休憩をとれるか分からない。

これが人生最後の休みになるのかもしれない。そう思う兵士も中には居た。

だが、口には出さない。それが士気の低下、最悪の場合、自暴自棄になり、戦闘放棄の可能性も有り得る。

そんなことで現状の均衡を破壊したくない。

生き残る確率を少しでも上げなければならない。

ゆえに、皆、沈黙を保っていた。


それは、突然の出来事だった。彼女は予期していなかった。この状況で召喚がかかるとは思ってもいなかった。

彼女は刺激臭を感じると暗闇に立っていた。自分の掌すら見えない。全身をまさぐってみると野戦服にヘルメットをしている状態だった。武装は無い。久しぶりの呼び出しだった。

真の闇が彼女を包む。この暗室に召喚される度に起こる頭痛が彼女の心をイラつかせる。

これが仮想空間であることは、理解している。流し込まれる情報量が多く、脳が現実だと錯覚しているのだ。なぜなら、先程まで装甲車の中に居たのだから、暗室に移動できる可能性は無い。

周囲に数人の気配が生じる。どうやら、喚問が始まる様だ。彼女に拒否権は最初から無い。

「目的は何だ。」

スピーカーを通したようなノイズ交じりの声で中年の男が聞いた。

「はい、地下都市OSKの実情調査です。人間がいれば、友好関係を結び、月人がいれば殲滅計画を立てると思われます。」

「威力偵察か。随分手駒を減らしてくれたものだ。この後の作戦内容は。」

「籠城戦を実施中。当てのない援軍を期待しています。」

「奴らは我らを殲滅したいのか。」

「違います。この地下都市からの脱出が最優先です。」

「なるほど。理解した。また、何かあれば召喚する。」

返事をする前に暗室に刺激臭が漂い。奥深くまで吸い込んでしまう。もっとも仮想現実である為、呼吸を止めたところで意味は無い。脳が刺激臭であると判別しているに過ぎない。

彼女は意識を刈り取られ、現実世界へと帰還した。目を覚ますとやはり装甲車の中だった。

経過時間は数秒。つまり、圧縮通信だった。車内の者には気づかれずに済んだ様だ。

もっとも気付かれたとしても、うたた寝をした様に見えたことだろう。

―でも、狂犬が居なくて良かった。―

彼女は何食わぬ顔で周囲の警戒に戻った。


二二〇三年六月二十日 二三一〇 OSK上層部 中央交通塔 エレベーターホール


停滞した現状に変化を与える切っ掛けを東條寺は必死に考えていた。小和泉との未来を共に歩むために。

ここまで小隊の副長として何も役に立っていない。鹿賀山の補佐すらできていない。

一兵卒と同じ働きしかしていない。それは、東條寺の自尊心が許さない。

―士官としての義務を果たさねば。私に何ができるの。考えて、想像して、導き出しなさい。―

己に出来ることを、可能なことを考え続けていた。

絡まった糸を解すように思考を柔らかくしていく。

―固い思考じゃ駄目。柔らかく、そして別の視点でも考えなきゃ。―

何度も何度も思考実験を繰り返す。そして、ようやく一つの可能性に辿り着いた。

「OSK司令部の端末ならば、西日本リニアに通じる隔壁の解除番号が判明したりしませんか。」

それは、小隊無線で告げた東條寺の何気ない一言だった。

「おお。」

「なるほど。」

「その手があったか。」

「試す価値はある。」

小隊無線に皆の感想が漏れる。状況に変化が現れた。しかし、見かけだけかもしれない。空振りであれば、状況は変化しない。

「舞曹長、愛兵長。調べてくれ。」

『了解。』

鹿賀山は、情報処理に強い二人に指示を出す。

二人は情報端末を操作し、今まで収集してきた情報の精査を始めた。

「少佐、無意味かもしれませんがよろしいのですか。」

東條寺が恐る恐るたずねる。

「東條寺少尉。他にできることはあるか。」

「はい、ありません。」

軍隊独特の上官を直接否定しない間接否定する言い方にて、東條寺は答える。

この相手が小和泉であれば、二階級も上であろうとはっきり、いいえと言っただろう。

「生き残る為にすべきことは何でも実施する。良く気がついた。どうやら、私も疲労が溜まっていたようだ。こんな単純なことに気が回らないとは。」

「少佐も休んで下さい。一度も小休止をされていません。」

「そうだな。その方が皆の為になるのだろう。指揮官が呆けていては生還できん。小和泉。」

「え、僕。なあに。」

他人事の様に小隊無線を聞いていた小和泉は、反応が遅れた。

「次席階級は、貴様だ。俺が寝ている間は指揮を取れ。ただし、行動を起こす場合は、東條寺少尉及び蛇喰少尉の意見を素直に聞け。いいな。」

「ええ、何かあったら鹿賀山を起こすから大丈夫だよ。」

「少々のことで起こすな。私も疲れているようだ。正常な判断を下せない。

私を起こす判断は二人に確認しろ。では、指揮権を委譲する。」

「了解。指揮権受領します。」

小和泉が返信をすると、鹿賀山はすぐに眠りについた。疲れが脳細胞の隅々に回っていたのだろう。早速、小隊無線に寝息が聞こえてくる。

「面倒だな。奏と蛇喰で上手くやってね。」

「錬太郎、こんな時くらい真面目にやりなさい。」

「やれやれ。優秀な私が代わりに指揮を取っても良いのですよ。今以上に完璧な指揮をしてみせましょう。」

「それは少佐の命令に反します。許可できません。」

「分かっています。冗談ですよ。ですが、小和泉大尉に任せる方が不安なのは事実です。寝て頂いた方が無難でしょう。」

蛇喰の指摘に東條寺が手を打つ。

「そうね。私が間違えていました。蛇喰少尉の言う通りです。錬太郎、あんたは寝てなさい。何かあったら起こすから。」

と、東條寺は力強い声で指摘した。

「二人の思いで僕の心は、致命傷を負ったよ。しくしく。じゃあ任せたよ。」

楽をできるのだ。断る理由は無い。

『了解。』

そして小隊無線は静謐さを取り戻した。


「錬太郎様、大丈夫です。お二人にお任せしましょう。」

と桔梗が助手席から振り向き、小和泉へ笑顔を向ける。

―ああ、やっぱり可愛いな。状況が許せば、寝室に連れて行きたい。―

と邪まな感情を爽やかな笑顔の仮面に隠し、小和泉は答える。

「僕は楽できるから構わないけど、後で鹿賀山に怒られないかな。」

「問題ありません。もともと錬太郎様は小隊指揮に向いておりません。それはご自身が普段から証明されています。」

「ええ、そんなに僕って無能なのかい。」

「違います。己の欲望に忠実過ぎます。普通の士官、いえ、軍人は鉄狼と一対一の決闘を好んでしません。あと、単独行動もとりません。」

「でも、その方が確実に死傷確率が下がるし、勝率が高くなると思うのだけどな。」

「錬太郎様の個人技が優れているだけです。今後は御自重ください。集団戦を行うのが、軍の本来のあり方です。それに。」

「それに。」

「錬太郎様が死地に飛び込まれるのを見ているのは辛いです。心が掻き乱されます。何かあれば私は暴走してしまいそうです。」

この暴走は言葉通りのことだった。

極稀に促成種の能力や精神を抑えるタガが外れ、行動不能になるまで動く物に襲い掛かると言う事例が過去に数件確認されている。

脳に書き込まれている制約を解除する程の強いストレスが原因であると考えられている。

人造人間であろうと、根源は人間と同じなのだ。

桔梗が助手席から身を乗り出し、小和泉の両手を強く握りしめる。見つめてくる美しい黒い瞳は真剣だ。

心から小和泉の身を案じている。

「わかったよ。自重するね。」

小和泉の選択肢は、一つしか与えられなかった。

「約束ですからね。」

と言い、桔梗は席に座り直した。

―約束したけど、守れる自信が無いんだよね。だって、僕は自分の欲望に忠実だからさ。その時は、許してくれるよね。―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 蛇喰少佐 → 少尉
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ