243.〇三〇六二〇偵察作戦 封鎖作戦
二二〇三年六月二十日 二〇二一 OSK上層部 中央交通塔 エレベーターホール
エレベーターホールの入口を塞ぎ、積み重なる月人の屍の高さは四メートルを超えた。
入口を完全に埋めるまであと三メートル程だろうか。
さすがの831小隊も集中力の低下が兵士達の間に見え始めた。
銃撃の集弾率と命中率が落ちてきていた。
それでも気力を奮い立たせ、屍の山を乗り越える月人を撃ち倒す。
ホールに侵入を許した月人は、機銃の光弾が即座に引き千切る。
水分を取る暇も無く、口の中が渇く。それでも、ひたすら狙い、引き金を絞り続ける。
一人が休むだけで、全員の負担が一気に跳ね上がる。気を休めることは、死傷確率の上昇を意味している。
戦闘開始から一時間も経たぬのに体感時間は半日を経過しようとしていた。
それが兵士達の集中力の低下の原因だった。同じ作業を延々と繰り返すことは人間には向かない。
この戦いが終わるのは何時になるのだろうか。
二二〇三年六月二十日 二一四〇 OSK上層部 中央交通塔 エレベーターホール
やがて、戦闘開始から二時間が経過した。
時折、屍の壁を乗り越え、装甲車に取り付く月人がポツリポツリと現れてしまった。
しかし、装甲車の全周を覆う高圧電流が月人を焼く。断末魔を上げることすら許さず、無害化し、その場に崩れ落ちる。三台の装甲車の周囲には、黒く焦げた月人の死体が多数転がっていた。
壁を越えた敵は装甲車の高圧電流に任せ、壁を乗り越えようとする敵に攻撃を集中していた。
ここにきて、休みなしでの戦闘を続ける無理が出て来ていたのだ。
ゆえに、鹿賀山は消極的防御方法を選択するしかなかった。
「敵を越えさせるな。一匹、二匹であれば装甲車の高圧電流で焼ける。壁に集中せよ。野良は無視だ。」
『了解。』
この言葉を何度繰り返しただろうか。
だが、この苦行もあと少しで一息つけそうだ。月人の屍の山は、エレベーターホールの入口を塞いでいく。
しかし、月人は壁の薄いところを打ち崩し、内部へと侵入してくる。その度に光弾が襲い月人の死体でその穴を埋める。
何か所もある壁の薄い箇所から月人が侵入しては光弾に斃される。それを何度も何度も繰り返す。
敵の姿が見えなくなったことにより、鹿賀山達の精神力の消耗は激しくなった。
敵が何処から現れるか分からないため、緊張を強いられるのだ。
積み上げた屍の壁の些細な動きを捉え、そこへ照準を合わせる。月人が単純に足場にしただけであれば、何ごとも起きない。壁が揺れるだけだ。
だが、穴を開けているのであれば、壁が凹むか崩れるかし、月人がそこから躍り出る。確認と同時に撃ち殺さなければならない。
命懸けの注意力と判断力、そして反応力をこの戦いの間、831小隊は強いられていた。
入口は、肉壁により完全に埋まった。
ようやく、状況に変化が現れた。壁に動きが無くなった。揺れたり、凹んだり、動いたりしなくなった。壁に厚みができたのだろうか。
それとも敵も疲れ、休憩をしているのだろうか。
―831小隊はこの場でかなりの月人を千匹単位で屠ったことは間違いない。だが、生き残り数千匹は控えているはずだ。落ち着きを取り戻した月人が戦術を練っているのかもしれない。
増援が来るのを待っているのかもしれない。
迂回しているのかもしれない。―
いくつもの、かもしれないが鹿賀山の脳内に浮かび蓄積していく。どれもが可能性が無いと断言できない。考える程、頭が痛くなる。それとも脱水症状の為だろうか。
―だが、この時間は貴重だ。次の行動を起こすべきだ。頭痛を無視し、可能性の一つを潰す。―
「小和泉。エレベーター全機をこの階に呼んで固定してくれ。」
鹿賀山の声は、ややしわがていた。二時間、指示を出し続け、喉を傷めかけているのだろう。
「了解。」
小和泉は簡単な返事で済ます。普段であれば、一言二言、声をかけるのだが、喉を傷めている人間に声を出させるような趣味は無い。
「分かっていると思うが一基ずつだ。」
「はいはい。任せて。」
小和泉は軽く返事をする。普段通り飄々としており、その声は疲れを感じさせない。
―みんな疲れているみたいだけど、姉弟子との修行に比べれば楽なんだよね。あの人、加減を知らないから、半殺しになるまで何時間も続けるんだよね。やれやれ。思いだしちゃったよ。―
小和泉は軽く身震いをする。数々の拷問ともいえる姉弟子の仕打ちを思い出したのだ。
だが、すぐに記憶を封印する。今はそれを懐かしむ時間は無い。
「カゴ。五体満足な死体を各エレベーターの入口に一体ずつ用意してくれるかな。」
「はい、宗家の仰せのままに。」
カゴは、周囲の安全確認を行うと装甲車から躊躇うことなく飛び出した。
肉壁の中から比較的原形を保つ死体を選び出し、エレベーターの入口へと床の上を滑らせる。
月人の傷口が削れ、床に漏れ出た血液の痕跡を残すが誰も気にしない。すでに肉壁の下は、月人の血で池ができている。
そんな些事を気にする余裕が無くなっているのだ。
カゴは次々と死体を滑らせ、エレベーター七基の入口に死体を一体ずつ置いた。
「宗家、完了しました。ご指示を。」
「じゃあ、車内に戻って。」
「仰せのままに。」
カゴは素早く装甲車に戻り、何ごとも無かったかの様に機銃の操縦桿を握り、周囲の警戒を始める。
「鈴蘭、一番左の人用エレベーターにつけてくれるかい。装甲車の左側面で出入口を塞ぐ様にね。」
「了解。装甲車左側面で左エレベーター塞ぎます。」
復唱と同時に装甲車を後退させ、円弧を描く様に左エレベーターの入口の前に横向きに一発でベタ付けした。切り返しは一度もしていない。
「さすがだね。装甲車を一メートル前進。後部に人一人分の隙間を開けて。」
「了解。」
鈴蘭は小和泉の指示通り、装甲車を指定位置に止めた。
「流石だね。じゃあ、行ってくるよ。敵が居たら即発砲。無力化してね。」
『了解。』
桔梗は銃眼からアサルトライフルを突き出し、カゴは機銃を旋回させ、エレベーターを狙う。
鈴蘭は、小和泉の指示で即座に装甲車を動かせる様に待機する。
小和泉は装甲車から降りる前に周囲の状況を再確認した。
―壁に変化なし。敵の死んだふりも無し。味方も警戒中。じゃあ、行きますかね。―
後部扉から降りた小和泉は、扉を閉め、エレベーターの入口の左脇にしゃがみ込む。
小和泉の九久多知の黒体塗装が虚空を生み出す。その一角だけ黒い。ひたすら黒かった。
左側に位置取りしたのは、アサルトライフルが右利き用に設計されている為だ。射撃選択肢は右手の親指で操作する。ゆえに小和泉も道具に合わせ右手に持つ。
右手に構えたアサルトライフルだけを突き出し、身を隠したままガンカメラのみで籠の中を確認することが可能だ。
正面は装甲車に任せ、小和泉は死角である出入口の左右と天井を確認すればよい。
エレベーターの右側に位置取りした場合、身体をむき出しにし、アサルトライフルを振り回すことになる。さらにライフルを動かす度に銃床を壁や装甲車に当てることになる。
自由で安全な立ち回りができない。左右の位置取りだけで死傷確率は大きく変わる。
小和泉は、下行きのボタンを押し、エレベーターを呼び寄せた。最上階である為、下行きのボタンしかないのだが。
下から籠が上がり、この階で停止する。
―敵は居るかな、居ないかな。―
―何匹でしょうか。どこに立っているか注意しないと。―
―機甲蟲、月人、それとも両方。―
―一掃あるのみ。―
それぞれの思いとともに8312分隊に軽い緊張が走る。
両開きの扉がゆっくりと左右に開く。
小和泉はアサルトライフルだけを籠の中に突き入れ、網膜モニターに表示したガンカメラを出入口の両脇と天井へ素早く向ける。何か映れば、即、引き金を引く。目に映った物が何か確認するつもりは無い。
「異常無し。」
小和泉の目には、何も映らなかった。籠の中は空だ。
「異常無し。」
「異常無し。」
「異常無し。」
続いて、桔梗、鈴蘭、カゴの順に答える。
どうやら、小和泉が見落としたわけでは無い様だ。本当に籠の中は無人だった。
小和泉は、扉の挟み込み防止装置に先程の月人の死体を押し当てた。これで扉が閉まることは無い。
扉が閉まらないということは、籠が上下に動くことはできない。まず一基、無力化に成功した。
エレベーターはまだ六基残っている。人用、人荷用、車用と巨大になっていく。
これを六回繰り返し、エレベーターを止める。少しでも敵の移動手段を減らすためだ。
「次に行こうか。装甲車前進。同じ位置にて停止。」
「了解。」
小和泉達8312分隊は、二基目の人荷用エレベーターの封鎖作業に取り掛かった。
ちなみに小和泉と鹿賀山の間でこの件に関しての打ち合わせは無かった。
小和泉の部下は、何をするのか知らされずに指示通りに動く。
そこに迷いは無く、疑うことも無い。小和泉が望む最高の結果を生み出すだけだ。
封鎖作戦は、小和泉と鹿賀山の頭の中で組み上がった作戦だった。
成功したのは、お互いが何を求め、何をすべきか理解し合っていたからだった。




