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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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238/336

238.〇三〇六二〇偵察作戦 並ぶ筒

二二〇三年六月二十日 一六四二 OSK中層部 中央交通塔 エレベーターホール


小和泉達831小隊は、非常階段の非常扉の開錠を選択した。

エレベーターホールの隔壁の開放は断念したのだ。隔壁解放の解析終了よりも井守の命の灯火が消える方が明らかに早かったからだ。

井守の身体に負担がかからぬ様、非常階段の段差を静かに装甲車は登っていく。

その進みは遅々としていた。数分で登れるような距離を、ゆっくりゆっくりと時間をかけて登っていた。だが、時間をかけすぎては、井守が目的地まで耐えることができない。限界時間が存在するのだ。

装甲車の戦闘機動により一気に駆け上がれば、遠心力や急制動に井守の肉体は耐えられないだろう。

それだけ機甲蟲の光線は、複合装甲の隙間や開放部から井守の肉体をズタズタに痛みつけていた。

―よくショック死しなかったものだよね。井守の意外な頑健さに感心をするよ。精神力は弱いけど肉体は強かったんだね。僕の中の評価を書き換えておこう。でも、それも意味が無いかもね。間に合わないと。―

などと、小和泉が考えている内に中層部のエレベーターホールに到着した。

案内板によるとこの階層は、医療区だという。

装甲車から非常口を通して、エレベーターホールの中を窺う。内部には侵入しない。機甲蟲の待ち伏せを恐れてのことだ。

「各車、状況を報告せよ。」

鹿賀山が小隊無線で告げる。

「一号車、各種探査、反応無し。敵影確認できず。」

「二号車、同じ。」

「三号車、同じ。」

「了解。エレベーターホールへ侵入する。各員、全周囲警戒を厳にせよ。」

『了解。』

なぜか、ここまで敵影を一切見なかった。あれだけ派手な戦闘を行ったにもかかわらず、敵の増援は来なかった。非常階段には監視カメラが幾つも設置されていることを確認している。

それらが動作しているかは小和泉達にはわからないが、カメラに映ったことは間違いない。

敵がこちらのことを把握していないはずはないのだ。

だが、831小隊の警戒を嘲るかのように敵は現れなかった。

―舐められているのかな。それとも、心理戦に持ち込むつもりかな。緊張の糸が切れた瞬間に総攻撃を仕掛けるとか。

実は手駒が全く無いとか、そんな訳は無いよね。

本当によく分からない敵だな。―

小和泉は装甲車の車載カメラで敵を目視索敵しながら、この先に起こりえることを考えようとしていたが。

―判断材料も無いのに、理解する方が無理だよね。よし、止めよう。鹿賀山に考えることは任せておこう。面白いことがあれば、その時考えればいいよね。―

小和泉は、思考することをあっさり放棄した。


装甲車は、エレベーターホールに入り、階層出入口である隔壁の前に来た。隔壁は解放されており四車線道路が医療区へと伸びている。

だが、ホールの外は予想外の光景が広がっていた。

全ての建物が撤去され、円筒形の構造物が所狭しとギッシリとこの階層に詰まっていた。一応、車が自由に走れる様に碁盤の目に道は通されているが、一車線だけの狭い物になっていた。

筒、筒、筒。見渡す限り直立する筒だった。

この階層の全てに筒が並び立っていた。恐らく一万個近い数になるだろう。

その筒は、KYTで育成筒と呼ばれているものとよく似た物だった。筒の半分は強化ガラスで覆われており中が窺える。中の育成液に浮かぶものは、狼男や兎女だった。

しかし、小和泉達が見知った月人では無い。小和泉達が知っている月人は成熟した獣人、成獣だ。

だが、育成筒の中に入っているのは、二回り以上小さい幼獣だった。

つまり子供の月人だ。

「な、子供だと。」

「知らない。こんなの知らない。」

「初めて見た。」

「月人のガキだと。」

「おいおい、月から落ちて来たんじゃねえのか。」

「ここで繁殖してやがるのか。」

「これじゃ終わりがねえよ。」

小隊無線が途端に騒がしくなる。これを目にした兵士達の動揺が小隊全体に伝わる。

小和泉自身も驚いていた。ただ、驚く方向は皆と違った。

―へえ、月人の科学力も侮れないね。僕達は何か勘違いをしているのかな。それとも。いや、さすがに考え過ぎかな。―


この様な物が待ち受けているとは、831小隊の者は誰一人として想像もしていなかった。

小和泉達は、ここにあるとされている病院にて井守を処置し、入院させるつもりであった。

育成種を育てる為の育成筒は、重症患者の治療に都合が良かった。育成液の浮力が身体にかかる重力や体重を軽くし、傷口への負担を軽くする。また、育成液に必要な薬剤を投与することにより、傷口の回復促進と痛みの緩和を行なえる。

必要栄養素は点滴から補給され、排泄物の処理も自動濾過される。人による看護をする必要が全く無い。

現在可能な外科手術を施し、育成筒に沈め、井守の自己治癒能力にかける予定であった。これが井守の生存性がもっとも高くなると思われる方法であり、苦渋の選択だった。小和泉が二番目に考えていた方法だ。

つまり、敵地に見捨てるのだ。敵に囲まれた中に放置するのだ。敵に発見されれば、恐らく命は無い。だが、発見されなければ、井守は命を保ち、次回の侵入時に救援できる可能性があった。

そんな、か細い可能性に賭けた。だが、どうやらその賭けは成立させてくれない様だ。

この状況ではその考えは通用しないかもしれない。


「全周警戒、厳だ。」

鹿賀山の大声が小隊無線に轟く。

その瞬間、兵士達から無駄口は消え、小隊無線に静寂が戻った。同時に動揺していた兵士達に落ち着きが戻る。鹿賀山の一喝で平常心へと即座に戻るのは、鍛えられた831小隊の兵士だからこそだった。

他の隊の兵士であれば、黙りはしても平常心を取り戻すのに時間がかかったことだろう。

多種多様な修羅場を伊達に潜り抜けてはいない。

それでも眼前に広がる育成筒は、近い将来に成獣となってKYTを襲う戦力になることは間違い。

月人がこれだけの設備を維持管理できるとは誰も知らなかった。

月人がOSKで繁殖しているとは思いも寄らなかった。

いつの日か、月から降下してきた月人を駆逐すれば、世界を取り戻せると信じていた。

地球と月は近い様で遠い。二・三日で来られるような距離では無い。一度に大量に送り込むこともできない。

ゆえに地上から月人を絶滅さえすれば、月から援軍が来ようとも各個撃破できるはずだった。

その人類の希望は決壊した。

地上で月人は繁殖をしている。この医療区だけで一万体はいるだろう。他の階層に育成筒が並んでいない保障はない。各階層に同じ規模のものがあれば、数万体の月人が育成中であることになる。

脅威でしかない。これらの月人が全て成獣化すれば、KYTは絶対的数の暴力に曝されるかもしれない。もしくは別の攻略拠点へ移送されるのかもしれない。

月人のことを人類は何も知らないのだ。


警戒を厳重にしながら、831小隊はその場に留まっていた。

―先に決めた目的通り奥に踏み入れて良いものか。それとも地上を目指し、脱出すべきか。今は攻撃が無い。脱出の好機かもしれない。それとも全てを破壊すべきか。だが、戦闘になれば井守がもたないだろう。―

鹿賀山は選択を迫られていた。小隊長ゆえに何度も何度も選択を繰り返し行ってきた。

だが、今回は選択する為の知識も経験も無かった。確信を持って831小隊の命運を決めることができなかった。だが、決めることが、命令を下すことが小隊長の使命だ。

この選択は、合議制で決める訳にはいかない。他の者も知識と経験が無いのだ。参考意見は出ない。

831小隊の命とKYTの民の命が、この決定で何かが大きく変わる様な気がした。

ゆえにその責任を他の者に負わせたくなかった。

鹿賀山の責任感の強さが、思考の硬直を招いていた。

「ねえねえ、鹿賀山。予定通りに進めようよ。」

苦悩する鹿賀山にノンビリと小和泉は催促をする。鹿賀山は後席へ振り返り小和泉を見つめた。その目には、迷いがなかった。

さすがにこの状況でもノンビリしている小和泉に対し、溜息をついた。だが、肩が軽くなった。

「そうだな。最初から選択肢は無かったな。すまん。」

「借りてばかりだから、たまには返さないとね。」

小和泉の言葉に鹿賀山は苦笑いをし、口許を引き締めた。

「傾注。目の前の光景は想定とは違ったが、医療区と変わらぬ。作戦通り、井守准尉を育成筒に託す。全車前進せよ。」

『了解。』

小隊無線からの短い返答は、迷いを微塵も感じさせなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そもそも、連中を「月人」と呼び始めたのは誰だったんでしょうね。月から降りてくるところを目撃した人なんているんでしょうか。
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