236.〇三〇六二〇偵察作戦 実用化成功
二二〇三年六月二十日 一五五九 OSK下層部 中央交通塔 エレベーターホール
鉄狼に止めを刺した小和泉が周囲を見渡すと、831小隊の戦闘は終了していた。
機甲蟲戦は鹿賀山達を信頼し、鉄狼戦に専念していた為、周囲の状況を今初めて確認することになる。
普段は周囲に気を配り、他人に任せることはしないが、闘技場を用意され、そこへ鉄狼が登場し、気合いが入ってしまった様だ。
あと、九久多知の性能を試す好機であったのも、少し浮かれてしまった原因なのかもしれない。
九久多知は異常なく、予定性能を如何なく発揮した。
日本軍初の人工知能が九久多知には搭載されていた。日本軍だけでなく、KYTも人工知能は所有していない。
今回、人工知能の有効性が戦場において発揮された。
九久多知が小和泉の攻撃力を底上げし、かつ、使用者への負担を軽減する為、複合装甲の関節固定を使用者の意思に関わらず行った。小和泉は何も命令や指示を出していない。
九久多知自身が状況判断を行い、すべきことを小和泉の承諾なく実施した。
発動の時機も解除の時機も完璧だった。小和泉の負担や邪魔にならなかった。動作の意識すらさせなかった。
モニターに自律動作中と一瞬表示され、小和泉は九久多知による介入を知ったくらいだ。
訓練では、この自動発動する時機を最適化することに明け暮れていた。ゆえに小和泉は様々な技を繰り出し、九久多知と技の連携を磨き上げてきた。
九久多知による補助が小和泉の必要とせぬ時に発動すれば、それは邪魔者以外の何物でもない。
また、発動が遅れても早すぎてもいけない。コンマ数秒の誤差も許されない。
その難しい連携が、実戦で成功したのだ。九久多知は、人工知能として確固たる成果を出した。
情報端末は、使用者の問い合わせや命令があって反応を起こす。決して自主的に動作はしない。
常に受け身である。
だが、人工知能は使用者の意志や考えを予測し、自己判断で行動を行う。そこに使用者の命令は含まれない。この様な動作を希望しているだろうと予測し、勝手に動作するのだ。
受動的動作ではなく、能動的動作である。
これは画期的なことだ。KYTの記録に残されている限り、初めて人工知能が実用化された瞬間であった。
九久多知は使い込むほど、使用者の個性を学習し、さらに自律行動を増やし、最適化していく。
ゆえに小和泉専用機と言われる由縁であった。
小和泉に九久多知が与えられたのは、開発者が意図しない行動や瞬間的な判断を求められる最悪の開発環境であることだ。狂犬である小和泉の動きを補助できるのであれば、一般兵にも使いこなすことが可能になると考えられていた。また、機能が正常に動作しなくとも小和泉の技量でねじ伏せることができるであろうと期待されたのだ。
この成功報告を受ければ、開発者である別木開発室室長は非常に満足することだろう。恐らく開発室で狂喜乱舞するに違いない。
もっとも、その報告が、現在の状況では別木室長の元へ届く可能性は皆無に等しいだろう。
831小隊は孤立しているのだから。
蠍型機甲蟲は鹿賀山達が全滅させたらしく銃撃は止まっている。
敵に狙われる感覚も無い。本当に掃討したようだ。
浮航式装輪装甲車の装甲は、光線と火災により斑模様に焼け焦げ、装甲は剥がれ、凹み、荒野迷彩の面影は無くなっていた。
これほど激しい射撃戦が間近で行われていたにもかかわらず、小和泉に一発の銃弾や光線が流れて来なかったのは不思議なことだった。
―いくら至近距離に鉄狼が立っていようが、僕に攻撃を加える機会はあったよね。
このOSKの敵は、理解できないな。今までの月人と戦闘教義も違うみたいだしね。
機甲蟲という新たな敵勢力が登場したかと思えば、鉄狼が増援として戦闘に参加してくるし、今までに無い事態だなあ。月人が機甲蟲を操っているのかな。そんな知性を感じないのだけどなあ。
この情報は、地下都市KYTへ必ず持ち帰る必要があるよね。よし、鹿賀山に任せよう。
さて、鉄狼一体だけが、この地下都市OSKに居たとは考えにくいし、多数の月人が他の階層に潜んで、いや、待機しているのだろうなあ。面倒だな。
この考えは、僕だけでなく831小隊の共通認識と考えても問題ないかな。
念の為、打ち合わせの時に意識の摺り合わせはしておこうか。―
平常心に戻った小和泉は、周囲を見回しただけで瞬時にそこまで考えた。
士官学校の成績は悪かったが、馬鹿では無い。暗記することが面倒であった為、筆記試験の成績が悪かったのだ。地頭が悪い訳では無い。
エレベーターホールには、静寂が戻っていた。
周囲の火災も可燃物が無くなった為か、鎮火していた。
「小和泉、気は済んだか。」
鹿賀山の落ち着いた声がヘルメット内に響く。どうやら小和泉の暴走が止まるのを待っていてくれたようだ。勝つことを信じ、疑っていない動揺の無い声だった。
同時に一号車から東條寺と桔梗が降りてきた。二人の手にはバケツと雑巾があった。
小和泉の複合装甲に付いた返り血を拭き取りに出てきたのだ。
今のまま小和泉が装甲車に乗り込めば、床や椅子などが血に塗れ、掃除をすることが大変になるためだろう。先に拭ってしまう方が効率良い。その為に降りてきたのだろう。
長年の付き合いの成果と言えば良いのだろうか。それとも仕方なくと言うべきか。
「ごめんね。ちょっと敵が弱くて苛立っちゃったみたい。鉄狼だからって強さを求めすぎたかもね。」
と鹿賀山へ答えつつ、小和泉は二人に言われるがまま、返り血を拭かれていく。時折、手を上げてとか、屈んで等の指示が飛び、素直に従う。二人の声は、面倒事を押し付けられているにもかかわらず、何故か嬉しそうであった。
その間も小和泉は、鹿賀山との交信を続けていた。
「それにしては過剰攻撃に見えたが。」
「まあ、念には念をだよ。反撃を喰らうのは怖いからね。ところで状況はどうなっているのかな。」
「ホール内の機甲蟲は掃討完了。隔壁を開くため、舞曹長と愛兵長が操作盤の情報防壁を解除中だ。その護衛に第四分隊をつけている。」
「つまり、装甲車から降りて活動中なのかな。」
「そうだ、六名が隔壁横の操作盤前に居ることになる。」
「脱出できそうなの。」
「現在のところ不明だ。二人の情報処理技量が、OSKの情報防壁技術より高いことを信じたいところだな。」
「うん、わかった。で、井守の容態はどうなのかな。」
「危険だな。複合装甲を剥いで、鈴蘭上等兵が手当てをしている。早急にKYTへ戻る必要があるとのことだ。」
「じゃあ、隔壁が開いたら撤退かい。」
「そのつもりだ。」
「作戦の成果はあったと思うかい。」
「機甲蟲と鉄狼の存在だけで十分だ。あとは適当にでっち上げる。」
鹿賀山は九久多知の人工知能のことは知らされていない。小和泉だけが知っている機密事項だった。
「なるほどね。あとは、同じ道で帰還できるかが問題になるのかな。」
「帰るだけなら、どうとでもしてみせる。」
「鹿賀山がそう言うなら、問題無いよね。了解。了解。」
「どうやら返り血も拭き終ったようだぞ。」
下を見れば、綺麗に返り血は拭われ、九久多知の黒体塗装がハッキリとし、遠近感が掴めなくなっていた。
横で複合装甲を装備した東條寺がVサインをし、野戦服にヘルメットを装備した桔梗がお辞儀をする。小和泉は腕を大きく広げ二人を優しく抱きしめた。
「ありがとう。」
感謝の念を即座に伝える。戦争では、思いを伝えられずに別れることがある。
ゆえに小和泉は、感謝の言葉はすぐに伝えることにしていた。
「あまり、汚さないでよね。拭くの大変なのだから。でも、無事に帰ってくれるのが、一番だから。」
東條寺は小和泉の右腕に身体を絡ませつつ言った。
「錬太郎様の為であれば、厭うことは何もありません。思うがままにお進み下さい。精一杯、お手伝いをさせて頂きます。」
桔梗は小和泉の左掌に指を一本一本ゆっくりと自分の指に挟み込んだ。いわゆる恋人繋ぎと呼ばれるものだ。複合装甲の太い指に絡ませるのは、指が無理矢理広げられ、痛いだろうに桔梗は気にしていなかった。
こうして三人はバケツと雑巾はその場に廃棄し、装甲車へと戻っていった。
三人が居た場所には、鉄狼の死体とバケツと雑巾が残されていた。
バケツと雑巾を廃棄したのは、装甲車内へ血の臭いと放射能を持ち込みたくないからだった。




