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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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232/336

232.〇三〇六二〇偵察作戦 不信感の芽生え

二二〇三年六月二十日 一五一八 OSK下層部 中央交通塔 エレベーターホール


不意の鉄狼の出現に831小隊は、刹那の動揺をした。

機銃やアサルトライフルの射撃が一瞬だけ止まるが、即座に射撃は再開され、蠍型機甲蟲を倒していく。

この場での鉄狼の出現には、古参兵である皆に強大な衝撃を与えた。

皆が月人は居ないと思い込んでいたのだ。

「状況を報告せよ。」

いち早く、我に返った鹿賀山が叫ぶ。

「戦闘音過剰、音響探査不能。火災により温度探査も不能です。」

舞が情報端末を忙しく操作しつつ告げる。

「視覚探査、敵の増援を認めず。増援は鉄狼一体のみ。」

鈴蘭が管制官の様に淡々と告げる。

「ホール出入口及び非常階段の防火隔壁閉鎖を確認。閉じ込められました。なお、消火設備の動作は確認できません。」

東條寺は、エレベーターホールに閉じ込められた現実を突きつける。

東條寺の報告通り、天井に埋設されている筈の消火用散水設備から水が噴き出す気配は無かった。

小隊無線に乗った言葉の数々は、831小隊が危機的状況に陥ったことを示していたが、誰も恐慌状態に陥る者は居なかった。

井守が正気であれば、今頃慌てふためいていたかもしれない。

「閉じ込められたのであれば、敵の増援は来ない。この程度の火災など、装甲車には何の支障も与えぬ。まずは、落ち着いて機甲蟲を屠れ。鉄狼は小和泉に任せろ。こちらは手堅く進める。」

『了解。』

逃げ場所が無いことが、鹿賀山の思考を単純化させた。

―強兵は陽動に任せ、目の前の弱兵から手早く片付けていく。弱兵である機甲蟲を全滅させてから、鉄狼に取り掛かっても遅くは無い。それで問題無い筈だ。小和泉は強い。一対一ならば勝てなくとも、負けることは絶対に無い筈だ。

そう逃げ道は無い。装甲車を盾にして小和泉を機甲蟲から護る。これが今、私がなすべきことだ。―

鹿賀山は、小和泉を心から信じ命令を下していた。


同時に鹿賀山の中に様々な疑問が生じた。小和泉も感じた疑問が含まれるが、鹿賀山の思考はさらに深いところへと潜っていく。

―なぜ、月人がここに居るのだ。威力偵察か。いや、奴が機甲蟲に襲われない理由にならない。

ならば、機甲蟲の味方と考えるべきか。となると機甲蟲を操作している者は月人なのか。

それは不可能だろう。月人にその様な知識があるとは考えにくい。

前提条件が違うのだろうか。違う視点で考えるべきだ。

ならば、人間が月人を使役しているのだろうか。捕獲した月人の脳に細工や洗脳を施し、服従させる。大量の機甲蟲を保守し操作できる技術力はある。であれば可能かもしれない。

しかし、その様なことが可能であれば、日本軍でも同じことをしているはずだ。

現状は、月人を捕獲しても殺処分し、資源化するだけだ。

月人の隷属化に関する実験は、今まで噂すら聞いたことが無い。単に箝口令が敷かれているだけかもしれないが。

この接触は意義がある。このOSKの状況、月人の正体。

いや待て、本当なのか。私は見たのか。証拠を持っているのか。

月の欠片は、本当に地球に落下したのか。

考え過ぎるな。落ち着け。落ち着け。―

鹿賀山はヘルメットの前面を開け、水筒の水を飲む。この一口が過熱気味であった思考を冷却させた。

―論理が飛躍しすぎている。考え過ぎだ。原点から考えろ。

厚い雲に覆われた空。一度も見たことが無い青空。かろうじて昼夜が分かる太陽の動き。

月の欠片の落下による衝撃波により吹き飛ばされた地表の山河や構造物。

欠片により持ち込まれた大量の放射能物質。それにともなう地表の放射線汚染。

衝突の衝撃により引き起こされた地殻変動。火山活動やマグマの露出に伴う寒冷化の阻止。四季の消滅。

欠片落下後に人間を襲う月人の登場。

残ったのは、断層だらけの荒野と地下都市だけ。その地下都市に逃げ込めたわずかな人類。

これが今の地球だ。

この状況になる原因が他にあるのか。ありえるのか。

月の欠片の落下でなければ、地球の状況を他に説明できないだろう。

さすがに人類にここまでの破壊は出来ないはずだ。―

口の中が乾燥し、水をさらに一口飲む。

―本当にそうなのか。私は、KYTの指導部が公開している情報しか知らない。

それは正しいのか。信じて良いのか。無条件に信じる要素はあるのか。

いや、無い。何も無い。証拠は何一つない。記録映像と記録文書だけだ。如何様にも改竄できる。

しかし、真実である可能性もある。だが、その証拠は無い。

つまり、KYTの人間全員が真実を全く知らない可能性もあるのか。

この数十年で真実が失われた可能性も有り得るか。

となると、我々が知らない何かがあるということなのか。

我々とは誰だ。831小隊か。第八大隊か。日本軍か、KYTの指導部か。

誰が真実を知っていて、誰が知らないのだ。

私が知る歴史は事実なのか。それとも虚実なのだろうか。

だめだ。これは口に出せない危険思想だ。他の者に相談できない。

情報端末で調べることも危険だ。検索記録が残る。

紙媒体、もしくはネットワークから孤立した単独の情報端末ならば調査ができるだろうか。

そもそも、その様な物が存在しているのか。

何としてもKYTに帰還する。調べる価値はあるはずだ。―

鹿賀山の心に日本軍とKYT指導部へ不信感が芽生えた瞬間であった。


その頃、浮航式装甲車三号車の中で蛇喰は「了解。」と答えつつも苦虫を噛み潰したようだった。

―中央交通塔は地下都市の大黒柱に当たります。その防火隔壁は、強固な壁と同じであり装甲車の機銃や体当たりで破壊できるものではありません。

駅の防火シャッター程度ならば、何の障害にもなりません。

さて、どの様にしてこの場から逃れるべきでしょうか。

正面出入り口の防火隔壁は頑丈で無理でしょう。同じく非常階段の防火隔壁も無理。残るはエレベーターですが、これに乗るのは浅はかでしょうね。敵が電源を落とせば、閉じ込められるだけです。

ああ、腹が立つばかりですね。私の様な有能な者が、このような所で窮地に立たされるとは情けない。

このところが巡り合わせが悪いのでしょうか。前回の出撃で片腕を焼かれ、今回は蒸し焼きにされそうですね。

一体、私の何処に落ち度があるというのですか。やはり、鹿賀山ではなく私が指揮権を握るのが正しい在り方です。総司令部の考えは理解できません。

西日本リニアの基地での功績により、昇進してもおかしくない筈です。

とはいえ、生き残らなければ総司令部に意見具申もできませんね。

仕方ありません。せいぜい、小和泉の援護をして差し上げましょう。

あぁ、奴を活躍させる為に力を貸すなど虫唾が走ります。早く奴には毛玉を倒してもらいたいものですね。―

蛇喰は、心の中で悪態をついていた。しかし、831小隊の中で唯一、生還できると信じ疑っていない。

蛇喰は、己の死の覚悟をしたことはない。自分が、この世界の主人公であり、己の身に多少の危機はあろうが、死が訪れることは無いと信じて疑っていなかった。

鹿賀山は、その点を逆に評価していた。絶対にあきらめない人間がいることは士気の低下を防ぐ。

日頃の言動や態度は悪い。が、悪人ではない。もっとも善人とも言い切れないのだが。


そして、小和泉は、鉄狼と相対し、敵の動きの癖や間合いを考えつつ距離を詰めていく。

機甲蟲は小隊の皆に任せた。鹿賀山が機甲蟲を831小隊で倒すと宣言したのだ。ならば、その言葉を信じれば良い。小和泉は目の前の鉄狼に専念すれば良い。小和泉向けの単純な話となった。

お互いが長所と短所を理解し、簡単に命を預け合う。それが二人の信頼関係だ。

「さあて、るか。」

それが小和泉の戦闘開始の言葉であった。

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