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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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231/336

231.〇三〇六二〇偵察作戦 選択肢は存在しない

二二〇三年六月二十日 一五一五 OSK下層部 中央交通塔 エレベーターホール


大量の光線が降り注いだ中、井守の複合装甲はよく耐えた。光線は、次々と複層式の装甲を剥し、燃やし、削った。

無残に削られ、溶解し、荒野迷彩を確認できなくなった複合装甲は、本来の性能を発揮できないことは、外見からも明らかだった。

複合装甲は完璧ではない。関節部分を守ることができない弱点を持っている。この箇所を装甲で固めてしまうと関節を自由に曲げることができなくなるからだ。

運悪く関節部分に命中した光線は、井守の肘や膝等を容赦なく野戦服ごと貫いた。

痛みによるものか、神経を切断されたことによるものか、井守の身体は小さな痙攣を起こしていた。

だが、井守は未だに機甲蟲めがけてアサルトライフルを撃ち続けている。恐らく自分の意志では無いだろう。

筋肉や神経が切断された為に指が戻らなくなり、引き金を引き続けていた。アサルトライフルは反動で上下左右に踊り、正面の壁に弾痕を刻むだけであった。

小和泉は背後から静かに忍び寄ると、井守のアサルトライフルを左手で握りしめ、右手で固まった指を剥し、安全装置をかけた。井守からの抵抗は全く無かった。まるで死人の様だ。

ようやく、アサルトライフルの連射が止まった。

「井守、生きているかい。」

だが、何の反応も返って来なかった。小和泉はヘルメットの中を覗き込んだ。井守は瞼を半分閉じ、口を半開きにして涎をだらしなく垂らし、呆けていた。小和泉の呼びかけに一切の反応が無かった。眼球が不定期に痙攣しているのが、死んでいないことを知らせていた。

小和泉は、ショック状態か、気絶しただけか分からぬ井守を抱え起こそうとした瞬間に視界の端で無数の光が発生するのを知覚した。気が付いた時には井守を置き去りにし、己一人が燃え上がる枯葉の炎の中を潜り抜け、炎を盾にし、地面に伏せた。

次の瞬間、うつ伏せに放置された井守の背中へと数十条の光線が着弾した。眩い光が周囲を照らす。

小和泉のヘルメットのシールドが自動的に黒く着色されて光量を減じさせた。

「あちゃあ。失敗したなあ。蹴り飛ばすべきだったね。」

当初は、井守を抱え込んで二号車に飛び込む予定であった。

「こんな状況になるのが分かっていれば、走り出す勢いを利用して、二号車の方向へ蹴り飛ばした方が良かったかなあ。そうすれば、敵の照準から外れ、集中攻撃を受けることは無かったよね。

井守は生きているかな。

それに二号車へ蹴飛ばしておけば、8313分隊の手で井守を回収する事もできただろうな。」

小和泉自身が、その可能性を失くしてしまった。

そして、井守がこのまま集中攻撃を受ければ、井守の薄くなった装甲が完全に無くなることは自明の理だった。

ならば、元を断つしかない。

「失敗した。失敗したな。もう面倒くさいなぁ。」

小和泉は叫びながら、炎の裏側から近くの光源へライフルを連射していく。

銃撃が当たる度に光源は消えていく。しかし、小和泉が消去していく速度よりも光源が発生する箇所の方が多く増加していく。

見る間に井守へと降り注ぐ光線は増え、意識の無い井守は人形の様に四肢をバタつかせて踊る。

周囲の炎は、大火となり小和泉を高熱であぶり始めた。複合装甲と野戦服には耐熱機構はついていない。小和泉の額や背中に汗が浮き始め、野戦服内の不快指数がグイグイ上昇していく。

空気清浄機能がある為、煙や一酸化炭素にまかれることは無いが、小和泉の周囲に大火が迫る。

「自分が逃げる方向も間違えたかな。これはピンチ。なんてね。あれ、もしかすると狙いは僕だったのかな。あそこって僕が居た場所だよね。」

ライフルを連射しながら、射点を悟られぬ様に炎を盾にし、位置を小まめに変更する。体温よりも高温である炎を盾にしていれば、敵の温度探査に引っ掛かることは無いだろう。

カメラも空気が揺らめく炎を見通すことは難しい筈だ。

小和泉は、己自身の安全を確保しつつ、次の一手を考えていた。


小和泉は次の良い一手が浮かばず、結局、複合装甲を削られても井守を担いで走る気になっていた。狂犬といえども仲間を見捨てる様なことはあまりしない。

「ええい。仕方ない。下手の考え休みに似たり。次の斉射の切れ目で走りますかあ。」

覚悟を決めた瞬間、大火を突っ切り、目前に見慣れた荒野迷彩の装甲車が急停車した。

あと少し早く小和泉が飛び出していたならば、激突をしていたかもしれない。激突をしたとしても複合装甲が衝撃を吸収できる範囲ではある。それを見越しての装甲車の突入だろう。

「錬太郎様。お乗り下さい。」

桔梗の切羽詰まった声が小隊無線から聞こえた。

素早く、周囲に目を向けると三台の装甲車が井守を囲む様に停車していた。装甲車は、底から炎に炙られていたが、井守と機甲蟲の射線を切ることに成功した。装甲車ならば、この程度の低温の炎であれば問題無い。

装甲車に囲まれた空間は、銃撃が止んでいる。この機会は逃せない。

「井守を回収する。二号車、後部扉を開けろ。」

小和泉は炎を突っきり、井守へ駆け寄り、荷物の様に無造作に抱え上げた。

「了解。二号車、後部扉開放。どうぞ。」

二号車の後部扉がスロープ状に全面開放された。小和泉は確認と同時にそこに立っていたオウジャへ井守を無造作に全力で投げつけた。炎に炙らている九久多知の増幅機能は、その能力を如何なく発揮し、装備重量二百キロを超える井守を軽々と二号車へ真っ直ぐに投げ飛ばす。

敵の光線に焼かれた為か、投げた衝撃で井守の左手は千切れ、装甲車内の床に転がり落ちた。本体だけが促成種であるオウジャは、その力を如何なく発揮し優しく受け止めた。

乱暴な投げ方を責める者は居ない。一秒、一瞬、刹那が大切な状況なのだ。四肢が無くとも、本体さえあれば生体移植や機械化により生活に支障は出ない。

それを小和泉は、己の身で何度も経験している。

応急処置が急がれる状況なのだ。

「大尉、早く。」

オウジャが叫び、小和泉が走り出そうとした瞬間、足許に殺意を感じ、横跳びに逃げた。アサルトライフルを即座に構え、殺意の元へ照準を向け、条件反射的に三点射を放つ。

―機甲蟲には殺意は無い。あれは機械だからね。殺意を持てるのは生物に限られる。ならば、OSKの兵士だろうか。―

つい先ほどまで小和泉が立っていた場所に焦点を合わせると、全く予想もしていなかったものが立っていた。

それは、人間よりも二回り以上大きかった。

衣類を着けず、武器も一切持っていなかった。

全身を灰色の毛皮に包まれていた。心臓辺りに着弾したのだろうか、焦げ跡が少しついていた。

耳は頭頂部付近にあり、口は鋭い牙とともに前面へ大きく迫り出していた。

全身を筋肉の鎧で包んだ獣人だった。

どうやら、装甲車の屋根から小和泉を蹴り殺そうとしたらしい。

それが小和泉の感じた殺意の正体だった。

この敵を小和泉は良く知っている。月人の中の強敵、鉄狼だった。


鉄狼の殺意は旺盛の様だった。

複合装甲を割れる牙が並ぶ口からは涎が垂れている。

小和泉を見つめる両目は血走っている。

簡単に肉を貫く凶悪な爪が生える指を開いては閉じを繰り返している。

鉄狼は、小和泉をどの様に嬲るか考えているのだろうか。

「まいったなぁ。どうしてここに月人がいるのかな。それも鉄狼が一体だけって。参ったな。僕、早く家に帰りたいのだけどなあ。ここはお互い会わなかったことにしないかい。」

と、小和泉は鉄狼に気軽に話しかける。無論、会話が成立する訳では無い。重低音を効かせた唸り声が返事だった。鉄狼の戦意は高いようだ。

―なぜ月人がここにいるのだろう。敵は人間のはずだよね。いくら長剣やアサルトライフルを使用できる知能があるといっても、月人に機械を操作する高等技術や知能は無いはず。なぜだ。何が起きている。ここは、OSKは、特殊な環境なのだろうか。―

小和泉の脳に疑問が浮かぶが、直ぐに霧散する。

普通に考えれば、この鉄狼を倒すか、逃げるかの二択であろう。

―くくく、楽しくなりそうだね。―

無論、小和泉に選択肢は存在しない。

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