表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇一年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/336

23.天敵登場

二二〇一年十月二十日 一八一九 KYT 中層部 居住区


小和泉達は建物に入ると、一階の受付を自動顔認証で通り抜け、更衣室・シャワー室の前も素通りしていく。勝手知ったる建物だ。目的である二階の道場へ階段で上がる。

道場の両開きの扉を開けると中から様々な音が聞こえてきた。

パンチミットを殴る音。キックミットを殴る音。服と服が擦れ合う衣擦れの音。コンクリートの床を踏みしめる靴の音。そして、人の肉を打つ音。様々な音が響く。

しかし、もっとも格闘技や武術の道場でよく耳にする気合いや叫び声は一切聞こえなかった。代わりに静かな呼吸音が響く。

十数人の道場生が無言で術技を繰り出し、練習を行っている。

道場生が着ている服装には統一性が無い。普段着であったり、どこかの制服であったりした。靴も脱がず、日常のあるがままの状態で修練に励んでいた。

これは、この道場が教えている武道である金芳流空手道の流儀だった。

戦闘や護身は、突発的に発生することが大半を占める。ゆえに普段着や仕事の制服が道着となり、他では木張りの床や畳が多い道場も市街地を考慮したコンクリート製の床になっている。

打撃は寸止め無し、防具は、気休めの薄めの胴防具とヘッドギアを着けるだけだ。男性に限り、ファールカップを着ける者もいた。より実戦に近づけたい者は、防具を一切身に着けなかった。

声を出さないのは、攻撃者となる場合に不意をついたり、敵に気付かれない様にするためだった。

金芳流空手道は、人生のいかなる時も戦える様に想定した実戦武道であった。

その為だろうか。男女を問わず、軍人や警察官が門人に多い。これらの職業であれば、敵や犯人を早く静かに鎮圧する必要があり、現場と道場の状況が近いのも訓練として有効となり、人気があるのかもしれない。


もう一つの隠れた人気は、男女混合で修練する事だった。身長差や体重差を理由に男女別や階級別に分ける武道やスポーツが多いが、金芳流空手道では一切の階級分けは無い。

実戦では男が女を襲ったり、身長の高い者と対峙する事もあるだろうし、その逆もありえるだろう。その為、積極的に男女が組み、修練を行うことが多かった。

武道好きという同じ趣味を持つ者が、肌を触れ合わせ修練を行う。時には指導者の立場として、時には練習生の立場として、またある時はライバルとして、真剣に向かい合う。

その為か、同門同士の婚姻率が高いのも事実だった。

そして、その者達の子供が道場の門を叩き、その友人を連れてくるという好循環を道場にもたらしていた。

この事実は、小和泉や師範代達は知らないし、気にもしていなかった。


その異様な雰囲気の中、更に異彩を放つ人物が奥に直立していた。全体を俯瞰し、時折道場生に指導を行う。

やや吊り目の狐顔の美女であるその人物は、今日は真っ赤なチャイナドレスだった。

黒い長髪を左右にお団子にまとめ、深いスリットから艶めかしい白い生足を披露し、大きめの胸の膨らみを誇示するかの様に腕を組み、道場全体に目を配っていた。

お洒落というか仮装は、この女性の趣味だった。前回は浴衣を着ていたな、と小和泉は思い出していた。

女性は、小和泉達が来たことは分かっているのだろうが、何も反応してこなかった。練習生も小和泉達を意識はしたが、何事も無い様に修練へ戻った。

女性は、小和泉の出方を待っているらしい。


この女性こそ、金芳流空手道 師範代こと二社谷亜沙美にしゃたにあさみだった。

道場の全てを取り仕切る責任者だ。最高責任者は、後継ぎでもあり、師範である小和泉にはなっていたが、名目上のことであった。実務は二社谷が取り仕切っており、小和泉も任せていた。

小和泉は、混沌の道場の中、修練中の道場生を器用に避けて二社谷の前にやってきた。桔梗達も一緒についてきた。

二社谷は小和泉の眼をじっと見つめるが、一言も発せず表情も変えない。

「姉弟子、御無沙汰しております。道場の経営などご迷惑をお掛け致し申し訳ありません。心より感謝しております。」

小和泉の礼など意に介せず、二社谷が豪快に小和泉に抱き付いていく。小和泉は避けるか、押さえ込むかの行動に出たい衝動を抑えて、甘んじて飛び込んできた身体を受け止めた。

「いや~ん。姉様と呼んでって、言ってるでしょう。錬ちゃん、痩せた?頬がこけているわよ。」

と言いながら二社谷は、豊満な胸を小和泉に押し付けながら、頬ずりをしてくる。部分的に柔らかさを感じるが、やはり鍛え上げられた筋肉は隠せない。引き締まった腰や尻の筋肉がそれを示している。反射的に小和泉も二社谷を抱きしめ、まさぐってしまったのだ。

「錬ちゃん、怪我は大丈夫?もう治った?心配でお見舞いに行ったのにずっと寝ているのですもの。姉様、心配で心配で食事も喉を通らなかったの。ほら、触ってみて。胸が少し小さくなったでしょう。」

二社谷は、小和泉の手を取って自分の胸を揉ませる。ただ柔らかいだけでなく引き締まった部分も小和泉は掌に感じたが、小さくなったとは思えなかった。

二社谷の愛情過多は、さすがの小和泉も辟易していた。桔梗達に助けを求める視線を送るが、三人共、笑いをこらえた表情を浮かべながら、首を横に振る。孤立無援の様だ。


姉弟子は、小和泉より三歳年上の二十三歳だ。二社谷が六歳の時に道場へ入門してきた。修行歴十七年の猛者である。小和泉が母による修行を開始する前から修練をしている姉弟子だった。その点も小和泉が、二社谷に頭が上がらない理由の一つである。

そして、小和泉が三歳の頃からの全てを知っている。この辺りも小和泉の弱みを握られていると言える。二社谷自身は、弱みを握っているつもりは無い。本当の弟と思っているだけだ。

家族として、小さい頃は姉様と言ってどこにでも付いて来たなどと素で言われると、小和泉は照れくさくて、いたたまれない。もっとも表情に出す様な真似はしない。

小和泉としては、幼馴染、または姉弟子程度にしか考えていなかった。

二社谷の愛情表現が過剰で過保護に近いものだった為、小和泉に苦手意識を植え付けてしまったのだ。

小和泉が身近にいる女性で手を出していない唯一の女性と言える。


「二社谷様、隊長がお困りです。お戯れはその辺りで如何でしょうか。」

ついに桔梗がみかねて助け舟を出すが空振りだった。

「ダ~メ。桔梗ちゃんのお願いでも四ヶ月ぶりの再会なのだから離さない。錬ちゃん、三階の道場に行きましょう。早く、二人きりになりましょう。」

二社谷は、強引に腕を組み小和泉を三階へ連れ出そうとする。

「姉御、俺にも稽古をつけて下さいよ。最近、直接稽古をつけてくれないじゃないですか。」

菜花が二社谷へ稽古を申し込む。

「菜花ちゃんは、他の師範代三人に絶対に負けない様になったら相手をしてあげる。それまでは、己を高めてね。」

「くっ。姉御がそう言うならば、全勝してみせます。おら、誰かかかってこいや!」

菜花は、二社谷に一礼をすると練習生の輪の中に埋もれていった。

「桔梗、鈴蘭。自由行動でいいよ。ここに居るも良し。家に帰るも良しだよ。僕は、姉弟子、痛たた、姉様に絞られてくるよ。」

二社谷は腕を組むと言うよりも小和泉の腕を関節技で固め、逃げることができない様にしていた。小和泉が姉弟子と言った瞬間に激痛に喘ぐほど極めて来た。

「わかりました。では、私は先に家に帰ります。」

桔梗の本心は小和泉と一緒にいたかったが、家の荒れ具合も気になった。二人の愛の巣でもある。昨日まで育成筒に入っていた為、一度も作戦後から桔梗は帰宅していない。

―まずは、大掃除とゴミ捨てです。冷蔵庫の物は、消費期限が切れているでしょうから、後で買い物にも行く必要があります。そして、夕食は何にしましょうか。錬太郎様は、外食や中食をされていた事でしょう。手の込んだ和食を中心に考えましょうか。―

桔梗は、心の中で段取りを決めた。

「私、桔梗、手伝う。ゴミ屋敷、悲惨。私、桔梗の料理、食べたい。」

鈴蘭にハッキリとゴミ屋敷と宣言された。桔梗と鈴蘭の予測通り、持ち帰り弁当ばかりで小和泉の家の中はゴミで溢れている。鈴蘭も育成筒の中で流動食ばかりだった為、美味しい食事に飢えていた。

小和泉は反論する事が出来ず、二社谷に引きずられながら一言出すのが精一杯だった。

「頼むよ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ