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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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227/336

227.〇三〇六二〇偵察作戦 雑木林

二二〇三年六月二十日 一三五六 OSK下層部 旧大阪駅 エレベーターホール


戦闘予報。

敵潜伏中です。遭遇戦になります。

周囲の変化には十分注意して下さい。

死傷確率は20%です。


総司令部との情報交換も終わり、新たな戦闘予報が発表された。

総司令部は、この戦場の脅威度が理解できていない様だった。発表された死傷確率が低すぎた。

参謀連の分析が甘いのか、こちらの報告が正しく伝わらなかったのか。どちらだろうか。それとも両方だろうか。

死傷確率がこの程度で済むはずが無いのだ。もっと悲惨な状況に陥るものだと皆覚悟していた。

しかし、発表された戦闘予報は、予測していたものよりも軽い予報であった。

これでは、総司令部の判断を誰も信じることができなかった。自身の体験が、これから死地が待っていると脳に囁き続けている。

なお、鹿賀山が命令を下した住民殲滅の方針は、総司令部には伏せられている。

報告することにより、中止命令が出されることを恐れたのだ。

中止命令が出されれば、日本軍軍人として従わなければならない。それは、こちらの損害が一方的に拡大することを意味している。損害の拡大は、戦友の死傷を意味する。

さすがの蛇喰も状況を理解し、総司令部に報告をすることは無かった。蛇喰の保身最優先が、ぶれることは無かった。


小和泉達は、静かなりし暗闇が占めるエレベーターホールへと戻ってきた。

広いホールに響くのは、装甲車から発する微小な発電機の音だけだった。

音響探査や温度探査に蠍型機甲蟲と人間の反応は無かった。

慎重に蠍型機甲蟲の存在に警戒して進軍してきたが、遭遇することなくホールに到着したのであった。

正面のエレベーターの一基の扉が開いていた。敷き詰められた白骨により扉は障害物センサーにより開放状態が保たれていた。

暗視カメラの荒い解像度でも籠の中がハッキリと見えた。

エレベーターの籠は、装甲車一両が楽々入る大きさだった。

奥の壁には大型の鏡が貼り付けられた跡があった。銃撃により鏡は砕け散ってしまったのだろう。壁には無数の弾痕が残っている。かろうじて、壁に残った幾つかの鏡の欠片がこちらの装甲車をうっすらと闇の中で映している。

籠の床には、相変わらずビッシリと白骨死体が敷き詰められていた。こちらの白骨死体も頭蓋骨が無かった。機甲蟲に切り取られ、結界に使用されたのだろう。

ただ、斃れている方向は混沌としていた。ホールや連絡通路では駅に向かっていた。だが、閉鎖空間である籠の中では逃げ場が無かった。ゆえに白骨死体の向きに方向性が無かった。扉が開いた瞬間に機甲蟲の一斉射を喰らい皆殺しにされたのであろう。


OSKの上層部へと移動する為には、エレベーターに装甲車ごと乗り込んで上がるのも一案ではあった。

だが、エレベーターを止められてしまうと、身動きが取れなくなることは明白だった。その様な危険は冒せない。

必然的にエレベーターホールの左右にある階段を使うことになった。幸い、非常階段を兼ねており、装甲車が走行する横幅は十分あった。

あとは直角に折れ曲る角を装甲車が曲がれることと段差の連続による振動に中の人間が耐えられるかが問題であった。階段の段数が少なければ良いのだが、それは期待できないであろう。数百段は有るだろう。

831小隊は、左側の階段を昇ることを選択した。深い理由は無い。831小隊に近かったからだ。

831小隊は、一号車、二号車、三号車の順に階段を昇っていく。灯火管制を行っている為、前照灯は点けていない。暗闇の中を静かに進んで行く。階段の段差に装甲車は揺すぶられ、敷き詰められた白骨死体が装甲車に押し潰され、乾いた音共に砕けていく。

荒野を高速で走行している時に比べ、振動は少なかった。徐行運転を行っている為、足回りの減衰器がしっかりと仕事をしていた。

装甲車は階段の手すりに側面を擦りそうになりながら、手際よく階段を昇って行く。

愛の運転が、一番安定し、安心して搭乗していられた。急減速、急加速も無く、段差による振動を除けば軽やかに階段を昇って行く。走行ラインも無駄が無く、壁に接触する気配すら見せなかった。

一方で後続の二両は、時折、装甲車を壁に擦りつけ複合セラミックスと金属が擦れる耳障りな音がした。

さぞかし、後続の二両は乗り心地が悪いだろう。

小和泉は、愛の運転に心の中で感謝していた。同じ乗るならば、乗り心地の良い方を選択したいのが人間というものだ。


装甲車は闇の中、階段を昇って行く。途中の階には出入口は無いのだろうか。未だに出入口らしきものと遭遇しない。

小和泉は、カゴが操作している天井方向に向けている機銃のガンカメラの映像を自分の情報端末に表示させるが、階段の終わりはまだ見えない。それなりの高さがある様だ。

リニアは、超高速走行を行う為に、大深度地下百メートルに水平、直線の線路を敷設されていると作戦前に説明を受けたことを思い出した。

―駅と地下都市が離れてしまうことは仕方がないことのなのだろうね。

OSKの規模は分からないけど、数十メートルを上がるのだろうなあ。―

階段を上昇するごとに白骨死体の数は徐々に減り、ついに階段から白骨は消えた。

―これはあれかな。逃げる人間をリニアの駅に全員押し込め、まとめて蠍型機甲蟲に襲わせたのかな。

まるで機械の様な効率を重視した虐殺の方法だね。兵士が感情的になることも無く、状況に盛り上がり、飲み込まれることも無く、逃げ惑う人間を駅へ的確に誘導し、一気に襲い掛かる、か。

リニアを止めておけば、逃げ道は無く、高効率の殺人を行うことが出来ただろうね。

そんな怖いことを考え実行する人が昔は居たのだね。今はもう居ないと良いのだけど。そんな機械みたいな人間には会いたくないな。―

などと小和泉が考えている内に装甲車は静かに停車した。目の前には、明るい光が満ちていた。

小和泉達は、階段の終着点に到着したのだ。

ここまでの道程は、目視や温度などを駆使し哨戒していたが、敵影を見ることはなかった。

階段の途中には、複数の監視カメラが確かにあった。それが起動しているかどうかは分からない。

恐らく、こちらを捕捉していると考える方が自然であった。ゆえに終着点での待ち伏せを大いに警戒していたのだが、何も待ち構えていなかった。


二二〇三年六月二十日 一四一七 OSK下層部 外殻扉


装甲車の正面には、OSKの外殻を構成する観音開きの大扉が開放されていた。装甲車が簡単にすれ違える大きさであった。

そこからは白い光が煌々と溢れ、都市内部を隅々まで照らし出していた。

大扉の向こうには片側二車線の道路が真っ直ぐに伸びていた。道路を挟むように三階建てのビルが並んでいた。その上には、地下都市の階層を区切る天井があった。植物が多数植えられ、灰色であるはずの世界を緑に塗り替えていた。

作戦開始前の打ち合わせでは、地下都市KYTと同じ構造であり、街路樹程度の緑が点々とあり、無機物で灰色の建物が空間を占めていると予測されていた。

しかし、現実は鬱蒼とした雑木林の中に建物が疎らに建っているかの様だ。

あまりにも緑が溢れている。視界の八割以上を緑が占めている。ここまで鮮やかな緑を見たことがある者は831小隊には居なかった。

道路のヒビからも雑草が茂っている。タイヤが滑るかもしれないが、装甲車の走行には支障はないだろう。

地下都市OSKの住環境の維持機能は全く働いていなかった。除草や剪定が全くなされていなかった。

まるで植物が最優先され、人間の存在は無視されているかの様であった。

「これは見事な林だね。KYTの植物園が住宅街の公園にしか見えないよ。予想外の状況だね。街が植物に飲み込まれているね。すごいね。」

「小和泉、呑気なことを言うな。これは索敵が困難になる。視線が通らぬ。参った。一階層丸ごとが雑木林とはな。」

「いやいや、鹿賀山。一階層だけとは限らないよ。全階層が緑あふれる大自然かもしれないよ。」

「否定はできんか。他の階層は問題無いという確証は無い。逆に全階層が雑木林になっていると考えた方が対処しやすいか。」

「そうそう。良く知った環境なら、攻撃に対応ができるけど。」

「知らない環境では、正しい対応を取れないか。今からやるべきは。」

小和泉の言葉を鹿賀山が引き継ぐ。そして、

『索敵と環境訓練の実施。』

二人の言葉は、綺麗に重なった。相談せずとも一致していた。

その二人の阿吽の呼吸を羨ましそうに東條寺は見つめていた。

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