225.〇三〇六二〇偵察作戦 検討会
二二〇三年六月二十日 一三一七 OSK下層部 旧大阪駅 地下ホーム
桔梗は、ホームに転がされた蠍型機甲蟲の背中へ懐中電灯を当て銃創を探っていた。
時折、装甲板を剥し内部構造を露出させていく。元に戻すつもりは無いため、工具などは使わず、コンバットナイフを隙間に差し込み、力業で遠慮なく分解していく。
そうしていく内に、装甲が剥され頭部と胸部は内部構造が露出した。胴体の半分以上を占める腹部は手つかずだった。
内部は金属やプラスチックの部品が隙間無く埋めており、日頃、小和泉達が見慣れたセラミックス製の部品は見当たらなかった。
桔梗は、脳に書き込まれた装甲車やアサルトライフルなどの図面と比較するが、明らかに設計が何世代か古い。もっと効率化された部品が流通しているのだが、その様な物は一切見当たらなかった。
機甲蟲の製造時期は新しかったが、設計時のまま製造され、改修されずに運用されてきたことが理解できた。
「桔梗准尉。機甲蟲の構造と動作停止をした原因は解りそうか。」
鹿賀山が機甲蟲を分解する桔梗に問うた。
「正確さの判断はつきませんが、胸部に動作中枢、腹部に蓄電池があるようです。駆動形式は電気駆動の様です。全身に散らばる小型電動機を動作中枢が操作しているようです。口銃及び尾銃は、蓄電池からエネルギーを取り出し発射している様です。
また、頭部のガラス球の内部にカメラとセンサーを、尾部の先端部にはそれを簡略化した物が内蔵されています。機甲蟲の目を潰すには、この二ヶ所を破壊しなければならない様です。
なお、この個体の停止原因は機銃による胸部の動作中枢を破壊したことが原因の様です。」
桔梗は立ち上がり、鹿賀山へ報告をする。
―分解するのは、ここまでで良いでしょう。残りの機甲蟲二台を総司令部に引き渡して、専門家に任せれば良いはずです。
あら。錬太郎様の考え方に似てしまいました。長くお仕えすると似てくるのでしょうか。一体感を感じられ、少し嬉しいです。―
桔梗は、ちらりと小和泉へ視線を送る。小和泉は機甲蟲の内部を隅々まで凝視していた。
―効率的な壊し方を考えていらっしゃるのですね。流石です。錬太郎様。周囲に狂犬や女たらし、不真面目、適当男などと言われておられますが、戦いとまぐわいだけは本当にお好きですね。その真剣な眼差しに私の身体は火照ってしまいそうです。どこまでもついて参ります。―
などと桔梗が澄ました顔で考えているとは誰も想像していなかった。普段の発言と振る舞いの為だろう。
「ふむ、機銃は有効だな。アサルトライフルの効果を確認したい。桔梗准尉、腹部装甲へ三連射だ。各員跳弾に留意せよ。」
アサルトライフルはエネルギー弾の為、本来の意味での跳弾は発生しない。エネルギーが装甲に弾かれ、周囲に花火の様に撒き散らされることを日本軍では跳弾と呼び定めていた。
「了解。」
桔梗は蠍型機甲蟲から少し離れ、アサルトライフルの黄昏スイッチを連射から単射に切り替え、ガンカメラの照準を網膜モニターに表示し、腰付近にライフルを構えたまま引き金を三度絞る。
ライフル用ガンカメラが装備されてから使われる様になった腰撃ちだった。
ガンカメラの無い頃は、照準を合わせない盲撃ちになる為、命中率は悲惨となり、実戦的ではなかった。
今は、ヘルメットから直接網膜に照準が表示される為、命中精度に問題はなくなった。視界を広く確保し警戒でき、緊急時に自由に身体を動かすことができた。
身体を遮蔽する必要が無い場合などに腰撃ちを採用する兵士が増えていった。日本軍も死傷率の上昇が確認されなかった為、推奨はしていないが黙認をしていた。
三発の光弾が発射され、機甲蟲の背部へと着弾する。心配された跳弾は無く、機甲蟲の装甲に穴をあけた。
「ふむ、アサルトライフルも有効だな。機銃ほどではないが、装甲を貫通し内部の機械を破壊している。続いて拳銃で三連射だ。」
「了解。」
桔梗はアサルトライフルの機関部を取り外し、拳銃を露わにさせ、即座に三発を機甲蟲の装甲へ撃ち込んだ。こちらはガンカメラが無いため、拳銃の上面に設けられた簡易照準器にて照準を合わせた立射だった。発射された光弾は、先程の光弾より暗く一回り小さかった。威力が増幅されていないためだ。
拳銃の光弾は、機甲蟲の装甲に軽い窪みをつけただけで終わった。跳弾もほんの少しだけ着弾箇所を明るくするだけだった。
「効果なしと判定すべきか。小和泉。銃剣攻撃だ。いけるな。」
銃の名手である桔梗から格闘戦の名手である小和泉へと鹿賀山は担当を変えた。適材適所である。
「はいは~い。」
小和泉は、アサルトライフルに銃剣を着剣すると腰を軽く落とし、強い踏み込みと同時に機甲蟲の装甲を刺した。動きに切れ目が無く、銃剣を外した瞬間に機甲蟲からアサルトライフルが生えているかと誤解するほど流れる様な動作だった。
ホームに金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
銃剣の刃は根元まで装甲を貫いていた。小和泉は機甲蟲に足をかけると無造作にアサルトライフルを引き抜いた。引き抜かれた銃剣の刃は、欠けることも曲がることも無く健在であった。
「どうか。」
小和泉の一撃が滑らかすぎて、誰にでも同じことができる様な錯覚を生じさせた。
だが、ここに居る者達は惑わされない。小和泉の力量を他の兵士と比較することに意味が無いことを理解しているからだ。
ゆえに鹿賀山は、言葉少なく小和泉へと訊ねた。
「そうだね。僕とカゴなら装甲を抜けるけど他の人には無理かな。多分弾かれるよ。装甲の継ぎ目や関節か頭のガラス球を狙った方が良いかな。でも、動いている敵には当てられないよね。みんなには銃剣攻撃はお勧めしないよ。それにね。刺さったところで無力化は無理だよ。急所を一撃で壊せるとは思えないよ。反撃を喰らって終了だね。」
小和泉は銃剣を外し、複合装甲の元の位置に戻しながら、鹿賀山に答える。
周囲も小和泉の意見に賛同していた。
何かと小和泉へ反発する蛇喰ですら、ヘルメットのシールドの向こうで同意の表情を浮かべていた。
「小和泉の言う通り、白兵戦は現実的ではない。誰か意見は他にあるか。」
鹿賀山は集まった士官を見渡す。総司令部との通信中の貴重な時間を割いているのだ。
些細なことでも対策案が欲しかった。
「はっ、はい。確認したいことがあります。」
手を上げたのは井守だった。
周囲から意外な人物が手を上げたなという空気が流れる。
「井守准尉、何だ。」
「先の戦闘での電撃攻撃は如何程の効果があったのでしょうか。」
井守が言っているのは、装甲車に纏わせた高電圧の攻撃に機甲蟲に対し、有効だったかを聞きたかったのだ。
井守自身は、敵を狙い撃つのに必死となり、電撃攻撃の効果を確認できていなかった。
「それは、自分が答えましょう。」
と言って、一歩進み出たのは蛇喰であった。蛇喰の装甲車は、発電機に大きな負荷がかかる程の電撃攻撃を積極的に行っていた。話を聞く価値はあった。
「蛇喰少尉、頼む。」
「では、意見具申を致しましょう。
蠍型機甲蟲は、耐電性を持っていますね。高電圧に接触しただけでは壊れません。
通常電圧で十秒、最高電圧で五秒は耐えましたね。この時間に敵の銃撃を何発受けることになるのやら。
装甲車による体当たりや防御兵器としては、有効では無いでしょう。
ただし、敵が破損している場合は、別です。破損部位より電気が流れ込み、短絡させることは可能です。」
蛇喰はもったいぶる様に話を中断する。今、自分に視線が集中していることを確認した。注目を浴びていることに満足したのだろう。蛇の様に舌なめずりをした。
誰も発言をしないことを確認すると、再び口を開いた。
「破損個所が急所であれば、敵の機能停止を見込めるでしょう。しかし、末端部分であれば、その部位が壊れるだけです。敵の攻撃は続きます。機銃やアサルトライフルで早急に黙らせる必要があります。正直、先の戦闘で色々と電撃攻撃を試してみましたが、装甲車の質量で引き潰した方が早かったですね。」
「重要な情報だ。蛇喰少尉、ありがとう。」
「いえいえ、士官として当然のことです。常に四方に感覚を研ぎ澄ませ、考えることが義務です。出来ないのは無能です。」
やはり、蛇喰というべきだろうか。最後に全身に絡みつく様な悪意ある言葉を発する。本人は悪意だとは考えていない。当たり前のことを発言しただけだ。
しかし、受け取る者によっては悪意でしかない。その証拠に井守が先の戦闘中に何もできなかったことを恥じ、縮こまってしまった。
他の者は、「ああ、またか。」と流し、気にもしていない。しかし、小隊長である鹿賀山はその様な訳にはいかなかった。
蛇喰は得意げに講釈を垂れ続ける。本来は遮り、次の行動を起こすべきだが、愛から総司令部との通信完了の報告は入っていない。まだ時間はあった。もしかすると有益な情報が聞けるかもしれないと放置していた。皆、蛇が全身に巻き付く様な不快感を我慢しながらではあったが。
―831小隊の弱点は、井守の小心なのかもしれない。それでも初陣よりは大きく成長し、分隊長として及第点は取っている。まだ伸びしろは有るだろう。
小和泉に荒療治をさせ、成長を促すべきか。だめだな。また薬を使われては適わん。中毒者になられては困る。廃人では使えん。ここは前衛を任せて経験を積ませるか。しかし、このOSKでそれを実行するのは、小隊全体の生存に関わる。今は気に留めておき、機会があれば積極的に追い詰めていくべきか。だが、次が有ると限らぬ。この作戦は難易度が想定より高そうだ。―
時間は有限である。鹿賀山は、それを聞き流しながら、今後の部隊運営について考えていた。
ようやく蛇喰の講釈は終了した。結局、蛇喰の熱弁には大した情報は無かった。あったのは虚栄だった。




