224.〇三〇六二〇偵察作戦 情報通信
二二〇三年六月二十日 一二五九 OSK下層部 旧大阪駅 地下ホーム
831小隊は、蠍型機甲蟲を回収後、長蛇トンネルの上陸地点である地下ホームへ戻っていた。
行く手を塞ぐエレベーターホールの防火シャッターは、装甲車の体当たりに抗うことは一切できなかった。装甲車の接触と同時に金属は簡単に割け、接合部分は部品単位へと分解していった。
装甲車の上部に防火シャッターの破片が降り注ぐが、どの部品も装甲車の装甲に傷をつける物は一切無かった。荒野迷彩の塗装すら剥げることは無かった。
シャッターの上半分が天井からぶら下がり、下半分は床の骨の上へ部品を折り重ねていった。その上を何の問題も無く装甲車は通過して行く。
831小隊は、連絡通路の横道や改札口の障害物などの不意打ち可能箇所での追撃や待ち伏せを考慮していたのだが、敵の攻撃は無かった。それどころか、姿を見せることすら無かった。
温度探査や音響探査などに異常を表す表示が出ることは無かった。
そして今、改札口に上がる階段を睨むように8313分隊の二号車と8314分隊の三号車がホームに並び前衛を、8311分隊の一号車がその背後にて後衛として鎮座していた。
地下ホームに一度戻ってきたのは、単純な話である。
現在までに集めた情報を総司令部に伝える為だ。今回の主任務は、OSKの偵察任務である。未だにOSKの地下都市内部に潜入できていない。だが、それよりも優先されるべき状況となった。
旧西日本リニアの大阪駅の現状と結界の存在。そして蠍型機甲蟲という新たな脅威。
これらの情報の重要度は、最高位に置いて良いだろう。
その鹿賀山の考えに反対意見は無く、士官は全員賛成し、ホームへと戻ってきた。
長蛇トンネルの水流を利用して流されている通信ケーブルのアンテナを利用し、KYTとOSKが通信できる唯一の場所だったからだ。無論、地上に上がれば本隊である第八大隊が身を潜めているはずだ。831小隊の要望により陽動や突入などの軍事行動を起こす手筈となっている。しかし、第八大隊に辿り着くにはOSKの中を突破し、最下層から地表付近へと侵出する必要があった。
その様なことは現状不可能である事は、誰もが理解していた。
OSKの見取り図も無く、構造および敵勢力の規模は不明。その中へ突入することは勇気ではなく無謀でしかない。
ケーブルが敷設できる量産型の装甲車であれば、通信問題を解決できたのであろう。しかし、量産型では水が溢れる長蛇トンネルからの侵入は不可能であり、浮航式装甲車を選択するしかなかったのだ。
無い物をねだっても事態は良くはならない。現状の装備にて対応しなければならないのだ。
舞と愛は、情報端末を駆使し、総司令部との通信に躍起になっていた。三両の装甲車の情報端末から集めた膨大な情報を圧縮し送信を続けている。だが、二人の活躍にも拘らず、進捗状況は芳しくなかった。
通信ケーブルは大容量のデータ通信が可能であったが、通信ケーブルと装甲車を結ぶ無線のデータ通信が貧弱であった。
通信ケーブルのアンテナは濁水に沈んでおり、その水が装甲車からの無線を阻害、もしくは吸収してしまうのであった。
それにより、通信の切断やデータの欠如が発生し、その都度、舞と愛が補正をするという状況であり、通信終了の目途はたっていなかった。
この情報の送信が終わるまで831小隊は動くことができない。だが、できることは他にもあった。
「総員傾注。各分隊は警戒を維持しつつ、交代で食事と休憩をとることを許可する。なお、士官は一三一五に一号車の前に集合せよ。鹵獲した暫定呼称、蠍型機甲蟲の検討を行う。士官不在の間は、先任軍曹が分隊の指揮を取れ。以上だ。」
『了解。』
鹿賀山の命令に皆が素直に従った。
士官達は慌ただしくなった。十五分以内に昼食を済まし、複合装甲の気密確認を行い、一号車前に集合しなければならなくなったのだ。
「錬太郎様、お食事でございます。」
桔梗が戦闘糧食の包装を解き、小和泉へと差し出す。
「ありがとう。桔梗も士官だろう。自分でするから準備にかかっていいよ。」
「ご安心下さい。私は促成種ですから装備は野戦服です。気密確認に時間がかかりません。どうか、錬太郎様のお役に立たせて下さい。」
「分かったよ。桔梗の好きにしていいよ。」
これ以上、桔梗と話を交わしている方が時間の無駄になると小和泉は判断をした。
ちなみに装甲車内の前列から羨ましそうな視線が注がれているが、あえて気が付かぬふりをした。
―ここで奏の相手をしていたら、時間が無くなるよね。
今までは別々の装甲車に乗っていたから問題に思わなかったけど、同じ装甲車に乗ると面倒なことになるものだねえ。帰還したら、奏の為の時間を作ろうかな。
おっ、これはブルーベリー味だ。桔梗は僕の好みを熟知しているね。パサパサなのは改良されないのかな。しっとりにすると食べやすい様に思うのだけどなぁ。―
小和泉は、パサパサの粉を固め、香料だけで味付けされた栄養だけは満点の戦闘糧食を頬張りつつ、コーヒーで流し込むのであった。
桔梗とカゴは、前と背中から小和泉の複合装甲の気密確認と異常箇所が無いか確認をしていく。
おかげで時間に余裕ができそうだった。
だが、鹿賀山と東條寺はそう言う訳に行かない様だった。部下である愛と舞の二人がデータ送信に掛かり切りになり、複合装甲の気密確認にまで手が回ら無い様だ。一人で食事から気密確認まで終えねばならない。
小和泉以上に素早い速度で戦闘糧食を水で流し込み、複合装甲の気密確認に入っていた。
―鹿賀山ももっと集合時間に余裕を持たせればよいのになあ。まぁ、敵地でノンビリする様な正確じゃないよね。十五分は自分一人で何とかできる時間なのだろうなあ。―
小和泉には他人事のように二人のキビキビとした動きを眺める余裕があった。
二二〇三年六月二十日 一三一五 OSK下層部 旧大阪駅 地下ホーム
桔梗によって一号車の屋根から降ろされた蠍型機甲蟲一体が、装甲車のヘッドライトに照らし出されていた。促成種の本領発揮と言えるのだろう。
その周りを831小隊の士官である鹿賀山、小和泉、東條寺、蛇喰、井守、桔梗の六人が取り囲んでいた。誰一人、遅刻することなく集合していた。
これから行われるのは、蠍型機甲蟲への対応方法の検討であった。
―とりあえず、どこが弱点であるかが、知りたいことかな。効率良く壊すためにも生き残るために必要なことだよね―。
蠍型機甲蟲を目の前にしながら、小和泉はそれだけを考えていた。
蠍型機甲蟲の姿は禍々しかった。この機械には、人の役に立つと思わせる部分が全く無かった。機甲蟲の設計思想が、月人や人間の殺害を主目的としていることは間違い様が無かった。どの様な誤解も、勘違いも、好意的解釈も受け付けない姿形であった。
遭遇した敵は、有無を言わさず即座に排除する。それを体現した戦術兵器だ。
多関節の八本の脚は、どんな悪路でも走り抜け、敵を追い詰める。
二本の自由関節をもつ義手は、周囲の敵を貫き、叩き潰し、時には捕まえる。
捕まえられた敵は、口に内蔵された銃で撃ち殺すか、丸鋸で両断される運命が待っていた。
もしくは、尾の銃で撃っても良い。または短槍で貫いても良かった。
地面に這いつくばる姿勢は、前面投影面積を格段に減らすことに最適化されていた。見つかりにくく、攻撃が当たりにくい。そして、隠れたまま尾を使用すれば、一方的な攻撃が可能だ。
つまり、不用意に蠍型機甲蟲に遭遇すれば、即座に惨殺されるだろう。
接近戦を恐れ、遠くで様子を見ていても尾銃により狙撃をされる。遠距離、近距離共に隙の無い戦術兵器だった。
それは、敵を効率良く、殺害することを追及した機械であった。いったい、誰が、何のために造ったのか。今は分からない。
月人よりも明確な殺意を体現し、周囲に撒き散らしていた。




