223.〇三〇六二〇偵察作戦 機甲蟲
二二〇三年六月二十日 一二二四 OSK下層部 旧大阪駅 エレベーターホール
「鈴蘭、カゴは周囲の警戒をよろしくね。僕と桔梗でこのオモチャを調べるよ。」
『了解。』
灯火管制の中、目標の戦闘機械に辿り着いた小和泉達は、その姿をようやくハッキリと捉えた。
目の前にあったのは、鉛色の金属の固まりで出来た虫型の機械であった。全長二メートル、幅一メートル、厚みは五十センチくらいだろうか。
それは、頭と胴体と長い尾で構成されていた。厚みのある小判型の胴体から複雑な関節をもった脚が八本突き出していた。
小和泉はさらに戦闘機械へと近づき、じっくりと観察を始める。
―もう、動かないよね。さてさて、どんなオモチャかな。―
すでに警戒は解き、己の好奇心を満たすことへと切り替えていた。
桔梗は敵の再起動に備え、小和泉の側で臨戦態勢を解かず、付き従っていた。いざという時は、己の身を盾にする事は当然であり、悩むことではない。
それは促成種として、自然種を守るという条件付けではなく、桔梗自身が心の奥底から望む本心であった。
この心は、いくら脳に直接別の記憶を上書きされても心の改変はされないと自負する大切なもの、愛情であった。それは鈴蘭も同じだった。
そんな中、小和泉は呑気に機械部品を突いたり、叩いたりしている。周囲で警戒している桔梗達はその都度、過剰な防衛反応を示してしまう。だが、小和泉はそんな反応にお構いなしに戦闘機械の観察を続けていく。
本能的にこの機械が無力であることを感じ取っていたのだ。
戦闘機械の頭と思しき部分には、半球形のガラスが上方に飛び出していた。ガラスの中にはカメラ、アンテナ、センサー等が目一杯詰め込まれている。
頭の先端にある蝉の口の様に針状に飛び出した部分を確認するとそれは銃口だった。恐らく白い光線を発射していたのは、この箇所なのだろう。
その銃口の左右には、円盤が一対付いていた。円盤の周囲は、のこぎりの様にギザギザの山になっており、丸鋸になっているのだろう。二つの丸鋸に挟まれれば、人間の胴体など簡単に切断されてしまう。
頭部と胸部の付け根からは、義手が二本延びていた。先端は人型の掌ではなく、三本の爪型になっていた。その爪は鋭利で硬く、人体を貫くのにも握り潰すのにも最適な形状となっていた。人の頭を叩き潰すことも恐らく可能だろう。
腕は人間の構造とは全く違い、複数の自由関節が組み込まれ、可動範囲に死角が出来ないように設計されていた。
どうやら、この義手と丸鋸により人間の首を刎ね、積み重ねていたようだ。頭蓋骨による結界を作製したのもこの機械の様だ。
そして、尾は後方へ真っ直ぐに伸びるのでなく、前方へ反り返っていた。尾の先端には銃口、複数のカメラ、短槍等が取り付けられていた。
索敵と攻撃を兼ねた部位なのだろう。また、自由に動かすことにより、本体は障害物に隠れ、尾だけを晒して攻撃または索敵が出来そうであった。いや、それが正しい運用方法なのだろう。
先程の戦闘では、口と尾の銃撃により濃密な射線を形成していたのだ。
派生機が有るという考えは、間違っていた様だ。一台で全ての機能を組み込んだ戦闘機械だった。駆動方式も考えに無かった多脚方式が採用されていた。整備性やコストなどは考えられていない様だった。ブロック方式になっており、故障部分を丸ごと交換すれば良い様だ。
この方式ならば、前線での稼働率は高いものになるだろう。故障部品は後送して工場で直し、再度前線へ送り返す。補給線が維持できているのであれば、有効な手段だろう。
補給線が遮断されれば、共喰い整備になり稼働率は急激に落ちていくだろう。
日本軍の耐久性を極限まで突き詰める考え方とは、真逆の様だ。
どうやら、OSKの人間は、KYTの人間と価値観や戦闘方針などに大きな違いがある様だった。
―面倒なことになりそうだね。―
小和泉は、KYTとOSKの話し合いに苦労する様な気がした。
「これって蠍と呼ばれていた虫だよね。冒険映画で見た気がするよ。」
小和泉達は実物を見た事は無いが、蠍と呼ばれた節足動物に似ていた。
「はい、錬太郎様。私もその様に記憶しております。」
「蠍型の戦闘機械か。これって人間が作ったのかな。」
「恐らくそうなると思われます。月人にこの様な技術力はありません。あれば、戦場に投入している筈です。」
「そうだよね。これってさあ、機甲部隊に該当するのかな。」
「戦車ではありませんが、充分該当すると思います。」
「なるほど。そうだよね。じゃあさ、機甲蟲。蠍型機甲蟲と呼ぼうよ。」
「はい、問題無いと思いますが、突然何を言いだされるのですか。」
「敵に名前があった方がね、兵士達は不安にならないって、姉弟子に教えてもらったからね。敵が名無しだとそれだけで味方が不安度になるって言っていたよ。」
「そうですか。二社谷様が仰っておられましたか。では、間違いないでしょう。」
「あれ、桔梗にしては珍しいね。僕の言葉を信じないなんて。」
「そんな事はありません。錬太郎様の知識が戦闘と繁殖行為に偏っているため、確認をしたまでです。他意はございません。」
「ねえねえ。繁殖行為って、なあに。詳しく教えて。」
「錬太郎様の方が良くご存じのはずです。私から申し上げることはありません。」
「認識の相違の可能性もあるから、しっかり摺り合わせした方がいいよ。さあ、桔梗から言ってごらん。何なら実践してくれていいよ。さあさあ。」
「では、帰還後に二人きりの時にお願い致します。れんたろう様。」
桔梗の甘い呼び声が、小和泉の腰の脊髄を震わせる。
「えぇ、待てないよ。今すぐ教えてよ。」
「×です。」
「お願いだから実地指導しておくれよ。」
「×です。任務中です。」
「ねえねえ。一口でもいいからさ。」
「錬太郎。いい加減にしなさい。真面目にやりなさい。」
小和泉と桔梗の会話に東條寺が怒気も露わに割って入った。
―あらら。声の大きさと張り具合からかなりご立腹の様だね。おふざけはこの位かな。さてと、真面目にしますか。―
小和泉は、あっさりと気持ちを切り替える。本当にこの様な場所でしたい訳では無い。この言葉のやり取りを楽しんでいただけだ。
「了解、了解。ねえねえ、鹿賀山。これって人間が対月人に造った兵器かな。」
「可能性はあるが、人間を大量虐殺している。味方では無いと考えておくべきだろう。
そして誰が操作していたかが問題だ。小和泉の言う機甲蟲のカメラでこちらを確認し襲ってきた。地下都市のどこかに操作室があるはずだ。そこを制圧もしくは特定したいところだな。できれば、そこの人間を拉致し帰還したい。それを今回の作戦の最終目標にしたい。」
「えぇ、本気かい。鹿賀山が問答無用で先制攻撃をしたじゃないか。向こうにしてみれば、正当防衛じゃないのかな。」
「そう言うな。しかし、小和泉に指摘されるというのは、何とも言えぬ感情が湧くな。落ち着かぬ。だが、無駄話はここまでだ。回収を急げ。破壊箇所が重ならぬ別個体も回収だ。三体欲しい。二体はKYTへ持ち帰り、一体は小隊の検討材料に使用する。」
「は~い。回収を急ぐよ。僕が警戒するから、桔梗達は装甲車の屋根に括り付けておくれ。」
「了解。損傷の少ない個体を三体回収します。」
桔梗はそう答え、鈴蘭とカゴと協力し、回収を始めた。促成種の五倍の筋力を活かし、軽々と機甲蟲を持ち上げ、装甲車の屋根に乗せ、ワイヤーで固定していく。
三人に任せておけば、このまま回収作業は問題無く進むだろう。
―機甲蟲を操る敵か。人間なのだろうな。月人に複雑な物は造れないよね。ああ、どうして人は殺し合うのかな。絶滅の危機なのにね。本当に面白い生き物だよ。人間は。―
小和泉は、まだ見ぬOSKの人間に思いを馳せていた。
浮航式装甲車一号車の屋根に三体の蠍型機甲蟲を固定し終わった。
やはり促成種が持つ五倍の筋力と敏捷性は、自然種にとって恐ろしい物だ。複合装甲を装備しても三倍しか増幅されない。それでようやく月人と同等になる。
月人を上回る筋力と敏捷性を持つが、月人の獣毛は光弾や銃剣を簡単に跳ね除ける。
防御力が違うのだ。獣毛の薄い部分や無い部分を狙わねば効力射ができない。
それをこの蠍型機甲蟲で補うことが出来ないだろうか。
そんな事を831小隊の面々は、うっすらと考えていた。




