222.〇三〇六二〇偵察作戦 8312分隊、車外へ
二二〇三年六月二十日 一二一六 OSK下層部 旧大阪駅 エレベーターホール
エレベーターホールへの突入から一時間が経過しようとしていた。
831小隊の無線には様々な呼吸音や悪態などが入り混じっていた。
「はぁはぁ。」
「消えろ。」
「うっとうしい。」
「終われ、終われ。」
「くそ。」
「ふぅー。」
「危ない。」
「もう出るな。」
「見飽きたぞ。」
「そこか。」
「上だ。」
「ぶっ壊れろ。」
様々な言葉が小隊無線を賑やかす。
鹿賀山には、それを止める気がなかった。
―野戦ではなく、狭い装甲車に籠り、ホールを延々と回り続ける室内戦では、精神的な負担が大きい。ストレスの捌け口として、悪態は見逃すべきだろう。―
長時間の戦闘による士気を維持するためには、この様な些事は目をつぶるべきであるという鹿賀山の考えにより、831小隊は高い士気を維持していた。
そして、この方法にて戦果を上げているのは事実である。
ようやく、鹿賀山が待ち望んでいた報告が東條寺の口から発せられた。
「敵、沈黙。敵影観測されず。増援の気配ありません。」
「撃ち方止め。全車、停車。音響探査を再開。敵の接近及び起動に十分警戒をせよ。」
『了解。』
鹿賀山の気に入らない戦闘が終わった。
発砲は即座に止み、装甲車は追突に注意しつつ停車した。
エレベーターホールに静寂と暗黒が戻る。騒音の波が無くなり、静かになったことで音響探査が再び使えるようになった。
装甲車の全周モニターが暗視カメラの映像に切り替わる。先程までは戦闘光による明るさで通常カメラの画像を使用していた。
鹿賀山が、細々とした指示を出さずとも部下達は先読みして動く。部下であると同時に、何度も修羅場をくぐり抜けてきた戦友なのだ。お互いの考え方を理解していた。
「被害報告。」
鹿賀山は、部下達が状況の把握が完了した頃合いであろうと考えた。
「8311人的被害無し。装甲板二割削られました。同程度の攻撃には二回耐えられます。以上。」
「8312被害無し。戦意旺盛。周辺警戒実施中。以上。」
「8313人的被害無し。装甲板同じく二割減。タイヤにも着弾有り。現在は走行に支障なし。以上。」
「8314、8311と同じ。ただし、高圧電流発生機に過負荷を確認。強制冷却中。以上。」
東條寺、小和泉、井守、蛇喰は、分隊番号順に報告を上げた。小和泉が車体の被害報告をしなかったのは8311分隊と同乗している為だ。
「皆、よくやってくれた。増援が来る可能性は非常に高い。周辺警戒は厳にせよ。また、今の内に水分補給を忘れるな。脱水症状で戦闘不能など許可しない。」
『了解。』
喉の渇きを感じた時点で脱水症状は進行しているのだ。一時間も気を張り詰めた戦闘を行い、発汗をしていない訳が無い。故に鹿賀山は水分の補給を促したのであった。
小隊無線が切れると同時に小和泉は肉声で鹿賀山に話しかけた。
「ねえねえ。鹿賀山。僕ちん、装甲車から降りてもいいよね。」
嬉々とした声で、装甲車からの降車を願う小和泉だった。
「あと五分待て。状況に変化が無いか確認する。」
「だったら、降りて歩いて、五感で感じた方が確実だよ。」
小和泉の中にあるのは、敵への好奇心だった。
―敵はどんな形をしているのかな。武装は何だろう。僕達の予想に近いのかな。―
と小和泉は考えつつ、着々と白兵戦の準備を整えていく。
銃剣、手榴弾、十手などの装備が複合装甲に正しく装着されているか、確認を始めている。装甲車の高機動により、定位置に正しく装着されているかの再確認であった。
同じ様に小和泉の部下である桔梗、鈴蘭、カゴも白兵戦の準備を進めていた。
小和泉の考えは、部下の三人と鹿賀山と東條寺には御見通しだった。
「鹿賀山少佐。私は小和泉大尉の意見に賛成です。敵の動きが無い内に敵 戦闘機械の回収を提案致します。」
831小隊の参謀として東條寺が提案する。
「そうだよ。敵を持って帰ろうよ。記録映像だけと現物が有るのと無いのとでは、作戦評価に大きい差が出るよ。」
東條寺の助け舟に即座に小和泉は乗った。
「奏、ありがとう。」
同時に東條寺に感謝の視線を送ると、視線を逸らされた。ヘルメットが無ければ、赤くなった耳を確認することができたであろう。
「大尉に興味はあり、まま、な、ないこともないです。軍務として提案しただけです。」
東條寺は言葉に詰まりながらも小和泉を切り捨てる。だが、誰もそれが本音であるとは思っていない。東條寺の小和泉に対する入れ込み度合いは、第八大隊周知の事実である。
「はぁ。二人の思惑はこの際捨て置くが、戦闘機械の回収はすべきだろう。8312分隊に回収を命じる。」
鹿賀山はため息を入れながら命令を下した。
―小和泉をこれ以上大人しくさせるのは無理だろう。この辺りでガス抜きをさせた方が扱いやすい。―
と、考えた。無論、小和泉も鹿賀山の考えを読んでいる。
「了解。」
小和泉は指先まで綺麗に伸びた敬礼を返した。折角のお許しを無駄にする必要は無い。
小和泉は九久多知の動作確認を行い、桔梗達は野戦服の最終機密チェックを念入りに行った。地下とは言え、長蛇トンネルを流れる水から強力な放射線が飛び出し、旧大阪駅の空気も汚染されているからだ。
天井からエアカーテンを吹き出させ、装甲車の後部扉を開いた。
小和泉達は、慎重にエレベーターホールへと降り立った。後部扉は速やかに閉じられた。
足裏からバキバキと焼き物を踏み潰した感覚が一番に情報として脳に伝わる。
だが、8312分隊の誰も気に留めない。見ず知らずの他人の骨を踏み砕いたところで心は痛まないし、人間らしい感情が湧きだす事も無い。
その様な心は、初陣の戦場に捨ててきた。戦場で感傷に浸る余裕すら月人は与えてくれなかった。自分と仲間の命を守るために全力を尽くすのが精一杯だった。
小和泉達は、やや猫背になり、膝を軽く曲げる。アサルトライフルの銃床を肩の付け根にしっかりとあて、腋を締め、余分な力は抜き、標準装備の開放式照準器を通して周囲の警戒に当たる。
狙撃が主目的であるガンカメラは使用しない。記録用に動作しているだけだ。ガンカメラの映像を網膜投射しても視野が狭まり、周囲を見渡せないからだ。
視線を動かす時は、アサルトライフルと共に全身を動かす。危険を感じた時に即座に発砲できるようにだ。
普段は適当に生きている様な小和泉だが、戦闘に関して一切手を抜いたことは無い。
まるで士官学校の教官ができる位、きれいな銃の構えだった。
その小和泉に指導された桔梗達も小和泉の構えによく似ており、合理的な構えであった。
8312分隊の練度の高さが際立っている事が誰の目にも明らかだった。
床に打ち捨てられた人骨の多くは装甲車に踏み荒らされ、粉々に砕かれていた。ホールの中心部辺りは比較的原形を留めていたが、円周部は破片が主となっていた。
その上に小判型の機械が二百機近く転がっていた。装甲車の機銃やアサルトライフルによって破壊されたのだろう。原型を留めている物から光弾により細切れにされた物、装甲車の大質量に踏み潰された物など様々な残骸が転がっていた。
しかし、暗闇のホールの中で動く物は何も無い。恐ろしい程、静かだ。
小和泉は暗視カメラの映像は切り、肉眼にて索敵を行っていた。夜目が効く小和泉にとっては、肉眼で確認する方が確実であり、信頼できたのだ。
小和泉は、降車地点よりもっとも近い敵の残骸に目をつけた。
「まずは近くの残骸を漁るよ。目標。二時方向。距離五。」
『了解。』
小和泉は右手前方五メートルにある原形をとどめている小判型戦闘兵器を目標に定めた。8312分隊は、全周警戒を行ないながら戦闘兵器へと近づいていく。無論、831小隊全隊も周辺警戒を行っている。
「小和泉大尉。目標に熱源、音源ありませんが、再起動に注意して下さい。」
小隊無線に舞の注意喚起が流れる。
「りょ~か~い。」
いつ再起動しても対応できるように小和泉は戦闘機械へと近づいていく。しかし、戦闘機械は何の反応も示さない。
近付いてみると胴体を斜めに貫く銃創が五発あった。どうやら完全に破壊されている様だった。




