220.〇三〇六二〇偵察作戦 得体の知れぬ敵
二二〇三年六月二十日 一〇五六 OSK下層部 旧大阪駅
中央改札口に戻った三両の装甲車は、エレベーターホールに機銃を向け、静かに停車していた。
埃の中に巻き込まれた一号車の荒野迷彩は、埃にまみれ周囲の景色に溶け込めるほど汚れていた。
もっとも暗闇の連絡通路では、迷彩塗装等は意味の無いものであった。
「8311、報告。」
「音響探査、雑音に紛れて識別不能。調整中。」
「熱源探査。エレベーターホール全体が熱を持ち、連絡通路の熱源判別を妨害。判別できません。」
「光学探査、視界不良。埃が厚く、何も発見できず。」
鹿賀山の一声に8311分隊の東條寺、舞、愛が素早く反応する。
「現状を維持。些細な変化も報告せよ。」
『了解。』
沈黙が装甲車内を覆う。繋げっぱなしの小隊無線の兵士達の規則正しい呼吸音と装甲車のイワクラム発電機によるかすかな作動音だけが耳につく。
皆、何かを見つけようと情報端末などに噛り付いていた。
確かに何かがあそこに居た。それも一つや二つなどではない。百や二百といった数だ。
しかし、誰もその正体を見ていない。感覚的に何か嫌な物が居た事だけは分かった。
「ねえねえ、鹿賀山。何が居たと思う。放射線で遺伝子が破壊された巨大ゴキゴキかな。」
緊張感漂う車内で、一人マイペースの男が居た。小和泉だ。緊張もせず、落ち着き払っていた。不整地での急発進、高速走行を行なったにも関わらず、小和泉が左手に持つ飲み掛けのマグカップのコーヒーは一滴も零れていなかった。
「いや、分からん。何となく危険を感じただけだ。発砲は失敗だったかもしれんな。
と言うか、昆虫では無いな。というか、生物ですら無いだろう。」
鹿賀山は先の行動が正しかったかどうか、考えていた様だった。
「そうだっけ。でも、何にしても、僕は面白くなってきたよ。
事実上の宣戦布告をした訳だし、こちらの存在がばれちゃったね。次の手はどうするのかな。」
「埃が晴れ、視界の確保を待ち、再度前進し、ホールを占拠する。」
「視界を確保してからの戦闘行動かあ。鹿賀山は手堅いよね。僕がちょいと散歩してこようか。」
「駄目だ。今回は即座に撤退する可能性がある。今は、装甲車から誰も降ろす気は無い。降りれば、戦場に取り残されるぞ。」
「はいはい。今はね。気が変わったら言ってね。」
鹿賀山は後方に座る小和泉へその気は無いと手を振り、水を飲んだ。全周囲モニターに表示される渦巻く埃の中を見通すかの様に、視界不良のエレベーターホールへ鋭い視線を送っていた。
「現在までの情報、整理完了しました。」
情報端末を忙しく操作していた舞から報告が上がった。驚異的な速度で情報端末を操作していたためか、疲れが溜まったのか、両手首を軽く左右に振り、コリをほぐしていた。
「まず、私にだけ回してくれ。」
「了解。送ります。」
鹿賀山は、舞から情報を受け取り、精査していく。だが、時間は差ほどかからなかった。
「舞曹長、各分隊にも情報を送れ。」
「了解。送信完了しました。」
「ご苦労。」
各分隊の受信を確認後、鹿賀山は小隊無線を繋いだ。
「傾注。今送った情報を基に各分隊の意見が欲しい。十分後に報告せよ。」
「8312、了解。」
「8313、了解。」
「8314、了解。」
各分隊長より間髪入れず、返信が入った。831小隊に油断は無かった。これから各分隊で情報の検討が始まる。
小和泉も受け取った情報を部下に配信し、ファイルを開いた。
一番に目に飛び込んできたのは、熱源データを基にした敵の画像だった。
全長二メートル、幅一メートル、厚みは五十センチくらいだろうか。厚みのある小判型の胴体と言えば良いだろうか。熱源データのままの為、全体的に高熱帯を表す赤色の熱を帯びている以外に詳細どころか輪郭すらよく分からない。
「はい、意見のある人。どうぞ。」
考えることを放棄した小和泉は、皆に意見を乞うた。
―理解できない物を無理に理解する必要は無いよね。そう言う物体だと分かればいいや。―
小和泉の思考は単純だ。
「錬太郎様。ホールには水や食料が無い環境と考えます。電動機音も観測されておりますので、機械であると断定できるのではないでしょうか。」
資料を額の接続端子にケーブル経由で脳へ直接送った桔梗は即座に判断を下した。
「隊長。桔梗と同じ意見。機械兵器だと思う。敵は月人じゃない。」
鈴蘭は、桔梗の発言も考慮し、意見を述べた。こちらも脳に直接資料を読み込んでいた。
―促成種は、資料の読み込みと理解が早いね。脳への接続端子って便利だよね。でも額に穴を開けるのは怖いかな。脳もいじりたくないなぁ。―
と、今はどうでも良いことが小和泉の思考の片隅をよぎる。
「お二方のご意見に賛同致します。」
控えめにカゴが考えを示す。接続端子を持たない為、自然種と同じ様に情報端末で一ページずつ捲り、検討していた。
「人並みの大きさの小判型機械兵器かぁ。どんな武装だろうね。」
「小銃は装備していると考えるべきです。」
「骨の貫通銃創が証拠。」
「問題点は、装甲車や複合装甲を貫通するか、しないか、になるのかな。喰らってみないと分からないかな。」
「宗家。敵は首を切断しております。刃物も装備しておるのでしょう。」
「てことは、中距離は小銃、近距離は刃物かあ。もしかして大砲までついていたりするのかなあ。」
「大砲は無いと予測。あれば、連絡通路、綺麗なまま、おかしい。」
「なるほど。武装の予測がついたけど、威力や形は分かるかな。あと、どうやって動くのだろうね。」
「威力、形状は不明です。機械兵器は人並みの大きさがある為、相当の重量になるはずです。履帯装備の可能性を提案します。」
「履帯装備は重量過多になると思われ。胴体中央に駆動球内蔵の可能性を提案。」
珍しく、桔梗と鈴蘭の意見が分かれた。だが、反目する様子は全く無い。お互いの提案を再検討し始めている様だ。
「カゴは何か無いのかい。」
沈黙を保つカゴを小和泉は急かした。考える時間は十分しかないのだ。
「話は逸れるのですが、腕があるのではないでしょうか。」
「あぁ、腕ね。うんうん、有るよね。無い訳ないよね。カゴ、良い着眼点だよ。」
「お褒めに預かり、光栄でございます。」
「盲点でした。敵は頭蓋骨を積み上げる技術を持っているのです。緻密な作業ができる腕があってもおかしくありません。」
「別機種の可能性もあり。」
「それを考えると射撃専用機、格闘専用機とか話が広がるよね。」
「可能性、ゼロでは無い。」
と話を詰めている間に約束の十分が経過しようとしていた。
二二〇三年六月二十日 一一〇九 OSK下層部 旧大阪駅
「時間だ。各分隊長は簡潔に送った情報に対する意見を述べよ。反論は全ての報告を聞いてから受け付ける。それまでは沈黙を保て。小和泉大尉、蛇喰少尉、井守准尉、東條寺少尉の順に聞く。では始め。」
鹿賀山は小隊無線に向かい、一気に言葉を吐き出す。ここで十分も時間をとったことに焦りを感じているのかもしれなかった。
「はいは~い。8312分隊は、小判型戦闘兵器と仮定。小銃及び刃物を装備。作業腕も有り。階段の移動もあるし、履帯機動だと推定。大径砲は無いね。以上だよ。」
小和泉は、先程まで話し合っていた内容を自分なりにまとめ8312分隊の回答として出した。
「では、私ですね。小銃装備の戦闘兵器でしょう。駆動方式は装輪式になるのでしょうか。首の切断や首の積み込みは別個体の仕業と考えるべきでしょう。一機種で全てを賄うのは無意味です。機械重量が増えるだけで費用対効果が見込めませんね。以上。」
身体に絡みつく様な声色で蛇喰は答えた。
「い、井守が報告させて頂きます。敵機械は腕を持ち、状況に応じ武器を持ち替えると想定します。もしくは、腕ごと交換するのかもしれません。これにより一機種により多彩な戦術が可能になると考えます。虐殺に使用していることを考えると、人間の走行速度に合わすため、速度が出しやすい装輪式が妥当だと考えます。い、以上であります。」
強い緊張を感じさせる声で井守の発表は終わった。と、思いきや。
「これで良かったかな。」
と、部下に確認する声が無線から聞こえて来るのが井守らしかった。
「東條寺が報告します。小銃を装備し、胴体中央に駆動球を備える機体だと推測します。
斬撃装備及び操作腕は、派生機であると考えます。恐らく数は少ないでしょう。以上です。」
凛とした声で東條寺は宣言した。
「反論、質問があれば述べよ。兵卒の発言も許可する。」
だが、鹿賀山の言葉に反応する者はいなかった。情報が少なく、反論や質問が出せなかった為だ。
鹿賀山は顎を右手で擦りながら、深い考えに入った。だが、その時間は僅かだった。戦場でノンビリと長考している余裕は無い。
「敵が、小銃装備の戦闘機械であることを皆の共通認識である事は理解した。
どの駆動方式でも自然種の最高時速三十キロを超えるものであるというのも間違いないだろう。
刃物と腕は、装備しているかもしれないという警戒事項に留める。
何か、意見がある者はないか。」
四人の報告をまとめたと言うよりも中間値をとった様な敵を鹿賀山は想定した。
恐らく、この想定は半分も当たっていないだろう。その事については、誰もが理解していた。情報が圧倒的に足りないのだ。
そして、情報を集め、敵を正確に割り出す手段は一つしかなかった。
「もう一度、エレベーターホールに突入し、攻撃を仕掛ける。今頃は視界が晴れている筈だ。情報を多くとり、敵の正体を明確にしたい。
つまり威力偵察を行う。些細な情報も取りこぼすな。イワクラムの補充及びし尿パック等の交換を忘れるな。三分後に突入する。」
『了解。』
831小隊は、得体の知れない敵へと再度挑むのであった。




