219.〇三〇六二〇偵察作戦 エレベーターホール突入
二二〇三年六月二十日 一〇四八 OSK下層部 旧大阪駅
831小隊は連絡通路とエレベーターホールの境に居た。
その境には、髑髏の壁が立ち塞がっていた。
この先に進むことは死地へと踏み出すことになる。
そして、この先に存在する者が敵か味方か分からない。
敵であると断定できれば、有無を言わさず先制攻撃が可能だ。しかし、友好的な者であれば攻撃を加えて敵対者になる訳にはいかないのだ。
だが、この結界は脆い。絶妙なバランスで積み上がっているだけだ。
今の状況を一変させることが簡単な程に脆い。
しかし、結界に堅固さは求められない。精神的に侵入を拒むことができれば、それは結界である。
とは言え、この様な結界を作り出す者が、善意を持つ者と考えにくいのは事実だ。
明らかな悪意を感じさせる。現時点で何者かが居たとしても敵と判断せざるをえないだろう。
「東條寺少尉。ファイバースコープを髑髏の隙間から通せるか。」
鹿賀山は東條寺へ指示を出す。
ファイバースコープには、直径五ミリほどのケーブルの先端にカメラとライトが仕込まれている。ケーブルは自由自在に手元の情報端末で操作ができた。
長さは十メートルまで装甲車の前面部から伸ばすことが出来る。今回の改良で追加された装備だった。浮航時に前面部のカメラへ波がかかり、視界の悪化が前回の試験で見受けられた。
それに伴う改善処置であった。装甲車の上空にカメラを伸ばせば、波飛沫の影響を受けないだろうと考えられた。
「了解。実行します。ファイバースコープ伸長開始。」
東條寺は、新装備のファイバースコープを起動させる。ライトは点けない。敵に発見される可能性を減らすためだ。
手元の情報端末を操作し、ファイバースコープを装甲車の前面部から伸ばし始める。ファイバースコープからの画像は網膜モニターに投影し、操作を続ける。網膜モニターに投影する方が、肉眼との見え方に近いからだ。
「まもなく、壁に接触します。通過可能部分確認。スコープ通過します。」
髑髏と髑髏が積み重なる狭い隙間を見つけ、スコープを慎重に通していく。
―本来の使い方ではないが、現状では有益な装備だな。今後も他の使い方に期待ができそうだ。―
と鹿賀山は思いつつ、スコープの画像を共有化し、手元の情報端末にて確認をしていた。
白から茶へと変色し、大量の埃が積もり、時の流れを感じさせる頭蓋骨の隙間をゆっくりとスコープは進んで行く。そして、狭い隙間を通り抜けると視野が大きく開けた。
明かりは無く、暗視カメラの画像である為、解像度は悪かった。しかし、状況を認識するには十分であった。ファイバースコープの先端だけをゆっくりと四方八方に旋回させた。
「円形のホールを確認。先の工場より持ち帰った資料通り、エレベーターホールと思われます。正面の壁に五基の左右横開きドアを確認。その左端及び右端に開放部二ヶ所あり。非常階段兼用の大階段だと思われますが、中までは視認できません。
ホールの大きさは、直径四十メートルと推測。装甲車三両、展開可能です。また、エレベーターのドア及び階段開口部は、装甲車が侵入できる大きさです。しかし、ドアが閉まっており奥行きは確認できません。
やはり、床一面は人骨で埋め尽くされています。ですが、そのう。」
東條寺は、報告を言い淀んだ。
「報告を続けろ。」
鹿賀山もファイバースコープの映像を手元の情報端末で見ている。東條寺の言いたいことを理解していたが報告を促した。
「先程までと違うのは、エレベーターホール内の人骨には頭蓋骨が確認できません。どの人骨にも頭蓋骨がありません。無いのです。」
最後の言葉は、悲鳴のような報告となった。
「わかった。今の話から考えると。」
「恐らく、ここに斃れている人々の頭蓋骨を結界として髑髏の壁に使ったのだろうね。何でかな。」
と、鹿賀山が言おうとしたことを小和泉が引き継いだ。
小和泉の質問に鹿賀山は大きなため息とともに答えた。
「生態も生存本能も分からぬ敵と相対しているのだ。考えるだけ無駄だ。」
「えぇ、敵を知ることで百戦危うからずだよ。鹿賀山からそんな言葉が出るなんて意外だな。」
「では、こう言えばよいか。下手の考え休みに似たり。もっとも、こちらが下手かどうかは分からんがな。」
「あぁ、それね。何かスッキリしたよ。よし、突入だね。行動あるのみだよね。」
「お前は相変わらず単純だな。だが、その手しか無いか。舞曹長、整理した情報を各分隊へ送信。突入準備をさせよ。」
「了解。」
舞は、収集した情報と画像を関連付けた報告書を手際良くまとめ、無線で送信した。
鹿賀山は、各隊が報告書を受信した事を確認し、それを読み解く時間を与えた。
そして、おもむろに小隊無線を繋いだ。
声は落ち着き払っている。動揺や不安を感じさせなかった。これも小隊長としての重要な資質であった。
「これよりエレベーターホールへ一号車が突入する。二号車、三号車は、その場にて周辺警戒と援護に注力せよ。」
「8313、了解。」
「8314、了解。」
「一号車、突入。」
鹿賀山の号令と同時に装甲車は、ゆっくりと前進を始めた。
一度、髑髏の壁の直前で停止し、さらなる微速で正面より体当たりを行なった。
硬い装甲に押され、髑髏の壁は簡単に弛み、乾いた音と埃を大量に発生させ、崩れ落ちていった。不安定な形を積み上げた物だ。壁が崩れ去るのは一瞬だった。
天井まであった頭蓋骨は、地下洞窟の落盤の様に装甲車に降り注ぎ、ゴツンゴツンと言う音を車内に響かせる。いつ聞いても嫌な音だ。生き埋めを想像させる。
さらに数十年分の積もった埃が空気中に舞い散る。視界は完全に塞がれ、一号車は埃の中に包み込まれ、誰の目からもその姿を隠した。
「微速後退。熱源探査を怠るな。」
装甲車は、音を極力たてぬようにゆっくりと下がった。罠を警戒したのだ。
月人による吊り天井などの罠に痛い目を合っている。鹿賀山の警戒心は、指揮官として正しい判断と言えた。
「熱源関知できません。」
「音声は雑音が酷く、無効です。」
「光学も同じ。埃で見えません。」
東條寺、舞、桔梗が報告を上げる。
二個分隊が一両の装甲車に同乗する利点が発揮された。探査する目は多い程良い。
それが、現状では無力であっても、探査機器が無効である状況だと判断できる。
皆の警戒心が更に上がる。
「二号車、三号車、状況送れ。」
鹿賀山は無線に繋ぐ。
「8313。一号車は埃の中です。視認できず。他、異常感知できず。」
「8314。8313と同じ。」
「分かった。引き続き警戒せよ。」
『了解。』
小和泉、鈴蘭、桔梗は機銃の操縦桿を上下左右に振り、ガンカメラで敵影や何かしらの変化を捉えようとするも埃に遮られ、何も見えなかった。
「装甲車停車。音響探査を最優先。」
「了解。落下音、終息中。まもなく雑音除去可能域に達します。」
舞の額に汗が浮かぶ。情報端末を必死に操作し、落下音と同じ周波数を打ち消していく。徐々に情報端末に表示される色とりどりの曲線が表示される周波数計の嵐が収まっていく。情報処理が得意な舞ゆえに人一倍早く音響探査機の復旧が進んで行く。
「低周波を感知。数、無数。範囲、ホール床一面。」
「正体は何だ。」
「不明。続いて高周波を感知。音紋照合。電動機です。無数の小型電動機の駆動音です。なお雑音除去実行中。」
「温度変化はどうなっている。」
「室温より微細な上昇を確認。音源と重なります。」
熱源探査機を操作していた東條寺が答える。
「生物ではないのだな。」
「この温度帯は、機械に間違いありません。」
「全車、機銃掃射。全て破壊せよ。」
鹿賀山は反射的に命令を下した。そこに深謀遠慮は無かった。ただの勘だった。
『了解。』
三両の装甲車の機銃五丁から大量の光弾がバラ撒かれる。
命令即実行が軍である。
疑問や異議を持とうが、それは己の中に飲み込まなければならない。
暗闇だった連絡通路とエレベーターホールは、光弾が放つ明かりに煌々と照らされるが、大量に舞う埃が視界を塞いだままだった。
「機銃掃射により床温度上昇。目標、光弾の熱に紛れました。識別不能。」
「破壊音、確認。電動機動作音、増加中。」
「機銃掃射を緩めるな。床の全てを撃ち抜け。」
五丁の機銃は休むことなく、光弾をバラ撒く。後方の二号車と三号車は、一号車の隙間から撃つ為、射界が狭く左右にあまり光弾をバラ撒けず、自身の装甲車正面を中心に掃射した。
その分、三丁の機銃を装備する一号車は、障害物が無いため、二号車と三号車の死角を中心に光弾を叩き込んだ。
「電動機音、さらに増加。同時に破壊音も増加中。ホール全体に響いています。」
「熱源探査不能。」
「光学探査不能。銃撃により更に視界が悪化。埃量、増加中。視程距離一メートル以下。」
機銃の光弾は、人骨を細かく砕き、積もった埃とともに空気中に巻き上げていった。
「二号車、三号車撃ち方止め。小隊、全力後退。一号車は撃ち続けろ。」
鹿賀山の命令に即座に反応し、二号車、三号車は全力で後退を始める。銃撃も止まった。
それを確認した運転手の愛は、遅れることなく装甲車を全力後退させる。後部映像を網膜モニターに反転表示させる。しかし、埃が舞い、碌な映像を映し出していない。そんな中、愛は一度も装甲車を蛇行させることなく、迷いなく真っ直ぐに下げていく。
埃の霧の中から一号車は、霧を絡みつかせる様に勢いよく抜け出した。
「光学探査、復帰。敵、確認できず。」
「改札まで下がれ。」
『了解。』
三両の装甲車は、速度を上げ、侵入した中央改札口へと後退した。




