215.習熟訓練
二二〇三年六月十一日 一四〇二 KYT 西部塹壕
戦闘予報。
新装備習熟訓練です。操作ミスに十分注意し、新装備を熟知して下さい。
武装の火力は、実戦火力が選択されています。確実に回避して下さい。
死傷確率は20%です。
小和泉達は、二週間の習熟訓練に参加していた。新しい装甲車と九久多知の試験も兼ねている。今までは一個小隊に四台の装甲車の運用だった。しかし、831小隊は三台の装甲車で運用しなければならない。今までの運用方法は通用しないであろう。
三台の装甲車と四個分隊がどの様に動くべきか。その手段を確立するための習熟訓練であった。
実戦火力を使用した命懸けの習熟訓練の成果は上々だった。
菱村は、82中隊に小和泉達8312分隊を親の仇の様に追い回させた。一日中走り続けさせ、休憩を取らせる暇を与えず、隙さえあれば致死性の攻撃を加え、言葉通り殺しにかかっていた。
何度、アサルトライフルの光弾が次々と九久多知の装甲を掠めそうになったことだろう。
当たっても殴打された程度の演習用の威力ではなく、肉を抉る実戦用の火力が、身を隠す塹壕や地面を削っていく。
「この攻撃って、おやっさんの愛娘である奏に手を出した私怨が、混じっている様な気がするよね。」
束の間の休息時に小和泉は思わず言葉に漏らした。
「自業自得。気のせいでは無い。」
と鈴蘭は言い切った。
「菱村大隊長のお気持ちをお察しします。錬太郎様は、性悪説の見本の様な方ですから。」
と桔梗も切り捨てる。
「英雄、色を好むは、現代には当てはまりませぬようで。」
とカゴが珍しく意見する。
「あれれ。僕の味方はいないの。みんな僕の味方だと思っていたのに。」
「私も鈴蘭も錬太郎様に花を散らされたのをお忘れですか。」
「でも、同意の上じゃないか。」
「私は媚薬を使われたと記憶しております。」
「酔い潰された。」
「でも、力づくじゃないよね。」
小和泉の額に脂汗が浮く。ヘルメットを被っている為、見えないのが幸いした。
「意志薄弱の状態では、同意とは言えません。今は愛しておりますので、許します。」
「桔梗と同じ。」
小和泉が反論しようとした瞬間、数十条の光弾が潜んでいた塹壕の上部に着弾し、土埃を舞い上げる。
「あらら、見つかったかぁ。移動するよ。」
『了解。』
82中隊に見つかり、小休止は終了した。小和泉達は訓練を再開した。
小和泉は、あえて8312分隊だけで行動していた。九久多知を加えた連携を行う最小単位にて、まずは戦術を構築するべきだと考えたからだ。
8312分隊の連携が完全となれば、831小隊内での連携は今まで通りに実行できると小和泉、鹿賀山、東條寺の三人は、演習前に確認していた。その報告に基づき、菱村は82中隊に8312分隊へ集中攻撃をさせていたのだが、どうも怨恨の様な気がするのは、気のせいなのだろうか。
「のう、副長。火線が少なくねえか。」
司令部用八輪装甲車内の戦術モニターを見ている菱村は、副長へ攻撃が手ぬるいと言った。
「82中隊の索敵能力では、上手く8312分隊を捕まえられない様です。」
「狂犬の方が、隠れるのが上手えって話か。」
「そうなります。」
「ならば、81中隊も投入するか。」
「さすがに小和泉大尉を殺してしまいます。現在の実戦射撃ですら危険過ぎます。本官としては、演習射撃に変更を具申致します。」
「それじゃあ、つまらねえじゃねえか。狂犬があたふたする姿が見てえのによ。」
「それは悪趣味ではありませんか。」
「狂犬の醜態を見たいのは俺だけじゃないぜ。」
「どういうことでしょうか。」
「第八大隊の回線に匿名でこっそり忍び込んでいる奴が居るみてえだな。」
菱村の手元にアナログな紙のメモがあった。そこには侵入者数名有りと書かれていた。部下からの報告だ。
「不法侵入ですか。」
「いや、正規の回線だ。上位権限を持つ奴だ。気に入らねえ。」
「あの別木とかいう開発室長でしょうか。」
「いや。あの手の人間は絶対的な自信を持っている。自分の開発品が不良を起こすと微塵も思ってねえよ。もう興味も無いだろう。今頃は、次のオモチャに夢中でもなってやがるだろうよ。」
「では、憲兵隊か、総司令部でしょうか。」
「その二つなら、正面から要求してくるぜ。こそこそする理由がねえ。」
「確かに。回線を切断しますか。」
「別に悪さも弱みも見せてねえ。知らんふりを続けるさ。今の内にこっちから分捕れる情報を集めて、息子に捕まえさせる。」
「白河少佐にお任せするわけですか。」
「軍では、気に入らねえ奴は、憲兵隊に任せるのが一番だろ。」
「理には適っております。」
「狂犬も俺の娘の純潔を奪いやがって。奏が惚れていなかったら、憲兵隊に引き渡したものを。」
「ご冗談を。小和泉大尉に惚れ込んでいるのは大隊長ご自身ではありませんか。わざわざ直接顔を見に行って、東條寺少尉が驚いて弁当をひっくり返した話は知っていますよ。」
「うるせえ。愛娘を傷物にした男のツラを見に行っただけでい。ただそれだけだ。」
「白河少佐も小和泉大尉をお気に入りの様ですよ。憲兵隊の常連で顔馴染みの様です。」
「市之丞のお気に入りだと。よせやい。笑えねえ。あの堅物がか。」
「父に雰囲気が似ているとか、言っておられましたよ。」
「俺と狂犬とがか。どこが似てるんでい。」
「その韜晦しているところだそうです。」
「ちっ。あいつにまで見透かされているのか。俺もまだまだだな。」
菱村と副長が世間話を交わしている間にも、小和泉は二度ほど死地に追い込まれながらも反撃し、82中隊の兵士達を戦闘不能へと返り討ちにしていた。
82中隊の損耗率は一割を超えていた。一方で831小隊に負傷者は出ていなかった。
一個小隊に一個中隊が押されているのだ。十六名対九十名。五倍以上の戦力比にもかかわらずだ。8312分隊の活躍によるものであった。そして必然的に活躍する部隊は、敵視されるのが常である。
「鹿賀山大尉。現時点での損害無し。8312が集中砲火を浴びています。」
塹壕に籠る8311分隊の東條寺が鹿賀山へ定時報告を行う。今日は装甲車を使用しない白兵戦が訓練内容であった。
「8312は小和泉に一任。8313と8314は、8312を援護。8311はここで情報解析。敵の最新情報を送り続けろ。」
「了解。その様に手配します。」
東條寺は、小隊無線を用いて各分隊へ命令を伝える。この無線は、菱村達も聞いているが、仮想敵である82中隊に情報が流されることは無い。
「父は、錬太郎を本気で殺す気かも知れません。実戦と同じ威力の光弾を発射させるなんて。」
「小和泉なら大丈夫だろう。この程度の戦いは、まだ甘い。我々はもっと酷い戦場を潜り抜けてきた。ここまで気合いの入った演習が行われるのは、次が控えている証拠だろう。」
「次ですか。それは何でしょう。」
「恐らく、OSKへの偵察。」
「しかし、場所が不明である為に今までKYTの周辺探索を行っていたはずですが。」
「状況が変わった。我々は長蛇トンネルが前時代の西日本リニアの本線であることを突き止めた。つまり、その先にあるのは。」
「大阪駅。つまりOSKの地下ですか。」
「希望だがな。十中八九、間違いないだろう。」
「次の作戦は、OSKへの進攻ですか。難しい作戦になりそうですね。」
「OSKの状況は、誰にも分からない。月人の巣なのか、人間が住んでいるのか。それとも廃墟なのか。」
「実際に訪れないと分からないわけですね。」
「そうだ。恐らく浮航式装甲車をもつ我々が偵察任務に就くだろう。」
「了解しました。集められる情報を集めます。舞曹長と愛兵長を使ってもよろしいですか。」
「無論だ。最善を尽くしてくれ。」
「了解です。」
鹿賀山と東條寺の今回の訓練は、OSKの下準備のためであるという共通認識が生まれた。この訓練にOSKで想定される内容を組み込んでいく必要がある。
東條寺達は、夜も情報収集に忙しくなりそうであった。
小和泉達は、塹壕や地面の割れ目に身を隠し、82中隊の兵士を一人ずつ確実に始末していた。
鈴蘭が囮となって敵を炙り出す。
カゴがその敵の足止めをする。
桔梗が足を止めた敵を狙撃する。
小和泉が浮足立った敵を背後から不意討ちする。
そして、即座に戦場から離脱し再集結し、次の獲物を探す。
これを何度も繰り返し、噛み合わない点や連携がずれるところを修正していった。
お陰で九久多知が何処に隠れるられるのか。
黒体塗装が敵に対し、どの様な効果を与えられるのか。
九久多知の性能限界はどこにあるのか。様々な情報を実戦に近い状態で得ることが出来た。もっとも黒体の塗装が予測より脆い事が発覚したのは予測外であった。再塗装を行い耐久性を向上させたが、荒野迷彩とは違い傷がつく程、迷彩効果が落ちるのは、耐電性に次ぐ、二つ目の欠点が発覚した。
だが、今すぐに改修できる様なものではなかった。




