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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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205/336

205.FKO実証試験 西日本リニア本線合流

二二〇三年四月二十九日 〇三二九 KYT西三十四キロ地点


一号車から起きた雷電は、小和泉の作戦が暴発した結果だった。

本来は、蓄電池の破損した遮蔽壁を完全に破壊して中身を解放させ、中に充電された電気を一気に放電させるだけのものだった。装甲車を砲身と見なし、前方の障害物を高圧電流にて吹き飛ばすだけの計画であった。

だが、実際には前方の破損部から強烈な大雷撃が発生し、周囲を青白い光に染め上げ、バリケードを吹き飛ばし、粉砕消滅させた。

爆音はトンネル中に響き渡り、皆の耳を一時的に潰した。

一号車は自身が発生させた雷撃に持ちこたえられず、接合部から溶融し、装甲が剥がれ落ち、骨組みとなった。その骨組みも電気融解により崩れ落ちた。タイヤは急激な温度上昇による空気膨張に耐えられず、破裂した。

小型のイワクラム発電機やイワクラム貯蔵庫はかろうじて原形を保っていたが、中に封じ込まれていたエネルギーの一部が解放されたことは間違いなかった。全てが解放されたのであれば、地上まで突き抜けるクレーターが誕生していただろう。

小和泉達の予測をはるかに上回る高出力の雷撃であった。

一号車が有った場所には、残骸だけが地面に薄く広がる様に散乱していた。残ったのは小さな発電機と貯蔵庫だけであった。トンネルを通行するのに邪魔な物は、装甲車ごと無くなったのであった。

一号車の背面に拘束された鉄狼は、装甲車とともに蒸発したのか、灰となったのか、その姿は消滅していた。

トンネルの障害物は無くなった。十分に装甲車が通行できる空間が開いた。


雷撃の余剰波は、二号車にも襲い掛かった。小和泉の考えでは、前のバリケードを吹き飛ばし、多少の余波が周囲に巻き起こる程度のはずだった。鹿賀山も東條寺も小和泉の案を鵜呑みにしてしまった。時間的余裕があれば、破壊力の計算や安全性の確認を行っていただろう。

思いつき。時間が無い。いけるだろう。やるしかない。そう言った負の積み重ねが予想外の大きい被害を出した。

装甲車自体が放電攻撃する仕組みを持つため、車体は耐電仕様になっているが、その仕様を超過した過電流が車内に流れ込んだのだ。

複合装甲を装備している鹿賀山は苦痛で済んだ。

促成種達は、肉体が持つ固有の耐電性を発揮し、苦しみを味わうも軽症で済んだ。

心肺停止していた東條寺は、その電気ショックで心肺蘇生した。

複合装甲を装備していない小和泉は、全身を過電流に焼かれ、意識不明の重体に陥った。


小和泉は蓄電池に溜められた電気を一気に放出して、バリケードを溶かすつもりだった。

小和泉が意図せずに起こした大爆発は、未だ実用化されていないものであった。

プラズマ砲。

日本軍が極秘裏に開発中である武器だった。イワクラムと言う膨大な電力を生み出す鉱石があれば、理論上可能であったが安定物質であるイワクラムを臨界させる方法が発見されていなかった。

ゆえに小和泉達の知識では、イワクラムが誘爆することは想定していなかった。

トンネルを塞ぐ月人は殲滅した。恐らく、この先で待ち伏せしている月人が存在していたのならば、プラズマの奔流に身を焼かれたことだろう。

トンネルを塞ぐ障害物は無い。

「全隊、被害を確認。報告。早急に合流せよ。」

鹿賀山の命令に我を失っていた部下達が正気に戻った。


「桔梗准尉、小和泉を荷室に寝かせ、鈴蘭上等兵と協同して、小和泉と東條寺の看護に努めよ。二号車の運転手には愛兵長。助手席にて舞曹長が二号車の統括を。カゴ二等兵は引き続き機銃担当だ。私は指揮官席で小隊の指揮を執る。配置につき次第、装甲車の状況確認。では動け。」

『了解。』

二号車の車内が慌ただしくなる。狭い車内を怪我人優先にて配置につき、装甲車の全機能を再起動させる。

走行の可不可。気密確認。カメラ及びセンサー類に作動状況。機銃及びアサルトライフルの使用可能かなど確認すべき項目は多岐にわたった。

皆は走行前点検と近い手順で手際良く進めていく。

壁面モニターが復帰し、車外の景色を映し出す。

「走行用モーター一機故障。他問題無し。走れます。」

最初に確認が終わったのが愛だった。

「機銃及び各種武装、実射完了。問題無し。」

淡々としたカゴの報告が続く。全員のアサルトライフルを回収し、暴発の危険性を省みず、銃眼に突っ込み、試射を一丁ずつ行った。小和泉のことが心配であるからこそ、早く基地に戻る為に躊躇いは無かった。

「車内の気密、空気清浄、正常に保たれています。センサー、カメラも正常に稼働中。」

車載端末を再起動させた舞が最後に答えた。

「8313、人定被害無し。損害軽微。走行には支障なし。敵影見えず。合流します。」

「8314、8313と同じ。合流します。」

鹿賀山へ状況確認の報告を行い、三号車と四号車はすぐに合流した。

「全隊発進。」

間髪入れずに鹿賀山を命令を出した。この場に留まることは危険しかないからだ。

『了解。』

831小隊は、暗いトンネルを一号車の残骸を踏み越え、KYTへ帰還すべく、進み始める。

―装甲車一両大破。それよりも人的被害が深刻だ。重体一名。重傷二名。軽傷多数。これは、私のミスだ。もっと上手くやれた筈だ。―

鹿賀山はヘルメットの中で唇を強く噛んだ。噛んだ処から鉄の味が口の中を満たしていった。


二二〇三年四月二十九日 〇三四三 KYT西三十二キロ地点


831小隊は、真っ暗なトンネルを進んだ。灯火管制を行い、暗視装置が映し出す画像が頼りだった。予期せぬ雷電により月人は一掃できた可能性は高かったが、鹿賀山は油断することなく警戒を続けていた。

逆茂木というバリケードを仕掛ける様な狡猾な敵だ。月人が居なくとも罠が存在している可能性は考慮しなければならないからだ。

装甲車の速度を飛ばせるだけ飛ばしたかった。だが、ここで罠にはまる訳にはいかない。

小和泉と東條寺の具合が心配であったが、慎重にトンネルを進むしかなかった。

しばらくして、西日本リニアの引き込み線と本線が合流する地点へとたどり着いた。運が良かったのか、先の雷電により月人が死亡したのか、敵と罠に遭遇することは無かった。


目の前の西日本リニアの本線のトンネルには膨大な水がゆっくりと南西方向へ流れ、地下河川と化していた。

鹿賀山達は、この光景を見たことがあった。いや、良く知っていた。

「まさか、これは長蛇トンネルなのか。あれが西日本リニアの本線だったのか。」

鹿賀山が思わず言葉を零す。

「いや、思い込みは危険だ。井守少尉。この本線と長蛇トンネルが同一か確認せよ。他の者は周辺警戒を続けよ。」

『了解。』

これ以上の被害を出したくない鹿賀山は、答えを出せそうな井守へと確認作業を任せた。

「りょ、了解。やってみます。」

小隊無線に引きつった井守の返事が流れた。

井守は、車両所から集めた資料と日本軍が持っている地図との確認作業を慌てて始めた。

―東條寺が居れば、自発的に移動中に資料をまとめてくれただろう。優秀な副官が使えないことがこれ程の苦になるとは。部下に甘え過ぎていたのだろうか。指揮せずとも自分から動く。その様な部下は貴重だと今更思い知らされる私は愚かだな。―

鹿賀山は背後を振り返り、荷室に横たわる小和泉と東條寺の姿を見た。

野戦服を脱がされた小和泉は、全身に電流が流れた焦げ跡が網目のように走り、手足は黒く焦げていた。呼吸も荒く、時折身体を痙攣させ、脂汗は止まることを知らなかった。

一方、東條寺の呼吸は落ち着き、規則正しく胸が上下していた。無論、はだけていた野戦服は整えられている。

二人には、効果が有るのか無いのか分からぬ血圧低下を防止する点滴が打たれていた。いわゆる気休めと言うものだ。弱っている心臓には負担がかかるかもしれないが、心停止するよりは良いだろうとの判断だった。水分を補給する点では有効であった。

桔梗と鈴蘭は、その二人の心拍や呼吸を監視し、時折二人の汗を拭っていた。装甲車の中では、それ以上の医療行為はできない。早急に病院へと運び込む必要があった。


―二人とも意識は戻らぬか。意識さえ戻れば、少しは安心できるのだが。―

鹿賀山は、二人のことを心から心配していた。苦しいことだが、今はその事だけに心を砕く訳にはいかなかった。831小隊全員の命が、鹿賀山の判断にかかっているのだ。

―井守の回答は待っていられないな。先に準備を済ませるべきか。東條寺か小和泉なら指摘してくれただろう。無駄な時間を過ごしてしまった。くそ。二人に頼り過ぎだ。―

鹿賀山は即実行に移した。後悔は無事に帰ってからすれば良い。

「全車、浮航準備。水路を遡る。水密、浮航機関を再確認せよ。」

『了解。』

―そうだ。長蛇トンネルかどうかは重要ではない。この場から離脱することが最優先だ。一キロでも一メートルでもKYTへ近づくのだ。恐らく下流がOSK、上流がKYTに繋がるのだろう。

しかし、長蛇トンネルでなければ、この先に出口はあるのだろうか。無ければ、この水路を戻ることになる。本当にこの判断は正しいのか。今からでも地上に向かうのが正しいのではないか。いや、駅はあるはずだ。装甲車を破棄すれば、そこから地上に出ることは出来るだろう。

装甲車を破棄することは試験の失敗を意味するか。いや、最悪は全滅することだ。装甲車はまた作れば良い。ならば、井守の答えを待たずに今すぐ出発すべきか。

誰か、私に意見具申をしてくれないか。小和泉、東條寺、何か意見を言ってくれ。

蛇喰では駄目なのだ。奴は正論しか言わない。その程度の進言は必要無い。

言葉遊びでも良いんだ。誰か私の背中を押してくれ。頼む。お願いだ。―

鹿賀山は声に出して叫びたかった。しかし、エリート軍人の家系に生まれ、士官学校で叩きこまれた士官の心得と、少佐階級にあり小隊長である身は、自制心に阻まれ、溢れる思いを叫ぶことはできなかった。口の中に鉄の味が益々広がっていく。

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[一言] 怪しげな新機能だった装甲車のフロート機能 まさかここで役にたつとは!
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