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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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204/336

204.FKO実証試験 雷電

二二〇三年四月二十九日 〇三二七 KYT西三十四キロ地点


小和泉が二号車の天井ハッチを閉じた瞬間、秒読みはゼロとなった。ポンと間の抜けた小さな爆発音が一号車から発生する。

その小さな爆発音が始まりであった。時間差で凄まじい雷鳴がトンネル一杯に轟く。それだけではなかった。同時に青白い光がトンネルを染め上げる。目を開けられぬ程に眩しく、壁面モニターに光の焼き付きが発生した。

さらに装甲車と内部の人間を爆音が震わせる。全身に圧し掛かる音圧は装甲車の中とはいえ、全身の骨を砕き、筋肉を分解するかのような力強さだ。

青白い光は高電圧を内包し、容赦なく装甲車に襲い掛かる。

装甲車は電撃武器を装備している為、耐電及び絶縁性能は高い筈だった。だが、襲い来る高電圧は、装甲が存在せぬかの様に通り抜けていく。装甲車の回路保護機能が働き、全ての回路が自動的に遮断され、装甲車内は漆黒に覆われた。

小和泉達を襲った正体は、雷電であった。


促成種自身と自然種の複合装甲は、耐電性を持っていた。

装甲車の耐電性と絶縁性能により電圧は急激に下げられ、鹿賀山達は強烈な電気を浴びるだけで済んだ。極大の電気ショックの苦痛を全身に味わったが、重傷になる程では無かった。

しかし、小和泉は違った。雷電から身を守る複合装甲を捨て去っていた。鉄狼を装甲車に固定する為に自ら排除していた。自然種である小和泉に雷電から身を守る術は無い。装甲車の耐電・絶縁性能だけが頼りだった。

天井から落ちた先の後部座席の座面が絶縁性の高いクッションであろうが、高電圧には無意味で無力であった。絶縁距離を確保する程の厚みは無く、座面にうずくまる小和泉の身体を電気が容赦なく通過していく。

全身が痙攣し、手足の接触部分より煙が上がり、装甲車内に装備品のゴムと人体の皮膚と筋肉が燃える独特な不快な臭いが車内に籠る。

ただ、通常戦闘の電撃で殺してきた月人達と違い、電流が流れたのは一瞬で済んだ。

さらに元の電圧から様々な抵抗により大幅に降圧され、電圧も下がっていた。

小和泉の身体は、力なく後部座席から床へと崩れ落ちた。あの小和泉が受け身を取る素振りすら見せなかった。

「錬太郎様。」

桔梗が助手席を飛び越え、小和泉を抱きかかえる。小和泉は桔梗の声に全く反応しなかった。力なく四肢と頭をだらりとさせた身体は、桔梗の胸の中で抱かれるままであった。

小和泉の手足は酷い火傷を負っていた。野戦手袋や野戦長靴は焼失し、皮膚を失い筋肉が焼けていた。恐らく、装備は灰になってしまったのだろう。

「錬太郎様。目を開けて下さい。×です。死んでは嫌です。私の声を聞いて下さい。」

桔梗は、小和泉のヘルメットを慎重に外し、脈拍、呼吸を確認する。弱まっているが、小和泉の肉体は、生存することを諦めていなかった。

「錬太郎様。起きて下さい。ここで死ぬのは×です。置いていかないで。私を残さないで。お願いします。私より、先に、逝かないで、下さい。」

大粒の涙を零す桔梗には、声をかける事しかできなかった。

揺さぶることも強く抱きしめることもできない。それが状態を悪化させるかもしれないからだ。

小和泉の身体の何処が損傷しているか分からない。筋組織だけなのか、神経なのか、脳まで焼き付いているのだろうか。桔梗達には手の施しようが無かった。

唯一出来ることは、何度も何度も何度も小和泉を呼び続けることだった。

だが、反応は一向に返って来ない。だが、桔梗は心を籠めて、小和泉へ呼び掛け続ける。

「錬太郎様。目を覚まして。」


一方、鈴蘭は、東條寺の心臓マッサージに汗を流していた。

鉄狼に強打された複合装甲は、拳の形に陥没し、その衝撃は東條寺の心臓にまで達していた。今回は、複合装甲が仇になってしまった。

複合装甲は、その性能を如何なく発揮し、東條寺への衝撃を吸収した。その為、派手に吹き飛ばされたにもかかわらず、骨折や打撲といった傷害も無かった。だが、鉄狼の鋭く重い拳の衝撃吸収は、心臓震盪が起きる強さの衝撃として心臓に伝わってしまった。

心臓震盪が起きるのは、力、場所、タイミングの定められた三つの条件が重ならなければ起きない。

あと少し、衝撃が強ければ、もしくは弱ければ。

あと少し、場所が上下左右のどこかにずれていれば。

あと少し、拳が当たるのが早ければ、もしくは遅ければ、心臓震盪は起きなかった。

だが、三条件に当てはまってしまった東條寺の心肺は動いていない。

AEDがあれば、すぐに蘇生が可能なのだろう。しかし、装甲車には積まれていない。戦場で心臓震盪が起こることは想定されていなかった。

だが、このままでは脳に酸素が届かず、東條寺が死ぬのは確実だった。心肺蘇生は時間との戦いだ。

鈴蘭は、胸部の複合装甲を外し、野戦服の前を大きく開き、白く滑らかな肌が輝く胸部を露出させた。

手早く診察し、肋骨の骨折および肺の損傷がないことを確認すると、脳に酸素を送る為、鈴蘭は心臓マッサージを始めた。

掌を東條寺の心臓の上に重ね、体重をかけて心臓を圧迫する。肋骨が軋むほど、胸を素早く何度も押し込むが蘇生する気配は無い。マッサージ中に肋骨が折れることは多々あることだ。とくに促成種である鈴蘭は、自然種の五倍の筋力を持つ。力の加減に神経を集中させる。うっかり力を強めてしまえば、肋骨が砕け、心臓を破裂させることは明白だった。

だが、止める訳にはいかない。全身全霊で心臓マッサージを続ける。

止めれば、そこで東條寺の死は確定するのだ。マッサージを行っている間は、血が流れ脳に酸素が流れる。

心臓が停止していようが、血液中に含まれる酸素が脳に行き渡れば、脳死を回避することが可能なのだ。

鈴蘭の額と背中に大量の汗が浮かぶ。だが、激しく早い動きに誰も汗を拭ってやることはできない。鈴蘭の鬼気迫る集中力を阻む様なことは誰にもできなかった。

動きに合わせ、周囲に汗が飛び散る。鈴蘭の真剣さ、いや心から救いたいとの思いが周囲へ伝わり、事態の深刻さを思い知らせる。

人工呼吸は、溺水や窒息時に効果はあるが、今回の状況では効果が無いことは、知られている。逆にお互いの持病を感染させる危険性があり、推奨されていなかった。

ただ、二人には持病は無く、小和泉との夜に濃厚な交わりをしているため、そのことを考慮する必要は無かったのだが、そこまで気を回す余裕は鈴蘭には無かった。

周囲の者は、鈴蘭の心臓マッサージを見守り、心肺蘇生することを祈っていた。

そこへ雷電が襲った。

強烈な電撃に鈴蘭たちの動きが止まる。全身の神経を焼く痛みが走る。

ただでさえ大量の汗が浮かぶ鈴蘭の額に更に大きな玉の汗が浮かぶ。

気を失いそうになるが、耐える。ここで気絶すれば、東條寺の命が失われるのだ。

雷電が通過すると、混濁した意識を即座に心臓マッサージの再開へ集中させる。

鈴蘭は東條寺の胸に再び掌を重ねた。

とくん。

とくん。

鈴蘭の掌に拍動を伝えてくる。

「こほん、こほん。」

東條寺が咳き込む。意識は失ったままだ。

鈴蘭は脈を計り、呼吸を確認する。平時よりは弱いが、確実に心肺が動いていた。右目から涙が一粒零れ落ちる。東條寺が助かる可能性が急上昇し、喜びの気持ちが溢れた。

鈴蘭は、小和泉と同じ様に東條寺のことが好きだ。表面には出さぬが、姉の様に慕っていた。

東條寺は死地を乗り越えた。先程の雷電が偶然にもAEDと同じ働きを及ぼしたのだろうか。

「鹿賀山少佐。東條寺少尉の心肺の活動を確認。早急な帰還を進言。」

鈴蘭は、背後で桔梗に抱かれ、煙を出す小和泉に気付いていなかった。気付いていれば、冷静な対応をとれなかっただろう。

「もちろんだ。すぐに帰還する。」

鹿賀山は、その答えしか持ち合わせていなかった。

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