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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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199/336

199.FKO実証試験 失われし物

二二〇三年四月二十九日 〇二四〇 KYT西三十六キロ地点


南倉庫の通路という通路に月人が溢れかえっていく。装甲車が突入しても突破できる様な状況ではなくなった。

このまま、月人に取り囲まれ、装甲車から引きずり出されるか、餓死するか、それとも。

かなり、危険な状況となりつつあった。しかし、鹿賀山達の心に希望は残っていた。

「鹿賀山少佐。まもなく予測範囲内に想定数の月人が集まります。」

東條寺の声が掠れた。緊張と恐怖で水分をとったにもかかわらず、喉の渇きを感じていた。

装甲車の中とはいえ、目前に月人が迫る状況に恐怖を感じない者はいない。

ただ一人を除いて。その一人は呑気にコーヒーを飲んでいた。

「わかった。始めるとしよう。」

ようやく、額に脂汗を浮かべ、心拍数が高くなっている鹿賀山は動いた。

「狙撃用意。閃光、衝撃防御。」

小隊無線にて命令を下す。

「用意良し。」

桔梗が即座に小隊無線で答える。

「五、四、三、二、一、今。」

鹿賀山の隣の装甲車の前面の銃眼より一条の光弾が目標へと飛び出した。


桔梗は、鹿賀山の秒読みに遅れることなく優しく引き金を絞った。強く引くと照準がぶれてしまうからだ。

桔梗のアサルトライフルの引き金は非常に柔らかく設定され、他の者では引き金に指を触れるだけで発砲してしまう程、敏感に調整されていた。

狙撃モードのアサルトライフルから発射されたエネルギーを大量に溜め込んだ光弾は、灼熱する目標に吸い込まれる。着弾の衝撃と追加のエネルギーにより、更に熱が急上昇し、勢いに弾かれ、棚に置かれていた倉庫の部品に強く当たった。

目標は、棚に置かれた蛇喰の暴発寸前の拳銃であった。

銃把部分は、一回り以上大きく膨らみ、蛇喰が手放した時よりも本体は赤く黄色く発光していた。そこへ高エネルギーの固まりである光弾が命中し、銃把の中のイワクラムの化学反応が急激に進行する。

臨界に達した瞬間、南倉庫を含むこの階全てが白い閃光に埋め尽くされた。

閃光防御で外部カメラの電源は切っていたが、銃眼の分厚い防水パッキンを透過し、装甲車内へ光が侵入した。車内の暗闇は一瞬で掻き消され、地下都市の昼間の明るさとなった。

遅れて轟く爆発音。続いて、全てを叩き伏せる衝撃波が装甲車を大きく揺すぶった。

光はすぐに消え、車内は戦闘灯だけが灯る暗い空間に戻る。

衝撃波とともに、装甲車の装甲を固い物質がゴツンゴツンと叩きつけられる。

柔らかい物質がベチャリベチャリとへばりつく。

硬い物は倉庫に有った部品であり、柔らかい物は月人の肉体であろうことは、想像に難くなかった。

車外は、イワクラムの暴発によるエネルギーの奔流が支配していた。


装甲車の振動も治まり、装甲への衝突音も消えた。装甲車内に電気モーターと空調の微かな音だけが残った。

「状況確認。」

小和泉が告げる。

「外部カメラ、センサー再起動。」

鈴蘭が電源を切っていたカメラ及びセンサー類を再起動させる。

桔梗がセンサーが読みとった情報をまとめ戦術モニターを更新していく。

カゴは機銃の動作チェックを兼ねつつ、ガンカメラにて索敵を開始する。

装甲車の前後左右と上方の壁面モニターに外部画像が表示された。

正面には橙色に輝く半球形状に抉れた地面とその中に黒い塊がポツリポツリと落ちていた。

他には何もその場には存在していなかった。拳銃があった場所を中心に大爆発が起きたのだった。

半径二十メートルのクレーター。爆心地周辺には月人の姿は無い。爆心地から離れた場所に居た月人は皆地面に倒れ伏していた。

五体満足の月人は見当たらなかった。

頭部を失った者。上半身しかない者。左半身を失った者。その逆を失った者。背中側へくの字に折れ曲がった者。

爆心地からさらに離れると四肢のどこかを折り、または失った者。腹から贓物を撒き散らしている者。全身の獣毛を焦がし大火傷を負った者。全身に幾つ物の大きな破片を深々と受け止めた者。

更に離れると全身打撲で呻く月人がひしめいていた。

地面に転がっている黒い塊は、恐らく月人が炭化した物であろう。

棚は爆心地を中心に放射状に倒れ、南倉庫の見通しは良くなっていた。

遠く離れていた月人は五体満足であったが、仲間に襲い掛かった惨状に茫然自失となっていた。

たった一発の銃弾と蛇喰の拳銃が、この地獄絵図を生み出したのだ。


「全車、我に続け。」

鹿賀山が小隊無線で叫ぶ。目の前に今だけ現れた生存への道ができたのだ。この絶好の逃走の機会を見逃すわけにはいかない。

鹿賀山が乗る一号車が全速力で地面に倒れ伏す月人の上を蹂躙していく。さらに機銃と銃眼から間断なく光弾を周囲に撒き散らし、無防備な月人を屠っていく。

「鈴蘭、続いて。」

「了解。」

小和泉の二号車も一号車に追随する。月人に乗り上げる度に装甲車は大きく揺れる。障害物に乗り上げても装甲車の底面が逆三角形である為、傾くか滑るかして必ず駆動輪が接地し前進を続ける。鈴蘭の運転技術をもってしても乗り心地の良い運転は不可能であった。

小和泉と桔梗は、銃眼からアサルトライフルで連射を続ける。カゴは機銃を振り回し、光弾をバラ撒く。大きく揺れる装甲車から狙いなどつけられない。だが、狙いをつけずとも月人に必ず命中する。敵が密集している為だ。

三号車、四号車もそれに続く。この死地を抜け出すのは今の機会しかない。

小和泉達は縦列となって、高速で離脱を計る。呆然としている月人には銃撃を浴びせ、少しでも数を減らしていく。敵の戦力を削ぐ絶好のチャンスを見逃す間抜けは、831小隊には存在しない。

アサルトライフルを失った蛇喰は、機銃で周囲に光弾をバラ撒く。機銃であれば無事な左手だけでも操作はできるからだ。

皆が月人という荒海を乗り越え、必死に銃を撃ち続け、スロープへと抜け出した。

鹿賀山が考えた戦術が成功した瞬間であった。


鹿賀山は、すぐに戦術モニターを確認する。危機を脱したが、死地から脱した訳ではない。

スロープの上層に月人らしき反応が多数あった。外に居た月人が帰ってきたのかもしれない。

「愛兵長、下へ向かえ。」

鹿賀山は即座に回避することに決めた。それが正解なのかは分からない。だが、下に潜ることで生き延びることが可能である気がしたのだ。

「了解。」

愛はハンドルを大きく回し、6WSと6WDの装甲車ならではの最小回転半径で急旋回する。車体後部を滑らせながら、地下へと装甲車を向け、アクセルを更に踏み込む。車体が滑った時にアクセルを戻すのは、スリップする危険がある。ゆえにアクセル踏む。強く踏み過ぎると旋回しすぎ、壁に激突する。車体が進むべき方向に安定した瞬間にハンドルを旋回方向と逆に切る。装甲車の急旋回が止まり、目標方向にスライドし始める。

そこで愛は、初めてアクセルを緩めた。ハンドルと装甲車の向きが揃った瞬間、もう一度アクセルを優しく踏み込む。暴れていた装甲車が嘘の様に静かに真っ直ぐに走り始める。

その運転技術は、完璧であった。機械の様に正確であった。無駄が全く無かった。

後続車は、多少もたつきながらも一号車に続く。理想的なコースから外れたり、障害物と接触した。

運転技術に定評がある鈴蘭ですら、一号車の理想的な走行ラインを追随できずにいた。

「悔しい。愛兵長の実力、知らなかった。私の負け。」

鈴蘭が珍しく、己の感情を外に零した。

急激な動きに身体を振り回される小和泉達は、鈴蘭の言葉に反応できなかった。

小和泉達も鈴蘭が831小隊で最高の運転技術を持っていると考えていたのであった。


この先に何があるのかは分からない。だが、地表から敵が迫っているのは確かである。今は逃げるしかできない831小隊だった。

未知の領域へと、闇の中へと、全速力で逃げ込んでいった。

「全車、徐行せよ。」

鹿賀山の命令に従い、装甲車は追突に注意しながら速度を徐行まで落とした。

次の下層に着いたのだ。戦術モニターには、後方にて月人の反応が多数表示されていたが、仲間の惨状に驚いたのか、進軍の足は完全に止まっていた。

獣風情であろうとも感情があるということだろうか。

次の下層も倉庫区画と同じ様な広大な空間だった。中央の幅広い通路の南北に区画が広がっていた。

天井には多数のクレーンが設置され、幾つかの白い直方体を空中にぶら下げていた。

直方体は、長さ約二十五メートル、幅と高さは約三メートルあった。

白色の本体の中央にドアの様な物がついていた。それ以外には、窓や目立った装飾、装備は無かった。平面が徹底され、如何なる凹みも出っ張りがない特徴的な造りであった。

区画の床には、鉄輪や電磁コイルが多数置かれており、その横には整備に使うのか、各種工具や計測機器が所狭しと並んでいた。どうやら、ここは整備工場の様であった。

もちろんこの区画には、直方体が十数個も並んでいる。直方体の断面部分にもドアがついており、直方体同士を連結できる仕様になっている様だった。

中には直方体の半分を斜めに削った滑り台の様な物も数個あった。

「ねえ、これって、何だろうね。」

小和泉はどこかで見たことがある様な気がしたのだが、どうしても思い出せなかった。

「申し訳ありません。心当たりがありません。」

「不明。記憶に無し。」

「存じ上げません。」

桔梗、鈴蘭、カゴからは知らないという返事だった。

「どこで見たのかな。これほど大きな物なら記憶に残ると思うのだけどな。」

小和泉達の呟きは小隊無線に載り、井守の耳へと入った。

「これはリニアです。リニアモーターカーです。失われた物の一つです。

凄い。凄い。凄い。実物を見られるなんて。あぁ、感激です。」

場違いな井守の歓喜の声が、問いの答えとして返ってきた。

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