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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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188/336

188.FKO実証試験 憧れの空

二二〇三年四月二十八日 一六〇三 KYT西三十六キロ地点


831小隊は、全隊停止状態にあった。装甲車は自然の段差を利用して、荒野の隆起に前方に見える物から車体を隠蔽していた。

前方八百メートルに見える物に皆が意識を集中させていた。

「荒野に剣山みたいのが、生えているね。」

のんびりと小和泉は第一印象を述べた。

「建造物の廃墟でしょうか。地上に廃墟が残っているのが確認されたのは、初めてではないでしょうか。」

桔梗が戦略ネットワークを検索しながら答える。

検索結果は、地上に廃墟が見つかった事例は無い旨が表示されていた。

地下に廃墟が見つかることはあるが、大災害の折に地表物の全てが吹き飛ばされたものだと考えられていた。

だが、現実には残っていた。地表に建造物の跡がそびえていた。大発見である。

しかし、それを素直に喜ぶ者も興奮する者も831小隊には存在しなかった。

軍人の目には、月人が駐留するのに最適な場所にしか見えなかった。

進軍を妨げ、生命の危険が渦巻く場所と想定するしかなかった。

発見した廃墟は貴重な遺跡ではなく、831小隊にとっての危険な障害物でしかなかった。


廃墟は車載カメラで確認する限り、地表に数十本の鉄骨が無造作に突き刺さり、足許を分厚いコンクリートが固めていた。コンクリートだけで高さは三メートル近くあるだろうか。

鉄骨部を含めると十メートルを超えるだろう。

灯火管制中のため、廃墟を探照灯で照らすこともできず、薄暗い地表では輪郭しか確認できなかった。それは、カメラを暗視望遠にしても同じだった。

「横幅約百メートル。奥行は視認できず。一階部分、健在。二階は床を残すのみ。それより上の階は存在しません。相当大きな建造物だった模様です。」

「周囲、類似物及び大型の瓦礫を認めず。また、廃墟を中心に放射状の亀裂を確認。亀裂の幅と深さは、複合装甲装備の歩兵が歩める程度と推定。一列縦隊にて進軍できます。」

「温度センサーに反応無し。地表部では確認できませぬ。地下は計測不能。引き続き、警戒を続けます。」

桔梗、鈴蘭、カゴと続けて現状報告を上げてきた。


小和泉は、桔梗が入れてくれたコーヒーのマグカップを両手で包み込み、中のコーヒーを回しながら、現状と為すべきことを考え込んだ。

―さてと、どうすべきかな。嫌な予感しかしないんだよね。一人じゃ駄目だな。皆に聞くか。―

結果、一人で考えるよりも声に出し、皆と相談する方が良い結果を生み出す様に思えた。

「あれだけ大きな建物だよね。それも一階部分は残っているに等しい。という事は基礎工事が余程しっかりしたものだったのだろうね。そう考えると高層建築物だったのかな。」

「地下階層、存在の可能性高し。」

まず、鈴蘭が反応した。

「そうだよね。高層建築には地下が付き物だよね。」

「一階の形がしっかり残っていますから、地下部分は原型をかなり保っているのではないでしょうか。あと、低層建築物の可能性も否定できません。高層建築ですと爆風を大きく壁面に受け、基礎部分から倒壊する可能性があるのではないでしょうか。」

そして桔梗が続いた。

「なるほどね。桔梗の考えの方が正しいかもしれないね。となると、耐震強度が強い低層建築物の方が可能性あるのかな。工兵さんが来ていたら分かったかもね。」

「重要な施設であったと考えるのが妥当と思われます。」

「昔の地図と重ねられるとハッキリするのだけどね。地図に載っているのかな。」

「試してみますか。」

「止めとこう。鹿賀山が既にやっていると思うよ。総司令部にも第一報は入れているでしょう。そっちのことは任せておこうよ。面倒だもん。

ただ、今の地形と昔の地形は全く違うから誤差が大きくて参考にしかならないよ。それに地磁気も昔と同じ北を指しているとは限らないしね。僕はズレている様に感じるんだよね。

一年を通しての温度変化も無いしね。」

「地軸のズレ有る。日の出、日没、時間、方位、過去の記録と誤差有る。」

「鈴蘭もそう感じているのか。なら、僕の勘も間違っていないみたいだね。」

「昔は四季とよばれるものが日本にあったそうです。暑くなったり、寒くなったりするなんて想像できません。」

「今は年中、十八度前後だもんね。砂塵や放射能汚染が無ければ、外の散歩とか快適だろうね。ただ、古典映画で見た青空とか星空は見られないんだよね。」

「私、青空に憧れます。空が青いなんて信じられません。そう言えば、真っ黄色に染まるひまわり畑の中を黒い蒸気機関車が青空のもと走り抜けるシーンが綺麗でした。」

「その映画、僕も見てみたいな。次の休みに部屋で見ようか。」

「はい、錬太郎様。約束ですよ。」

「私も見たい映画ある。」

「どういったものだい、鈴蘭。」

「真っ赤な空。地平線に隠れる太陽。綺麗。憧れる。」

「確か、夕焼けという現象でしたね。現在は見ることが出来ない自然現象です。実物はモニターで見るよりも、さぞ美しいのでしょう。」

「無理は承知。だから記録映像でも良い。隊長と一緒に見たい。」

「うん、わかった。一緒に見ようね。約束するよ。現実は年中、曇天だからね。昼夜の区別もはっきりしない寂しい景色だよね。カゴには、憧れの空はあるのかい。」

沈黙を保つカゴへ小和泉は話題をふってみた。

「いえ、ございませぬ。私の知識は、戦闘技術に偏重しております。お気遣いは不要でございます。」

「それは、勿体ないよ。折角、生きているんだから、人生を目一杯楽しもうよ。」

「この身は、研鑚のみが宗家のお役に立つ方法でございます。」

「それはありがたいけど、色々な経験や知識は、窮地に追い込まれた時に役立つかもしれないよ。」

「かしこまりました。宗家のお望みとあらば、他の分野も勉強して参ります。」

「硬いなあ。もっと気楽にいこうよ。」

と言った後、小和泉の気配から幾分か砕けた雰囲気が消えた。少し脱線し過ぎた為、襟を正す。

「さてと、そろそろ仕事の話をしようか。今回は廃墟の探索になるのかな。面倒そうだね。せめて、探索に駆り出されるにしても、前衛は違う分隊に頼んでくれないかなぁ。後衛がいいな。」

「それは無理がありましょう。宗家の御力が最も発揮される場面でございます。」

「だから面倒なんだよね。断る理由ないのかなぁ。」

「ありません。」

「ない。」

「ございませぬ。」

「だろうね。はぁ。ダメもとで他の隊を推薦だけはしてみようか。」

小和泉がうなだれているところに小隊無線が入った。


「告げる。8311を基点に円陣を組み、ここで野営をする。基地には帰還しない。各隊集合せよ。なお、分隊長は8311装甲車へ出頭せよ。作戦会議を行う。」

鹿賀山の命令が小隊無線に入った。

「8312了解。これより向かうよ。」

「8313了解。集合します。」

「8314了解。向かいましょう。」

小和泉、井守、蛇喰の分隊長が順に答えると同時に、戦術マップでは8311分隊へ三台の装甲車が向きを変えるのが確認できた。

既に荒野に停車している8311の装甲車を十二時方向と見なし、その三時方向に小和泉は装甲車を外向きに止めた。続いて8313が六時方向に、8314が九時方向に装甲車を止めた。空から見ると十字の形に見えた。全周警戒をする野営時の基本の隊列だった。

「月人の接近に警戒をよろしくね。僕は鹿賀山の所に行ってくるよ。」

小和泉は複合装甲の気密を確認しながら言った。ほんの少しの距離だが、空気中の放射能物質を一粒でも吸い込みたくは無い。放射線ばかりは、自然種である限り克服することはできない。

「はい、錬太郎様。留守はお任せ下さいませ。」

桔梗は柔らかい物腰で送り出した。

菜花が戦死してから、桔梗は小和泉の事を隊長とは呼ばなくなった。常に錬太郎様と呼ぶ様になっていた。その傾向は昔からあった。桔梗自身が気付けば、言い直ししていた。

最近は、修正をしようとしない。あえて名前で呼ぶ様になった。

一度だけ小和泉は注意をしたが、桔梗は直さなかった。寂しげにゆっくりと左右に首を振っただけだった。

上官の命令に従わないのも、上官を公の場において名前で呼ぶのも軍規違反だ。

そうなのだが、何故か小和泉は、それ以上注意する気にも改めさせる気にもならなかった。

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