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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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184/336

184.FKO実証試験 第八大隊の立ち位置

二二〇三年四月二十五日 一二〇一 KYT西二十八キロ地点


戦闘予報。

ケーブル敷設任務時々実証試験です。ところによっては遭遇戦になるでしょう。

不意打ち及び事故に注意して下さい。

死傷確率は5%です。


小和泉が所属する831小隊は、歩兵部隊の通常任務である通信ケーブルの敷設業務を行っていた。

装甲車の後部にケーブル敷設機を連結させ、通信ケーブルを敷いていた。同時に敵の動静を探る哨戒任務も兼ねている。

月人の大攻勢以来、月人の攻勢は無かった。散発的な遭遇戦はあったが、大規模戦闘に至ることは無かった。

月人も人的資源を使い果たし、雌伏しているのではないかというのが兵士達の一般的な見解だった。

戦闘予報の死傷確率も平常値を報じていた。しばらく、大攻勢は無いのだろう。

日常が戻りつつあるのかもしれない。


しかし、総司令部がどの様な判断をしているかは公表されていない。何かを掴んでいて沈黙をしているのかもしれないし、何も掴めず情報が無いのかもしれない。それを知るには将官級でなければ知り得ない情報であった。

残念ながら、菱村率いる第八大隊は日本軍の中では浮いている存在だった。独特の行動原理や命令違反ギリギリの命令曲解。独自判断による戦闘介入と離脱。そして、狂犬こと小和泉の軍規違反の放置。

他の大隊では有り得ない規律の緩さだった。

一度、綱紀粛正ができればと送り込んだ上官は、作戦行動中に菱村と小和泉によって謀殺されてしまった。

その上官は人格的問題を抱える人物、つまり無能だった為、総司令部が菱村に排除させる様に仕向けたという事実もあった。

総司令部としては、綱紀粛正でも、問題人物の処分でもどちらかが叶えば良かったのだった。

当時実行されていた帰月作戦において、後者の問題人物の処分と言う形で決着はついた。


死傷率の低さや作戦の成功率は、日本軍でもっとも優れた部隊であることを数字的に示し、それは誰もが認めるところであった。

半個大隊にもかかわらず一個大隊に相当する働きを見せ続けてきた。定員の半数であっても問題無く作戦を完遂できることは稀有な事であった。しかし、これは異常なことであった。ゆえに菱村は再三にわたって総司令部へ増員要請を行い続けていた。

だが、定員割れの状態でも第八大隊は与えられた命令を完遂する。ならば、人数は不足しているかもしれないが、能力的に一個大隊に相当すると総司令部は判定した。

それが日本軍全体の慢性的な人員不足に悩む総司令部が、第八大隊への増員を行わない理由であった。


先の防衛戦では、第八大隊が殿を務めなければ、地下都市KYTが陥落していたという報告が上がっていた。

総司令部は実力を発揮できるのであればと、菱村の方針に口を出さず、放任することにしていた。

様々な事情が合わさり、第八大隊は、日本軍総司令 七本松徳正元帥の直轄部隊であるという認識が、総司令部の中に共通認識として醸成された。

事実、装備と補給に関しては優遇されていた。最新の武装が実証実験ではあるが、最優先で支給されてきた。食料、医薬品も稟議書通りに決裁された。人員の補充を除けば、優遇されていたのだ。

ちなみに他の部隊は、味が落ちる二級品や使用感の悪い代替品を用意されるなどの処置を受けていたが、物資不足の状況では、それが当たり前であると他の部隊は、疑問を持たなかった。また、第八大隊の面々もその様な優遇処置を受けている事に気付いてなかった。単に少人数の為、融通が付きやすいのであろうと考えていた。


優遇される分、第八大隊には幾つかの義務が生じていた。

本人達が与り知らぬところで、最も危険で死地に近い戦場へ送り込まれることが決まっていたのだ。

それでも古参兵達の生還率は非常に高かった。死傷するのは、新米兵士が多数を占めていた。

新兵器が実用段階へ進んだ場合、人柱として実験部隊にさせられた。

新兵器の配備可能数は少ないため、自然と鹿賀山率いる831小隊へと割り当てられ、鹿賀山達は新兵器に関する実験を通常軍務と同時に行わなければならなかった。さらに新兵器判定報告書を軍務報告書とは別に書かされていた。

もっとも小和泉は面倒な実験は、桔梗達に丸投げをしていたのだが。

新兵器の実験により831小隊が行なう通常業務の内、肩代わりできるものは第一中隊と第二中隊が代行していた。


第八大隊が七本松元帥のお気に入り、いや便利使いの部隊であるのは間違いないであろう。

ゆえに第八大隊と懇意にしようとする将官はいなかった。

第八大隊に近づき、七本松元帥の不興を買うことを恐れたのだ。

元帥は公明正大な人物であり、懇意にしたくらいで怒りや妬みを覚える様な人物ではない。

その様な人物であれば、日本軍の最高司令官の立場に居ることができるはずは無い。

それは皆分かっているのだが、爆弾をその身の内に抱え込む必要が無いことも知っていた。

その為、菱村は大多数の将官達との接点を持つことが無く、総司令部の思惑や第八大隊の周囲の情勢や今後の動静を知る術を持てなかった。

総司令部から発せられる命令書と戦略・戦術ネットワークに上がる情報が知り得る全てであった。

ネットワークに上がる情報は、階級により開示される情報に違いが有った。

上の階級である程、情報は広く深く開示され、下の階級では大きな制限がかかり、一部しか見ることができない。

総司令部以外の将兵達には、その様に第八大隊が特別扱いされているという認識は無かった。日本軍の中の半個大隊にすぎず、本人達も日本軍の駒の一つであるとしか考えていなかった。

しかし、第八大隊は特殊作戦群と実証試験隊の色合いを深めていた。


地下都市KYTの塹壕陣地や屋上の野砲陣地も仮復旧し、人類は外部へようやく目を向ける余裕ができた。

ゆえに通信ケーブルの復旧に取り掛かることができた。

ケーブルは敵の大攻勢により、踏み千切られ、完全に機能を消失していた。敵の接近は目視でしか確認できず、無線通信も空気中の微細な浮遊物に阻まれ一キロ程度しか通じない。

絶対に早期警戒網を復旧させねばならなかった。

地下都市から半径二十キロ圏内は、数ヶ月前までは人類の支配圏であったが、今はどちらの物でもない緩衝地帯となっている。

通信ケーブルを復旧し、無線と探知機能の回復を必要としていた。

通信を確実に確保する為に、冗長性が必要だった。つまり、ケーブルの一本が切れただけでその先が通信不能になるのでは使い物にならない。ケーブルの一本や二本切れても通信が確保できる様にバイパスを組む様に敷設している為、装甲車の進みは遅かった。

これは数年前の日常と同じであった。つまり、人類は、月人の大攻勢により数年前の状況へと後退させられたのだった。


今回の大攻勢では、月人は西から攻めてきた。その為、KYTの西を重点的に復旧と調査をすることになった。

敵は、月の欠片の落下が原因とされる地殻大変動により大きく割れた大地の地下に潜伏しているのか、それとも遠い西方に拠点を築いているのか、人類は真実を知りたかった。

そうでなければ、日々の営みを恐怖心と共に紡がなければならないからだ。それでは、心は休まらない。

人類は早く安心感が欲しかった。正確には平和が欲しかった。日々、いつ襲撃してくるか分からぬ月人の影に怯え、完全武装しなければ、地上に出ることができない。

いくら地上が、放射能物質や放射線、毒ガス、粉塵等に汚染されているとはいえ、開発や環境改善実験すらままならぬ現状に研究者や技術者達はもどかしかった。

一般人も狭く閉塞した地下都市よりも、気密服が必須であっても環境汚染された地上へと帰還したかった。それが厚い雲に覆われ、太陽が無い夜の世界であっても、広々とした大地と地平線を見たかった。アスファルトや複合セラミックスの床と壁と天井ではなく、環境破壊され生身では生存不能な過酷な環境でも、本当の自然に包まれたかったのだ。

それが緑と空が無い荒涼とした世界でも。


軍に入れば、その望みは簡単に叶う。兵学校の訓練期間中に、屋外演習は組まれている。

兵学校に入れば、外に出ることは可能だった。

事実、数年前までは志願兵が大勢いた。一度志願すれば、定年まで辞めることはできない。それでも地上に憧れを持つ者は多かった。

だが、月人との戦争が本格化し、戦闘予報が大きく悪化した事により、志願兵は激減した。

現在は、職業選択の自由が無い促成種が兵士の大半を占め、軍の体裁を整えていた。士官は、長年の経験を必要とする為、短命である促成種では無く、長命である自然種が望ましいとされている。

しかし、それは維持できなくなりつつあった。実際に促成種である桔梗は、士官である准尉へと昇進していた。他の部隊でも同じ傾向が見られた。

柔軟な変化が出来なければ、人類は生き残れない。今、人類は様々な選択を迫られていた。

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