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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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183/336

183.空虚な夜

二二〇三年四月十九日 一九一八 KYT深層 日本軍開発部


研究員の二人は会釈をするが、声を一切発しなかった。

室長の指示にも頷くか首を横に振るかにより、意思表示をしていた。それでも実験の準備が着々と進むのは、この様な状況に慣れているのであろう。

この部屋に四人の人間がいるにもかかわらず、小和泉と室長の二人だけの声が響く異様な空間だった。

―三人共、僕の好みじゃ無いな。食指が動かないよ。お気に入りの子でも居れば、お持ち帰りしたのに残念、残念。ここしばらくは、新規開拓ができていないなぁ。―

この異様な空間にもかかわらず、ストライクゾーンの広い小和泉は、邪まなことを考えていた。演習とは言え、戦闘の後は滾るのだ。内に籠った熱いものを気持ち良く叩きつけたかった。

―今夜は、誰と共に過ごそうかな。まとめても良いけど、やっぱり一人だよね。勢いじゃなく、じっくりと攻めたいな。奏の気分だけど、我慢できなくて孕ませる可能性が高いなあ。となると、鹿賀山、桔梗、鈴蘭の三人か。誰を選ぼうかな。鹿賀山はウネメと過ごすだろうし、桔梗は毎日一緒だから、ここは鈴蘭を可愛がろう。小さな身体に幼い顔。それに似合わぬ大きめの胸。背徳感が堪らないよね。よし、これが終わったら鈴蘭に声をかけてみよう。では、さっさと終わらせようか。―

と本能に従った思考をしている間に、室長の意味の無い挨拶は終わろうとしていた。

「うんうん。長話、すまないね。それと会話していいのは、僕だけと指示されていてね。不作法で悪いね。」

「問題ありません。自分は何をすれば良いのでしょうか。」

「今日の演習の再現をお願いするね。大尉の動きは素晴らしかったよ。量産型の複合装甲で美しい動きをしていたね。一見、無駄に見える動作も次の動作を短縮するための先読みだったね。あれは、僕の発想を超えていたね。まさか、あの様な無駄が動作の最適化を生むなんてね。うんうん。

でね、大尉の複合装甲の動きをカメラやセンサーを使用して多角的分析をしたいんだよ。分析し最適化したものを複合装甲の制御機能に組み直してやれば、どうなると思うね。」

「そうですね。専門外なので勘なのですが、反応速度と精密度の向上ですか。つまり、複合装甲の性能の底上げに繋がるかと。」

「うんうん。大尉は優秀だねえ。そういうことだね。じゃあ、始めようかね。すぐに動けるのかい。」

「はい、可能です。どの様な動きをすれば良いですか。」

「ヘルメットのバイザーに再現して欲しい動きの動画を表示させるから、後ろのブロックの中に塹壕と似た空間を用意しているので、そこで実際に動いてくれるかな。同じことをするんだから、大尉には簡単だよね。うんうん。」

「了解。指示に従います。」

小和泉は、室長と一般的士官の様に話していた。狂犬と呼ばれていても、時と場所を考え、口調や言動を選ぶ位の理性は持っている。そうでなければ、素行不良と認定され、遊びたい時に監視がついていては堪らない。自分の趣味を全開に出来る様に普段は大人しくしていた。


小和泉は、室長が示したブロックへと近づき跳躍した。複合装甲であれば二メートル程度の高さを飛ぶのに不都合はない。取り付けられた梯子は使用しなかった。

ブロックの上に立つと中は、半円筒にくり抜かれていた。真っ直ぐの物と直角に折れ曲っている物の二種類ある様だった。それらを多数組み合わせて塹壕モドキを再現していた。

―まるで子供の積木だね。大きさは尋常じゃないけど。―

ブロックの上には、数十台のカメラと何かのセンサーが三脚に乗せられ並べられていた。

これらが、小和泉の動きを記録し解析するデータを収集していくのであろう。

―錺流の技を無意識に出さぬ様に注意しないと駄目だね。金芳流で抑えないとね。―

小和泉は、慎重に塹壕モドキに降り立った。複合装甲を装備している為、今の小和泉は二百キロ近い体重がある。底が抜けないか、ブロックに飛び上っておきながら、今更気になったのだ。

ブロックの材質と強度を確認する。見た目や触感は、セラミックスにも似ているがコンクリートかもしれない。強く押したり、叩いたりして見るが、凹むことや割れることは無さそうだった。

―これならば、僕が戦闘機動を実行しても問題ないかな。―

そして、少し離れたところに複合装甲を着込んだ木偶人形が立たされていた。複合装甲の表面には、見慣れぬ白い湿布の様な物が多数貼られていた。人間の急所部分に貼られている為、何らかのセンサーであろう。

―あれが仮想敵か。この塹壕モドキの中で先程の演習で繰り出した攻撃を再現すればいい訳だね。―

と思っていると頭上より声が掛けられた。気配から室長だと分かる。梯子を登ってきたのであろう。

「ほらほら、長剣だよ。これがないと再現できないよね。」

ブロックの上にしゃがみ込んだ室長が小和泉へ長剣を差し出す。剣先が小和泉に向いているのは、非常識だが黙って受け取った。ここで常識を伝えたところで意味は無いだろう。今だけの付き合いの筈だ。それに常識をわきまえている様な人間でもなさそうである。

受け取った剣を軽く投げて半回転させ、柄を握る。刃を見れば、刃引きされており、切断能力は無く、剣の形をした棍棒だった。

―これなら、十手の方が耐久性があって使いやすそうだな。まぁ、折れても予備くらいあるよね。―

「うんうん。じゃあ、試験を開始するね。」

小和泉のバイザーに映像が流された。壁を蹴って、すれ違いざまに敵の脇腹を切り裂いた映像だった。もう始めても良いのだろう。

流された映像と全く同じ動きを小和泉は瞬時に行う。

ただの横薙ぎだった。あまりにも簡単な所作。求められている技術水準とは程遠いものだった。

ウォーミングアップだろうか。それとも実験機材の動作確認だろうか。いや、その両方だろう。

仮想敵は床にしっかりと固定されている様で、様子見の軽い一撃で揺らぐことは無かった。

「うんうん。動画で見るのと現物を見るのでは全く違うね。凄い迫力だよ。素人が言うのも何だが、殺気とかを感じるね。動画には映らない貴重な資料だよ。来てもらった甲斐があったものだよ。」

室長は、研究員の方へ視線を向け、頷いた。小和泉の位置からは、ブロックが視界を遮り、研究員の姿は見えない。

―殺気も何も気配を放出する真似は絶対しないのだけど、何を勘違いしているのかな。敵に気取られたら駄目なのだけど。しょせん、素人さんかぁ。はぁ、さらにやる気が下がるなぁ。―

と、心の中に小和泉は押し留める。言葉にのせてしまえば、周囲のセンサーが拾うのは間違いない。つまらないことで、この実験を長引かせたくなかった。

「機材も問題無いようだよ。うんうん。もっと本気を出してくれても大丈夫だね。壊れる心配は無いからね。では、次だよ。」

どうやら、研究員達は機材の正常動作を確認した様だ。

続いて違う映像が流れる。それをこの場で再現する。今回は、本気に近い斬撃を繰り出した。

研究員達は、動画から威力を予測していた。先の攻撃がその予測威力の十分の一にも達していなかった。ようやく、予測威力と同等の斬撃が観測された。それでも仮想敵が壊れる様子も無く、小和泉の斬撃を正面から受け止めた。まだまだ、攻撃耐性に余裕はある様だ。

だが、鉄狼を相手にする時の実力を発揮すると恐らくもたないだろう。

小和泉は、通常の月人用の威力に留めておくことにした。


小和泉は何度も何度も攻撃を繰り返した。少しずつ求められる技量と技術の難易度が上がっていく。

時折、長剣が二つに折れたり、砕け散ったりするが、すぐに新しい長剣が支給される。

新しい長剣が渡される度に、小和泉のやる気は下がっていく。

―はぁ、楽しくないなぁ。命令でなければ、さっさと帰るのにね。いつまで続けるのだろう。早く終わらないかな。帰りたいよぉ。―

小和泉の願いは叶わなかった。

実験の内容が難しくなるにつれ、室長の興奮度が上がっていく。それに伴い、助手たちの端末を操作する動作も激しくなっていく。研究員達の目は血走っていく一方だった。


結局、小和泉にとっての空虚な実験は四時間以上続いた。日付も変わろうとしている。

室長達、研究員は実験を終える気がなさそうだ。目が血走り、実験機材に表示される数字に一喜一憂をしていた。さすがに四時間以上沈黙している事は、不可能だった。実験が始まり、興奮度が上がるにつれ、普通に話す様になり、室長と研究員の間で激しい意見交換が行われていた。

小和泉一人、その空気から取り残されていた。

虚無感が積もっていく。戦い昂ぶっていたものは、この空虚な運動で発散、いや霧散し我欲は無くなっていた。

―折角、鈴蘭と親睦を深めようと思っていたのに、こんな時間じゃ声をかけられないよ。もっとも、声をかけたら僕の求めに応じてくれるだろうけど、寝ているのを起こすのは可哀想だよね。

でも、桔梗は起きて待っているだろうね。それも夕食を用意してね。悪いことをしたなぁ。一声かけておけば良かったよ。先に休んでいてねと。こんなに時間がかかるなんて思いもよらなかったよ。―

小和泉は、ただただ早く士官寮に帰りたかった。嵩張る複合装甲と汗臭い野戦服を脱ぎ捨て、身軽になりたかった。

熱いシャワーを浴び、汗と返り血を流したかった。

桔梗の料理が食べたかった。

だが、研究員達は未だ小和泉を開放する気配を見せなかった。

それもそのはずだった。日本軍総司令部より許可された期限は本日限りであった。

次はいつ情報収集が可能になるか分からない。ゆえに研究員達は、精根果てるまで実験を継続するつもりだった。日付が変わろうが、第三者に止められるまで実験は続けられる。

小和泉は、空虚な夜が始まったばかりなのを知らなかった。

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