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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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181/336

181.小和泉、追放

二二〇三年四月十九日 一八一五 KYT 表層 戦闘装備車庫


小和泉は、演習の汚れと汗を落とすべく控室に戻ろうとしたが、思わぬ邪魔が入った。

日本軍総司令部より出頭命令が出たのであった。相変わらず、日本軍の命令書は素っ気ない。

簡潔明瞭と言い換えれば聞こえは良いが、具体的に何をするのかは書かれない。

現場の状況に応じて、臨機応変にできる裁量権を残していると考えれば、現状のままの方が小和泉には都合が良かった。いくらでも命令を曲解する余地が生まれるからだ。

今回の命令書も簡潔明瞭であったが、残念ながら曲解の余地は無かった。


――――――――――

二二〇三年四月十九日 一八〇〇


発 日本軍総司令部

宛 第八大隊第三中隊第一小隊第二分隊隊長 小和泉錬太郎大尉


題 命令書


小和泉大尉は、開発部へ一九〇〇に出頭せよ。

なお、装備の解除、洗浄は許可しない。演習終了直後の状況を保持せよ。

詳細は、開発部にて説明を受けよ。

以上。

――――――――――


この短文には具体的指示が織り込まれた命令書だった。

指定時間が来たら、血と泥に塗れた複合装甲を装備したまま汗も流さずに、異臭を漂わせたまま、地下都市の深層部にある開発部へ来い。そこで実験体になってこいというものだった。

命令されてしまっては仕方がない。小和泉は、嵩張る複合装甲を脱いでシャワーを浴びたかったが、このまま待機するしかなかった。

そして、小和泉は出頭時間が来るまで血生臭い複合装甲を着たまま、誰一人居ない寂しく、広く薄暗い戦闘装備車庫にて待機をするはめになっていた。

小和泉は数分前までの事を思い出していた。


小和泉は命令に従い、大隊控室にて時間が来るまで待機することにしていた。今日の軍務報告書を書かなくてはならないからだ。これも分隊長の仕事の一つであり、給料に含まれている。この待ち時間にいつも通り適当にでっち上げ、さっさと帰宅出来る様に済ませておこうと考えていた。

小和泉が複合装甲を解かず洗浄もせずに居たために、控室に血の臭いと脂を混ぜ合わせた悪臭を漂わせていた。控室の空調では排気が追い付いていなかったのである。えてして自分が発する臭いについては、本人は気づかないものである。

戦闘装備を解き、シャワーを浴び、すっきりとした表情を浮かべて帰ってきた831小隊の面々は、控室の扉を開けた瞬間に表情が即座に変わった。汗を流してサッパリとし、緊張が解けたにこやかな顔は、鼻をつまみ、眉をひそめ、口を手で塞ぎ、不機嫌な表情へと即座に変わった。態度には人それぞれの個性が現れたが、その目的は共通だった。

戦場で嗅ぎ慣れた臭いとはいえ、不快な臭いには違いなかった。控室でも嗅ぎたい臭いではなかった。即座に臭いの発生源への集中砲火が始まった。

ちなみに、一番声が大きかったのは、東條寺だった。

「錬太郎、ごめん。臭う。耐えられない。出てって。今すぐ。お願い。」

「小和泉大尉。命令であることは理解していますが、皆の迷惑です。即刻退去すべきですね。常識でしょう。」

「隊長。臭い。我慢、無理。」

「×です。錬太郎様。外に行かれた方が良いと思われます。」

東條寺、蛇喰、鈴蘭、桔梗の順に同じ様な事を言われる。

気の小さい井守は、どちらの味方に付くべきかキョロキョロし、判断しかねている様だが、明らかに鼻をつまんでいることから迷惑に感じているのであろう。

少し離れた小隊長席から鹿賀山が手を合わせて拝んでいる。

―鹿賀山も同意見か。どうやら、皆の意見を聞いてほしい様だね。味方は無し。孤立無援。はぁ、仕方ないね。さて、どこに行ったものかな。―

と渋々控室を出た小和泉であった。

出ていく時、背後で消臭スプレーを部屋中に撒かれるのが、ご丁寧にも網膜モニターへ複合装甲の背部カメラによる映像が映し出された。

―バイザーを開けているのに、わざわざ網膜モニターに表示させるなんて、さすがの僕も凹むよ。複合装甲にまで文句を言われている気分だよ。―

複合装甲が背後の特殊な動きを感知し、自動的に表示させたのだった。


小和泉は、831小隊総意によるクレームにより控室を追放されてしまった。前代未聞だ。

廊下ですれ違う人間から迷惑そうな視線を浴びたが、小和泉は気にしない。人気の無い場所へ移動するには仕方がないことなのだ。

そして思いついたのが、表層の戦闘装備車庫だった。小和泉の想像通り、そこには人気が無かった。

広い車庫には整然と装甲車が並び、小和泉ただ一人が寂しく佇んでいた。装甲車は整備が完了している為、整備員の姿は無かった。悪臭を漂わせる小和泉にはもってこいの場所であった。

ここならば、悪臭による迷惑を他人にかけることは無かった。普段から揮発性の高い薬品や塗料、オイルを使う為、整備用の強力な換気扇が複数あり、広大な車庫を悪臭で満たすことも無い。

車庫は、節電の為、歩行用の補助照明がぼんやりと装甲車の姿を浮かび上がらせていた。

ぼんやりとしか装甲車の姿が見えなくとも百台以上の装甲車や兵員輸送用トラックが整然と並ぶ姿は圧巻だった。

ここでは日本軍が使用する軍用車両を整備するための車庫である。日常点検から軽度の修理は、この車庫にて行われている。修理に時間を要する中破や大破の車両は、修理工場へ運ばれる為、ここには存在しない。即時に出動できる車両のみがこの車庫で待機していた。

先の戦闘では、大半の装甲車が通常の通信ケーブル敷設業務に出払っていた為、戦闘には参加していなかった。今、ここに集合しているのは、地下都市の防衛施設の大半が失われた為、呼び戻されたものだ。

月人の進攻を遅らせる塹壕や地雷原は、木っ端微塵に吹き飛ばした。屋上に設置されている野砲も現在は修理中で稼働率は三割までしか回復していない。

その為、通常任務である通信ケーブル敷設作業は中断し、代替の防衛戦力として装甲車が待機していた。

装甲車の攻撃力や防御力は、月人に対し有効な戦力である。先の戦闘に参加していれば、地下都市内部に進攻されることも無かったかもしれない。もっと被害を抑えることができたかもしれない。

今となっては、過去を振り返っても仕方がない。過去は変えることはできない。それを教訓にするしかない。

―装甲車があれば、敵は地下都市に進攻できなかったかもしれない。進攻できなければ、生き残りが潜伏することは無かったかもしれない。潜伏者が居なければ掃討戦は発生しなかったかもしれない。掃討戦が無ければ、菜花は死ななかったかもしれない。

かもしれない、かもしれない、か。

駄目だね。まだ、割り切れないよ。菜花。どうして、こんなに早く逝ってしまったんだい。僕は何度でも君に会いたいよ。―

小和泉は誰も居ない車庫で菜花との思い出に暫し浸った。


車庫が薄暗くとも複合装甲を装備している小和泉には問題無かった。暗視装置が働いている為、視界は通常の照明が点っている状態と変わらなかった。そもそも、夜目が効く様に鍛錬を積み重ねており、少しでも光源があれば、小和泉が視界で不自由することは無い。

人が居ない為、暇つぶしに錺流の鍛錬を行っても良かったのだが、監視カメラに記録される可能性を考慮し、大人しくしていた。

道場で教えている金芳流空手道の技はいくらでも見られても良いが、錺流武術の存在は知られたくない。秘伝であるというのも理由であるが、誰にも知られていない力は持っておきたい。

もしもではあるが、日本軍が敵になる可能性もある。全てをさらけ出す必要はないと考えていた。

一旦、複合装甲を中腰の姿勢にして壁に背中を預けると、そのまま下半身の関節部を機械的に固定させ、椅子の代用品にさせた。

小和泉は戦術ネットワークから今日の演習データを呼び出した。もちろん、最後の演習の回だ。

一覧の中から、最終演習の動画集を選択した。他の分隊がどの様な動きをしていたのか気になったのだ。

バイザーに四つの動画を並べ、時間進行を同期させて再生をする。四つの動画は、第一、第二、第三、第四分隊の動画だった。

つまり、小和泉が先陣を突っ走っている間に何が後方で行われていたかの確認だった。

中衛の第二分隊の井守は、小和泉に追いつこうと必死だった。

司令の第一分隊の鹿賀山は、その井守を抑え、小和泉に追いつくことは最初から考えず、三個分隊で突破を試みていた。

後衛の第四分隊の蛇喰は、小和泉への独断専行に悪態をつきながら、背後からの急襲に備えていた。

結果としては、小和泉の第二分隊が蹂躙した為、三個分隊に活躍の場は無かったのだが。

831小隊としての情報共有はこれで成り、小和泉の目的と時間潰しは達せられた。

―この映像を見ておけば、軍務報告書も書きやすいかな。―

と思っていると、バイザーに表示された時刻は、開発部へ出向くのに良い時間となっていた。

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