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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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180/336

180.〇三〇四一四演習 狂犬ここにあり

二二〇三年四月十九日 一七三二 KYT 西部塹壕 第八大隊司令部


小和泉は快調に塹壕陣地を縦断していく。塹壕に設置されている障害物が障害になり得なかった。

血みどろの姿の小和泉と対照的に桔梗、鈴蘭、カゴは返り血一つ浴びていなかった。小和泉が出会うと同時に瞬殺する為にほぼ出番が無かったのだ。

そして、8312分隊は作戦通り塹壕陣地を縦断し、完全に仮想敵である第八大隊を抜いた。

小和泉は休むことなく、次の獲物へと襲い掛かる。また、同じ光景が繰り広げられる。

何度も何度も攻撃を繰り返す小和泉と全力で対抗する新兵達の地獄の演習が続いた。

そして、831小隊と大隊司令部以外に立っている者は西部塹壕から消え去った。

敵の殲滅を終えた小和泉は、大隊司令部へと戻った。演習を完了したのだ。

―よし、これで明日からつまらない演習をしなくて済むね。最初から全力で潰しておけば良かったよ。―

小和泉は明日から通常業務に戻れることにニコニコとしていた。

その横で汚泥や返り血にまみれていない鹿賀山は、小和泉の暴走を煽ったことを悔やんでいた。

―少し、やりすぎただろうか。しかし、今後の事を考えれば、小和泉は間違っていない。

本当の月人の襲来であれば、この結果と同じになったはずだ。演習の目的としては、831小隊は命令を達成した事になる。損害に対して責められる謂れは無いはずだ。

しかし、大隊司令部はどの様に判断するのだろうか。菱村中佐の言葉一つで評価が決まるな。―

表情はすましていたが、腋に温く粘りつく様な汗が滲んだ。

参謀連の目は、冷たく厳しい視線を小和泉へ送っていた。

―ここまでしなくとも。―

―狂犬ここにありか。―

―やりすぎだ。―

―狂ってやがる。―

―自己顕示欲の固まりか。―

―所詮、狂犬か。―

参謀連の目は、その様な否定的な言葉を語っていた。

だが、小和泉は一向に気にしない。理解するつもりもない。

菱村大隊長の命令を忠実に実行しただけだ。小和泉の行動に命令違反も過剰攻撃も無い。

重傷者を多数出したことは事実であったが、死者はいない。また、軍務に復帰できなくなる重傷者も出していない筈だ。菱村の命令通りに月人の恐ろしさをその身に叩きこんだだけだ。


「よう、狂犬の。元気溌剌じゃねえか。疲労はねえようだな。暴れたりんのか。」

菱村が装甲車から降り、小和泉達を迎えた。いつもの腹の底が読めない得体のしれない笑顔だった。

「充分に動きましたが、疲労については問題ないですね。もう一度、演習しますか。」

小和泉は、しれっと答える。その反応に参謀連から怒りの感情を感じた。言葉には出さないが、小和泉が作り出した損害は、参謀連の許容できる損害値を軽く超えてしまったらしい。

「うんうん。狂犬ここにありだな。俺はよくやったと言わせてもらうぞ。俺の命令通りだ。久しぶりに狂犬の力を見せてもらったな。良い働きだった。」

菱村は、小和泉の背中を遠慮なくバンバン全力で叩く。複合装甲の増力装置を切らずにだ。

その力にさすがの小和泉も片膝をつかざるを得なかった。耐えたところで複合装甲の人工筋肉に負担をかけ、部品寿命を無駄に縮めるだけで意味がない。力を受け流す方向にもっていった。

「まだ、本気ではないですよ。おやっさんが望むのならば、本気を出しましょうか。死人がでますけど。」

小和泉は体勢を立て直しながら、やる気を形だけ見せておく。

本音としては面白くない演習を終わらせたいのだが、正直に口に出すほど愚かでは無い。

「いやいや、充分充分。これ以上、力を見せなくてもいいぞ。831小隊は、俺の命令通りに月人らしく正しい行動をとってくれた。

奴らが手加減をするか。光弾を恐れて逃げるか。

んなわけねえだろ。猪突猛進。まっすぐに突っ込んで来やがる。それも俺達は最強だと自信満々にな。そうだろ、鹿賀山の。」

「はい。大隊長のおっしゃる通りです。月人であれば、突撃します。現在の重傷者は、全員戦死になると思われます。」

「狂犬も死人が出ん様に上手く加減をした様だし、最後の演習は良かったんじゃねえか。新しい塹壕の欠陥や問題点も浮き彫りになったしな。総司令部もこっちの話を聞きやがるだろう。

これで無駄にプライドの高い新兵共が、まともに使えるようになるだろう。もっとも、治療後の話だがな。

第八大隊が使い物になるまで数週間かかるかもしれねえが、実戦であっさりと壊滅する事を考えれば、十分な成果だ。」

―菱村中佐からは、命令達成の判断が下った。これで参謀連の悪印象も薄れるだろう。―

鹿賀山は、小和泉への悪印象が薄れることに一安心をした。

菱山はこの演習の意味を正しく理解し、成功であることをはっきりと言葉にしてくれたのだ。

菱村の背後に控える参謀連もその言葉により、態度を軟化させつつあった。

参謀連の冷たい視線が溶けていく。

「おやっさん、本当に新兵が使い物になるのですか。」

小和泉は、次々と兵員輸送用トラックに乗せられる負傷者を見ながら言った。

「なる。というか、これから仕上げるんだがな。あいつらは恐怖と強者を知った。その身で経験した。これはでけえ。他の隊の手ぬるい演習じゃ、奴らの命なんか数分で消えちまう。狂犬よ。手前はそれを防いでくれたんだよ。まあ、精神を病む奴が出るかもしれんがな。育成種だから直接脳に修正をかけられるだろう。」

と菱村は額を指差した。自然種の菱村には無いが、育成種であれば、そこには脳に直結する情報接続端子が埋め込まれている。

「その方法で、精神状態の修正ができるかわかりませんよ。しかし、実感が湧かないですね。弱兵を蹂躙しただけですよ。」

「それでいいんだよ。月人は強ええ。あいつ等はそれを知らねえ。頭でっかちの役立たずだった。さっきまではな。復帰すれば、役に立つ。いや役に立たせる。それが司令部の、俺達の仕事だ。」

「ちなみに演習は明日も実施しますか。」

「副長。演習は続行可能なのか。」

傍らに立つ副長が情報端末を操作する。

「新兵はもれなく重傷。正規兵も半数が戦闘不能。古参兵は上手く逃げていますね。大隊負傷率72%。判定は全滅です。古参兵のみで演習は可能ですが、意味は無いでしょう。」

「ほう、そうかい。おい、鹿賀山の。」

「はい、大隊長。」

「831小隊には休暇を一日与える。明日はゆっくり休めや。」

「はっ、ありがとうございます。」

鹿賀山は即座に敬礼をした。

「副長。他の隊は動ける者で西部塹壕の改修をやらせろ。あの塹壕は使い物にならねえ。小和泉の足止めが全くできてねえじゃねえか。設計からこっちでやり直せや。総司令部には事後承諾の形にするぞ。」

「了解致しました。塹壕改修案をまとめ、実行致します。」

そう言うと副長は装甲車へと戻っていった。これから演習内容を鑑み、塹壕の再設計を行うことになる。参謀連は徹夜になるのだろうか。

月人が何時攻めて来るか分からない。防御陣地の設営は、早急に行わなければならないのだ。

眠い、疲れたなどとは言えない。兵士の生命と地下都市KYTの命運がかかっている。


「俺からは以上だな。では解散。汗を流してこいや。」

菱村が右手を軽く振って解散を促すが、831小隊は動こうとはしなかった。

「お・と・う・さ・ま。」

今まで静かにしていた東條寺が、甘える声で菱村の右手を両手で握りしめた。

「う~ん。どうした。奏。」

菱村の顔がだらしなく弛む。やはり、愛娘には甘いようだ。

「約束をお忘れでは。」

「おう、なんでい。」

「831小隊。全員無傷を報告致します。約定に伴い、士官食堂での飲食のご許可をお願い致します。」

東條寺は態度を切り替え、日本軍人に相応しい態度をとり、見本となる敬礼を行う。

それに合わせ、控えていた831小隊員も敬礼を行う。

小和泉が興味無さそうにじっとしていると、背後から桔梗につつかれ、直通無線で言われてしまった。

「×です。形だけでも敬礼して下さい。奏さんが頑張っているのですから。」

桔梗に言われ、同調圧力という名に屈し、敬礼をした。

小和泉も恋人からのこの程度のお願いを無視はしない。

「おいおい、本当に全員無傷なのか。一人くらい骨折してねえか。」

「はい、無傷に間違いありません。」

東條寺の返事に菱村が天を仰ぐ。相変わらず、分厚く昏い雲が天を覆っている。

「ええい、約束は守る。後日、予約を入れておく。楽しみにしとけ。」

菱村はヤケクソ気味に叫び、装甲車へと戻っていった。

後に残された兵士達は、士官食堂での食べ放題、飲み放題の確約に歓声を上げた。

「はぁ。金あったかぁ。」

装甲車に入る菱村からため息が漏れた。

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