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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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171/336

171.菜花を見舞え

二二〇三年二月九日 一三四四 KYT 日本軍立病院 受付窓口


小和泉、東條寺、桔梗、鈴蘭の四人は基地に帰投後、鹿賀山の言葉に甘えて軍立病院へと向かっていた。

作戦の後処理は、鹿賀山とカゴに丸投げしてきたのだ。カゴは無表情であったが、慣れぬ事務仕事に本心では辟易していたことだろう。今頃、戦闘詳報をまとめるのに情報端末と対面し、取扱説明書と様式見本の両方と見比べ、悪戦苦闘しているのが簡単に想像できた。

カゴは頭が悪い訳ではない。昨今まで情報端末に触れる生活をしていなかっただけだった。

―情報端末に慣れさせておくべきだったかな。カゴには悪いことをしたね。でも、今後の生活を考えるとここで勉強しておいた方が良いよね。―

と小和泉は心にもないことを病院への道を走りながら考えていた。走っているのは、車を使う程の距離では無かったからだ。走った方が早く到着できると判断した為だ。

四人の服装は、荒野迷彩の野戦服のままであり、大量の土埃が付着していた。さすがに複合装甲やプロテクターの各種装備等は、外してきていた。

病院へ行くのであれば、清潔な服に着替えるべきなのだろうが、四人はそこまで気が回らなかった。それだけ菜花の容体が気になり、心配だったのだ。

小和泉は冷血漢では無い。冷静を保てるだけなのだ。人並みに他人を心配する気持ち位はある。ただそれを今までの修練により、大きく動く感情を押さえつけ、散らしてしまっているだけだった。


自分の足で病院へ到着すると玄関前の駐車場には野戦病院が開設され、多数の怪我人が寝かされていた。

苦痛に耐えるうめき声。痛い、痛いと告げ続ける声。様々な怨嗟の声が響いていた。

中には絶叫という大きな寝言が混じっていたのは、仕方がない事だろう。未だにその兵士の中では戦闘が継続されている様だった。彼か彼女かの戦闘は、目が覚めない限り終わらないのだろう。

ここの患者達は、先の防衛戦での負傷者だった。駐車場の野戦病院に収容されている者は、比較的軽傷とされるものだった。もっとも軽傷と言っても、四肢の切断、眼球喪失などの重傷患者であることには違いなかった。ただ、死亡する可能性が低いという区分だった。

この場で重傷扱いになるのは、内臓、脳や脊髄等に被害を受け、予断を許さぬ状況にある者だった。

骨折程度では入院は許されず、治療後、隊舎にて戦友に看護してもらう状況だった。

それでも病床の数は不足し、民間病院の入院施設も軍人が占領し、一般市民へ影響が出ていた。

しかし、一般市民は耐えていた。日本軍が瓦解すれば、月人を防ぐことができず雪崩れ込んでくることは誰の目にも明らかだった。そうなれば、地下都市は滅亡するしかない。他に逃げる場所などこの地球上には無い。未だに見つかっていない。ゆえに一般市民は多少の不自由や不具合に耐えるしかなかった。

また、家族や友人の誰かが日本軍に関係しており、他人事ではないのが影響していたかもしれない。


小和泉達は、病院の正面玄関の自動ドアをくぐった。本来、広々としたロビーも衝立で区切るだけの簡易的な病室にされ、怪我人が簡易ベッドに寝かされ、苦痛の呻きを上げていた。平時の静けさを感じさせるものは何も無い。

そんな中を受付窓口へと小和泉達は駆け寄った。

窓口に座っていた中年男性が少し遅れて顔を上げた。小和泉達が足音を立てずに窓口へ来た為、気配に気づくのが遅れた。

「第八歩兵大隊の菜花兵曹長の見舞いに来た。部屋番号を教えてもらえるか。」

小和泉は淀みなく、息切れもせずに一気に言った。

受付の事務員は、小和泉達の身なりを見て、顔をしかめ、何かを言いかけようと口を開きかけたが、小和泉の目力により黙らされた。

事務員は、小和泉の階級章に視線を走らせ、溜息をつき、端末のタッチパネルを操作し始めた。下士官以下であれば、憲兵を呼んで排除するつもりだった。ある程度の線引きをしなければ、業務に支障が出る程、大勢の兵士が詰めかけるからだ。

「大尉殿。菜花兵曹長は促成種専用集中治療室に収容されていますが、面会謝絶になっております。」

事務員は端末の画面から顔を上げ、恐る恐る小和泉の顔色を窺った。

意外にも小和泉は無表情だった。予測される返答だったからだ。

「ならば、廊下から窓越しに見舞うことは問題ないな。」

病院の常連である小和泉は、ここの構造は熟知していた。

「申し訳ありませんが、今回はご遠慮いただけないでしょうか。」

なけなしの勇気を振り絞って、事務員は反論した。小和泉の背後に控える女性陣からの殺気が増した。事務員の顔色が青く変化する。

「理由を聞こう。」

「こ、今回は、育成筒用病院着が間に合わず、促成種の皆さんは全裸で入院しています。その為、廊下からの面会もお断りしております。」

その言葉を聞くと女性陣からの殺気が収まった。

軍ではトイレも更衣室もシャワールームも男女共同であり、性差による区別は無い。現に最前線に居る時は、誰もその様なことは気にしていない。戦場では無駄な要素は省かれる。

だが、平時であれば第三者に全裸を見られたくないのは乙女心であろう。それに病院であれば一般人も見舞いに来るだろう。いくら軍立病院であっても、軍の常識は通じにくい。

さらに育成筒へ入らなければならない重傷である場合、腸がはみ出していたり、脳が丸見えだったりするだろう。治療の都合上、治癒するまで育成筒に入っている場合、患部を閉塞しないことが多い。傷口が再度開いたり、化膿した場合に、早期発見と手当てが簡易だからだ。

その様な体の中身が見えている姿は、乙女ならば余計に見られたくないだろう。


「自分は気にしない。どの階に行けば良いか。」

小和泉だけは、その様な些事に流されなかった。この目で菜花の状況を確認したかった。

「も、申し訳ありません。お答えしかねます。」

事務員が悲鳴の様な返答をした。

東條寺は、小和泉が激発するのではないかと警戒した。しかし、横に控える桔梗と鈴蘭は落ち着いていた。

「では、主治医による説明を求める。手配をして欲しい。」

小和泉は、声を荒げることなく、冷徹な反応だった。東條寺は小和泉の反応に意外さを感じた。しかし、すぐに思い直した。一流の武術家は己の精神を自由にコントロールできることを思い出したのだ。

それに小和泉が、月人以外に暴力をふるった事が無い事実を知っていることに気がついた。

この際、東條寺への性暴力は乱暴ではあったが、小和泉ならばと東條寺が気を許したのは事実だ。恐らく本気で拒否していれば、小和泉は止めていただろうと今ならば思える。

「はい。確認します。」

事務員は、身の危険を感じたのだろうか。額に脂汗を浮かばせ、端末を叩き、どこかへ音声通信を始めた。

小和泉は、途中経過に興味は無かった。結果を待つ間に背後に控える女性陣へと振り返った。先程の殺気がどの様に変化したか気になったからだ。

「三人共、落ち着いたかな。僕は少し冷静さを取り戻したよ。」

小和泉は、菜花の怪我の具合を良く理解していた。鈴蘭の応急処置を見届け、未来は確定している。今さら慌てたところで時間は巻き戻らないし、菜花の怪我が治るわけではない。

「錬太郎様。今頃になって申し上げにくいのですが、汚れた服で病院を歩き回るのは、如何なのものかと思います。」

桔梗の当たり前の提案に小和泉は冷静さに欠けていたことに気付かされた。

「そうだね。桔梗の言う通りだね。気が付かなかったよ。ありがとう。では、桔梗、鈴蘭の両名は、近くの店で四人分の服を調達してくれるかい。」

「かしこまりました。」

「了解。」

二人は入口へと踵を返し、病院の外へと消えていった。小和泉の給料は普段から桔梗が管理している。買い物する金は、充分にあるはずだ。


事務員が音声通信によるやり取りに数分費やし、ようやく結論が出た様だった。

「大尉殿、お待たせしました。先生が本日午後三時ならば面談できるとのことですが、どうでしょうか。」

小和泉は時計を確認する。まだ一時間以上先のことだった。

―突然押し掛けて、この程度でこちらの都合に合わせてくれたか。好意的と判断すべきだろうか、面倒事は早く終わらせたいと考えたか。いや、違うな。別の理由だ。一つしかないじゃないか。分かり切ったことを。時間が無いのだ。―

「ありがとう。感謝する。午後三時の面談をお願いする。いや、こちらから是非、お願いしたい。」

「え、はい。分かりました。」

事務員は慌てて音声通信に戻った。

これで小和泉にできることは無くなった。あとは時間が経過するのを待つだけだった。小和泉と東條寺は事務員へ感謝を述べ、受付から離れた。

受付窓口を占領することは、業務妨害になるからだ。それ位の常識は小和泉も弁えている。


人の流れの邪魔にならぬ様に壁際に二人は立った。無言でこれから主治医に言われる事を想定していた。それを東條寺の予期せぬ行動に中断させられた。

東條寺は顔赤らめながら、小和泉の野戦服をやさしく二度ほど引いた。

「ねえ、錬太郎。こんな時に言うのもどうかと思ったんだけど。」

「何だい。」

「その、時間も時間だし。つまり、お腹、空いたの。」

そう言うと東條寺は俯いてしまった。

言われてみれば、出撃前に朝食をとったのが最後だった。戦闘中に戦闘糧食は食べていない。

朝から命を懸けた殺し合いを行い、腹が減らない筈がない。ちなみに殺し合いで食欲を失う新兵の様な細い神経の持ち主は、第八大隊にはもう存在しない。あの井守ですら、普通に食事を摂る様になっていた。

すでに昼飯時は過ぎており、東條寺の提案は至極当たり前のことだった。

指摘され、小和泉も空腹を感じ始めた。

―空腹では苛立ちを感じて、主治医の話を冷静に聞くことができないかもしれないな。時間潰しにも良いかな。―

「そうだね。奏の言う通りだね。買い物に行った二人が帰ってきたら、着替えて食事に行こうか。」

「うん、そうしよう。」

二人の会話はそこで途切れ、沈黙が続いた。


二二〇三年二月九日 二〇二一 KYT 士官寮


小和泉の部屋に五人が集まり、ダイニングで遅めの夕食をとっていた。

普段ならば、夕食を誰が作るか桔梗と東條寺の間で、一悶着あるのだが、その様な諍いは起こらなかった。

テーブルの上には士官寮一階にある売店で購入した弁当が五人分並んでいた。

小和泉、東條寺、桔梗、鈴蘭、カゴがテーブルを囲む。誰も口を開かず、重く湿った空気が皆の肌に纏わりついていた。

主治医の話は、小和泉の予測範囲内だった。鈴蘭の見立て通りだった。そこに一筋の希望も無かった。

小和泉達は、主治医から予想を裏切る言葉が出ることを期待した。それが1%に満たないと分かっていても医者であれば、違った診察結果が出るかもしれないと微かな希望を抱いていた。

だが、その希望も打ち砕かれた。

菜花の怪我を実際に見た小和泉と鈴蘭は、冷静に受け止めた。

菜花の怪我を見ていない東條寺と桔梗は、泣きじゃくった。

後刻、詰所に戻り、話を聞かされた鹿賀山とカゴは、静かに小和泉の説明を受け入れていた。

散々泣いた東條寺と桔梗の目は腫れあがった。その顔を小和泉に見せたくない二人はずっと俯いていた。

菜花の居ない食卓は、こんなに静かだったのかと、皆、思い知らされた。

いつも傍に居り、分隊のムードメーカーであった事実を突き付けられた。


菜花は助からない。緩やかな死を待つか、それとも。

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