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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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166/336

166.〇三〇二〇九掃討戦 井守と蛇喰の違い

二二〇三年二月九日 一〇五二 KYT 中層部 居住区


「こちら8312小和泉。鹿賀山少佐は元気かい。」

小和泉は無線通信を行いながら、匍匐前進で兎女の上半身へ近づいた。無駄な行為になるであろうと理解していたが、頸動脈を確認する。もしも、生きていれば何が起きるか分からない。確認出来ることはしておくべきであろう。

やはり、脈動は無く死亡していた。さすがの月人も頭部を失えば絶命する。

他に罠が無いか、ボディチェックをしていくが、何も所持していなかった。ここ最近の月人は、予想もしないことを行ってくる。思いついた対処はすべきであると小和泉は感じていた。

この間も周囲を警戒していたが、他の気配を感じることは無かった。

「鹿賀山だ。どうした小和泉。」

やや遅れて、小隊無線に反応が有った。

「兎女一匹の襲撃を受けたよ。」

「状況は。」

「背後からだよ。近くに隠れていたのかな。」

「被害は。」

「被害無し。敵の死亡を確認。周辺検索に行くよ。」

「待て。検索は周辺を封鎖している部隊にさせよう。」

「敵を見落とした連中だよ。また見落とすんじゃないのかな。僕がした方がいいと思うな。」

「小和泉が行なえば、間違いない。安心できる。だが、今はこの戦線の戦力を減らしたくない。」

「だけど、背後からの奇襲は簡単には防げないよ。」

「それも理解できる。だが、これ以上月人が潜んでいる可能性は少ないと思う。他の部隊が周辺検索を行うだけで、隠れている月人への圧力となり、敵対行動を防げるだろう。それに小和泉が周辺検索を終える時間より、目標を完全破壊する時間の方が早い。その後で周辺検索にかかっても良いだろう。目の前の敵を侮れば、足許を掬われる可能性があるぞ。」

「了解。鹿賀山の言う通りにするよ。」

「では通信は以上だ。」

鹿賀山はそう言うと無線を切った。あちらは一名入院中で分隊を三人で回している。余裕が無いのであろう。

小和泉は、鹿賀山の意見を素直に受け入れた。鹿賀山の言う通り、目の前の敵を消す方が早く確実だろう。

その後に周辺検索をかければ良い話だ。筋は通っていた。

―無理に自分の主張を押し通す必要は無いよね。蛇喰であれば、自分の意見を押し通すんだろうな。やたらと功名心が強いからね。さてと。では、さっさと目の前の敵を消滅させますか。―

小和泉は元の位置に戻り、狙いを付けると射撃を再開した。


鹿賀山は小隊無線で注意喚起をすぐに行った。

「各隊に通達。8312との無線は聞いていたと思うが、背後からの奇襲に警戒せよ。敵は正面のみにあらず。周囲の警戒も怠るな。8312が背後から襲われたが、既に敵は排除済。被害は無い。

なお、周辺検索は区画閉鎖をしている部隊に任せる。我々831小隊は、全力で正面の敵を早急に排除する。」

「8312了解。」

「8313了解。」

「8314了解。」

各分隊長が返事をすると小隊無線に沈黙が戻った。

すでに小和泉と鹿賀山のやり取りを聞いていた為、他の分隊も状況をしっかりと把握していた。

831小隊の練度は、死線を何度も潜り、かなり上昇していた。

今まで死傷確率の高い戦場ばかりを駆け回ってきただけのことはあった。


井守准尉は、小隊無線を聞き、恐怖心で股間を縮こませた。死線を潜り抜けても、この癖だけはなかなか治らなかった。

個別無線でオウジャ軍曹に相談とも言えぬ愚痴をこぼしていた。ただ、アサルトライフルの連射を止めず、攻撃を続けていたのは大きく成長した証でもあった。

「なぁ、軍曹。僕達の背後から月人は来ないな。もう大丈夫だな。」

井守の声は、若干震え気味だった。恐怖が心の奥底から湧いてくるのだろう。

「隊長。そればかりは時の運です。最初にこっちが襲われていたかもしれませんからね。」

オウジャは、井守の気が楽になる様に明るい口調で話したが、内容が口調とは真逆であることに話してから気がついた。

「最初に狙われていたら対処できなかったな。何か対策をすべきではないか。」

―ほう。隊長さんも一端の士官になってきましたか。この前まではビビるだけで、自分の意見も言えなかったのに。

今じゃ、部下へ意見を求め、それを士官の面子に拘らず、柔軟に採用する。胆の据わりも良くなってきた。周囲に目を配り、先を考えることもできる。隣の蛇喰の旦那に比べ、良い上官になってきましたな。

小和泉の旦那にどんな士官教育をされたのやら。案外、当たりを俺達は引いたのかもしれんな。―

オウジャは、井守が配属された時はハズレを引いたと思っていた。すぐに戦死するか、発狂して後方へ送られるものと思っていた。最悪、分隊の全滅も考慮していた。

それは、8313分隊の隊員全員の一致した意見だった。

だが、その評価は最近では大きく上方修正されつつあった。

「そうですな。我々の背後に指向性対人地雷を設置しておくのは、どうですかね。」

「それだ。赤外線センサーを起動キーにして設置しよう。散弾が当たらなくとも、動作音が警報の代わりにはなる。設置は任せる。」

「了解です。」

そう言うとオウジャは個別無線から小隊無線に切り替えた。分隊無線でも良かったのだが、味方が地雷にかかるのを防ぐ為、他の隊に聞かせる為に小隊無線で命令を出すべきだと判断した。

「カワズ二等兵。」

「はい。軍曹。」

「8313分隊の背後に指向性対人地雷を赤外線センサーで設置してこい。月人の奇襲を防げ。」

「了解です。警戒線の設置に即座にとりかかります。」

オウジャが井守の許可なく、小隊無線を使っても井守は何も咎めなかった。

最善手であれば、井守は何も言わない。事後承諾で充分だった。戦闘経験は井守とオウジャでは比べようが無い。古強者の経験と知識と勘に勝るものは無い。井守は問題が発生すれば、自分が責任を取るだけだと割り切っていた。戦場で役に立たない士官であれば、事後に役に立てば良いと割り切れる様になっていた。


その無線を苦々しく蛇喰は聞いていた。

―井守の奴め。これ見よがしに無線で自分は仕事ができますアピールをするとは、腹ただしい事、この上ありませんね。しかし、有効な戦術であることは認めましょう。私は人を認める度量を持ち合わせていますから。

ですが、敵の奇襲は無いと鹿賀山は考えている様です。そして、私の頭脳もこれ以上の奇襲は無いと判断しています。地雷の設置は不必要です。―

だが、部下の反応は、蛇喰と百八十度違った。

「隊長、オロチ上等兵に警戒線を張らせます。よろしいか。」

クチナワ軍曹は、井守の戦術を最善手と考え、行動に移そうとしていた。背後ではオロチ上等兵が必要となるであろう地雷の数を用意しようとしていた。

「誰が命令しましたか。不要です。敵の奇襲はありません。鹿賀山もその判断を下しています。」

蛇喰はクチナワの提案を即座に却下した。

「その様な事に時間と装備をかける暇があるのでしたら、目標をさっさと磨り潰しなさい。いいですね。」

一度決めたことを蛇喰が変えない事を部下達は良く知っている。素直に、いや諦めて蛇喰の命令に従った。あと、上官を同期であっても呼び捨てにするのは、皆の癇に障った。だが、それを窘めても受け入れないのが蛇喰だ。クチナワ達は黙ることを選択した。

「了解。攻撃に専念します。オロチ、リクエストはキャンセルだ。」

「了解。」

指向性対人地雷の準備を始めていたオロチは、弾薬箱に地雷を戻し、射撃へ戻った。

―全体の戦況が把握できないだけならまだしも、私の足を引っ張るとは言語道断です。いったい、何時になったら、私の考えを理解できる様になるのでしょうか。全く困ったものです。

いえ、私を理解することを凡人に求めるとは。私もまだまだですね。―

蛇喰の自己評価は常に高い。凡人には理解できないのは仕方がないことだと納得し、これ以上、低俗なことへ思考を割くことを止めた。


蛇喰はこの様な性格の為、未だに部下からの信頼も信用も得ることが出来なかった。また、誰からも作戦や行動の提案を受け入れず、一人で分隊運営を行っていた。いや、行わなければならなかった。

速成将校である井守の隊ですら、戦友という認識が生まれ、チームワークと役割分担ができつつあったが、独断専行の蛇喰を戦友と認める者は一人も居なかった。

それでも、蛇喰は、士官とは兵士に理解されない孤高の存在であり、それが正しいと信じていた。

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