165.〇三〇二〇九掃討戦 白光の十字砲火
二二〇三年二月九日 一〇四四 KYT 中層部 居住区
作戦開始一分前となった。小隊無線は静まり返り、鹿賀山の命令を8312分隊は待っていた。
「安全装置、解除。連射に固定。状況の変化を再度確認。命令あるまで待機。復唱不要。」
そんな中、鹿賀山は小隊無線にて静かに命令を下した。
菜花以外の四人は、即座にアサルトライフルの安全装置を解除し、十字型選択ボタンの単射・狙撃・拡散・連射の中から連射を選択した。頭文字をとって、タソガレ、黄昏ボタンと呼ばれている。
黄昏は、夕闇時に人の識別がつかないため、『誰そ彼。』と誰何する言葉が語源となっているらしい。つまり、敵を排除するための言葉だった。誰が命名したのかは不明だが、射撃モード選択ボタンの言葉としては、洒落がきいていた。
―そういえば、旧軍ではアタレとか書いてあったとかいうけど、本当かな。―
ふと、そんな雑学が小和泉の記憶の底から浮かび上がった。真偽を確かめたことは無い。その様な知識は、戦闘の役には立たないからだ。作戦終了後には、小和泉の記憶から消えているに違いなかった。
二丁を持つ菜花は、少し遅れて安全装置の解除を終えた。やはり二丁あると反応が少し遅れる様だった。
―やはり、二丁持ちは止めさせようかな。いや、今回は問題無いだろう。8312はカゴが加入して、一人多い分隊になったし、何かあってもカバーできるよね。―
カゴへ何気なく視線を送る。女性の様に線が細いが、男性の様に逆三角形の体つきをした少年とも少女とも見える熟成種である最後の防人。性別が無く完全なる無性だ。
女物の服を着せれば美少女に、男物の服を着せれば美少年に見える。
軍の中で噂になっても良い程の美貌ではあったが、染みついた気配を消す習慣のため、カゴの存在を常に認識している者は831小隊に所属しているものだけであった。それは、カゴがあえて気配を漏らしていたから認識できていたにすぎなかった。
この美しい人間が、暗殺術を体に染み込ませた死への導き手には見えなかった。
―せめて、生殖器官があれば皆と同じ様に可愛がることができるのになあ。もったいない。遺伝子設計時から無いものは仕方がないよね。―
カゴは、意外にも小和泉の毒牙にかかっていなかった。
気持ちを切り替えた小和泉は、アサルトライフルのガンカメラを網膜モニターへと接続する。温度センサーと重ね、月人が居ると思しき地点へ、照準を合わせた。
他の四人も似た様なことをしているだろう。一つ一つ細かく指示を出す必要は無い。小和泉は、皆を信頼していた。
二二〇三年二月九日 一〇四五 KYT 中層部 居住区
「撃て。」
作戦時間と同時に鹿賀山は、短い命令を831小隊へ発した。全員がアサルトライフルの引き金を一斉に引いた。
イワクラムから供給される電力を高圧に高めて吐き出される高エネルギー弾が、目標の一戸建てを二方向から一斉に貫き、静かな十字砲火を形成した。
アサルトライフル十六丁による連射は凄まじかった。
居住区の天井から見れば、規則正しい繊維の織り目の様な縦糸と横糸の様だった。それは破壊を紡ぐ白い光だった。ヘルメットのバイザーが自動調光され、スモークがかかる。この区画を真っ白な光で染め上げた。
一階、二階を問わず、月人が居ると思われるところへエネルギー弾が途切れることなく、叩き込まれていく。防弾性など加味されていない外壁は、小さな穴を幾重にも穿ち、ボロボロと崩れ、細かい埃を撒き散らし、目標の一戸建ての姿を隠していく。集音マイクが、家が崩れ落ちる音を拾うが、そこに月人の悲鳴は混じっていなかった。痛みに耐えているのか、当たっているのか、即死しているのかは分からなかった。
射撃は止まらない。鹿賀山の『撃ち方止め』の命令があるまで引き金を引き続けるのだ。
次々と光弾は、壁に穴を開け、隣家へも弾痕を刻んでいく。壁がなくなった処から照準をずらし、壁が残っているところを狙う。埃が新たに舞い散り、目標の姿を益々隠していく。
温度センサーに映る目標は、エネルギー弾による熱量で真っ赤に染まり、月人の位置を知ることができなくなっていた。小和泉はすでに温度センサーは切り、ガンカメラと肉眼による射撃に切り替えていた。もっとも視界は埃に遮られ、この辺りであろうという勘に頼る射撃であった。
淡々とアサルトライフルの連射を叩き込んでいく。どこに月人が隠れているかもうわからない。
怪しげなところ、いや、他の者が射撃していない所へと光弾を撃ち込んでいく。
―未だ、鹿賀山から撃ち方止めの命令は下りないか。ならば、撃つのみだね。―
小和泉は、アサルトライフルの連射を続けた。
831小隊による射撃は五分以上続いたが、鹿賀山が止める気配は無かった。目の前の半壊した一戸建てを全壊させるまで『撃ち方止め』の命令を出す気は無いのであろう。
831小隊の光弾は、一戸建てを確実に削り、土埃へと替えていく。恐らく中に籠っていた月人は、体中に穴を開け、絶命しているだろう。さらに続く射撃により肉塊は粉塵へと形状変化をしていくのであろう。
崩れ去る一戸建ては、バラバラと音を立てていた。また、的を外れたエネルギー弾は別の一戸建てをガリガリと削った。
誰も周囲の被害は考慮していなかった。誰かが死傷するよりは、建造物が破壊される方が良いからだ。これは選択肢にすらならない既定事項だった。
「残存部分に攻撃を集中。」
鹿賀山が新たに命令を下した。
小和泉達は、月人が生き残っている可能性がある部分へと攻撃を集中させた。アサルトライフルの銃身が熱を持ち始めた。この程度では耐久性が落ちることは無いが、決めにかかりたかった。少しでも憂慮すべき事態は招きたくなかった。
小和泉は、引き金を絞ったまま部下へ意識を向けた。皆、淡々と目標へエネルギー弾を叩き込んでいく。このペースであれば、数分も経過すれば、目標物は完全に消失するだろう。
目標から意識を逸らしたことにより、小和泉の野生的感覚に異物が引っ掛かった。ほんの小さな違和感。だが、それには多分に敵意が含まれている。
小和泉が即座に背後へ振り返ると同時に、隣で伏せている桔梗へ煌めく刃が振り下ろされる。
アサルトライフルを長剣の様に横薙ぎに振った。鈍い音共にアサルトライフルと長剣は絡み合い、寸でのところで刃を受け止めた。
敵は、全身が獣毛に覆われ、短い丸い耳を頭頂部に付けた兎女が一匹だった。兎女は長剣を桔梗へと突き刺そうとし、小和泉はアサルトライフルで刃をしっかりと受け止める。
小和泉と兎女との力比べになったが、伏射姿勢からの横薙ぎでは力が入らない。ゆっくりと兎女の体重がかかった長剣の切っ先が桔梗の背中へと近づいていく。
「菜花、撃て。」
小和泉は歯を食いしばる中、何とか声を絞り出す。
菜花は小和泉の声に反応し、状況を即座に把握した。仰向けに転がり、右手のアサルトライフルは兎女の顔面へ、左手のアサルトライフルは腹部へと狙いを付けた。迷うことなく引き金を絞る。
「死ねや。」
アサルトライフルから次々と撃ち出される光弾が兎女の顔面と、腹部に多数の風穴を開けていく。
頭部は原型を失い、腹部は上半身と下半身に分裂しようとしていた。高エネルギー弾の為、傷口は焼けており出血は無い。
「撃ち方止め。」
菜花は引き金から指を離し、桔梗に圧し掛かっていた兎女の下半身を蹴り飛ばした。下半身は回転する様に床を滑り、壁にぶつかって止まった。
小和泉のアサルトライフルに、動かなくなった兎女の上半身の体重が圧し掛かる。アサルトライフルを捻り、力の向きを逸らした。アサルトライフルの角度に合わせる様に兎女の体は滑り、床に力なく頭の無い上半身を投げ出した。頭部を吹き飛ばされて、胴体を上下に分割されて生きていた月人はいない。恐らく死亡しただろう。
当事者である桔梗は、黙々とアサルトライフルを撃ち続けていた。
自分の背中へと長剣が近づき、心臓を貫こうとしている。それを小和泉がアサルトライフルで横から受け止め、全力で命を救おうとしていることは分かっていた。ヘルメットの後部についている背面カメラの画像がバイザーへリアルタイムで映し出していたからだ。
だが、桔梗は落ち着いていた。小和泉が桔梗を怪我させることは無い。絶対に護ってくれる。
自分自身に危害が及ばないことは既定事実であった。小和泉に任せれば、全て上手くいくと、心から信じ愛していた。そして、桔梗の思う通りに事は進んだ。危機は去った。
「錬太郎様、ありがとうございます。」
桔梗は感謝の気持ちを伝えるが、小和泉からは返信は無かった。
小和泉にしてみれば、当たり前の事であり、感謝されるほどの行為では無かったのだ。
台所に出てきたゴキブリを叩き潰した様なものだった。




