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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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164/336

164.〇三〇二〇九掃討戦 菜花のロマン

二二〇三年二月九日 一〇三三 KYT 中層部 居住区


831小隊の配置は完了していた。あとは、目標である月人ごと白い一戸建てを射撃による粉砕をするだけであった。

小和泉は、ヘルメットから外した温度センサーを窓から突き出し、向かいの家をスキャンした。

民生用の壁では、軍用の温度センサーを防ぐことはできなかった。壁を透かして内部の温度分布がモニターに表示された。

同時に、小和泉はスキャン結果を戦術ネットワークに上げておいた。誰かがすでに上げているかもしれないが、違う角度からのスキャンがあれば、温度が重なって見えなかった部分が表示されるかもしれない。正確な情報は、多い方が良いだろうと判断した為だった。


「熱源反応は、1、2の3、4,5,6,7,8,9,10、11かな。命令書通り三個分隊に相当するね。警備部の報告では、二個分隊じゃなかったかな。警備部の捜査は甘いねえ。」

8312分隊は、窓枠の下に隠れる様、等間隔に伏射姿勢で並んでいた。

「錬太郎様、人質の三人を引けば、八匹、二個分隊となります。」

桔梗が、別視点からの可能性を提示した。

「なるほどね。それならば、二個分隊で計算が合うんだね。警備部には困ったものだね。人質が生きているのが大前提なのか。甘いよね。

で、今は家のあちこちで動いているし、拘束されている様な人影は見当たらないよね。人質がいると思うかい。」

「敵の分散を確認。熱源、固定地点無し。常時単独行動中。ゆえに人質はいないと判断可能。」

鈴蘭が独自解析を報告してきた。

「そうだね。人質が自由に動けるのは、管理が大変だよね。普通は拘束するよね。僕も鈴蘭の考えに同意するよ。」

「よし。敵は十一匹っすね。了解。全反応を消せば、完了っすよね。隊長。」

「恐らくそうなるだろうね。でも油断は駄目だよ。

もしかしたら、掴んでいない情報があって、近くの家にまだ別の月人が潜んでいる可能性もあるからね。

どうやって、この前の戦いから逃げ延びたか分からない敵だからね。気をつけなくちゃならないよ。」

「錬太郎様。戦術ネットワークには、警備官及び憲兵隊による周辺捜索は実施済となっています。可能性は低いのではありませんか。」

「あの大掃除から逃げてきた連中だろう。そんなに数はいないんじゃねえか。」

と菜花も桔梗の考えに同調をした。

「逆だと思うよ。数は問題じゃないよ。あの大掃除から逃げ延びた連中だよ。強敵だと思った方がいいだろうね。

まぁ、鹿賀山小隊長殿の指示を待とうよ。結論を慌てて出す必要は無いよ。ただ、気に留めておいて欲しいんだ。戦場では何が起こるか分からないからね。僕はみんなに怪我をして欲しくないんだよ。」

『了解。』

桔梗、菜花、鈴蘭の返答に合わせ、己の気配を消す習性があるカゴが本日初めて声を出した。

カゴも8312分隊の呼吸が体に染みついて来た様だった。


小和泉は荒野迷彩の複合装甲を全身に纏い、他の四人は野戦服にヘルメットと関節部分を護るプロテクターを装着する完全野戦装備であった。市街地戦といえども気は抜かない。耐放射線と気密性を保つ装備は、装着に時間と手間がかかる。しかし、都市内部であれば気密や被爆の心配は無く、装備の簡略化は可能であった。小和泉は、装備を簡略化することはなかった。いや、させなかった。命に関わることに関しては、絶対に手を抜かせなかった。

月人は恐ろしい敵である。敵の身体能力は、自然種の三倍以上の筋力、敏捷性を持つ。促成種が自然種の五倍の力を持とうが、複合装甲により三倍の力に増幅され、月人と同等になろうが、常に全力で当たらねば、こちらが危険であることは変わりない。

敵の命に対する考え方は軽い。己自身が怪我をしようが、死ぬことになろうがそれらを考慮することは一切無い。

死への恐怖が無いのだ。戦闘で躊躇いを持たない兵士程、恐ろしい存在はいない。人の命を奪うことに一切の疑問や善悪の判断が入り込む余地が無いのだ。迷わないのだ。

一般人であれば、殴れば痛いだろうと考える。殺人を犯すのであれば、倫理観に止められる。その刹那の時が生死を分けるのが戦いだった。

接敵すれば、即座に効率の良い殺しにかかる。そこには迷いも感情も無い。それが月人だった。

そして、日本軍人も同じ様に鍛えられているが、月人程、徹底できる人間は少ない。第八大隊の兵士の大半は、すでに人としての一線を超えており、迷いを持つ者はほぼ居ない特殊な環境ではあった。

しかし、ほんの数瞬、迷いが生じる者は居る。第八大隊では井守准尉がそれに該当するだろう。実戦経験が少ないからだ。もっと地獄を味わえば、古参兵と同じ域に達するだろう。それまで生き延びることが前提条件になるのだが。


小和泉がアサルトライフルに着剣をしようとした瞬間、桔梗に止められた。

「錬太郎様、今回は突撃は×です。着剣は不要です。小隊長及び副長より厳命されております。」

と言われてしまい、しぶしぶ従った。銃剣を胸の鞘へ戻す。

「着剣をしていれば、思わず飛び出してしまうかもしれない。そういうことかな。」

分隊無線で小和泉は桔梗に確認をとった。ヘルメットをしている為、バイザーを開けていても近くに居ても会話は難しい。無線を使った方が意思の疎通がしやすかった。

「はい、錬太郎様のお考え通りです。陣地で大人しく、いえ、激しい射撃戦を致しましょう。」

「了解だよ。射的に専念するよ。」

この作戦に乗り気だったのが、菜花だった。

武装自由と射撃戦という言葉を聞いて、アサルトライフルを二丁用意していた。今回は、射撃戦ということで古典映画に出てくる主人公の様に両手撃ちをするつもりの様だ。

促成種の強大な筋力により武器の保持に影響はない。また、イワクラムが蓄える膨大なエネルギーにより弾切れを起こすこともほぼ無い。また、反動やエネルギー充填がほぼ無いため、二丁持ちをする事による大きな問題は無かった。

―命中率と取り回しを考えると一丁の方が良いのだけど、的が一戸建てじゃあね。特に問題にならないよね。

でも、手榴弾は投げられないし、白兵戦で懐に踏み込まれたら、不利になるなあ。

どうしようかな。まぁ、隠れての射撃戦だし、敵の遠距離攻撃は投石ぐらいしかないか。白兵戦も禁止だし、見逃そうかな。―

普段の小和泉ならば、堅実性を重視し許可しなかっただろう。だが、久しぶりの優勢な戦況ゆえに小和泉は黙認することにした。戦闘予報も死傷確率5%と久しぶりに平常時の低い値を示した事も根拠となった。

菜花は、本当は装甲車の機銃を用意したかった。地下都市防衛戦で使用した時の圧倒的破壊力の虜になっていた。

残念ながら、その希望は通らなかった。装甲車の改装作業中で用意することができなかったのだ。

代案として、二丁撃ちというロマンを選択した。


二二〇三年二月九日 一〇四〇 KYT 中層部 居住区


作戦開始、五分前となった。8312分隊から先程までの弛緩した空気は抜け、狂犬部隊らしい覇気をまとっていた。

戦意は旺盛。殺意は静かに内包。呼吸は、深く静かにゆっくりであった。

鹿賀山の作戦開始の命令を待っていた。

「831小隊へ告げる。」

小隊無線が鳴った。それは現場指揮官である鹿賀山の声だった。その声には、少し緊張感が含まれていた。

「正面の敵は、月人十一匹と断定する。狼男及び兎女の区別はついていない。ゆえにあらゆる攻撃の可能性を考慮に入れよ。目標への接近は禁ずる。全力射撃にて遮蔽物ごと粉砕せよ。

味方が突撃を行っても射撃は止めるな。銃弾の嵐に入りたくなくば、持ち場にて射撃に徹せよ。突撃は厳に禁じる。

なお、全ての窓にはカーテンがかかっており、内部を正確に窺い知ることはできない。月人には知性があることに注意せよ。高度な知性を持つ可能性も考慮せよ。今まで何度も罠を使ってきた事を忘れるな。敵は獣ではない。宇宙人だ。

なお、警備部が気にしていた人質であるが、近所の者が早朝に複数の悲鳴を聞いたとの事だ。ゆえに死亡と判断する。

銃撃に手心を加えるな。温度センサーに反応する部分は全て撃ち抜き、細切れにしろ。

なお、警備部及び憲兵隊の周囲検索の結果、敵勢力は発見できなかった。しかし、発見できなかっただけで、居ないという確証は無い。周辺警戒も怠るな。

各員の奮戦を期待する。」

「8312、了解。」

「8313、了解。」

「8314、了解。」

各分隊長が小隊無線にて返事を行う。これにて後は時間が来るまで待機するだけとなった。

特に気になる情報は無かった。鹿賀山の話は、戦術ネットワークに上がっている情報の再確認だった。

「8312分隊、射撃戦用意。」

小和泉の命令で桔梗達は伏射姿勢で正面の家へ狙いを付ける。安全装置は、まだ解除していない。

全員が伏射姿勢で正面の一戸建てへと照準を合わせる。

アサルトライフルであれば、防弾・耐爆処理等がされていない民生品の壁など容易く撃ち抜ける。障害物にはなりえない。

小和泉達五人は、静かに作戦開始時間を待った。

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