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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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150/336

150.第二十六次防衛戦 小和泉、思考停止

二二〇三年二月四日 一一〇六 KYT 第六層スロープ


小和泉と東條寺が口づけを交わしていると、小和泉の周囲に幾人かが集まる気配を感じた。

小和泉は、東條寺の体を優しく離すと、上半身を起こし床に胡坐をかいた。

「よう、狂犬の。無事みてえだな。喜ばしいことだ。しかし、俺の前でよくもまあ、見せつけてくれるじゃねえか。」

小和泉達の上に大きな影が被さり、声をかけてきたのは、第八大隊大隊長の菱村中佐だった。そして小和泉の側に座り込むと大きな掌で小和泉の背中を全力で叩いた。

複合装甲同士がぶつかり合い、瀬戸物がぶつかり合う様な鈍く低い音がした。衝撃は激しかったが、全て複合装甲に吸収され、小和泉には何の影響も与えなかった為、されるがままにしていた。

だが、次の言葉は大いに影響を与えた。常に冷静である小和泉の心が激しく震えた。

同時に心拍数も跳ね上がり、額に脂汗が浮かんだ。本当の内面をさらけ出さない男が、無防備になってしまった。

「では、俺の娘を任せた。新たな人生楽しめや。」

小和泉にはその言葉が理解できなかった。もちろん、周りに居た桔梗達も理解できなかった。

思考停止する中、目の前にちょこんと座る東條寺は嬉し涙を浮かべ、横に膝をついた菱村の二人だけが満面の笑顔だった。


小和泉を中心として、鹿賀山、桔梗、菜花、鈴蘭は思考停止し、沈黙を続ける。

最前線にもかかわらず、古強者とは思えぬ珍しい無防備な姿だった。

ちなみにカゴは、普段通りの静寂を保ち、周囲に気配を行き届かせ、小和泉の護衛をしていた。

皆の視線が菱村と東條寺の間を何度も行き来する。

「俺の愛娘との結婚を祝ってやる。皆で幸せになれや。」

と菱村はハッキリと言った。あえて言い直したのだ。これにより、聞き間違える要素は一切除外された。

「おやっさん、愛娘って誰のことですか。」

小和泉は、疑問を有耶無耶にすることはできなかった。

現実は正しく把握している。いや、予測している。この耳で直接、答えを聞かなければならないと思ったのだ。

小和泉はこの話を理解している。納得したくないだけなのだ。


促成種は人造人間であり、生殖能力を持っていない。ゆえに物理的に親は居ない。

育成筒の中で人工授精し、成長していく。一年で成体に成長し、育成筒から出され、研修を受けてから社会に出ていく。

誰かの子供にはなりえない。

となると、人間の子供になれるのは自然種だけであり、娘、つまり該当する女性は、この周囲では目の前の一人しか存在しない。

「手前がさっきまで抱きしめてたじゃねえか。」

菱村が嬉しそうに小和泉の背中をさらにバンバン叩く。

―おやっさんの前で抱きしめていた女性は、東條寺しかいないよね。でもおやっさんに似てないよね。確認が必要だよね。―

「娘というのは、一般的な若い女性と言う意味、では無いみたいですね。」

小和泉は、逃げ道を探すかの様にとぼけようとするが、東條寺と菱村の眼光が許さなかった。

二人は笑顔を浮かべているが、視線には大人しく認めろという圧力が、アサルトライフルを突きつけるかの様な殺気が込められていた。菱村の方には、さらに銃剣装備が追加されている様な気がした。

「おう、愛娘って言っただろう。実の娘よ。三人目の妻の子供だ。認知しているから間違いねえよ。」

「おやっさん。初耳です。奏からその様な話は、聞いていないですよ。」

「お、そうなのか。俺は別に隠してねえが、わざわざ言う必要があるのかい。」

「い、いえ、無いです。」

「だろう。これで俺と狂犬は義理とはいえ、父、息子だな。俺ともよろしく頼むぜ。うむ、目出度い。で、奏よ、結婚式はどうするんでい。」

「したいです。小さな式がいいです。父様、母様達、兄様、鹿賀山少佐を呼んで、桔梗達と挙げたいです。」

「だとよ。狂犬の。招待状、楽しみにしとるぞ。」

菱村はそう言うと小和泉の背中をバシバシ遠慮なく掌で叩き続けた。

小和泉の退路は完全に断たれた。独身生活との別れが確定した瞬間だった。

―そうか、結婚かぁ。姉弟子は何と言うのかな。喜ぶのかな。怒るのかな。うーん、気持ちが読めないな。僕には分からないよ。―

姉弟子の顔が浮かび、すぐに消した。分からない事に思考を割くことは無駄だと判断し、思考する方向を切り替えた。


―おやっさんの言い分は分かった。理解した。違うか。納得したの方がしっくりするかな。

実の娘ねぇ。でも似ていないよね。だけど、僕に嘘をつく必要性は無いよね。間違いのない事実だろうね。恐らく母親似なのだろう。

奏がおやっさんの娘だとは、想像もしていなかったなぁ。

はあ。退路は断たれたか。ついに僕が結婚ねえ。想像もしていなかったよ。命が助かった気の弛みで放った言葉が致命傷になるとは。油断大敵だなぁ。

戦場のどこかで野垂れ死にするだけの人生だと思っていたのだけどなぁ。未来は予測できないものだねぇ。

う~ん。おやっさんに、『結婚は気の迷いです。』とか通用しないよね。気の迷いと言えば、間違いなく殺しにくるのだろうなぁ。そういう人だよねぇ。はぁ、結婚は勢いでするものだと聞いていたけど、本当にそうなっちゃったよ。取り消したい。桔梗達もショックを受けているだろうな。受け入れろと言っても簡単じゃないよね。

うん、無理だね。

ならば、おやっさんから逃げることはできないかな。返り討ちは簡単だけど、そんなことをすれば殺人犯で指名手配され、憲兵隊から逃げられないよね。

ならば、馴染みの憲兵に助けを求めて、隠れ場所を提供してもらおうかな。身を隠して時間稼ぎをする。そうして有耶無耶にして、結婚話を無かったことにできるかな。―

小和泉は、どうにか逃げ道が無いか、目まぐるしく頭を働かせた。

そこへ思考を中断させる様に東條寺が潤んだ瞳で話しかけてきた。頬は紅潮し、呼吸は荒くなっていた。

「やっと、やっと結婚してくれるのね。嬉しい。大丈夫、桔梗達とも仲良くやっていけると思う。

だって、父様も錬太郎と同じだもの。私の母様は五人いるのよ。あと、兄様も一人いるの。みんなで仲良くしているわ。だから、今まで通りで大丈夫よ。みんなで幸せになろうね。」

そう言うと再び東條寺は、小和泉の胸の中に飛びつき、背中へ両腕をしっかりと廻し、抱きしめた。そこには、絶対逃がさないという意思が垣間見えた様な気がした。

―ああ、可愛いな。違う。そうじゃない。―

思考がまとまらない小和泉は、東條寺にされるがままだった。

―おやっさんは僕と同類だったのか。正妻一人と内縁の妻が四人いるのだね。僕の状況とほぼ同じじゃないか。道理でおやっさんと気が合うわけだ。思考や趣味が似ているのか。

そう言えば、娘は父親に似た人物を夫に選ぶという俗説もあったよね。だから、奏は僕に執着したのかな。―

小和泉の意識は、状況の把握から逃げようとするが、周囲が許さなかった。次々に新事実が逃げ道を塞いでいく。


放心状態に近い小和泉のもとへ複合装甲に黒帯をタスキ掛けした士官が一人近づいてきた。

―憲兵隊の指揮官かな。ここじゃ邪魔になるから、退けに来たのかな。―

小和泉は、漫然とそう思った。憲兵の顔をよく見ると見覚えがあった。先程、考えていた顔なじみの憲兵だった。小和泉は、軍規違反の常習者であり、営倉の常連である。ゆえにこの憲兵とも繋がりがあった。

「顔見知りではありますが、あらためて、名乗るべきでしょう。憲兵隊少佐の白河 市之丞いちのじょうです。小和泉大尉、お久しぶりです。本官の隊が、第六層の防御を引き受けました。後はお任せ下さい。しかし、営倉以外でお会い出来るとは嬉しいことです。今後も営倉以外でお会いしていきましょう。水と油の様な関係でしたが、これからは水入らずで仲良くしてまいりましょう。」

白河はそう言うと握手を求めてきた。小和泉は床に座り、東條寺を抱きしめたまま、差し出された白河の右手を握った。握り返してくる右手は力強かった。握手ではなく、力比べの様に増々力を加えられていく。

「少佐殿、この様な姿勢で申し訳ありません。足腰に力が入らず立てません。」

この掌を握り潰そうとするのは、座っている事を咎められているのだろうか。本当は立ち上がれるのだが、東條寺が小和泉から離れず、立つことができなかったのだ。正確には東條寺を投げてしまえば良いのだが、それは流石の小和泉も可哀想だと思い実行しなかった。

「奏、少佐殿が来られている。離れてくれないかな。」

小声で伝える。

「大丈夫。問題な~い。」

だが、東條寺は離れず抱き付いたままの姿勢で甘えていた。人前では絶対に見せない態度だった。

それを見た白河の右手は、更に力を加えていく。その様な素振りは一切表面上には見せず、柔和な笑顔を浮かべている。憲兵独特の仮面の笑顔。犯罪者を追い詰めぬ様に、顔に貼り付けた偽りの笑顔だ。

―あれは、全く笑ってないよね。怒っているよね。やっぱり上官にこの態度は不味いよね。

しかし、鬱陶しいからって握り潰したら問題になるよね。上官だし。黙って耐えるしかないか。はてさて、僕は少佐に何かしたかな。

いや待て。

少佐が来たにもかかわらず、奏は何故離れない。おかしい。普段の奏ならば、この様な事はしないはず。何故だろう。

それに自己紹介の内容もおかしい。作戦引き継ぎの事実だけを述べればいい。面識があるのに氏名をわざわざ名乗るなんて普通はしない。それに自己紹介ならば、下の階級から声をかけるはず。

何故だ。何故だ。軍では階級は絶対だ。あ~、だめだ。疲労で思考がまとまらない。―

そう思いつつ、小和泉は強く右手を握られるまま耐えていた。

白河は、そんな小和泉の葛藤を知らず話を続けた。

「今、話に出た。奏の兄です。今後共よろしく。弟君。」

「はい、私のカッコイイ兄様です。よろしくして下さいね。」

「へ。」

小和泉は、不覚にも間抜けな返事をした。完全な不意討ちだった。またしても小和泉の思考は停止した。たった数分で小和泉は二度も戦闘不能になってしまった。

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