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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇一年

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15/336

15.〇一一〇〇六作戦 鹿賀山の決断

二二〇一年十月六日 一九〇一 第一歩兵大隊司令部


「傾聴。作戦を説明する。」

鹿賀山大尉の一声で作戦室が静まり、皆が次の言葉を待つ。

「14中隊は、洞窟入口に展開。焼夷剤を流し込み、全てを焼き尽くせ。その後、司令部護衛任務に戻す。11中隊には、自力で地上へ撤退してもらう。

二三〇〇迄に火が消え、気温が50度に低下する様に焼夷剤の量を計算しろ。熱気で地上に出られないでは話にならん。

なお、地上待機は今より五時間後の二四〇〇迄とし、それまでに11中隊が帰還しない場合は、KYTへ撤退する。作戦は以上だ。他に献策はあるか?」

鹿賀山は、断腸の思いで小和泉を切り捨てた。いや、どの様な状況であろうとも、小和泉ならば1111分隊ならば生き残ると信じた。

「では、11中隊を見殺しでしょうか。軍の行動規範に違反致しますが。」

下士官より鹿賀山が想定していた質問が出て来る。

「14中隊九十名と大隊司令部小隊二十名、合わせて百十名の生命を第一とする。洞窟内には、一個中隊を一瞬で消滅させる罠がまだあると考えるのが妥当である。その様な状況で14中隊を突入させても救助どころか、14中隊の帰還の見込みも無い。

細かいことだが、11中隊からの正確な要望は、入口の月人の排除である。その要望通りに行動している。行動規範に違反しているとは考えない。他に無いか?」

鹿賀山は、自分の吐いている言葉が詭弁に塗り固められた保身の言葉に聞こえることを自覚していた。これにより、次の戦闘で流れ弾による戦死の可能性が十分にあると考えていた。そうなってもやむを得ない。約三十名の命と百名の命では釣り合わない。そこに自分一人の命が引き算されても仕方がないだろう。

周囲から小声で様々な意見が聞こえてくる。

「自分の命が大事だとハッキリ言ったぞ。」

「いやいや、俺には皆の命が大事だと聞こえた。」

「友軍を救う為ならば、どんな地獄でも突入するのが日本軍の伝統じゃないのか。」

「それは、救出できる可能性がある場合に限るだろう。」

「三個小隊と一個中隊を比べたら大尉の言う通りだろうな。」

「洞窟は罠だらけだ。合流する前に全滅しちまうよ。」

「大尉の親友も11中隊にいるのだろう。よく見捨てることができるな。すでにブラックなのか?」

「いや、まだグリーンだな。俺なら救援を出すね。」

「で、他の者に救援を任せて危険に晒し、自分は安全地帯でのほほんか。」

「臆病者は引っ込んでいろ。日本軍にはいらん。」

「精神論で戦争は勝てない。引き算が戦争の全てだ。本官は大尉を支持する。」

「大尉は、親友を信じたのだ。生きて帰ると。俺も大尉を支持するぞ。」

「大尉は、友が居るにも関わらず冷静で公平な判断をされたのだ。心中をお察ししろ。」

「そうだ、俺ならこんなに的確な作戦考えられないぜ。大尉についていく。」

下士官同士で論議が出る。上官の前で自由に作戦の良し悪しを述べることが出来るのは良い事だろう。ということは、鹿賀山は良い上官として部下から思われていると考えても良いのだろう。


議論を聞いていると意外にも鹿賀山の想定よりも作戦を支持する下士官が多い様だ。

まだ、鹿賀山は時流に負けてはいないようだ。ならば、これは言うつもりは無かったが、救援派に止めを刺しておく方が良いと判断した。

「作戦オプションが一つだけある。」

鹿賀山の一声でまた作戦室に静寂が戻る。

「作戦のオプションだが、志願兵を募る。志願兵には、11中隊救出に行ってもらう。なお、洞窟侵入後、一時間後に焼夷剤の点火を行う。何かあるならば、忌憚なく言って欲しい。ちなみに本官は志願できない。撤退作戦を指揮する。」

鹿賀山が無表情に何の感情ものせずに淡々と述べる。逆にその無表情で冷静な態度が、作戦室の空気を凍りつかせた。一瞬で室温が十度以上も下がった様な感覚を皆が感じた。

―さて、救援派は志願するか、保身に走るか。見せてもらおうか。―

「お前、救援は日本軍の伝統だと言ったよな。志願するのだろう。」

「え、あ、もちろんだ。」

「大尉を支持すると言ったからには、撤退作戦を遂行しなければならない。残念だが志願はできないな。」

「そうだな、作戦遂行には人手がいる。本官も志願はできない。」

「思い出してみれば、大尉の仰る通り、11中隊は入口寄りの月人を退治の依頼だった。この作戦であれば、行動規範に反しない。」

「臆病者が多い様だな。俺は志願するぞ。ただ、志願者が一個小隊では役に立たぬ。その場合は、無念だが志願を取り消すしかないな。」

鹿賀山は、静かに作戦室の下士官の話に耳を傾けていた。結局、救援派は自分の命が大事なだけで、建前を述べていただけに過ぎなかった様だ。どうやら、鹿賀山の勝ちの様だ。これで流れ弾による戦死の恐れは無くなった。

戦死してしまっては、小和泉を助け出す機会を永久に失う。生きてさえいれば、助けに行く機会はある。

「では、志願する者は挙手を。」

鹿賀山が声を掛けるが、挙手する者は、誰一人いなかった。十秒程、そのまま待つが下士官達は微動だにしなかった。

作戦室にぎこちない空気が流れる。声高に救援を叫んでいた者ほど、下を向き鹿賀山と目を合わせない様にしていた。

「では、全員一致と判断する。本作戦を大隊長に具申する。これが意見を述べる最後の機会である。意見具申を。」

鹿賀山は作戦室の面々を見渡すが、誰一人と発言をしようとしない。

―しょせんは、自分が可愛いか。俺は今すぐにでも銃を持って、小和泉のもとへ走っていきたいのを我慢しているというのに。―

だが、鹿賀山は表情には出さず受話器を上げ、大隊長をコールする。

「こちら大隊長室。何か。」

内線には先程と同じ口調の副大隊長が出た。今回はスピーカーモードにはしない。通常の受話モードにて内線を受ける。

「鹿賀山大尉です。作戦の承認をお願い致します。」

大隊長達には、作戦室をモニターされている。状況を説明する必要は無いだろうと概略は省略し、鹿賀山は結論だけを述べた。

「大尉に一任したはずだが、仕方あるまいか。この状況ではな。鹿賀山大尉の作戦を承認する。全責任は大隊長にある。異議申し立ては、上官を通じ大隊長に行う様に。以上だ。」

「はい。承認ありがとうございます。即座に作戦開始致します。」

「つらいだろうが、良く決断したな。後少し遅ければ、こちらから命令をするところだったが、さすがだな、鹿賀山大尉。君の様な優秀な部下がいてくれて助かる。」

副大隊長は、一方的に告げると内線を切った。どうやら、上層部は最初から11中隊を切り捨てるつもりでいた様だった。11中隊の支援要請の無線が無ければ、即時撤退も有り得たかもしれない。

小和泉が地上に戻った時にすぐ回収できる状況を作れるだけでも良しとすべきであろう。

「作戦は承認された。各員、全力で当たれ。」

『はい、大尉殿!』

全員から一斉に返答をもらう。無線に飛びつく者、キーボードにとりつく者、作戦室から14中隊司令部へ走り出す者等、一気に活気を帯びる。

作戦が動き出すと逆に余裕ができるのが指揮官だった。鹿賀山は、自分でコーヒーを淹れ、壁にもたれつつ、一口味わう。

―そういえば、熱いコーヒーを飲むは久しぶりか。いつも冷めてからしか飲めなかったな。いや、小和泉はコーヒーどころか水を飲むことすら出来ないのではないだろうか。

それに誰にも言わなかったが、焼夷剤の炎と高温により張り巡らされた通信ケーブルが破損するだろう。焼夷剤に点火後は、11中隊と連絡どころか、状況すら不明となる。

だが、連携がとれない今となっては、通信の可否は問題にならない。ただ、静かに地上に小和泉が現れることを待つしかできない。

俺に力があれば、もっと強大な権力があれば。本部から二個連隊でも三個連隊でも引っ張ってくるものを。―

鹿賀山は、そう思うとカップを強く握り過ぎ、安物のコーヒーカップはあっけなく破砕した。

鹿賀山の右手にカップの欠片が幾つも刺さり、熱いコーヒーと共に血が床へと滴り落ちる。

鹿賀山は、感情の高ぶりのせいで痛みも熱さも感じなかった。作戦が鹿賀山の手を離れたことにより、頭の中は小和泉の安否で一杯だった。

周囲の下士官が何やら手当をとか騒いでいる様だが、鹿賀山の目には戦区モニターに表示される11中隊の動向しか目に入らなかった。それも焼夷剤の点火と共に信号は消滅するのだ。あとは無事を祈る事しか出来ない。


二二〇一年十月六日 一九一五 作戦区域 洞窟内


小和泉達は、複合装甲に取り付けてあったライブカメラを取り外した。続いて、空気フィルターや排泄物パックを新品に取り換える。

通信用ケーブルのロール、支給されたばかりの音響センサーや数日分の食糧、テントや寝袋等を爆破破棄し、身軽になっていた。今、身に着けている物は、アサルトライフル、銃剣、二日分の食料だけだった。

これにより通常装備より数十キロの軽量化がされ、走行速度も格段に上がった。

一刻でも早く、地上へと駆け上がる。それが11中隊の総意だった。


しかし、最後に受領した作戦と戦闘予報に、11中隊は絶望をつきつけられた。

・14中隊による焼夷攻撃を一七三〇洞窟入口付近へ行う。

・焼夷攻撃は、11中隊が地上に帰還時には問題無い様に計算して持続させる。

・二四〇〇まで全隊待機。経過後は、11中隊を待たずにKYTへ撤退を開始する。

・11中隊の速やかな地上への帰還を期待する。


戦闘予報。

撤退戦です。すみやかに地上に帰還して下さい。月人の追撃にご注意下さい。

死傷確率は70%です。


また、戦闘予報の死傷確率が上がった。たった一日で10%の死傷確率が70%にまで上がっていた。これまでにない状況だった。11中隊が生き残る術は無いと宣言されたに等しい。

11中隊長の救援要請も曲解されてしまった。「入口より敵の掃討を希望す。」は、あいまいだった。

11中隊長の意図は、入口より進攻して敵を掃討して欲しいだった。しかし、司令部は、「入口寄り」と解釈をした。つまり、入口付近の敵の掃討を希望するとわざと解釈したのだ。

おそらく、東條寺か鹿賀山の考えた策であろう。

大隊長であれば、11中隊の救援は不可能と考え、即座にKYTへの撤退を開始している。

帰りのバスを用意してくれただけでも感謝すべきなのだろうか。

11中隊の隊員は、色々な考えや思いを心にあったが、二四〇〇までに地上に上がれば、KYTへ帰れるという事実だけを支えに無言で洞窟を駆け進む。


一七三〇になった瞬間、無線に爆ぜる音が響いた後、どのチャンネルに合わせても司令部や外部との通信はできなくなった。

モニターにも信号途絶と表示される。11中隊内のみでの無線運用しかできなかった。

つまり、焼夷攻撃により通信ケーブルが焼き切れたのであろう。

これにより、物理的だけでなく信号的にも外部と完全に隔離された。頼れるのは、11中隊の戦友のみだ。

「隊長、今の音は焼夷攻撃による通信ケーブルの破損でしょうか?」

桔梗が分隊無線を通じ、小和泉に確認してくる。正確に質問してくるということは、理解していることだろう。

「そうだろうね。他に考える余地は無さそうだね。」

隠しても意味が無いことだ。小和泉は正直に答える。

「あらら、完全に置いてけぼりっすね。」

菜花は、どこか状況を楽しむかの様に反応する。

「救援来ない。予測済み。」

鈴蘭の口調は、こうなることを分かっていた様だ。

「さて、みんなでハイキングだ。途中で狼さんや兎さんが出て来るけど、相手にしちゃ駄目だよ。バスの時間に遅れるからね。」

今さら慌てても状況は好転しない。小和泉は、開き直っていた。

「はい、かしこまりました。」

「委細承知でい。」

「了解。帰還、優先します。」

三人が異口同音に答えた。


案の定、帰り道は月人の大歓迎を受けた。次々と行きと違い、多数の月人が押し寄せてきた。

こちらは、無尽蔵と呼べるエネルギー体のイワクラムがある。弾薬が尽きることは無いが、体力と精神力と進軍速度の低下が心配だった。

正面から現れる月人は、接近される前に前衛小隊の一斉射にて撃ち倒し、背後からの忍び寄る月人は後衛小隊がライフルもしくは銃剣にて各個撃破していった。しかし、撃破してもしばらくするとすぐに月人は押し寄せてきた。月人の波状攻撃を何度押し返した事だろう。

月人が尽きることは無いのだろうか。無限に月人が湧く錯覚に陥りそうだった。

小和泉がいる司令部小隊の中衛には、現在のところ敵の脅威は迫っていなかったが、油断はできなかった。

「いいかい、みんな。前後左右は味方に任せておけばいいからね。僕達は、罠や天井からの不意打ちを主に警戒するからね。」

「了解致しました。他の隊の方は、注意が上方には向いていない様です。」

桔梗が代表して答える。

「そうだね。前後から来る敵に注意力が集中しているね。危険な兆候だね。些細な変化も見逃さず、発砲自由で対処していいからね。」

小和泉は、ここに来るまでの間に四十名を切った11中隊を見渡す。目がつり上がり、血走っている。極度の興奮状態に陥ってしまった様だ。これでは、注意力散漫か視野狭窄になってしまう。

11中隊の中で冷静を保ち精神的余裕があるのは、小和泉率いる1111分隊だけだった。極力戦闘には加わらず、油断なく周囲の状況を把握しようと努めていた。

生還率を上げるには、センサー役がいた方が良いだろうとの小和泉の判断だった。興奮状態に陥った中隊長には許可はとっていない。それどころか、1111分隊だけが直接戦闘に加わっていない状況に気がつく余裕がある者はいなかった。


「敵、天井多数。」

鈴蘭が中隊無線で報告と同時にアサルトライフルを単射で月人を一匹ずつ仕留めていく。

普段、観測手を務めているだけのことはあり、洞窟の陰影の些細な変化に誰よりも早く気がついた。

小和泉達や前後に射線が取れなかった者が、数瞬遅れて天井へ発砲を開始する。敵の数など把握する余裕は無い。見つけた月人から順にアサルトライフルで撃ち落としていく。

連射や榴弾モードで一掃できれば簡単なのだが、天井に貼りつかれては、天井も同時に壊し、落石や落盤により中隊に被害が出る。ここは鈴蘭の様に地道に単射で月人を射貫いていくしかない。

時折、月人の死体が兵士に当たり怪我する者や中には運悪く頸椎や脊髄を折って死亡してしまうものがいた。しかし、中隊の中に飛び込まれると肉弾戦での対応となり、外に向いていた攻撃力が内に向うことになる。そうなれば、周囲への攻撃圧力が下がり、月人の接近を許し、飲み込まれてしまうのも明白だった。危険だが、攻撃を止めることはできない。

皆が死の恐怖を我慢するしかない状況だった。

―死体に当たるなよ。当たっても恨むなよ。―

と思いながら、小和泉は引き金を何度も引きながら月人を一匹ずつ撃ち倒していった。

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