13.〇一一〇〇六作戦 さらに深く静かに
二二〇一年十月六日 一五一五 作戦区域 洞窟内
112小隊の合流を待っていると113小隊と114小隊にも動きの変化があった。こちらに向かい、11中隊を集結させる様だ。
動いた小隊の穴を埋める様に地上で待機していた12中隊と13中隊が進軍を開始する。
戦区モニターに作戦変更の内容が遅れて表示された。
・敵勢力、過大につき、小隊対応から中隊対応に変更。
・12中隊及び13中隊を先鋒にて洞窟内の月人を殲滅。
・11中隊から111小隊を撤退。残存小隊にて後衛とする。
・11中隊へは補給小隊を派遣。補給品を受領後、補給小隊は帰還。
・14中隊及び大隊長部隊は、哨戒および地下から地上へ逃げる敵勢力を引き続き掃討。
続いて、最新の戦闘予報が表示される。
戦闘予報。
殲滅戦が続くでしょう。月人は80%が無力化されたでしょう。
死傷確率は10%です。
兵士のライブカメラやアサルトライフルに取り付けられた照準用カメラにより、敵数の算定を司令部のコンピュータで自動的に行われている。重複や見落としもあるだろうが、初期の想定数を超える月人の死体の山を築いているにも関わらず、戦闘予報は現実を突きつけてきた。
111小隊が大損害を出しながらも数十匹の月人を撃ち倒しても、戦闘予報は、月人が20%も残っていると言う。いったいこの洞窟には何匹の月人が潜んでいたのだろうか。
初期の敵規模の見積りが甘く、同じ小隊の兵士が散っていった。
小和泉は、作戦を立てた司令部への静かな怒りをさらに高めていった。
戦闘予報を見た111小隊の面々からため息の様なものが、無線に溢れかえる。小隊二十名中、死傷者十三名。損耗率六十五%も出しながらも戦闘予報は好転しない。
小和泉達の損害は、戦略的に報われなかったと宣言されたに等しい。
ちなみに111小隊の死者は、促成種だけだった。
自然種の分隊長達に軽傷者はいたが、戦死者は出なかった。
つまり、分隊長である蛇喰も井守も生きていた。これは複合装甲に効果があったと言うよりも、促成種に摺込まれた自然種を守れという命令によるものが大きかった。
人工授精より二年で実戦配備される促成種は、育成に時間がかかる自然種の分隊長の盾となり倒れていった。
落とし穴よりはしごを上がってきた蛇喰は、真っ直ぐに小和泉に近づいてきた。
足取りはしっかりしており、大きな怪我は無い様だ。
蛇喰は、小和泉の正面に立つと何も言わずに無表情でじっと小和泉の顔を見つめた。小和泉も特に蛇喰に話しかける言葉を持たないので、沈黙が流れ続ける。
お互いが見つめ合い、一分ほど経っただろうか。ようやく蛇喰が重い口を開けた。
「小和泉少尉、貴分隊の提案により我々が助かったことは理解している。しかし、危険な賭けだった。」
「確かに我が1111分隊の発案である。誤射の可能性は、否定しない。告発するならば、本官を告発してくれ。」
桔梗が何かを言おうとしたが、手の動きで黙れと指示する。部下の発案を許可し、承諾したのは小和泉だ。小和泉に作戦の責任があると考えている。逆に成功した功績は、桔梗のものだと当然のように考えていた。
小和泉は、部下の手柄を取るような小さな器ではない。その様な小さな器では今後、日本軍の階級を駆け上がる事など不可能だ。
「責めるつもりは一切無い。ええい、何だ、その…。感謝を。」
蛇喰は、最後の一言を小さいが力強い声で言い、小隊の中へと紛れていった。
「意外。蛇喰少尉、隊長、敵視しない。不思議。」
鈴蘭が皆の心を分隊無線で代弁する。
「自分も1111分隊の皆様に感謝いたします。蛇喰少尉は、自分に素直な方です。蛇喰少尉が出来ない事を小和泉少尉が成し遂げられるので、その引け目が敵視に見えるのではないかと愚考致します。」
突然、井守准尉の声が割り込んでくる。
井守が蛇喰の後ろについて来ている事に気がついていたが、その様な解釈が出るとは、小和泉は思ってもいなかった。
違う立場から見れば、井守が言っている事が正しいのかもしれない。
当事者である1111分隊と鹿賀山にはその発想は無かった。蛇喰の敵意は、単なる小和泉への嫉妬心であろうと考えていた。新たな発見だった。
「蛇喰少尉は、無意識に小和泉少尉に憧れておられるのでしょう。かく言う自分も小和泉少尉を尊敬しております。この度も、救援頂きありがとうございます。」
井守には以前の新米士官の面影は無く、一人前の士官の顔をしていた。小和泉の荒療治の効果があった様だ。やはり、百回の訓練より一度の実戦に勝るものは無い様だ。
「日本軍として当然の行動規範だ。それにしても以前と顔つきが変わったな。」
「部下に大被害を出してしまいました。その為、後悔が表情に表れているのではないでしょうか。分隊では、自分と副長だけが生き残りました。生き残った副長も瓦礫に圧迫され動けなくなった自分を守る為に盾となり、重傷を負わせてしまいました。分隊長失格です。」
井守の目から涙が何粒も零れ落ちる。井守は心根が優しすぎるのだろう。だが、軍に長くいれば、それも麻痺し殺人機械へと変化していく。どんな善人や聖者も、いわゆる立派な軍人になってしまうのだった。
「士官が兵士の前で絶対に涙を見せるな!心の中で泣け!」
「はっ!失礼致しました。以後気を付けます。」
井守が歯を食いしばりながら敬礼をする。だが、涙が止まる気配は無かった。
小和泉は、井守の肩に優しく左手を置いた。
「ちなみに僕も任官してから、三人の部下を亡くしているよ。」
その言葉を聴いた瞬間、井守の肩から余分な力が抜けた。
「小和泉少尉がですか?信じられません。」
「誰だって新人の頃はあるよ。ただ、この不幸な経験を必ず次に活かすんだ。そうでなければ、散っていた部下に顔向けできないよ。」
「はい…。心に…、いえ、魂に刻み込みます。くっ。まだ、汗が止まりませんので失礼致します。」
井守は再度敬礼をし、戦死者達の仮安置所に向った。
「隊長、井守准尉は良い方向に一皮むけたようですね。」
井守の背中を見送りながら桔梗が言う。
「そうだね。損害が出たのは残念だけど、今後は大丈夫だろうね。」
先の作戦で井守を薬漬けにしてでも、戦場に慣らせたことが良かったのだろうか。初陣の時とは大違いだった。取り乱すこともわめき散らすことも無かった。
小和泉は、愛する部下三人の誰一人も失わぬことを心に再度誓った。
小和泉は、促成種が摺込みにより命を失うことに関して以前より疑問を感じていた。人権は同等に扱われている為、自由意志に任せればよいと考えていた。
ゆえに、月人と一対一であれば、複合装甲無しでも、自分の身は自分で守れる様に心身を鍛え続けている。その為、1111分隊では、隊長の警護の必要が無い為、部下に負担がかからず、損害無しで今回の待ち伏せを乗り越えることが出来た。
他の分隊に損害が出たのは、分隊長に月人と直接戦闘を行う力量が無かった為だ。だが、これを責めることは出来ない。日本軍では、士官である自然種が月人と直接戦闘を行うことは想定してしない。遠距離による銃撃戦で殲滅し、接近する月人は促成種が排除することが基本戦術だ。
昨日までは、この基本戦術で日本軍は上手く立ち回れていた。今からはこの基本戦術を見直す必要が有るだろう。
小和泉には、今回の戦闘で何が起きたかは分からなかった。中隊が来れば、何かしら発見があり、全容が判るだろう。とりあえず、月人に対する脅威度を引き上げざるを得なかった。
戦区モニターに案内が出る。
・まもなく11中隊集結。111小隊は撤退準備。
モニターを確認すると12・13中隊は、所定の位置につき、別経路から進軍を開始している。
後は、ここの配置換えを待っている状況だ。
小和泉が物思いにふけっている間に相当の時間が流れていたらしい。外部マイクが中隊の足音を拾う。今回は予定通りに進んだ様だ。無事に11中隊が集結した。
気がつけば、小和泉を守るかの様に桔梗、菜花、鈴蘭が三方を固めていた。
小和泉が戦闘区域でゆっくり考え事ができたのは、部下達の警護のお陰だ。三人は、小和泉の思索の邪魔をせぬ様にずっと沈黙を保っていてくれた様だった。
「みんな、済まないね。僕の都合に付きあわせてしまったみたいだね。」
「いいえ。問題ありません。促成種の私達も疲れる事もあります。丁度良い休息でした。」
代表して、副長の桔梗が答える。
「念の為に確認するけれども、本当に怪我はしてないよね。」
三人の状況を表す生体モニターは、緑色表示になっているが、念の為、口頭で小和泉は再確認をした。
「はい、ありません。」
「あの程度では、奴らには俺に触れられないね。」
「接近、させない。肉弾戦、嫌い。」
桔梗、菜花、鈴蘭の順に三者三様の反応で無傷であることを示してくる。
小和泉が複合装甲を着ていなければ、感謝を込めて一人一人力強く抱きしめたいところだ。しかし、複合装甲で抱きしめれば、三人を複合装甲の鋭い部分で傷つけるだけとなり、感謝の気持ちは伝わらない。戦闘での興奮を抑える為、少し人肌の温かさと柔らかさが欲しかったというか、いたずらをしたかったというべきだが、感謝を言葉で伝えるしかできなかったのがもどかしかった。
「みんな、本当に生きていてありがとう。でも、撤退が一番難しいからね。他の分隊は戦場から離れられるから気が弛むと思う。その分、僕達はさらに慎重に撤退しよう。」
「はい、承知しております。」
桔梗がヘルメットのバイザー越しに優しい笑顔で答えてくれた。
―桔梗には、僕の心が見抜かれているか。―
二二〇一年十月六日 一六三〇 作戦区域 洞窟内
1111分隊は、洞窟の奥へと進軍していた。
111小隊の他の分隊は予定通り撤退したが、無傷である1111分隊の撤退は、司令部より許可が下りなかった。
小隊長である小和泉が骨折でもしていれば、撤退できたかもしれなかった。
―鈴蘭に腕の一本でも綺麗に折ってもらえば良かったかな。―
小和泉は、自分の考えがまだ甘かったことを痛感していた。
月人の新戦術を経験し、肉弾戦においても無傷で狂犬部隊の名に相応しい功績を上げたことが11中隊に残留する理由になってしまった。
小和泉は、肉弾戦による心身の疲労を訴えたが、人手不足を理由として司令部に却下された。
ただ、疲労を鑑み、中隊長の配慮により比較的負担が少ない中隊長小隊に編入されたのは、ありがたかった。
前線を知る者と後方勤務の者では、戦闘における疲労がどれだけのものになるか分かり合えないのであろう。
―今回の作戦立案者を最前線に立たせてやる。―
小和泉の心にまた一つ目的が付け加えられた。
今回の遭遇戦の速報が各隊に配信された。
速報の為、内容は簡潔だ。戦場で長々と報告書を読む様な時間は存在しない。
・落とし穴を使った待ち伏せである。
・落し蓋は、火薬を使用し、爆破して二個分隊を落とした。
・爆破後、混乱に乗じ洞窟天井部より降下し肉弾戦に突入。
・各隊、地面の不自然な割れ目や穴および天井に警戒厳。
単純な内容だが、小和泉達の身に何が起こったか、ようやく解った。確実に月人は進歩している。先日の杭打ちによる装甲車の破損や火薬を使用した落とし穴など以前の月人には無かった戦略と戦術だ。
この洞窟攻略戦である〇一一〇〇六作戦は、今後通用しない。臨機応変に対応し、洞窟内の月人掃討を行わなければならない。そのため、司令部は一個中隊から三個中隊での掃討戦に移行したのだろう。
戦区モニターには、三個中隊が併進する形で洞窟の奥に進んでいる。音波センサーを持ち込んできたのか、自動生成地図に音波反響予測地図が足されている。
それによると、この洞窟はまだまだ深い様だった。
立案時の作戦は日帰りだったが、どうやら月人達は、人間を手厚くもてなす為、今日中に地上には帰してくれないようだ。人類に不利なゲリラ戦に引きずり込まれた様だ。
しかし、司令部とコンピュータには、それが分かっていない。その証拠に戦闘予報の更新が配信されていなかった。
二二〇一年十月六日 一七〇八 作戦区域 洞窟内
待ち伏せ地点から三層降りるまでの間に散発的な抵抗を受けたが、接近される前に撃ち倒し被害は無く、小和泉が所属する11中隊は順調に進んでいた。
本格的な待ち伏せや逆襲は受けていない。
小和泉の1111分隊は、中隊長小隊の護衛に組み込まれ、哨戒任務や戦闘任務に就く必要が無かった為、肉体的疲労や精神的疲労は行軍しながらも回復していた。
大隊司令部が手配した音響センサーのお陰で洞窟内にある裂け目や窪みもあらかじめ把握し、安全に進撃を続けられた。といっても、11中隊の心的被害は大きく進軍速度が大きく低下していた。本作戦での敗戦は、それだけ大きな衝撃を与えたと言える。
月人に戦略と戦術の概念が生まれた。これは、恐ろしい事実だった。軍事力の点では、人類が月人を圧倒している。しかし、月人の生態、本拠地、生息地、生息数、目的等は一切不明であり、不気味だった。月からやって来て問答無用で人類を狩る。
人類と月人のファーストコンタクトは、平和的にKYTの人類は行おうとしていたが、月人による一方的な虐殺で終わった。その後、数十年間、意思疎通が出来ぬまま殺し合っている。
月人は斃せども湧いてくる。いったい何万匹の月人を先人達は斃してきたのだろうか。
月人を斃した数が判明している分は、地下都市KYTだけの数字だった。
日本規模いや世界規模で考えた場合、どれほどの月人が月からやって来たのだろうか。長年にわたり学者達が研究や発表をしているが、正解は出ていない。
KYTの西にあるとされる地下都市OSKと未だに連絡が取れないでいる。
KYTよりも巨大地下都市であるOSKならば、未確認情報を持っている事が期待されている。OSKとの早急な情報交換を行政府も日本軍も望んでいた。
OSKが現在も存在していればの話だったが。
11中隊の中隊長小隊の動きが慌ただしくなる。
「二百メートル先に落とし穴発見。進軍停止。甲種警戒に移行。」
「了解。12小隊は落とし穴の火薬を爆破。13小隊は12小隊を護衛。14小隊は周辺警戒。全小隊、壁の割れ目や天井にも十分警戒されたし。」
「12小隊、了解。」
「13小隊、了解。」
「14小隊、了解。」
警戒水準には、甲乙丙丁の四段階がある。甲種は戦闘時の最高水準の警戒を、丁種は平時における歩哨水準の警戒を求められる。
小和泉の戦区モニターに落とし穴の表示が追加され、各小隊が微速前進を始める。
1111分隊に指示が無かったという事は、このまま中隊長小隊の護衛任務を継続すれば良いのだろう。今回は、不意打ち無しの三個小隊が相手をする。前回と同じ規模であれば、油断さえなければ、苦戦する恐れは無いはずだ。
「隊長、いいのかい?私達が前衛に出なくてもさぁ?」
菜花が、肉食獣を思わせる目で小和泉の顔を覗き込むというよりも、身長一七〇センチの小和泉よりも菜花の方が十センチ背が高い為、上から見下ろすと言った方が正しかった。
「命令が無いと出られないよ。それに僕は、皆が危ない目にあうよりここに居る方がありがたいね。」
小和泉がしみじみと本音を漏らす。
「隊長、やさしい。大好き。だから、後衛がいい。」
鈴蘭がさりげなく、好意を改めて伝えてくる。
「待て待て。俺だって隊長の事は大好きだ。危険な目に遭わせたくはねえよ。」
菜花が慌てる様に鈴蘭に張りあう。
「隊長、御存じだと思いますが、私もお慕いしております。」
桔梗が凛とした声で二人に張りあってくる。
「皆が僕の事を愛している事は十分に知っているし、僕も愛しているよ。」
甲種警戒により11中隊の気が立っている中、1111分隊だけが平常心を保っていた。




