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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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129/336

129.第二十六次防衛戦 遭遇戦

二〇三年二月四日 〇四四八 KYT 歩哨所イ号


待機室の兵士達も監視室の兵士達と同様、無駄話に夢中となっていた。

彼らは、監視室から大きな音を耳にしたが、全く気にしなかった。いつも通り、誰かが居眠りでもして壁に頭でもぶつけたのだろうと、都合の良いことを考えていた。

待機室に到来したのは、静かな嵐だった。

物音一つ立てずに雪崩れ込んで来た月人達は、弛緩し切っている兵士達を一撃のもとに斃し、屠り、蹂躙した。


司令室にいた小隊長は、隣の待機室から聞こえる物音に溜息を一つつき、立ち上がった。

そして、はしゃぎ過ぎる兵士共を注意すべく、待機室の扉を開けた。

その瞬間、小隊長は胸から腹にかけて強い衝撃を受けた。

衝撃は、あまりにも熱く、全ての思考が吹き飛んだ。

注意しようとした言葉は、口から洩れなかった。ただ、代わりに血の塊を吐くだけだった。

熱さの原因を見ると、四方より兎女達の長剣が小隊長の胴体を刺し貫いていた。

「て、き…。」

小隊長は、弱々しい警告を一言だけ発し、事切れた。

だが、弱々しい警告は誰の耳にも届かなかった。

小隊長を踏み潰して、雪崩れ込む月人は、静かな嵐だった。月人達は一言も声、いや、唸りも吠えることもしなかった。

聞こえるのは、肉を叩き潰す音と兵士達の刹那の断末魔だけだった。足音すら無かった。

休憩室で大休止を取っていた小隊は、敵の襲撃に気づくことなく、眠りの中で斃された。

誰一人、月人に反撃を行なえた者はいない。

虐殺された。

悲鳴や怒号をあげることすら叶わなかった。

歩哨所イ号に駐屯していた五十名は、血袋または肉塊と化し、床に斃れた。

その中に月人の姿は、一体も無かった。

五十名分の血液などの体液ともなると大量であった。排水など考慮されていない部屋は、血溜どころか、くるぶし近くまで浸かる血の池が例えではなく、現出していた。

月人は、ほんの数分で歩哨所イ号を制圧した。

月人達は、殺戮を終えると、机の上や壁に設置されていた機械類を叩き壊し始めた。彼等には機械の価値は分からないだろう。本能に従い、破壊衝動に襲われたのだろう。

高価で貴重な情報端末や通信設備等は、一瞬でガラクタと化してしまった。


二二〇三年二月四日 〇五二一 KYT 長蛇トンネル


暗闇の中、第四中隊は狭い長蛇トンネルを歩哨所イ号へ徒歩行軍を行っていた。

その歩みは、遅々としており、訓練をつんだ歩兵のものとは思えなかった。

徒歩一時間の距離であったが、未だに中間地点にすら達していない。

第四中隊中隊長は、慎重な性格であった。別の言い方をすれば臆病と呼んでも差支えが無い程、線が細い人物だった。なぜ、中隊長になれたのか日本軍の不思議の一つとも言われていた。

そんな人物が、一直線に歩哨所へ向かうはずが無かった。

温度センサーと暗視モードをフル活用し、進行先の状況を見極めた。

撤収時には有利になる様に対策を取りつつ、前進を進めていた。

さらに数少ない装備品の音響センサーも持ち込んでいた。音響センサーの使用時は、全軍停止し、無音行動を徹底させる慎重さだった。


「副長、各種センサーに反応は無いか。」

中隊長は、五分おきに副長へ尋ねていた。このしつこさと線の細さには、副長は辟易しており、密かに総司令部へ異動願を提出していた。未だに受理される気配は無い様だが。

「はい、反応ありません。」

抑揚の無い声で副長は答えた。

「何かあれば、直ぐに報告だからな。報連相を怠るなよ。」

「了解。進軍を再開せよ。」

副長は早く歩哨所に行き、仕事を終わらせたかった。仮眠中に叩き起こされ、緊急出撃したため、機嫌が悪かったのだ。お使いの様な仕事は終わらせ、早くベッドに戻りたかった。

だが、副長の思いとは逆に、中隊長は細部にわたって指示を出し続けた。第四中隊の進軍は当初の予定よりも益々遅れていった。


二二〇三年二月四日 〇六一六 KYT 長蛇トンネル


ようやく、中間地点を過ぎ、残り一キロまでの地点へ到達した。

「副長、センサーに反応は本当に無いのか。」

中隊長が同じ質問を繰り出す。これで十数回目だ。副長の苛立ちは募るばかりだった。

「反応なし。」

副長の声には、敬意の欠片も無くなっていた。

「本当に反応が無いのか。」

「ありません。機械の故障でもありません。」

「進軍停止。斥候部隊を出す。第四小隊に先行偵察を命じる。」

「意味が分かりません。もう目と鼻の先です。このまま進軍しても問題ありません。センサーに反応がないのですから。」

「副長、まだ気づかないのか。反応が無いのが異常なのだよ。」

「はあ?」

副長は、中隊長の臆病さに呆れかえり、思わず上官に対して発すべき言葉を失った。

中隊長は、そんな態度を歯牙にもかけず、話を続けた。

「この距離なら歩哨所に詰めている兵士達の熱源を温度センサーが拾うはずだ。それに音響センサーにも反応が無い。おかしいだろ。あそこには五十人はいるのだぞ。無音待機をしているわけではないのだ。生活音がしてもおかしくないだろう。」

ようやく副長は、中隊長が言いたい事を理解し、頭が冷えた。冷静では無かった様だ。

「了解しました。第四小隊へ偵察を命じます。」

「くれぐれも敵にも味方にも悟られるな。」

暗黒の中、中隊から離れていく一団の気配を感じつつ、第四中隊は無音待機に入った。


二二〇三年二月四日 〇六三七 KYT 長蛇トンネル


偵察に出た第四小隊は、歩哨所より早々に戻り、中隊長へ報告を行った。

歩哨所内の惨状を聞いた中隊長の顔色は、即座に青くなった。

「ふ、副長、撤退だ。砦に帰還だ。撤退準備。」

中隊長の声は震えていた。歩哨所の駐在していた二個小隊が、反撃も出来ずに全滅するとは異常だった。

この場所、いや、自分自身がこのトンネル内に存在することが耐えられなくなった。

「まだ、二ヶ所の歩哨所を確認しておりませんが。」

副長は、中隊長の小心ぶりに呆れながら、職責として確認を入れた。

「撤退だ。確認不要。この情報を持ち帰ることが最優先だ。」

「わかりました。撤退を開始します。」

「殿は、仕掛けを展開することを忘れるな。」

「了解。仕掛けを発動させます。」

副長は、中隊長がまだ何か喚いているのを聞き流し、撤退を開始させる。

「各隊に通達。一・二・三・四小隊の順に撤退を開始せよ。往路にて設置した仕掛けに足を引っ掛けるな。

殿の第四小隊は、仕掛けの展開を行ない、背後からの敵襲に備えよ。」

『了解。』

各小隊長から返信が入り、ゆっくりと第四中隊は、砦へと撤退を始めた。

中隊が先へ進む度に殿より小さな爆発音と金属と硬い岩に当たる様な音が何度も響いた。


第一小隊が二キロ地点に差し掛かった時、第二幕は始まった。

「あ、痛。足踏むな。」

「おい、押すな。グゲ。」

「何だ。何が起こっ。」

「どうした。つまずいたのか。」

兵士達の間で混乱が広がっていく。

肉と肉がぶつかり合う鈍い音。

金属とセラミックが咬み合う甲高い音。

徐々に増えていくアサルトライフルの閃光。

その刹那の光に浮かび上がる兵士と絡む獣人の影。

状況の急激な変化は誰の目にも明らかだった。

「報告せよ。何が起きた。早く知らせろ。」

第四中隊長の金切り声が響く。

「月人の奇襲。天井より降下。」

「なぜだ。反応は無かったはずだ。どうやってここに…。」

「考えるのは後です。各員、銃は使うな。銃剣で対応しろ。同士討ちになる。お互いの死角をカバー。数はこちらが多い。落ち着いて相手しろ。」

副長は、中隊長の存在を無視し、兵士達に指示を矢継ぎ早に出していく。

小心者の中隊長は、突発事項への対応能力が皆無であることを第四中隊の皆が知っていた。

自然と副長の命令を優先する気質が生まれていた。

即座に兵士達は円陣や背中合わせになり月人に向かい合った。先程まで無秩序に飛び交っていたエネルギー弾は止まった。

「よし。第一は前進して混戦から抜け出せ。第二は、あぶれた月人を叩き潰せ。第三は天井に斉射。第四は後方へ斉射。急げ。」

副長の命令に訓練された兵士達は即座に動く。

混戦を抜け出すために第一小隊は、月人を銃床で殴り、銃剣で薙ぎ払い、かき分け、少しずつ前へ進む。第一小隊の群れからあぶれてきた月人を第二小隊が銃剣にて襲い掛かった。

第三小隊と第四小隊は、天井と後方を照準も合わせず、四方八方に撃ち始める。

銃撃によりトンネルが、昼の様に照らされる。しかし、天井や後方に月人の姿は無かった。

壁面や天井にも異常は見当たらず、月人がどこから現れたのか不明だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  第1部の折に『改行・スペース云々』と言った者です。  まず、丁寧な返信を下さり有難うございます。  現時点でここまで読み進めて参りましたが、読み始めてみればなんて事はなくスムーズ…
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