126.第二十六次防衛戦 地雷散布
二二〇三年二月四日 〇〇五一 KYT 西部塹壕
第四大隊に散布型地雷を運び終えた小和泉達は、持ち場に戻ることは許されず、なし崩し的に地雷投擲機の担当をさせられていた。
第四大隊大隊長が第八大隊大隊長の菱村に対して、いつの間にか許可を得ていたのだ。
「狂犬ならば、好きに使って、飽きたら返してくれ。と、菱村大隊長からの返事だ。
こちらは、射撃に追われ、兵士を地雷散布に割く余裕が無い。
という訳で、地雷投擲機をお前達に任せる。撃ち尽くし次第、原隊に戻ってもよい。
戻る時は、報告を入れる様に。以上だ。」
と第四大隊大隊長に言われ、現在に至る。
「おやっさんに売られちゃったね。僕達。」
「そのようですね。」
落ち着いて返す桔梗。
「即時発射。弾切れ。帰投希望。」
管制官の様に返す鈴蘭。
「そうだぜ。さっさとばら撒いて、巣に戻ろうぜ。」
乱暴な口調な菜花が続いた。
「では、その手筈でいこうか。」
『了解。』
小和泉の言葉に三人の返事が綺麗に重なった。
複合セラミックス製の砲身に三脚がついた地雷投擲機は、第四大隊に一機だけ配備されていた。
砲身の後部扉を開き、一発から五発までの散布型地雷を装填が可能となっている。
発射機構は、圧縮空気で撃ち出すシンプルな構造だった。砲身の尾部から延びるチューブがコンプレッサーと繋がっており、圧縮空気が送り込まれていた。
発射方法も電磁式や、火薬式なども検討されたらしい。だが、火気を使用した発射方法では、誘爆の危険性が考えられた。それゆえに圧縮空気による発射方法が採用された。
あと、弾着精度が求められていない武装であることと発射音の静粛性が採用の理由になった。
照準は、砲身の角度と方向で決まる。角度と方向は、ヘルメットに装着されているカメラが投擲機の姿勢を読み取り、適正姿勢をワイヤーフレームで表示する。後は、投擲機とワイヤーフレームを重ね合わせれば、照準調整完了となる。
ちなみに照準の方位と角度の計算は、戦術ネットワークで行われる。こちらは、地図上で発射地点と着弾地点を指定するだけで良い。風速や地形などの外的要因は、戦術ネットワークが自動的に計算してくれる。
もちろん、手動での着弾地点の計算も全兵士に叩き込まれている。
小和泉は、投擲機の周りに積まれた弾薬ケースを見回し、深呼吸を行なった。
先程まで、補給所と前線を小和泉達が何度も往復して積み上げた物だ。一ケース二十四発としても三百発近くは有るだろう。一回に五発を射出しても、六十回は射出しなければならない。
投擲機一機では、そこそこの時間がかかりそうだった。
「投擲機用意。」
「了解。三脚展開、固定確認。」
「方位、角度算出中。」
「フレーム表示。」
「フレーム重複。照合確認。」
「地雷五発装填。」
「五発装填完了。」
「安全ピン除去。」
「ピン除去。五本確認。」
「扉密閉。」
「密閉確認。」
「撃ち方、始め。」
軽い空気の噴射音とともに五発の地雷が投擲機の砲身より撃ち出された。
五発の地雷は天高く放物線を描き、四方に広がりながら目標地点へ落下していった。
そこは、月人共に荒らされ地雷が無くなった元地雷原だった。その場所に新たな地雷を撒くことにより月人の数を減らすことと足を止めることが目的だった。
小和泉がアサルトライフルのカメラを望遠にし、戦果を確認した。早速、撒いたばかりの地雷を踏みぬき四肢を吹き飛ばされる月人の姿が見えた。
「効果確認。投擲続けろ。指揮は桔梗に任せるよ。」
「了解。投擲続けます。」
桔梗が答えると三人は、同じ手順で次々と元地雷原へ目がけて地雷を撒き散らし始めた。
月人達は、派手で苛烈な銃撃と砲撃に気を奪われていた。頭上より静かに落下してくる散布型地雷の存在に気付かなかった。
足元から無くなったはずの地雷が、突如出現したことに月人達は慌てた様だった。しかし、即座に冷静さを取り戻し、行軍を再開した。月人には、恐怖心が欠落しているのだろうか。
―効果はあるけど、決め手にはなっていないね。やっぱり、さっさと撃ち尽くして後方に戻った方が良さそうだね。生き残るにはね。―
小和泉は、望遠にしたままアサルトライフルの照準を月人に合わせ、連射モードでなぎ倒していく。
とりあえず、足を狙い敵の機動力を奪い、無力化させてみる。足を撃ち抜かれた月人が這い上がろうと仲間に掴み寄り、立ち上がろうとした。
まとわりつかれた月人は、速度を落とし渋滞を発生させた。
―おや。これは意外に効果的だね。敵の進軍速度が鈍るね。人類と同じ価値観を持っているのかな。報告した方がいいのかな。―
小和泉がそう考えた瞬間、月人は人類とは違うことをハッキリと知らされた。
行軍の邪魔をするまとわりつく負傷した月人達は、仲間の手でアッサリと止めをさされた。
そこには、何の躊躇いも無かった。狼男は、しがみついてきた怪我した兎女の首をねじ切り、地面に打ち捨てた。兎女は、長剣でしがみついてきた狼男の手を斬り飛ばし、心臓を一突きした。
月人の命の値段は、小和泉の予想よりもかなり安かった。人類では考えられない倫理観だった。
いや、歴史上、同じ事は幾度も人類は行っている。表にしていないだけだ。
歴史書や従軍記を調べれば、もっと残酷な仕打ちを同類に行ってきている。
小和泉にとって、驚くほどの事では無かった。
―この方法は、駄目だったか。これなら下手に戦力を残すよりも確実に始末した方がいいね。月人も人類と同じかぁ。結局、知性を持つと碌でもないのかもしれないねぇ。報告は無しだね。―
小和泉は、照準を脚部ではなく、被弾面積の広い胴体へ切り替えた。こちらの方が、確実に命中し、無駄弾を無くせるからだった。
「宗家。私は何をすればよろしいのでありますか。」
隣で静かに控えていたカゴが、声をかけてきた。小和泉の命令を待っていたらしい。
「僕と一緒に月人を撃ち倒してくれるかい。撃ち方は分かるかい。」
「はい、問題ありませぬ。軍における知識は、既に脳に書き込まれているのであります。また、仮想戦闘も二百時間程ですが、修了済みであります。」
「では、桔梗達が地雷を撒き終わるまで、一緒に少しでも月人を減らそうか。」
「御意であります。」
カゴは、塹壕の縁に体を預け、小和泉と同じ様に月人を撃ち倒し始めた。
基礎知識が脳に書き込まれているというのは事実の様で、淀みなくアサルトライフルを操った。
カゴは、筋が良いようで命中率が非常に良かった。
「良い腕だね。」
「お褒めに預り、光栄であります。」
もっとも、密集している月人への撃ち込みに対し、外す方が難しいことは言わないことにした。
二二〇三年二月四日 〇一三二 KYT 西部塹壕
蛇喰が率いる8314分隊は、作戦初期に配置された塹壕よりアサルトライフルで月人を撃ち倒し続けていた。左翼の第四大隊と右翼の第六大隊を援護することが、第八大隊に課せられた命令だった。
その命令を忠実に実行し、回り込もうとする月人を撃ち倒したり、押し迫られる味方の部隊を掩護したり、忙しい立ち回りを演じていた。だが、それは正確な評価では無かった。
「右翼を援護しますよ。どうしたのですか。早くなさい。この愚図共。ここで押し返しますよ。」
戦闘開始時から、蛇喰によって何度も繰り返される同じ命令だった。それは、自分の命を守る事を最優先した命令だった。
友軍や部下への援護は二の次だった。自身が生き残るための戦術ばかりを選択し続けていた。
最前線が綻べば、即座に蛇喰の戦線まで月人が迫ることは明白だった。
それゆえに蛇喰が援護を指示する箇所は、己の身を守るための防壁となる部隊ばかりだった。
「少尉、左翼が押され気味ですが、よろしいのですか。」
クチナワは、戦術的に見て援護すべき個所を指摘した。それは誰の目にも正当な指摘だった。
「あちらには、小和泉がいます。任せておけばよろしい。狂犬ならば、あの程度、押し返すこと造作もないでしょう。
ですが、右翼は井守准尉の隊の補佐もしなければならないのです。
あなたには、そこまで考えが及ばないのでしょう。
副官であれば、私の深謀を理解してほしいものです。」
「8313分隊は、健闘しております。暫定戦果報告も他の隊と見劣り致しませんが。」
クチナワは、戦術モニターに表示されている8313分隊の評価と戦闘予報を確認した。
8313分隊:命中率72%。損耗率0%。バイタル正常。戦果評価A。
戦闘予報。
防衛戦です。敵の猛攻は途切れないでしょう。疲労に注意して下さい。
死傷確率は50%です。
「コンピュータに何がわかるというのですか。こんな役にも立たぬ戦闘予報ばかり出していることがその証明です。さあ、右翼の敵を屠りますよ。」
「了解。右翼に攻撃を集中します。」
クチナワは、蛇喰の説得を諦め、命令に応じた。
―こいつは、駄目だ。―
クチナワは、心の中で呟いた。




