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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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122/336

122.第二十六次防衛戦 開戦間近

二二〇三年二月三日 二二一五 KYT全域


地下都市KYTの運営を一元管理している行政府は、目前に迫る月人の圧倒的な数に一時混乱した。

混乱を解決する為に会議は上層部だけでなく、小さな最下層の部署でも行われた。

降伏や脱出などの話も会議に上がった。

だが、会議に意味が無いことに誰もがすぐに気が付いた。人類がしなければならない事は最初から一つしかなかったのだ。

降伏は不可能だ。未だに人類は、月人と意思の疎通を行なえていない。さらに月人の生態すら判明していない。月人へ降伏の意思を伝える手段は無い。

脱出にしても数十万人の市民をどこへ逃がすのか。そんな場所があれば、すぐに開拓を始め、人類の生存圏の拡大を行っている。

では、荒野を放浪するべきか。数十万人が放浪すれば、すぐに死を迎えることは明白だった。

結局は、この地下都市という揺り籠の中でなければ、人類は生きていけない。

最初から議論する余地は無かったのだ。

ならば、日本軍の援護を最大限行うことが行政府としての仕事ではないかと結論がすぐに下りた。


そして、行政府から様々な機関に依頼という名の命令が出された。

外科手術が可能な病院には、動員令が出された。帰宅していたり、休暇中だった医者及び看護師はもちろん、内科医や精神科医を含む医療従事者全員が軍病院や総合病院への待機命令が出され、野戦病院が五か所開設された。倉庫や製薬工場から大量の医薬品が続々と各病院へと運び込まれ、前庭や中庭に積み上げられていった。

同時に医療従事者の肉体的負担を減らす為、兵学校及び士官学校に所属する者も同時に派遣された。患者の移動や食事の提供など雑務は、唸る程にあるからだ。

その様な雑務まで医療従事者が行えば、すぐに疲弊することは明らかだった。その点、兵士見習い達は、若く体力だけは十分ある。応急処置の授業も受けており、むごい怪我への耐性もあることを期待された。

戦端が開かれていない今は、ロビーや廊下に簡易ベッドを設え、傷病兵の受け入れ準備を粛々と行われていた。


発電プラントの職員にも動員令が出された。これから行われる野砲の全力砲撃を支える為だった。野砲は大量の電力を一瞬で消費してしまう。発電機だけでは電力供給が追い付かない。予備の発電プラントも起動させ、平時の二倍の電力供給を行う為だった。

野砲は、強大な威力と長い射程距離がある分、大量の電気を一気に消費する。

野砲に組み込まれたイワクラムからの給電機構では単発での発射を想定し、連射は外部電力に頼る設計となっていた。

野砲の性能を完全に出し切る為、地下都市より電力を最優先で廻すことになった。野砲の連射が可能な様に電力の安定供給を行うには、都市用大型イワクラム給電機構だけでなく、地下深くで眠りについていた原子力発電機も稼働させる必要があった。今までは冷却水不足の為、休眠させていたが、長蛇トンネルの膨大な水量によりその問題は解決されていた。

職員達は、原子炉に火を灯す為、網膜モニターにマニュアルを映し出し、慎重に操作盤を動かし始めた。


生産プラントも同じだった。戦闘糧食と医療品の大量生産を命ぜられた。

命の水と呼ばれる元素液が、地下都市には備蓄されている。命の水は、地下都市で発生するあらゆるゴミや不用品、下水などを資源として元素分解し、特殊な液体の中に蓄えられ、構成されている。

資源が無い地下都市から排出される全てのゴミという名の資源は、完全リサイクルされていた。

生産プラントでは、命の水から必要な元素を収集して再構築し、必要な資材が生み出された。産み出された資材は、加工工場へと送られ物資に生まれ変わっていった。

同時に一般向け物資への供給は止められ、代わりに戦闘糧食のみが配給されることになった。

生産ラインの人員不足を補う為、戦闘に関係のない職業に就く者や無職である者にも動員令が出され、生産プラントや運送部門に割り当てられた。


司法府は、治安維持と残された民間人の混乱を防ぐ為、全司法官を動員し、都市内の特別警邏を行なった。

この状況になれば、民間人も異変に気が付いた。いや、現実を突きつけられた。

ざわつき始める民間人を押さえる為、行政府は沈黙よりも早期の情報開示を選択した。

絶望し暴れる民間人も多少は居たが、特別警邏中の司法官に即座に取り押さえられ、拘束場へと送られた。そして、家族の許へ帰って来る者はいなかった。

大多数の民間人は、意外にも落ち着いて状況を受け入れた。

逃げる場所はどこにも無いことを知っていた。

日本軍全軍が月人を迎え撃つ為に、命を賭けて出撃していることを知った。

戦傷者を受け入れる準備が進んでいる事を、自分自身の目で見てしまった。

現実から目を逸らす方法は無かった。ただ一つの方法を除いて。

それは、人知れず静かに行われた。その数は、情報開示後の数分だけで簡単に千人を超えた。

行政府のコンピュータは、市民のバイタルサインが停止した事を把握し、職員を急行させ、後処理を行わせた。


一方で月人の大群が迫っていることを知った有志による義勇兵が千人規模で集まり、義勇軍が結成された。だが、武器も複合装甲も持たない自然種の民間人には月人は倒せない。身体能力が強化されている促成種は、ほぼ全員が軍に編入されることが生産時から内定しており、地下都市内には居ない。促成種は、すでに戦場や野戦病院に立っていた。

自然種と同じ寿命を持つ熟成種は、筋力や敏捷性では無く、知能や器用さを強化されている為、戦闘には向かない。また、特殊技能や専門知識を持つ為に、病院や各プラントで重要な位置を占め、戦場に送ることはできなかった。

行政府は、義勇軍の解散を要請し、生産プラントへの応援を求めた。だが、義勇軍は説得に応じず、地下都市と外部を隔てる隔壁の前に陣取った。各種対応に忙殺されている行政府は、あっさりと説得を中止した。

義勇兵は権利を勝ち取ったと勇み喜んでいた。

彼等は、武器と呼ぶにはおこがましい得物を用意していた。

バット。鉄パイプ。包丁。なた。斧。チェーンソー。電動丸鋸。

武器になりそうな物が掻き集められた。だが、月人に対し、武器を振るう前に殺されるという現実を理解できていなかった。

月人は、自然種の三倍速く動き、力も三倍強い。そして全身を覆う毛皮は鎧の様に固い。

自然種ならば、複合装甲を着用して互角になり、促成種ならば、敏捷性と筋力は月人を上回る。

これらは、一般常識であったが、熱病に浮かされた人間は、都合の悪い事から目を背けていた。

都合の良い事だけを目に入れていた。そして、それを盛り上げる人物が居た。

扇動家と呼ばれる人物だ。己が考えが正しいと真っ直ぐに行動し、第三者からの視点が無い者だった。これらに率いられた団体の末路は、哀れだ。権力者により鎮圧されるか、内部抗争にて自己崩壊するか、敵に簡単にすり潰されるかの三択だった。それは歴史が物語っている。

さらに義勇軍は、思い違いをしていた。自分達の行動が認められたのだと。

それは、勘違いであり、思い込みであり、自分達の願望に過ぎなかった。

行政府は、千の命より数十万の命を優先した。説得は無駄な時間と労力であると斬り捨てただけであった。行政府の話に耳を貸さない義勇軍には、自己崩壊か月人による消滅の未来しか見えなかった。

以後、義勇軍に関しての記録は、公式記録に一切登場しない。

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