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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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121/336

121.第二十六次防衛戦 誓約と約束

二二〇三年二月三日 二一五一 KYT 西部塹壕


小和泉は、接敵まで時間の余裕があると判断し、鹿賀山への元へと打ち合わせに一人で訪れていた。無線でも良かったのだが、やはり顔を見て直接話をしたかった。

KYTの西部に縦横無尽に広がる塹壕には、第四、第六、第八の三個歩兵大隊が配備された。

第一大隊は地下の長蛇トンネルの防衛。第二大隊は西部以外の三方向に展開した。

砲兵大隊は、KYTの屋上に全隊が出動し、全力砲撃の準備を進めていた。

史上初の日本軍総出撃であった。

「いつの間にか、日本軍の数ってここまで減ったんだね。」

配置図を見て、明らかな戦力不足を小和泉に実感させた。

「数年前までは七個大隊が定数にて揃っていた。今では定数が揃う大隊は四個のみ。消滅大隊の生き残りを集めた第八に至っては、半個大隊だ。弱体化が激しいな。」

鹿賀山が寂しそうに言葉を吐き出す。消えていった大隊には、士官学校の同期や先輩や後輩もいた。そして、前線を一緒に戦抜いた部下達もいた。それを悲しんでいるのであろう。

「で、今回の戦いは勝てるのかい。何か良い方法があるのかな。」

「厳しいだろう。戦闘予報も精度が悪くなってきている様に思える。死傷確率20%では済まないだろう。」

「うちの小隊の方針は、どうするのかな。」

「消極的防衛をとるだろう。突撃命令が出ても攻撃は行うが、塹壕からの攻撃を最優先する。それにしても、クジと舞の欠員二名が痛い。」

小和泉はカゴの事は、鹿賀山に話していなかった。単に説明が面倒だったからで、他意は無い。

「新兵が補充されても扱いに困るし、足手まといになる、か。あれ?欠員二名と言うことは、蛇喰の謹慎を解除して、現場復帰させたのかい。」

「その通りだ。人手不足だ。使いたくは無いが、盾にはなる。奴の部下達には貧乏くじを引いてもらおう。」

「おやおや、怖い怖い。鹿賀山を怒らせるのは止めた方がいい様だね。」

「そう思うなら、お前も独断専行は止めろ。お前を失いたくない。」

「それは僕も同じだよ。鹿賀山を失いたくないよ。だけど、蛇喰を自由にしても大丈夫なのかい。」

「今回は暴走できないだろう。目前の敵を食い止めるだけで精一杯だ。欲を出せば死ぬこと位の頭はあるだろう。」

「了解したよ。基本方針も聞けたし、持ち場に戻るよ。じゃあ、またね。」

「あぁ、またな。」

二人の『また』という言葉には重みがあった。その言葉を必ず実現させるという決意が含まれていた。腕を噛み千切られ様が、足を斬り飛ばされ様が、必ず生き延びて再会するという二人だけの誓約だった。


小和泉は踵を返し、自分の持ち場へと戻ろうとした。塹壕の境目に複合装甲を着た小柄な人型が自分を抱きしめる様に立っていた。網膜モニターには、東條寺少尉と表示された。

東條寺は、かすかに震えていた。それが寒さや武者震いでは無いことは明白だった。

士官は兵士達の前で弱みを見せることができない。彼女の精一杯の虚栄だった。

「錬太郎。戻るの。」

東條寺の声には張りが無かった。恐怖で一杯なのだろう。

「ああ、部下。いや、家族が待っているからね。」

「その言い方。私は家族じゃないみたい。」

「いや、奏も鹿賀山も家族だよ。僕が愛する人だよ。」

「錬太郎は、一人だけを愛することが出来ない事は分かってるの。でも、でも…。錬太郎の特別になりたい。」

「特別って何だろうね。僕はね、心が壊れているんだよ。人としての感情が欠けているんだよ。理解できないよ。」

「何となく分かってた。だからこそ、私が錬太郎の物だという証が欲しいの。」

「首輪でも着けようかい。」

「茶化さないで。でも、それが本気ならば、受け入れる。」

「なぜ、僕なんだい。純潔を奪ったから結婚するというのは、短絡的過ぎないかい。」

「昔から、配属された時から、ずっと見てたの。錬太郎だけを見てたの。他の男には無い魅力があることを知っている。目が離せなかったの。

優しい口調で隠しているけど、本質は蛮勇。

面倒くさがりだけど、それは本心を隠すための演技。

本当は、情熱と暴力の具現者。

でも隠してる。人間らしく生きる為に。自分を偽ってる。」

「そこまで理解して、なお、僕に近づくのかい。」

「理由は知らなくてもいい。それも私は受け止めたい。だから貴方の特別になりたい。貴方の子供が欲しい。理屈じゃないの。本能が、子宮が欲しがっているの。」

「強い子孫を残したいという生存本能なのかな。それは本当に奏の望むことなのかい。」

「そうよ。それが私の本当の望み。結婚は子作りの言い訳。貴方の種が欲しい。」

小和泉は、震える奏を力強く抱きしめた。

「そうか。奏はそこまで僕を思ってくれるのかい。ならば、生き残れ。種をくれてやる。」

「うん、生き残る。あと、今の会話、記録したから。」

「さすがだね。約束は違えないよ。奏。」

小和泉はヘルメットのバイザーを上げた。ヘルメットの内部に放射線に汚染された粉塵まみれの空気が入ってくる。

奏も自分の意思でバイザーを上げた。

奏は小和泉の首にぶら下がる様に口づけを交わした。粉塵のざわりとした感触が舌にまとわりついたが、お互い気になることは無かった。

東條寺の震えは、いつの間にか治まっていた。


二二〇三年二月三日 二二一四 KYT 西部塹壕


小和泉が所属する第八大隊 第三中隊 第一小隊こと831小隊は、西部塹壕の中央最奥部に展開していた。

第八大隊の装甲車は、戦闘を終えた直後の為、整備大隊へ整備に回されていた。装甲車は分解整備されており、装甲車無しの状態で戦闘配置につかなければならなかった。戦闘能力は激減している。機銃は無く、アサルトライフルが手元にある最強の兵装であることは頼りなかった。

急な招集だった為、補充兵も無く、舞とクジの二人が欠けたままの編成であった。

複合装甲を纏った小和泉は、塹壕の壁に寄りかかって地面に座り、命令を待っていた。

誰も話さない。無駄口を聞かない。無線の各回線も沈黙を保っていた。

肩に世界の命運を載せたかの様に重い重い空気が流れていた。今回の戦闘が今までとは違い、定石が通じないだろうと皆が肌で感じていた。

戦略ネットワークに上がっている戦況図を網膜モニターに投影し、その動きを眺めていた。

KYTの西側に真っ赤に塗られた巨大な面があった。月人を現していた。本来ならば、一匹につき赤い光点一つの表示である。だが、今回の侵攻は常軌を逸していた。

一つ一つの点が集まり塊となり、塊が更に集まり集団となり、集団が更に集まり面と化していった。

いったい、あの広大な面にはどれほどの月人が蠢いているのだろうか。

千や一万匹では面にはならない。正式発表が戦略ネットワークに上がっていないのは、総司令部でも把握できていないからだろう。

小和泉の背筋に冷や汗が流れる。今までに感じたことが無い恐怖だった。

狂犬と呼ばれる小和泉にも恐怖心は存在している。恐怖は、死の接近を知らせる信号であると錺流では解釈している。多智曰く、医学的には違うらしい。しかし、こんな状況では関係ないし、考える必要も無いだろう。

恐怖心を持たない人間は、死の危険を感じない。ゆえに恐怖心を消すのではなく、飼い慣らさなくてはならない。飼い慣らすことにより、恐怖心を死から逃れるアンテナとして利用できる様になる。

―寒気がする。ここに居たくない。逃げるべきだ。ここは死しか残らない。―

恐怖心を飼い慣らした狂犬は、この戦場に居たくなかった。死をも覚悟していた。

小和泉が愛する者、家族が、この戦場にいる。全員を守りきる自信は全く無かった。

―誓約と約束か。重いな。―

そんな小和泉が醸し出す雰囲気の為か、桔梗達は小和泉に声を掛けることができなかった。


日本軍の士気は、切迫した状況にも関わらず高かった。士気は下がるものだと思われていたが、過去最高の士気を保っていた。

全兵力が投入され、背後にある地下都市KYTを守ることが出来るのは、自分自身しか居ないという自負を兵士一人一人が持っていた。

KYTの中には、恋人、妻、夫、親、子供、親友、友人、あこがれの人、恩人、尊敬する者、単なる知り合い等、様々な関係の人間が居る。月人の突破を許せば、誰が彼らを守るのか。彼らは無力だ。月人に対する抗う術を持たない。

司法府の司法官は、犯罪からは守ってくれるが、月人に対抗する手段を持たない。

箝口令が引かれていても情報は洩れる。

悲観した総司令部勤務の者が、家族へ地下深くへ逃げろとだけ告げた。

ある兵士は、婚約者へ突然の婚約破棄を行なった。勘の良かった婚約者は、彼が生きて返って来ないと察し、涙しながら受け入れた。それで後顧の憂いが無くなるのであればと。

別の兵士は、親友に愛犬の世話を頼んだ。親友が愛犬を溺愛し、他人に託すことはありえないことをよく知っていた。ゆえに、状況を理解した親友は、頼みを静かに受け入れるしかできなかった。

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