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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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120/336

120.警報、そして戦地へ

二二〇三年二月三日 一九五六 KYT 中層部 金芳流空手道道場


小和泉がほんの一瞬リボンに意識が向いた瞬間、二社谷は右回し蹴りを放った。膝を限界まで畳んで当たる瞬間に溜め込んだ力を解き放つ。反発を利用した通常よりも早い速度で蹴りが放たれる。

蹴りの角度に合わせて、上体を後下方に倒しつつ、右後ろ回し蹴りを合わせる。

これで二社谷の蹴りが上空を通過した直後に小和泉の蹴りが脇腹を捉えるはずだった。

だが、小和泉の蹴りは空を蹴った。

二社谷の回し蹴りは、勢いをつける為のものだった。回転力を利用し、空中に舞い上がり、左後ろ蹴りを小和泉の上空で放っていた。

空中二段回し蹴り。見栄えは良いが、蹴りには最初の遠心力しか威力が無い。技術力を要する割には、効果が無い技だ。実戦で使うことは、まず無い。

その意外性に小和泉は技を読み損なった。

小和泉が後ろに下がったり、横に体軸をずらしていれば、当たっていただろう。だが、蹴りを潜り抜けるという危険な選択肢を選んだゆえにお互いの技は不発で終わった。

―逃げ道の無い空中に飛ぶとは思わなかったな。お互いが手の内を知り尽くしているとやりにくいね。―

金芳流でも錺流でも空中に飛ぶことは、推奨していない。滞空中は軌道が固定され、攻撃を躱せない。そして攻撃力は、地面を踏みしめる反発力によって増加する。空中で放つ攻撃には、威力が無い。

二人は、不安定な姿勢から即座に態勢を立て直し、仕切り直す。

お互いが次の手を読み合う膠着状態となった。


「姉様。そんなに足を上げるから黒い下着が見えていますよ。もう少し恥じらいを持って下さい。」

「お前はアホか。殺し合いに恥じらい何ていらねえんだよ。

それにな。これはブルマーっていって昔のアンダースコートだよ。」

「そんな名前、初耳ですよ。短パンを履いた方が良いのではないですか。お尻とかの形がハッキリと見えていますよ。」

「うるせえ。ブルマーは、セーラー服時代の標準体操服なんだよ。覚えておけ、ボケ。

うん。ははぁん、そうかそうか。食い込みから目が外せないのか。さては手前、姉貴に欲情する変態だったか。

ほれ来いよ。ブルマーが見たいのか。それとも欲しいのか。取りに来いよ。乙女の脱ぎたてをやるぞ。それとも自分で脱がせたい変態なのか。

良い事を思いついた。サービスに汗も染み込ませてやろう。どうだ。ますます欲しくなっただろう。」

「乙女はそんな言葉を発しませんよ。それに姉様は恋愛対象になりませんし、欲情しませんよ。

どれだけ小さい頃から長く一緒に居ると思うのですか。血は繋がっていませんが、家族ですよ。」

「そうだよな。恋い焦がれるわけねえよな。欲情するわけねえよな。家族だもんな。」

そう言葉を吐き出す二社谷の表情は、泣いている様にも見えた。

―恐らく気のせいだろう。久しぶりの対面に感情が昂ぶり、混乱しているのだろう。それにしても、会う度に姉弟子と全力で戦っているなぁ。さて、次は何処を攻めたら、落ち着いてくれるだろうか。―

二社谷が落ち込んだ隙に、小和泉は頭に浮かんだ通り一気に間合いへ踏み込んだ。


小和泉は、右肩から体当たりを放った。そんな威力も無く、遅い攻撃が通用するわけがない。

本命は、身体で隠した左正拳突き。しっかりと拳を奥まで引き力を溜める。

二社谷が隙だらけの小和泉の背中へと避ける。

小和泉の計算通りだった。着地する右足を無理やり二社谷の方へ向け、左足を地面より浮かした。

強引に捻じ曲げた小和泉の右足が、正しい形に戻ろうと筋肉が小和泉の意思に関係なく、収縮と弛緩を行なった。それは刹那だった。

思考を挟むと行動に遅れが生じる。だが、身体の仕組みだけを使えば、二社谷の予測よりも早く動けた。

二社谷の動きを真似るかの如く、小和泉の正面も右へと遅れずに旋回していく。小和泉の右足の捻じれが解消され、真っ直ぐになった瞬間、左手と左足が同時に動いた。

床を強く踏みしめる鈍い音と肉と肉がぶつかり合う音が部屋に響いた。

回転力と床への踏みしめの反発力が十分にのった小和泉の左正拳突きが、教本に出てくる見本の様な姿勢で二社谷の鳩尾を捉えた。拳の感触に横隔膜を下から突き上げる感覚が伝わってくる。

「はっ…。」

二社谷の口から呼吸が漏れた。予測していない動きに腹筋を締めきれなかったゆえに、肺から空気が押し出された。遅れて突きによる鈍痛が腹部に走る。

小和泉は左拳を素早く引き、連動させる様に右拳を鳩尾へ再度叩き込む。

だが、感触が固かった。二社谷は腹筋を締め、追撃を許さなかった。

小和泉を追い払う為、両目を潰すかの様に右手刀を薙ぐ。

これ以上、二社谷の間合いに居るのは危険だと判断した小和泉はその牽制に乗り、二社谷から離れた。二社谷は涼しい顔で中段の構えを取っているが、額に脂汗が浮かんでいるのを小和泉は見逃さなかった。

それはそうだろう。折れた浮遊肋の近くである鳩尾を二度も強打されている。普通の人間であれば、床の上をのたうちまうか、痛みにより失神してもおかしくない。

それを何も無かったかの様に精神力で押さえ込んでいる二社谷は、小和泉の目から見ても相変わらずの化け物ぶりだった。


だが、次の攻防は無く、突如、仕合いは終わった。

小和泉と東條寺の携帯端末が大音量で警報をがなり立て、二人のやる気を削いだ。

小和泉は二社谷からゆっくりと距離をとり静止し、お互い見つめ合っていた。

「少尉、報告。」

小和泉は、二社谷から視線を外すことなく、東條寺に説明を求めた。そこには、武術家の顔は無く、軍人の顔へと変化していた。

「はい、大尉。緊急招集です。全兵士は、完全武装で待機せよとのことです。」

「それは休みの兵士もか。」

「はい、例外はありません。全兵士です。大尉と本官も該当致します。」

小和泉は記憶を探るが、この様な経験は無かった。

―一体何が起こったのかな。それとも何が起こるのだろうねぇ。まぁ、控室に行けば分かる事か。―

全く予測がつかない状況に放り込まれてしまった。

はっきりしていることは、二社谷との殺し合いが終了した事だ。


「では、姉様、失礼致します。」

会話を聞いていた二社谷の戦意は失われていた。平静さを取り戻していた。逆に、無表情にて、うなだれる姿が恐ろしかった。一言だけ放った。

「カゴを連れて行け。」

「部外者は基地に入れませんよ。」

「問題無い。行け。」

―姉弟子が言うのであれば間違いないかな。恐らく、多智がカゴの身分証に仕掛けをしているのだろうね。―

「分かりました。では失礼致します。」

「死ぬなよ。」

「はい。」

小和泉は踵を返すと東條寺の腕を引いた。

「カゴも来い。」

「はい、宗家。」

三人は、階段を駆け下り、道場を飛び出した。状況は基地に行けば、嫌でも教えられる。

今出来る事は、一秒でも早く基地に辿り着く事、三人は夜の街を駆け抜けた。


二二〇三年二月三日 二一〇二 KYT 西部塹壕


戦闘予報。

防衛戦です。月人を接近させないで下さい。また、浸透に注意して下さい。

死傷確率は20%です。


基地に着いたと思えば、受け持ち地点を指定され、装備後、有無も無く出撃させられ、懐かしのKYT西部を守る塹壕の中に小和泉は居た。あの頃は、狂犬部隊と呼ばれ、縦横無尽に月人を蹂躙していたことを懐かしんだ。

最近の小和泉の戦場は、防衛戦では無く、実験や調査が主流だ。その為、その名で呼ばれなくなって久しい。個人としては、今でも狂犬と呼ばれている。だが、分隊を狂犬部隊と揶揄する者は居なくなった。

―どれ、久しぶりに狂犬部隊の健在を示してみましょうか。―

小和泉は塹壕の淵に立ち上がり、周囲を見回した。どこまでも広がる荒野だが、遠くまで見通すことはできない。視界を遮るものは、空気中に浮遊する粉塵等だった。遠くは霞がかかった様に視界を濁らせる。

少し地下都市側に近づいた荒野には、幾万の地雷が埋め込まれ、不用意に地雷原に足を踏み入れた月人を四散させる。

昔の戦争では殺傷力を減らし、わざと敵兵を生かしたという。それにより、救護という足枷を嵌め、戦闘力を減らす戦術が取られていた。だが、月人には救護という概念は無い。弱肉強食の野生の世界だ。怪我した月人は放置される。ゆえに中途半端な地雷は必要としない。確実に仕留められる威力が求められる。

その地雷原を突破すると、十重ニ十重に廻らされた鉄条網が月人達を絡みとる。ここで身動きが取れなくなった月人を歩兵が射殺する。ここで完全撃破できるかどうかが、歩兵達にとっての死線となる。撃ち漏らせば、塹壕に飛び込まれ敵が得意とする白兵戦に持ち込まれる。それは、死傷率が一気に跳ね上がることを意味する。

ゆえに塹壕外縁部の兵士達が、生き残る可能性を上げる為に鉄条網の補強と増設を行っているのが見えた。

感傷に浸る程、小和泉はロマンチストでは無い。過去の記憶と現実との違いを確認しただけだ。

以前より塹壕陣地の防御力が上がっている事を自分の目で確認した。

だが、今回の戦いでは焼け石に水であることは明白だった。それだけ、厳しい戦況であることを戦略モニターは示していた。

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