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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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117/336

117.憂鬱な一日

二二〇三年二月一日 一三五八 KYT 第八大隊控室


「さてと、状況は分かった。蛇喰少尉の言い分を聞こうか。」

菱村は不機嫌そうに言った。その声で蛇喰は現実に引き戻された。

元は優秀な人間である。己の心に囚われていても会議の内容は、聞きもらしていなかった。

「はい、鹿賀山少佐の命令に不備がありましたので、成功確率の高い作戦を立案し、実行致しました。臨機応変に対応し、結果として、全員生還が答えであります。」

蛇喰は、自信満々に答えた。

だが、それは誰の目から見ても小和泉への対抗心による暴走にしか見えなかった。

「他には。」

「ありません。結果が全てであります。」

「おい、井守准尉。手前は言いたいことはあるのか。」

「はっ。元は本官の失態が原因であります。あの状況では、見捨てられても文句が言えません。

それにも関わらず、蛇喰少尉には、本官と部下の命を救って頂き、感謝しております。

蛇喰少尉について、酌量して頂ければ幸いであります。」

と、井守は、小心者らしく鹿賀山と蛇喰の顔色を窺いつつ言った。

―意訳すると、命の恩人だけど、命令違反は良くないよ、か。井守らしい意見だね。弁護したいなら、もっと具体的に言わないと意味ないよね。おやっさんの心は、そんな言葉では動かないからね。

だけど、この茶番、早く終わらないかな。早く複合装甲を脱いで、お風呂に行きたいなぁ。誰を誘おうかな。桔梗は今晩として、今は鈴蘭かな。運転技術を褒めてあげないとね。―

蛇喰以外には結論が見えている会議であり、小和泉には興味が無かった。

菱村の考えは、既に決まっている。軍法会議を開くための手続きを踏んでいるに過ぎない。

「で、鹿賀山少佐はどうでい。」

「はい、上官である私の命令を無視し、重傷二名、装甲車中破の損害を出しました。看過できない命令違反です。軍法会議にて処断すべき事案です。」

鹿賀山は、菱村の目を真っ直ぐに見つめて告げた。その眼には、迷いも怒りも無かった。

「その程度の損害で済んだのは、本官の行動によるものです。称賛されども、批判される謂れはありません。」

「それは、作戦内容を最後まで聞かず、独断専行した事の免罪符にはならない。

二重遭難を引き起こし、貴官が助かったのは、たまたま狙撃の名手が現場に居たからです。狙撃手が居なければ、貴方も基地跡で果てているでしょう。無茶な案を考えた者と、それを可能にした狙撃手に心より感謝すべきでしょう。

ちなみに、私の作戦を実行していれば、損害ゼロである可能性が非常に高いことを付け加えておきます。」

「日本軍人ともあろうものが、戦友を見捨てるというのですか。ありえませんね。鹿賀山少佐は、臆病風に吹かれているのではありませんか。」

「その様な感情論で作戦を考えたことは無い。撤回しなさい。今なら上官侮辱罪は見逃します。」

「止めろ。そこまでだ。ちょいと手前ら黙ってろや。」

空気が淀み始めたところで、菱村は威圧的な声で二人を黙らせると、腕を組み、長考に入った様に見えた。だが、何か考えている訳では無かった。既に結果は決まっている。ただの解散の合図だった。

「解散。席に戻って良し。」

それを見た副長は、すかさず解散の命令を下した。

六人は敬礼をし、自分の机に散っていった。鹿賀山と蛇喰が目を合わすことは無かった。


二二〇三年二月三日 〇八五五 KYT 第八大隊控室


小和泉は寝ぼけ眼を擦りながら、桔梗と一緒に出勤した。正確には、桔梗に引っ張られての出勤だった。桔梗と同居していなければ、今の時間もベッドの上で誰かと熟睡していただろう。

大隊控室に入り、部屋の中を見回した。蛇喰と入院中の二人以外はすでに出勤していた。

蛇喰は、士官寮にて謹慎を命じられていた。

第八大隊の皆と挨拶を交わしながら、部屋の中を二人は自分達の席へと向かった。狂犬と言えどもこの位の社交性はもっている。そうでなければ、戦場で背中を預けることはできない。

そして、8313分隊の自席に着いた。

「隊長、おはようっす。」

「おはようございます。」

「小和泉大尉。その、おはようございます。」

二人に気が付いた菜花と鈴蘭、そして東條寺が、わざわざ別の島から朝の挨拶をしてきた。

菜花と鈴蘭は普段通りだったが、東條寺だけが顔を赤くしていた。

―昨日の仕事帰りにお持ち帰りされたことを思い出したのかな。可愛い奴だね。―

東條寺の初々しさは、小和泉にとって新鮮だった。他の恋人達にとっては日常であり、その程度では、過剰反応をしないからだ。

「おはようございます。」

「や、おはよう。」

二人も挨拶を返した。

だが、その返事の仕方は、東條寺の機嫌を若干損なった様だ。どうやら小和泉の何も無かったかの様な挨拶に満足できなかった様だ。


「隊長。軍事法廷、開廷決定。明日一三〇〇。」

「そうか。さて、上はどの様に判断するんだろうね。面倒だし、見に行かないけどね。」

鈴蘭の報告を聞き、そう答えると小和泉は机に座り、情報端末を操作し始めた。

戦闘記録は、昨日の内に提出しており、今日は装甲車に対する改善要望書を作製するつもりだった。

書類仕事は面倒だったが、今後、自分自身にも関わる可能性があった。そう考えれば、見過ごすわけにはいかなかった。

定められた様式に従い、要望書を作製していく。普段使わない言い回しや言葉について、鈴蘭からアドバイスを貰いつつ、まとめていった。鈴蘭に聞いたのは、語彙が豊富だったからだ。普段は、管制官の様な言い回しが多い。しかし、話し方を知らないのではなく、端的に話した方が相手に伝わりやすいと考えてのことからだった。

短い言葉で意思疎通を行うのであれば、語彙が豊富でなければ伝えることは難しいのだろう。その為、言葉に関することは鈴蘭に尋ねることが多かった。

面倒がりながら、要望書をまとめ終わった後に小和泉は気が付いた。

―しまった。桔梗に口頭で要望を言って、要望書を代筆させれば良かった。―

後の祭りである。


書き終わった要望書を眺め、桔梗へ要望書を転送した。

「今送った要望書に不具合や付け足しは無いかな。勝手に直してくれるとうれしいな。」

「分かりました。確認致します。あと、軍病院より連絡が入りました。舞曹長及びクジ二等兵の面会謝絶が解かれました。お見舞いに行かれますか。」

端末を操作していた桔梗から提案があった。

「そうだね。二人には迷惑をかけちゃったよね。お見舞いに行こうか。一緒に行きたい子はいるかな。」

「参ります。」

「行くっす。」

「はい。」

予想通り、桔梗、菜花、鈴蘭の三人が手を上げた。

「小和泉大尉が行かれるなら、自分も行きます。」

遅れて東條寺が手を上げた。分隊毎に机が分かれており、離れた島にいる東條寺に聞こえているとは思っていなかった。どうやら小和泉を無意識に追いかけている様だった。

「では、仕事が終わったら行こうか。」

「錬太郎様。それはよろしいのですが、二社谷様にお会いにならないのですか。」

桔梗の言葉で、小和泉は多智からの伝言を思い出した。

『早急に挨拶に来い。』

姉弟子である二社谷からの呼び出しを完全に忘れていた。

―まずい。一昨日、昨日と訪問するタイミングはあった。恐らく姉弟子は、知っているはず。今日中に行かなければ命の保証が無いよね。お見舞には時間はかからないか。ならば、その後に訪問すれば、間に合うかな。―

姉弟子の笑顔を想像すると、小和泉の背に冷や汗が流れた。

「道場には見舞いの後に行くことにしよう。一緒に来る者はいるかい。」

「私はご遠慮致します。となりますと、今夜は道場へお泊りですね。」

と桔梗。

「俺は昨日行ったから、パスっす。師範代、めっちゃ機嫌良かったすよ。」

と菜花。

「触らぬ神に祟りなし。」

と鈴蘭。

「亜沙美姉様に久しぶりに会いたいです。一緒に行きます。」

東條寺一人が、同行することを楽しそうに宣言した。

―病院から道場までの短い時間だけど、錬太郎と二人きり。デートみたいでうれしいな。それに亜沙美姉様とお話しできるのも楽しみ。―

東條寺は、小和泉が追い込まれている状況を知らなかった。未だに二社谷が優しく綺麗なお姉様であることを信じていた。

―どうやら、僕の運命を皆が悟っている中、奏だけが分かっていない様だね。姉弟子が上機嫌であると言うことは、僕の命の危険度が最大値を示しているという事だろうね。行きたくは無いけど、長い間放置してきたツケかな。諦めるしかないよね。はぁ。―

小和泉は、まだ昼前だというのに憂鬱な一日を過ごすことになってしまった。

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