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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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112/336

112.〇三〇一一五作戦 脱出準備

二二〇三年二月一日 一二四二 SW20基地跡


井守は装甲車の中で餓死するか、月人に装甲車を地底へ引きづり込まれる運命を想像していた。

「井守准尉。情報送信で固定。装甲車を放棄。徒歩にて離脱せよ。基地外で拾ってやる。」

井守の予想できなかった回答が、無線で飛んできた。

―装甲車を放棄。それは考えていなかった。籠城戦をするものだと思い込んでいた…。逃げても良かったのか。視野が狭くなっているな。

だけど、囲んでいる月人を機銃とアサルトライフルで無力化させ、そして、敵がさらに増える前に脱出し、逃げだす。そんなことは、実際に可能なのだろうか。

でも、生き残れる可能性は低いけれど、試すしかないのか。―

8313分隊に少しばかりの希望が生まれた様な気がした。

「了解。データ送信固定したまま、装甲車より離脱します。」

井守は無線を切ると部下達を見渡した。

「不甲斐ない上官で申し訳ない。では、データ送信は固定。全員白兵戦用意。銃剣着剣。イワクラムの補充を忘れるな。それ以外の装備は不要。放棄する。身軽さを優先させよう。で、いいんだな、オウジャ軍曹。」

「そんなところでしょう。准尉が頼りないことは、俺達が一番良く知ってますよ。それを補うのが副官である自分の役目です。

よし、手前ら。フル射撃しつつ駆け抜けるぞ。舞と愛も例外じゃないぞ。」

オウジャの言葉に白兵戦の経験が無い舞と愛の二人は、首を縦に何度も振った。

「四方八方もれなく撃ち続けろ。怪しく感じた場所は、迷わず撃て。瓦礫ごと月人を撃ち殺せ。蜂の巣にして、粉砕してやれ。

装甲車から降りて全力で走る。後ろは振り返るな。こけるぞ。

機銃は、自動で進行方向と逆へ銃弾をバラ撒く。二十分間、後方百八十度でセット。俺達はナビ通り真っ直ぐ走る。たった数百メートルだ。生き残る確率は高いぞ。

手順は、次の通りだ。

榴弾筒から榴弾発射。続いて、全射撃兵装による月人の殲滅。

機銃を自律モードに固定。

装甲車周辺及び進行方向に煙幕弾を発射。

装甲車から離脱。

煙幕の中を網膜モニターに表示されたナビ通りに走れ。

この時、准尉、舞、愛を中心に陣形を組む。カワズとグジは前衛をやれ。俺が殿だ。

前衛は常に撃ち続けろ。接敵しても真っ直ぐ走れ。止まるな。ひたすら走れ。

准尉は、発砲無しで指揮に専念して下さい。

舞と愛は、哨戒に注力し、横だけ撃て。味方に撃たれるのは御免だ。

准尉、これで問題ありませんな。」

副長のオウジャが的確に作戦を立ち上げる。

「問題無い。それで頼む。」

短時間でここまでの作戦を考えることは、井守にはできない。承認するしかない。

―自分には過ぎた部下だな。―

頼もしい副官に出会えたことを井守は感謝していた。


一方で、蛇喰は、鹿賀山と井守のやり取りに呆れていた。

―月人の包囲を切り崩して、8313の装甲車に横付けするだけではありませんか。それで外部にほぼ出る事無く、装甲車を乗り移ることが出来るはずですね。なぜ、こんな簡単な事をしないのでしょうか。小和泉が止めているのですかね。ならば、私と奴との能力の違いを見せつけて差し上げましょう。なぜ、優秀な私が小和泉よりも下の階級なのでしょうか。ここで私が優れた人間である事を立証してみせましょう。―

蛇喰は心の中で決意すると副官にも相談せず、無線機のスイッチを入れた。

「納得できません。救援に参ります。井守准尉、装甲車を横付けします。乗り移りなさい。」

蛇喰の声は、自信に満ち溢れ、不可能は無いと宣言しているかの様だった。

―また始まった。この自己中士官が。わざわざ危険に飛び込むな。馬鹿野郎。―

助手席に座る副官のクチナワ軍曹は眉をひそめた。同じ様に運転手のオロチ上等兵と機銃手のカガチ兵長はため息をついた。

部下達は、蛇喰の暴走に慣れ、止める事が無駄であることをよく知っていた。

「蛇喰少尉。貴様、死にたいのか。許可しない。ルートに戻れ。」

鹿賀山は、冷静に無線を返した。

―一個分隊を失う可能性は大隊司令部も計算に入れているはずだ。二個分隊を喪失すれば、鹿賀山少佐は無能扱いされるだろう。

死なずに済む兵士を殺した士官として記録されるだろう。可哀想に。―

クチナワは二人の無線を聞きながら鹿賀山の事を憐れんでいた。

だが、鹿賀山には、その様な記録や評価を気にしたことは今まで無かった。

何せ、部下には小和泉がおり、散々下方評価の記録がされているはずだからだ。

今さら下方評価の記録が一つ増えたところで何の影響もない。それを上回る成果を出せば良い事だからだ。


「日本軍は戦友を見捨てません。それは絶対のルールのはずではありませんか。」

日本軍人は、味方を見捨てない。それは兵学校で散々叩き込まれることだった。

だが、士官になればそれが絵空事であることは理解している。士官学校でも建前であり、兵士を鼓舞するための方便であると再教育される。蛇喰もその教育を受けている筈だった。

戦争の冷たい引き算を忘れている訳は無い。

余程、自分の能力に自信があるのだろう。

「蛇喰少尉、夢を見過ぎだ。士官ならば正しい状況を把握せよ。即、正規ルートに戻れ。」

「まもなく8313に接触。交信終了。」

鹿賀山は、蛇喰の行動に呆れ果てた。

―味方を窮地に立たせる士官は不要であり、害悪である。今後も味方の損害を増やす可能性がある。ここで処分することは、日本軍の為になるのではないだろうか…。―

だが、それは鹿賀山の本意では無い。本当は助けたい。だが、冷たい引き算が頭から離れない。

自分の素直な気持ちが分からず、もやもやとした思いを奥歯で強く強く噛みしめた。

結果、蛇喰の行動を止めることが出来なかった。


渦中の井守は、状況が掴めずにいた。

「オウジャ軍曹、私達は待機すべきなのか。それとも脱出すべきなのか。」

「蛇喰少尉がこちらに向かっているのは間違いありませんので、待機が良いかと。」

「そうか。我々が脱出すれば、二重遭難になるのか。鹿賀山少佐の命令を無視することになってしまうが、この状況では許されるだろう。」

「しかし、隊長。軍人らしくなりましたね。泣き叫ぶかと思っておりましたよ。」

「本当は泣きたいよ。でも分隊長だからね。」

「あと、素直に部下に意見を求めることができるのは美徳ですよ。」

「僕が、いや、自分が優柔不断なだけだよ。」

「ところで、ただ待機するだけでなく、8314が行動し易い様に、周囲の月人の排除をすべきでしょう。」

「わかった。敵熱源に対し、射撃開始。8314の接近をフォローせよ。」

『了解。』

装甲車内の五人が一斉に返事をする。

装甲車の機銃が唸り、銃眼から突き出たアサルトライフルから光弾がほとばしる。

皆、静かに待つことは恐ろしかった。何か気を紛らわせたかった。

そこに攻撃命令が下りた。不安を紛らわせるのには最高の命令だった。皆が必死になって熱源へ銃撃を叩き込む。砕かれた瓦礫によって粉塵が舞い、周囲の視界が極端に悪くなった。

だが、恐怖心が引き金を弛めなかった。ひたすら熱源を追い求め、機銃とアサルトライフルを撃ち続けた。


「まもなく8313に接触。交信終了。」

蛇喰の声に井守は、正気に戻った。

「撃ち方止め。」

8313分隊の隊員は、即座に射撃を止めた。

だが、後部の舞と愛は、銃眼から見えない敵へ撃ち続けていた。井守の声が聞こえなかったのか、心が凍り付いていたのだろうか。

井守は、微かに震える手で二人の肩を叩いた。舞と愛は、その感触でようやく我に返った。

「う、撃ち方止めだ。8314が近づけない。」

「すいません。」

「申し訳ありません。」

二人は銃把を固く握り続け、青白く鬱血した掌を広げ、ようやく射撃を止めた。

「隊長、8314は左舷に横付けする様です。」

オウジャは、戦術ネットワークに表示されている予測ルートを報告した。

「移乗準備。イワクラムの補充。あとは銃だけ持っていく。他の物資は放棄する。オウジャ軍曹、これで問題無いだろうか。」

「はい。移乗順は、カワズ、舞、愛、クジ、隊長、自分です。」

「わかった。任せる。皆、その順で乗り込め。」

『了解。』

これから生身を月人の前に晒すことになる。わずかな距離だが、恐ろしい事だった。足がすくむ。井守は複合装甲のポケットを開くと薬シートを取り出した。シートから一錠だけ押し出し、水無しで飲み込んだ。耐えられない恐怖に対面すると薬に頼る悪い癖だった。

即効性の薬は血中に吸収されると、徐々に井守の緊張を弛緩させていった。

さらに裏打ちの無い高揚感や自信が生まれ、恐怖心を上書きしていった。

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