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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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107/336

107.〇三〇一一五作戦 副長の一喝

二二〇三年二月一日 一一一一 SW20基地 北東三キロ地点


二社谷との邂逅を恐れていた小和泉の耳に東條寺の大声がヘルメットに響いた。

「小和泉、私の話を聞いている。」

東條寺の声で小和泉は我に返った。複合装甲のヘルメットのため、東條寺の表情を窺い知ることはできなかった。何度か呼びかけがあった様だが、小和泉は気づかなかった。

「ごめんよ、奏。考え事をしていたよ。で、何かな。」

「この地下に迷宮が広がっているじゃない。そんな真上に居てもいいの。」

「そりゃ、駄目だろうね。だけど、銃の有効射程距離を考えると、今すぐにはこの場所を離れられないよ。」

「じゃあ、どうするのよ。」

「それは、奏と鹿賀山の仕事だよ。僕は肉体労働専門だからね。」

「もういい。二年前の戦場に間違いないのなら、それを考慮するわ。あとは鹿賀山少佐と相談する。」

「じゃ、よろしくね。」

「はいはい。」

そこで直通無線は切れた。

東條寺が鹿賀山の隣へと歩き、話し始めた。打ち合わせが始まった様だ。


―そうか。隻眼の鉄狼と戦って二年も経つのか。僕は、あの時よりも強くなったのだろうか。それとも変わっていないのだろうか。

鉄狼はどうだろう。強くなっているのだろうか。まだ、生きているのだろうか。この戦場に居るのだろうか。―

冷静さを取り戻した小和泉は俯き、地下を透視するかのように凝視した。

結局、小和泉は、作戦説明を全く聞いていなかった。いや、耳に入らなかった。少し、懐かしさに浸っていたのだ。あの生と死の境界線上を駆け抜ける緊張感に滾っていた。

後で作戦概要を小言と共に東條寺から聞くことになった。

その為、菱村が期待していた面白い事態は、発生することは無かった。


二二〇三年二月一日 一一二八 SW20基地


戦闘予報。

十字砲火による射撃戦です。

地下から敵による攻勢の恐れがあります。装甲車から降車しないで下さい。

死傷確率は5%です。


第八大隊は、SW20基地の北東、距離三〇〇メートルに『く』の字型に展開していた。

装甲車の左側面を基地側に向け、十字砲火による基地攻撃を決定したのだった。

月人による地下洞窟や障害物への潜伏を恐れ、全員が装甲車に乗り込み、銃眼を使用した車内からの一斉射撃を大隊司令部は選択した。装甲車の一部は、定員を超え、銃眼の数が足りなかった。

しかし、歩兵を装甲車に収容し戦力外になっても、基地への戦闘力は必要充分であると判断された。

装甲車を破壊できる武器は、月人にはほぼ無い。以前、車体と車輪の間に杭を地下より撃ち込まれ走行不能に追い込まれた。幸い、車両本体には損傷は無く、車輪をパージすることに走行能力の回復を行った。

今回も同じ事が有り得るかもしれない。その場合は、僚機が地面から湧いてくる月人をアサルトライフルで斉射することになっている。装甲車搭載の機銃では、威力があり、装甲を貫通してしまう。

だが、アサルトライフルの威力であれば、装甲の表面を焼く程度で済む。多少の損害は出るかもしれないが、機械は修理をすれば良い。それよりも兵士の消耗を避けることを第一目標としていた。


そのため、後部に幌が掛けられただけの輸送トラックでここまで運ばれて来た歩兵達は、装甲車の片隅に身を縮め、押し込まれていた。装甲の無い輸送トラックは、損害が出る前にKYTへ帰還させた。

小和泉の装甲車にも居候がやって来た。装甲車最後部の荷物を置く空間に鹿賀山と東條寺は、荷物の上に座り、荷物固定用のロープとフックをしっかりと両手で握りしめていた。戦闘機動になった場合、吹き飛ばされない様に体を固定する為だった。

「ようこそ、我が城へ。小隊長殿、副官殿。」

小和泉が鹿賀山をからかうように告げた。

「あぁ、もてなしを楽しみにしているよ。」

鹿賀山の口調には、自身の不甲斐なさが滲みだしていた。

「小和泉大尉、作戦の一環です。不謹慎です。」

一方で、東條寺は小和泉と一緒になれたことが嬉しいのか、居候の身になってしまった事を恥じてか、赤面したまま小和泉を口だけで威嚇していた。

「はいはい。まぁ、舌を噛まない様に気をつけてね。車体操作は、鈴蘭に一任しているから、命令なく動くからね。」

「分隊長しての職務を放棄ですか。信じられません。戦争は真面目にして下さい。」

「まぁまぁ、奏。攻撃されるのが分かっていて、命令待ちで動けませんでした。って、馬鹿らしくないかな。その判断を任せているだけなんだけど。」

「それなら、そう言って。言葉がいつも足りないのよ。だから、小和泉は誤解されるのよ。」

「はいはい。気をつけるね。心配してくれてありがとう。奏。」

「うるさい。誰も心配してない。」

東條寺は、自分の太腿を軽く拳で叩き、俯いた。恐らく照れた顔を見せたくないのだろう。

「諸君、作戦中だ。気を引き締めてくれ。」

鹿賀山から遊び過ぎだと注意を受け、車内に静寂が戻った。


鹿賀山と東條寺が、小和泉の装甲車に居候する理由は単純だった。

大隊司令部が、射撃と装甲車の運転の技量が一般兵士より劣っていると判断した為だ。

それならば、貴重な装甲車は、少しでも優秀な兵士に与え、戦力を増強させるべきであると考えた。

そして、頭脳労働が得意な者ばかりが集まった8311分隊は、装甲車を取り上げられ、他の分隊に分乗することとなった。

鹿賀山と東條寺は、8312分隊へ。舞と愛は8313分隊へ荷物として乗せられた。

8314分隊は、他の分隊の荷物を代わりに積載していた。

8313分隊の井守准尉の隊は、意外にも平均点を上回っていた。これは井守の能力では無く、部下が古参兵で固められ、古参兵の言葉を素直に受け入れられる井守の性格を現していた。

古参兵の戦闘能力が高かった為に、装甲車を取り上げられなかったのだ。


他の小隊でも同じ様な事が起きていた。

特に大隊司令部の新型の八輪装甲車は、大型車両であった為、悲惨な状況に陥っていた。

「おい、副長。乗せ過ぎじゃねえのか。」

菱村の額に汗が浮かぶ。乗車人数が多く、空調機の温度調整が追い付かず、車内温度は二十八度に達していた。複合装甲にも空調機能はついているが、外気温の変化が少ない為、その性能は低い。中に着ている下着が汗ばんで肌に貼り付き、不快感は増していた。

「こういう時は、複合装甲を着ていない方がいいのか。なぁ、おい。」

誰にいうでもなく、言葉を吐き捨てる。

「そうでもないっすよ。おやっさん。まわりの奴等の汗が、直接くっつきますぜ。」

後部の促成種の兵士から反応があった。

「なるほど、それも面倒じゃねえか。副長、やっぱり人を減らそうや。」

「そうっすよ。こんな密集、辛いっすよ。」

「自分の汗は我慢できますが、野郎の汗は我慢できねぇっす。」

「男共、どさくさまぎれに尻触るんじゃない。汗臭いの我慢してやってんだ。」

「はぁ、誰の尻か分からねえよ。現に俺も誰かにケツ揉まれてるよ。って、おい。前は止めろ。そんな趣味は無ぇ。」

口々に後部の兵士が騒ぐ。

「うるせえ。黙れ小童。殴り倒すぞ。」

副長の一喝が、車内の空気を振るえさせた。

『副長、失礼しました。』

兵士達が一斉に詫びを入れ、即座に口を真一文字に結び、静寂が戻った。


副長のめったに無い圧力の効果は、絶大だった。

―くくく。俺よりも貫禄が有るんじゃねえか。俺の隊は愚連隊か。―

思わず、部下達の態度の変化に菱村の表情が緩んだ。

「隊長、何がおかしいのですか。まぁ良いです。本車両は、装甲を重視しています。機銃も無ければ、弱点となる銃眼も無い司令部仕様です。今回の作戦では、後部の椅子を折り畳んで、歩兵を一人でも多く収容することが使命となります。定員超過する事は、最初から分かっていたはずです。」

副長が菱村も理解している事をあえて口に出した。その裏には、私も暑苦しいのを我慢していますと聞こえた様な気がした。

「それは理解しているが、人数が多すぎないか。もう少し減らして空調が効く位にしないと兵士共も苦しいだろう。」

「この指揮車は、戦闘機動の予定がありません。他の装甲車の負担を減らす為に我慢して下さい。」

「はぁ~。俺がこの隊で一番偉い筈なんだがな。」

「何か。」

副長が、菱村を一睨みする。暑さで普段は冷静な副長も苛立っていた。

副長の逆鱗に触れる前に戦術的撤退をした方が賢い様だった。

「いや、準備でき次第、作戦開始だ。」

「了解。各隊の進行状況を確認。作戦可能開始時間を報告せよ。」

副長が後部の立ったまま、天井からぶら下がる端末を抱きしめる様にしている参謀連に命令を出した。

「了解。取りまとめます。」

参謀達もすし詰めの状況を早く終わらせる為、すぐに動き出した。

後部は、体格の良い兵士達がぎっしりと詰め込まれている。腕を動かすたびに便乗している兵士の体に肘をぶつけつつ、各隊の状況を取りまとめ始めた。

兵士達は、「押すな押すな」や、「その姿勢は無理だ」等の言葉に出したかった。

しかし、副長に一喝される事を恐れ、心の中で悪態をつくことで耐えていた。

また、菱村もこんな作戦に承認を出した過去の自分へ心の中で悪態をついていた。

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