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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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106/336

106.〇三〇一一五作戦 小和泉、恐怖す

二二〇三年二月一日 一〇五八 SW20基地 北東三キロ地点


中隊長級が司令部用装甲車の前に集合するのには、時間はかからない。軍では、命令が下りれば即実行される。

集まった士官達は、網膜モニターに投影された映像を見、分析参謀の説明を聞き、そして、月人を恐れた。

戦闘予報の死傷確率は10%だった。語弊はあるが、最近では楽な仕事のはずだった。気を抜かずに入れば、自分の部隊に損害は出ないと高を括っていた

結果、第二中隊は油断をした。二個分隊を緒戦で失った。味方の救出と同士討ちに気を取られ過ぎ、意識が散漫になったのが、原因だった。さらに月人を過小評価していた。

今後は、人類と同じ知性体として扱い、戦争を行わなければならい。

単なる獣狩りの時代は、すでに終わりを告げていたのだ。そのことに日本軍は、早く気が付くべきだった。


作戦参謀達が立案した計画は、至極単純な物だった。

大隊の最大火力による十字砲火を行う飽和攻撃だった。この場合、生き残りの友軍は、攻撃に巻き込む。いや、巻き込む所では無い。意図的に味方殺しをすることになる。

だが、参謀達は、生存者はすでに居ないと判断を下していた。

月人がタコツボを掘り、貯水タンクに潜り込む時間的余裕があった。それを見ているだけで妨害をしない日本軍では無い。その様な無防備な姿を晒していれば、容赦なく反撃を加えていたはずだ。

だが、反撃は一切行われなかった。また、基地外へ逃げた形跡も見当たらなかった。つまり、月人の行動を阻止できる日本軍は、基地内には存在しない。

状況から基地に生存者は居ないと断定された。

建設されたばかりの基地を破壊することになるが、それは些細な損害だ。物はいくらでも作り直せ、代用品がある。だが、人的資源だけは、回復できない。代用品など存在しない。これ以上の人的損害は許容できなかった。

それが、第八大隊司令部の出した結論であった。


「という訳だ。てめら。全火力をあの基地に叩き込め。灰塵と化せや。」

菱村は作戦説明の最後にそう締め括った。

「大隊長。基地を破壊するわけですが、総司令部の許可は下りているのでしょうか。」

中隊長の一人が質問をした。野外にいる為、複合装甲で顔が確認できず、誰が聞いたか分からなかった。

「知らんというか、連絡しねえよ。基地を壊すなと言われたらどうする。もう一度、罠の中に突入するのか。俺はごめんだ。部下を失いたくねぇからな。」

「隊長のご指摘通りです。了解致しました。」

菱村の返事に中隊長達は、あっさりと納得した様だった。

すすんで虎穴の中に入りたがる者など、第八大隊には居ない。虎穴の外から炙り出せば良いのだ。

もしくは虎穴ごと埋め崩しても良い。欲しい虎の子は、もう存在しない友軍なのだから。

わざわざ、敵の得意とする戦場に足を踏み入れる必要は無い。こちらが用意した戦場に引きずり出すべきだった。その為の戦略と戦術だ。他の部隊は知らないが、第八大隊の兵士達には、当たり前のことだった。

総司令部よりも、菱村の言葉と考えに育てられた第八大隊の性格が顕著に出ていた。

これも普段から菱村が兵士達一人一人を駒では無く、人間として扱ってきたからだ。そこには、自然種や促成種の区別も無い。菱村は平等主義の思考の持ち主だった。本人には、その自覚は無い。

そんな実績を積み重ねてきたからこそ、皆の尊敬と信頼を菱村は得ていた。

小和泉も尊敬まではしていないが、信頼に値する人物であるとは思っていた。


ちなみに対極に位置するのが小和泉だった。小和泉は、選人主義と言うべきだろうか。自分が気に入った人物に関しては、人種や思想に囚われず、友人もしくは庇護の対象となる。だが、敵対関係であると判定すると、敵と認定し、自分から関係改善は行わない。それ以外の人物は、ただの群衆でしかなかった。


二二〇三年二月一日 一一〇九 SW20基地 北東三キロ地点


小和泉は、作戦会議には集団の後ろで参加していた。前に立って目立てば、菱村にどの様な無理難題を言われるか分からない。目立たない処にいるのが無難だった。

だが、わざわざ名指しで会議に呼ばれたということは、隠れても無駄になることは理解していた。

そんな小和泉に付き合う様に、鹿賀山と東條寺は、小和泉を挟む様に立っていた。

―さて、おやっさんが僕を呼んだのだから、何か役割があるのだろうな。面倒でなければよいのだけど…。そんな訳ないよね。―

そう思った瞬間、小和泉の隣に立っていた東條寺から直通無線が入った。直通無線であれば、他人に傍受されない。

「小和泉、この場所を覚えている。」

「さてと、何かあったかな。」

「二年前に鉄狼から脱出して、回収された地点じゃないの。」

「二年前?ちょっと待ってね。今、思い出すから。」

小和泉は、脳裏から二年前の記憶を掘り起こした。

そして、地下洞窟に潜り、落とし穴、吊り天井などの罠により日本軍が壊滅した作戦を思い出した。

初めて鉄狼と呼ばれる月人に遭遇した事。

鉄狼と格闘戦を繰り広げ、敗北した事。

様々な事が脳の中を駆け巡った。

「あぁ、そうだね。ここだったね。さすが奏だね。良く覚えていたね。」

「小和泉、ここで死にかけたのでしょう。何で忘れられるのよ。」

「死は日常だから、特別な事じゃないよ。病、事故、姉弟子とか。」

「聞いた私が馬鹿でした。言いたいことは分かったわ。でも姉弟子って何?」

「僕の大事な天敵かな。大切なおもちゃってよく遊ぶでしょう。で、遊び過ぎて壊しちゃう。そんな感じかな。もちろん、オモチャは僕のほうだけどね。」

「亜沙美姉様は、そんな人では無いと思うわ。弟子の皆様からの人望もあるし、人気もある。結婚の申し込みが、毎月の様にあるのよ。でも、全部断っているそうだけど。どうしてかしら。」

「へぇ、そうなんだ。結婚なんて制度、面倒なんだけどなぁ。それにしても、みんなは、姉弟子の凶暴な本性を知らないのかな。ん、あれ。奏は姉弟子と面識が有るの。」

亜沙美とは、小和泉の武術の姉弟子である二社谷亜沙美のことだ。東條寺の口から亜沙美姉様という言葉が出て来た事により、背中に悪寒が走った。

「街で偶然出会って、愚痴を聞いてもらったの。それからは、食事やショッピングを何度もする親友になったわ。この前は、道場にお泊りもしたかしら。」

初めて聞く事実に小和泉の頭は思考停止した。想像の範囲を軽く超えていた。


日ごろ鍛えられた体が、本能的に深呼吸を始め、脳の活動を再開させた。

意識が覚醒するにつれ、小和泉は恐ろしくなった。

―姉弟子に偶然は無い。僕が奏に手を出したことを知ったから、どんな人物か、見定めに行ったに違いない。

なぜ、ばれたのだろう。軍関係の道場の練習生のたれこみかな。それとも定例の格闘術の講義に軍へ出向いた時にでも、耳にしたのだろうか。

僕が次に会った時、問い詰められ、突き上げられ、責められる。ネタは、奏からたくさん仕入れた筈。僕の命が危ない。道場に近づけない。近づきたくない。

だけど、多智から伝言で必ず来いと聞いている。行かなければ、乗り込んでくる。どちらにしろ、殺される。

そうだ、この戦闘で怪我をして入院したら逃げられるかな。いや、ただの入院ならば見舞は自由だ。ならば、即座に病室に乗り込んでくる。逆に動けないのを良い事に、好き勝手にされてしまう。無傷でこの戦闘を終えなければ。―

小和泉の頭の中から、作戦会議中であることが抜け落ちた。月人、いや鉄狼よりも姉弟子の方が怖かった。鉄狼は、倒すか逃げるかすれば良い。だが、姉弟子は、殺したり、障害を残す様な怪我はさせられない。そして、狭い地下都市では、逃げ続ける事もできない。小和泉にとって、幼馴染であり、姉代わりでもある二社谷は、手が出せない唯一の存在だった。

―前は腕一本を切り落とされたけど、次は息子を落とされそうだな。いや、首を落とす気かもしれない。―

二社谷とは一年半程、顔を合わせていない。これも機嫌を悪くさせる原因の一つだろう。せめて半年に一度くらいは、道場に顔を見せるべきだった。今、その失策を嘆いても仕方がない。

二社谷は、その会っていない期間も修練を積み重ねて来ただろう。だが、小和泉は幾つかの実戦を経験しただけだ。

いくら一回の実戦が、十回の修練を超えるとしても、その計算では五十回以上の実戦をしていなければ、釣り合いがとれない。

二社谷との実力差が広がっている可能性を恐れ、出会うことの恐怖で心を埋め尽くされていった。

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