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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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105/336

105.〇三〇一一五作戦 菱村の自問自答

二二〇三年二月一日 一〇一一 SW20基地 北東三キロ地点


菱村は、装甲車の中で戦術モニターを静かに見つめていた。表示された基地の見取り図には、兵士の配置状況が重ねられていた。

基地への浸透は作戦通りに進行しているかの様に見えた。しかし、現実は甘くなかった。

8244分隊の生体モニターが黒色に変わり、次いで、救援に向かった8241分隊も同じく黒色に変化した。二個分隊八名が、わずか数分で戦死したのだった。

「作戦参謀、作戦を中止だ。各個撃破なぞ、アホらしい。全隊、基地から五百メートル退避だ。五百が不適正なら適当にしろ。これ以上の被害は許容せん。

分析参謀は、8244と8241の映像解析を最優先。即、状況把握。報告寄越せ。」

菱村は、状況が不利と判断し、即座に撤退命令を下した。

「了解。第二中隊、即時撤退。即時撤退だ。撤退後、基地の北部五百メートルの指定地点にて小隊単位にて再集結し、前線を構築せよ。これ以上の損害は看過できない。繰り返す、損害は看過できない。早急に撤退せよ。以上。」

副長が菱村の意図を汲み、第二中隊へ具体的命令を出した。

「第二中隊、了解。撤退開始。」

中隊長が返信すると同時に戦術モニターの光点が、基地外へと速やかに移動していく。

あまりにも鮮やかな撤退。浸透していた兵士達もこの基地の異常な気配を体感していたのだろうか。兵士達もその場に居たくないということを如実に表していた。

撤退はスムースに行われた。撤退時に背後から襲われ、損害を出す可能性も覚悟していたが、何事も無く、第二中隊は集結地点に前線を構築した。


二二〇三年二月一日 一〇二五 SW20基地 北東三キロ地点


菱村は、この戦場の空気が気に入らなかった。雰囲気を受けつかなかった。状況を跳ね返したかった。だが、それが可能な方法を思いつくことができなかった。

いつもであれば、正面からの殴り合いとなり、力がある者が勝つ。それが月人との戦争だった。

こんな平面で起伏が乏しい戦場では伏兵を配置することすらできない。戦術を発揮できる機会はほぼ無い。

未だに敵影を見ず、まともな交戦をしていない。過去、月人との戦いで、この様な事実は、菱村の記憶には無かった。

「誰か、コーヒーをくれ。」

喉の渇きを感じた菱村はそう言うと、頬の傷跡をなぞりながら自分の思索の殻に籠った。

差し出されたマグカップを反射的に受け取りながら、最近の月人の行動を考えていた。

―そう言えば、KYTへの全面攻勢が、最近は無えじゃねえか。継戦力が無えのか、それとも作戦か。

継戦力が無いのでありゃ、敵の弱体化を示すもんだ。だが、作戦だとすれば…。―

菱村の右肩に手を置かれ、我に返った。置かれた手は副長の手だった。副長は何度か声をかけたのだが、菱村は気付かず止む無く肩に手を置いたのだった。

「隊長、映像解析、終了です。」

「よし、見るか。ディスプレーに映せ。司令部で情報共有するぞ。」

「分かりました。始めろ。」

「了解。」

分析参謀が端末を操作すると、装甲車のディスプレーに映像が表示された。

その映像は、できる限り状況を把握できる様に攻撃の直前から絶命する八人の兵士の画像を編集したものだった。

8244分隊は、背後からの不意打ち。これは地面に偽装したタコツボを見落としたことが原因だった。タコツボから這い出してきた月人に気付いていなかった。

8241分隊は正面からの不意打ち。これは貯水タンク内に隠れ、体温を下げ、温度センサーを誤魔化されたことによるものだった。

どちらも今まで月人が行わなかった行動であり、有り得ない知能だった。

「以上の様に画像分析の結果、月人は、人類と同じ知能及び知識を有すると判断します。」

分析参謀は、その言葉で締め括った

司令部内の誰もが口を開かなかった。モーターの駆動音と空調の音が耳に響くだけだった。

誰もが、月人は獣だと思い込んでいた。作戦の様な物を考える知性は無いと思い込んでいた。

数と身体能力を頼みに、力押しする敵だと勘違いしていた。

だが、月から来る技術に長剣を作り出す技術。これらを持ち合わせている事を考えれば、単なる獣であるはずが無かった。年少者でも分かる理屈だった。

いつから日本軍は、希望的観測に基づいて行動する様になったのだろうか。

参謀達の月人に対する固定概念は、足許から完全に崩壊し、新たな足場を求めていた。

「なるほど。喧嘩から戦争へレベルアップって奴かい。いいだろう。中隊長とその副官を集めろ。情報共有だ。装甲車の中は、人数的に無理だな。外でやる。ははは。殲滅するぞ。」

菱村は豪快に笑い、沈んだ空気を吹き飛ばそうとした。

「了解。中隊長及び副中隊長を呼び寄せます。」

菱村の思いを感じ取り、副長は元気良く復唱した。


菱村は、再び思索の殻に閉じこもっていた。

―狂犬は、月人に知性があると感じていやがったのか。だから、捕虜を取った。

いや、逆か。遊ぶために捕虜を取ったら、知性を感じた、か。ちっ。狂犬の部隊だけが、月人の本質を見抜いていたのか。それゆえに損害率が低いという事か。なら、報告しろや。

狂犬め、脳筋じゃなかったのか。日頃は、頭脳労働は鹿賀山、肉体労働が僕とかぬかしてやがったじゃねえか。あれは芝居だったのか。

だが、そんな腹芸ができる男とも思えねえし、まだ、何かを隠してるんじゃねえか。

しかし、実力を隠す理由が分からねぇ。さっさと活躍して昇進すれば、安全な後方勤務じゃねえか。何が目的だ…。目的を知るには、これも逆から考えてみたほうが良いのか。―

菱村は、手にしたコーヒーを一口啜った。


―狂犬は、昇進を帳消しにする行動を一定の頻度でやりやがる。その結果、昇進の話が消えている。懲罰を喰らって大人しくなるんじゃねえ。昇進を消す為に馬鹿をやってやがるのか。

狂犬は素行不良を起こして、わざと懲罰を喰らう。現在の階級に留まることになる。だから、馬鹿をしなくなる。つまり、大人しくなった様に見える。反省したわけじゃねぇ。目的を達成したから、行動しないだけか。軍部は、まんまと騙されたわけかい。いや、狂犬には騙す気はねえな。それは結果であり、目的じゃない。

さて、昇進したくない理由は何だ。何が考えられる。なぜ、前線に居たい。それは、前線でなければできない事があるからだろう。ならば、前線でのみできる事は何だ。―

菱村は、周囲を見渡した。装甲車の中では参謀達が中隊長級を呼び寄せると同時に、留守居役に役割を命じていた。

「索敵を密にだ。不審者は誰何不要。即座に射殺せよ。」

「了解。索敵を密にし、不審者は排除します。」

参謀と副隊長たちの無線が飛び交っていた。菱村は参謀の射殺という言葉に引っ掛かった。


―射殺。殺しか。月人だが、大きい区分では人か。つまり、合法殺人が可能になるな。

だが、狂犬は殺人鬼じゃねえ。殺人鬼ならば、月人では物足りなくなり、人間に手を出す。

過去のシリアルキラーは、代替行為では満足できなくなってやがる。

だが、奴は一切そんな行動を起こしてない。それは、狂犬がやらかした時の憲兵隊による報告書が裏付けてやがる。狂犬は、少なくとも地下都市内で殺人はしていない。上官殺しもしたことが無い。いや、一回あったな。帰月作戦で俺らを嵌めた馬鹿を殺したか。まぁ、あれは正当防衛だな。それに最終判断は俺か。これは考えから外すか。

ならば、別の理由か。

己の格闘術を試したい。この線はありそうだな。狂犬の考えそうなことだ。

長年、鍛え上げた技術がどこまで有効か試せる。月人相手ならば、何の遠慮もいらない。容赦なく力を発揮できる。月人を多く殺せば殺すだけ、英雄になるのが戦争だ。つまり、前線には己の欲望のはけ口が転がっている。

これか。この方が狂犬らしいな。てめえが強いかどうかを知りたいだけのガキか。

オモチャがある前線から離れたくない。だから、駄々をこねる。そうして昇進話が立ち消え、前線でオモチャと遊べる。そう言う思考の持ち主か。やはり、本人が言う様にただの脳筋か。―

深く小和泉の事を考えている事が、菱村は馬鹿らしくなってきた。


―月人に知性があるかどうか、狂犬とは関係ねえ話だ。単純に弄びたいだけじゃねえか。

いいじゃねえか。シンプルな思考じゃねえか。頭の逝かれ具合が、俺の若い頃に似てるじゃねえか。最高じゃねぇか。

そんな考え方、俺は好きだねぇ。ますます、気に入っちまったじゃねえか。

参ったな。俺まで惚れちまいそうだ。

あぁ、くそ。娘を嫁にやるのを渋ってたが、やっても惜しくねえな。逆にくれてやりたくなった。

あの狂犬めが。

ちっ、アイツ等の見る目は確かだったということか。―

ここしばらく、菱村の頭を悩ませていた別の懸案事項の一つに片が付いた。


「追加だ。狂犬も呼んどけ。今思い出したことがある。アイツが役に立つ気がする。」

菱村は、嬉しそうな声で副長に声をかけた。

「分かりました。小和泉大尉を招集します。」

「人類、数千年の戦争の歴史を月人共に刻んでやるか。」

菱村の静かで重い独白を獰猛な顔つきと殺気をまとい言った。最前線で兵士として活躍していた時と同じ顔がそこにあった。参謀連の背筋が凍った。

だが、副長はその顔を見て、懐かしさと高揚感にその身を包まれた。

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