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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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104/336

104.〇三〇一一五作戦 一発も撃たない戦場

二二〇三年二月一日 〇八四五 SW20基地 北東三キロ地点


小和泉達は、装甲車の中で大人しく、ブリーフィングが終了するのを待っていた。

「〇三〇一一五作戦。つまり二二〇三年一月十五日に開始された作戦かな。半月でここまで基地を建設できることに驚かされるね。うちの工兵隊は優秀だよね。

そして、SW20基地。南西二十キロ地点の意味かな。相変わらず、総司令部は、実務主義だね。」

「隊長、コーヒーをどうぞ。工兵隊は、主に熟成種で構成されております。技術の蓄積があり、促成種と同じく、自然種より身体能力が五倍ほど強化されています。その為、工期が早いのでしょう。」

桔梗は、小和泉の好みである砂糖を少し入れた濃い目のコーヒーを差し出し、小和泉は有り難く受け取った。

「俺みたいな馬鹿には分かり易くていいっすけど、もう少し、遊び心があってもいいっすよね。」

菜花は装甲車の機銃のガンカメラを使い、周辺警戒をしながら言った。今は菜花が哨戒任務の当番だった。

「名前は区別できれば良い。考える時間、無駄。」

鈴蘭が装甲車のハンドルに顎を乗せ、珍しく気だるそうに話す。

―おやおや。鈴蘭は早朝に叩き起こされて、ご機嫌斜めの様だね。―

小和泉が桔梗へ目くばせを送った。桔梗は、無言で頷き、すぐに鈴蘭へマグカップを渡した。

小和泉のマグカップの中身と同じ様な色ではあったが、全く違う物だ。

「桔梗、ありがとう。」

鈴蘭は素直にマグカップを受け取り、一口飲んだ。

「甘くて、美味しい。」

マグカップの中身は、鈴蘭の好物のココアだった。小和泉が飲んでいるコーヒーと同じ化学合成品ではあるが、限りなく天然物に成分は近づけてある。その為、ココアによる鎮静効果が期待できた。

―さて、これで少しは冷静になるかな。―

小和泉は、作戦開始を待ち続けた。後刻、下された命令により、留守番であることに落胆した。


二二〇三年二月一日 〇九四八 SW20基地


第二中隊は、隠密性を重視する為、障害物の無い荒野では目立つ装甲車を使用せず、徒歩にて進軍した。

歩きやすい道路は、敵に発見される恐れがあるため、整地されていない荒野の起伏を利用し、静かに進出した。

北門は閉鎖されていた。この時間帯であれば、工事車両の出入りがある為、開放されている筈であった。もともと目立つ北門から侵入するつもりは無かった為、不都合は無かった。

中隊は、基地に近づくにつれ、小隊単位へ分裂し、取り付いた時には分隊単位へと変化していた。

「全隊、突入。」

中隊長の命令に従い、フェンスをカッターで切り、基地内部へ北と東から浸透していった。


8244分隊の四名は、基地の東部よりフェンスを潜り抜け、一番近い兵舎の壁へとへばり付いた。ガンカメラを伸ばし、窓から内部を窺う。

網膜モニターに部屋の内情が映し出された。

広い部屋に二段ベッドと簡易ロッカーが、整然と並ぶ兵士達の兵舎だった。完全なる男女平等である軍では、男女の区別なく同じ部屋を割り当てられる。

ほぼ全員がベッドの上に横たわり、誰もが身動き一つしなかった。

首が曲がらぬ方向に捻じ曲げられた者。

頭部が胸の上に置かれた者。

内腑をベッド一面にばら撒かれた者。

腰の部分で上下に分かたれた者。

様々な死の形があった。

派手な最期を迎えた者が目に飛び込んできたが、落ち着いて見れば、半数以上は原型を留めていた。ただ、ベッドのシーツに白い部分は無く、真っ赤に染まっていることから大量出血は想像できた。

床には血だまり、いや、血の池が広がる。壁や天井は、大量の血飛沫が彩っていた。

就寝中に襲われたのだろう。そして、男女の区別なく、平等の死が充満していた。

8244分隊の四人は、凄惨なる光景に背筋が冷やされた。思わず、友人や知り合いが居るのではないかと、モニターに意識を集中してしまった。

死体の顔を一つ一つ確認し、見知った顔が無い事に安堵した。

突如、背中に衝撃と激痛が走った。胸が熱くなり、液体が気管支を逆流し、ヘルメットの中へ大量に口からぶち撒いた。バイザーが真っ赤に染まり、周囲が見えなくなり、そこで意識が途絶えた。


二二〇三年二月一日 〇九五〇 SW20基地


第二中隊の中隊長は、8244分隊の生体モニターが黒色に変わったことに即座に気付いた。

「8244全滅。全隊厳重警戒。温度センサーを活用しろ。それだけでも周囲の生体に気が付く。不意討ちは防げるはずだ。」

大隊無線で中隊長が、がなりたてる。

「8244の近くに敵がいるぞ。即座に撃ち殺せ。」

中隊長の声には、怒りが籠っていた。

「824了解。対応します。」

直属の部下を殺された第四小隊小隊長の声には、怒りが含まれていた。だが、その怒りには冷静さが残っていた。


戦術モニターは、第四小隊が8244の居た場所を囲み始めたことを表示していた。

―いきなり、一個分隊を失うとは。月人め。ぶっ殺してやる。―

小隊長の心は、時間経過と共に復讐心に囚われようとしていた。

小隊長率いる8241分隊は、所々に置かれている建築資材に隠れつつ目標地点へ向かった。

全周警戒を目視と温度センサーを併用し、油断は無かった。

「8244がロストした地点に近づいた。まだ敵が居るはずだ。見つけたら即射だ。友軍かどうかは、気にするな。殺すことを優先しろ。」

小隊無線で告げる。さすがに大隊無線に乗せても良い内容では無い。

「8242了解。」

「8243了解。」

各分隊から返信が入った。声色から各分隊長も戦友が殺された事に怒りを感じている様だ。

8241分隊は、プラスチック製の貯水タンクを遮蔽物にして射撃体勢を取った。銃口の先は、8244が戦死した地点だった。この場所から戦友の姿は見えなかった。

小隊長は温度センサーを再確認するが、周囲に三十七度前後の生物は居ない。月人も人間と同じ体温であることは、過去の調査で判明している。

兵舎の室内や屋上も確認するが、反応は無かった。向かいに8242と8243の反応が見えるだけだった。

「8241敵影見えず。各隊、状況報告せよ。」

「8242同じ。」

「8243同じ。」

小隊長は、少しは何か違う反応があるかと期待したが、空振りだった。

「我慢比べだ。月人は馬鹿だ。すぐに動く。各隊、厳重警戒の上、その場で待機。動く物を見つければ、即座に撃て。」

「8242了解。」

「8243了解。」

第四小隊は、眼を皿のようにし、月人を探し続けた。


―くっ。まだ動かないか。奴らはどこだ。地下か。屋上か。反応はどちらにも無い。どこに消えた。―

小隊長は、目視と温度センサーを網膜モニターに表示して重ね、周囲を見渡す。だが、どこにも生物の気配が無い。部下であり、戦友の仇も取れない不甲斐なさに歯噛みする。

小隊長は、前触れも無く、胸に衝撃と鈍痛を感じた。見下ろすと自分の胸と貯水タンクが薄く幅広い金属によって、複合装甲を貫き接続されていた。

「何だ…。この板は…。何が起こった…。」

小隊長が口を開けると、口許から赤い物がゆっくりと垂れた。

小隊長の中を金属の板がゆっくりと進んで行く。小隊長の内臓をズブリズブリと突き破り、背骨にコツリと当たる感触が、体の中から伝わってくる。

状況がつかめず、混乱した脳は、痛みを伝えることを忘れてしまった。

「お前達、俺はどうなった。」

小隊長は、横に並ぶ部下三人を見た。

全く同じように三人とも貯水タンクと胴体を金属で接続されていた。

部下達は促成種だった為、複合装甲を着ていなかった。金属は胴体を突き抜け、尖った切っ先が背中に見えた。切っ先は真っ赤に染まっていた。

その金属に見覚えがあった。兎女が使う長剣だった。

小隊長の意識が事態を把握し始めた。しかし、すでに手遅れだった。

「タンクの、水に、潜って、体温を、ごまかし、たの、か…。」

小隊長に刺さっていた長剣の刃先が心臓に触れた。

心臓の鼓動により刃先へ食い込み、心臓の厚い筋肉を破った。体内で心臓から勢いよく血が漏れ始める。脳への血流が滞り始め、意識が薄らいでいく。

「すまん…。仇、とれな…。」

小隊長の呟きは、途中で終わった。

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